試験管内ALアミロイド線維形成機構の反応速度論モデルの開発、および生理的重合阻害分子ならびに非ペプチド性重合阻害剤の探索(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900609A
報告書区分
総括
研究課題名
試験管内ALアミロイド線維形成機構の反応速度論モデルの開発、および生理的重合阻害分子ならびに非ペプチド性重合阻害剤の探索(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
内木 宏延(福井医科大学医学部病理学第二講座)
研究分担者(所属機関)
  • 下条文武(新潟大学医学部第二内科)
  • 上田孝典(福井医科大学医学部第一内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
全身性ALアミロイドーシスは、日本における代表的アミロイドーシスであるが、他のアミロイドーシス同様、有効な治療法はおろか発症機構の詳細は解明されていない。われわれは、ALアミロイド線維形成・沈着機構の解明、及び沈着阻害剤開発のため、試験管内ALアミロイド線維形成機構の反応速度論モデルの確立を目指している。今年度は、以下の3項目を研究目的とした。(1)全身性ALアミロイドーシス剖検症例のさらなる集積を行う。(2)上記症例の新鮮凍結臓器よりALアミロイド線維、及びAL蛋白を精製し、電顕を用いた形態的観察、及びTricine-SDS-PAGE法等による生化学的解析を行う。(3)精製したALアミロイド線維、及びAL蛋白を用い、試験管内ALアミロイド線維伸長機構を反応速度論的に解析する。
研究方法
(1)症例集積:昨年度同様、全身性ALアミロイドーシス症例の剖検があった場合、必要十分量のアミロイド沈着新鮮凍結臓器を採取・収集出来るように、全国の病理医、及び臨床家に呼びかけた。(2)アミロイド線維、及びAL蛋白の精製:ALアミロイド線維は、解凍した新鮮凍結臓器からPras法で粗抽出後、10万g超遠沈、及び50-60%不連続ショ糖密度勾配超遠沈により精製した。AL蛋白は、精製されたアミロイド線維の一部を6M尿素で可溶化し、セファクリルゲルクロマトグラフィーで分子量別に分画した。得られた各画分に対し、非還元条件でTricine-SDS-PAGE法で電気泳動、及び抗λ抗体を用いたウエスタンブロッティングを行った。(3)ALアミロイド線維分光蛍光定量法:精製ALアミロイド線維を、蛍光色素チオフラビンT(ThT)溶液と混和し、極大励起・蛍光波長、及び至適pHを分光蛍光光度計を用いて測定した。(4)ALアミロイド線維伸長の反応速度論的解析:ゲルクロマトグラフィーで得られた各AL蛋白画分を、超音波により断片化した精製ALアミロイド線維と共に37℃で反応させ、アミロイド線維伸長を、電顕を用いた形態的観察、及び上記分光蛍光定量法によりモニターした。さらに、伸長反応の至適pH、及び伸長初速度に及ぼすアミロイド線維の数濃度、あるいはAL蛋白濃度の影響の検討も行った。
結果と考察
(1)昨年度、及び今年度で松本、京都、奈良、熊本、及び浜松の6施設より、計8症例の全身性ALアミロイドーシス剖検症例新鮮凍結臓器を集積し、臨床的、病理学的に解析した。患者は女性7例、男性1例で平均年齢は59.8才、λ型6例、κ型1例、及び現在検討中1例であった。血清M蛋白、及び尿中BJPは、症例2、7を除き全例に認められた。骨髄形質細胞比率は、症例3、5で10%を越え、多発性骨髄腫に合併したALアミロイドーシスと位置付けられた。初発症状はうっ血性心不全症状が最も多く、労作時呼吸困難(症例2、4、6)、全身浮腫(症例7)を認めた。症例3、8はネフローゼ症候群で、症例1は胸水貯留に伴う呼吸困難で、症例5は巨舌・皮膚アミロイド症で発症していた。直接死因は症例8を除き心アミロイドーシスを基盤としており、症例1、2は左房内血栓に起因した脳梗塞により、症例2、3、5、6は心室細動等の不整脈により、症例4は慢性左心不全による肺うっ血ならびに続発性肺炎により、症例7はうっ血性心不全による胸水貯留、呼吸不全により死亡していた。症例8は腎不全により死亡していた。症例8を除き全例とも臨床症状を反映して心に高度のアミロイド沈着を認めた。さらに、症例1、2では肺に、症例3、8では腎に、症例5では舌・皮膚に、症例6、7、8では脾臓に高度のアミロイド沈着を認めた。今回、上記症例のうち3症例(症例2:57歳女性、症
例3:44歳女性、症例6:55歳男性、いずれもIgG-λ型)の新鮮凍結臓器(症例2:肺、症例3:脾、症例6:脾)よりALアミロイド線維、及びAL蛋白を精製した。(2)上記精製法により、電顕による観察にて、幅約10nmの典型的アミロイド線維を得た。Tricine-SDS-PAGE法、及び抗λ抗体によるウエスタンブロッティングの結果、3症例のALアミロイド線維のいずれも、ほぼ完全なλ鎖、及びそれが限定分解されて出来たサイズの異なる数種のAL蛋白から構成されていた。これは、分子量の異なる複数のλ鎖フラグメントが、アミロイド線維形成に不可欠の共通領域を介して1本のアミロイド線維を構成することを示唆している。しかし、各分子量のλ鎖フラグメントが、それぞれ単一な蛋白組成のアミロイド線維を形成し、全体として蛋白組成の異なるアミロイド線維の集合が組織に沈着している可能性も否定できず、さらに検討を加える必要がある。(3)ALