内分泌かく乱化学物質の発達期中枢神経系障害に関する実験的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900688A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の発達期中枢神経系障害に関する実験的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 泰治(名古屋市立大学医学部分子医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渋谷淳(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 西原真杉(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 畠中寛(大阪大学蛋白質研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、我々の環境中に数多くの内分泌かく乱化学物質(EDCs)が見いだされ、生殖機能を含むヒトへの影響が世界的に懸念されている。EDCsの作用にはエストロジェン受容体(ER)を介した機序が考えられており、その微量曝露によっても生体に不可逆的影響を及ぼすことが指摘されている。中枢神経系においても、胎生期より視床下部・辺縁系を中心としてER を含む性ホルモン受容体が分布しており、当然、その一部を構成する生殖機能中枢も影響を受ける可能性がある。特にホルモン依存的に脳の性分化を果たす周産期での曝露影響として、脳の性分化障害に引き続く生後の内分泌機能障害が懸念される。実際に、ラットを用いた実験で、脳の性分化の臨界時期での過剰のエストロジェン化合物投与による視床下部ニューロンのアポトーシスと生殖器の障害、bisphenol Aの胎生期曝露による脳内アストロサイトのGFAP mRNAの用量依存性の発現増加、等が報告されている。GFAP遺伝子はエストロジェンに反応する配列(ERE)を持ち、個体のエストロジェンレベルに呼応してその発現の増減することが知られている。
本班研究は、個体レベルでのin vivo評価系と中枢神経系を構成する細胞レベルでのin vitro評価系を適用することにより、EDCsの神経中枢への影響の本態を明らかにすることを目標とする。また、検索化学物質を統一していくつかの代表的な物質について用量反応相関を求めることにより、EDCsの低用量域での生体影響を総合的に評価する。In vivo評価系では、従来の内分泌機能および病理形態の検索に加えて、脳の性分化の臨界時期における視床下部での性分化誘導因子 granulin(grn)及びEREを持つ遺伝子群の発現解析を行い、その結果と性成熟後の生殖器障害との関連性を比較・評価する。また、生殖機能の評価には、最近確立したGnRHパルスジェネレーターの神経活動モニタリングを用いる。In vitro評価系では、血液・脳関門(B-BB)およびニューロン、グリア細胞の各々に与える影響を検索する。B-BB評価には微量のEDCsの脳内移行を迅速に測定するための独自のin vitroモデル、グリア細胞への直接作用の評価にはラット胎児脳アストロサイトや不死化アストロサイトを用いた機能遺伝子発現解析系、ニューロンの評価にはERの発現している脳領域の培養ニューロンを用いたその生存維持、機能分化あるいは可塑性に与える影響の解析系を充てる。
研究方法
In vivo評価研究においては、エストロジェン作用の陽性対照物質を用いて、11年度は脳の性分化の臨界時期での視床下部における遺伝子発現解析を中心にそれらの評価系の確立に努めた。具体的には、まず最大耐量のethinylestradiol(EE)を妊娠・授乳期を通じて母ラットに経口投与した際の新生ラット視床下部におけるgrn遺伝子の発現への影響をcompetitive RT-PCR法を用いて検索した。また、特定の神経核での定量的な遺伝子発現解析を行うにあたり、まず、パラフィン包埋した組織切片上の微小領域から解析可能な生体高分子(RNAと蛋白質)を得るための組織固定法の検討を行い、メタカーン固定法の有用性を確認した。そこで最大耐量のEE(0.5 ppm混餌投与)を周産期曝露した新生ラット視床下部のメタカーン固定・パラフィン包埋切片を作製し、レーザー光を利用したmicrodissection法により、性的な分化を遂げることが知られている性的二型核を採取し、この部位におけるEREを持つ遺伝子(bcl-x, GABA transporter I, GFAP, neurotensin/neuromedin N, oxytocin, progesterone receptor)の定量的RT-PCRの予備的な検討を行った。
In vitro評価研究のB-BB評価系においては、脳毛細血管内皮細胞の安定供給を図るため、ウシ脳より単離した脳毛細血管内皮細胞にSV40 large T抗原を導入し、不死化した。一方、EDCsのB-BBにおける標的遺伝子を探索する目的で、estradiolを1 pMの濃度で培養液中に添加した時のヒト脳毛細血管内皮細胞でのmicro array解析を行った。次に、B-BBの水チャネルとして重要と考えられているaquaporin-4 (AQP4)について、そのウシ由来の遺伝子のクローニングを行った。アストロサイト評価系では、培養ラットアストロサイトに対してestradiol, bisphenol A, 4-nonylphenol, diisononylphthalateをそれぞれ1 nM添加した後のAQP4 mRNA量の変化をRT-PCR法にて測定した。ニューロンの評価系では、ラット胎仔の視床下部および海馬領域のパパイン法による分散培養を行った。培養後、抗ER抗体などでの染色、神経栄養因子であるBDNF mRNAレベルのRT-PCRによる測定、またMTT法によるニューロンの生存率の測定を行った。
倫理面への配慮として、主な動物投与実験は混餌投与により行い、その屠殺はすべてネンブタール深麻酔下で大動脈からの脱血により行い、動物に与える苦痛は最小限にとどめた。各種初代培養に用いる実験動物は利用規程に従って用い、In vitro BBBモデル培養系は不死化した細胞を用いたため、倫理面についての問題はない。
結果と考察
In vivo評価研究の結果としてまず、EEを妊娠ラットに経口投与した結果、新生児の体重及び性分化の異常が確認された。この様な新生ラット視床下部ではgrn遺伝子mRNAの発現増加を認め、EDCsによる視床下部影響の分子指標としての可能性が示唆された。また、メタカーン固定・パラフィン包埋した新生児視床下部材料から採取された性的二型核において、EREを有する6遺伝子のmRNA発現を確認した。予備的な検討の結果、高用量のEEを作用させた出生雄ラットの性的二型核で、形態学的な変化を認めない場合でもいくつかの遺伝子の発現低下を認めた。また、plate hybridization法を利用した高感度のcompetitive RT-PCRを開発し、現在、GFAP, Bcl-x, GABA transporter Iの各遺伝子に対する検出キットの作製を完了し、EEによる発現の用量反応性の検討を開始した。
In vitro評価研究も同様に評価系の確立に努めた。まずB-BB評価系では、脳毛細血管内皮細胞としての特性を備えた不死化クローン(t-BBEC-117)とAQP4のcDNAクローンを得、今後 in vitro B-BBモデルに活用する予定である。ヒト脳毛細血管内皮細胞での低用量estradiol曝露による遺伝子発現の変化をmicro array検索した結果、ERではなくestrogen-related receptorの発現を見出し、EDCsのこの受容体を介した作用も念頭に入れ、研究を進める必要を認めた。アストロサイトの評価に関して、estradiolおよび一部のEDCsを作用させた時、AQP4 mRNAの発現はいずれも増加を示し、EDCsがB-BBの機能を変化させる可能性を示唆した。今後micro array法などを用いての解析を検討している。ニューロン評価系では、ラット発達期視床下部ニューロンの分散培養系を確立し、海馬の同様の培養系に較べ、ERおよびプロジェステロン受容体の発現レベルの高いことを確認した。また添加したestradiolは、海馬ニューロンでは10 nMをピークに、視床下部ニューロンでは1000 nMでわずかな生存維持効果を認めた。またこの時、生育に適さない培養条件下では低下してゆくBDNF mRNAが、estradiolの添加によってくい止められることが分かった。一方、ニューロンの生存が図られている血清培養条件下で、estradiolの添加によりBDNF mRNAレベルは増加する傾向を示した。これらの結果は、エストロジェンによるニューロンの生存維持が、BDNF発現を促す間接的な効果である可能性を示唆し、神経栄養因子のもう一つの機能であるシナプス可塑性への関与についても検討する必要を認めた。またスライス培養系を立ちあげestradiolの影響を検討中である。
結論
In vivo評価研究は脳の性分化臨界時期での評価系の確立を図り、脳の性分化誘導因子であるgrn遺伝子の新生ラットにおける内分泌中枢のかく乱影響の指標としての可能性が見出された。また、視床下部領域でのエストロジェンに発現調節を受ける遺伝子群の検出系の基礎的実験条件の検討はほぼ終了し、予備的な検討の結果、高用量のEEを作用させた出生雄ラットの性的二型核で、いくつかの遺伝子のmRNA発現の低下を確認している。
In vitro評価研究において得られた成果としては、まずB-BB評価系については、不死化ウシ脳毛細血管内皮細胞株を樹立し、今後の安定供給を可能とした。また、ウシAQP4のcDNAをクローニングし、この遺伝子の発現解析が可能となった。次に、EDCsにより、脳毛細血管内皮細胞およびアストロサイトの遺伝子発現が変化する可能性を見出した。ニューロンへの影響の解析系では、ラット胎仔視床下部および海馬から分離したニューロンの分散培養系を確立した。また、この系に対するエストロジェンの生存維持作用、神経栄養因子の誘導作用を明らかにした。以上より、種々のEDCsの中枢神経系へのin vitro作用を調べるスクリーニング系はほぼ確立できたと考えられる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-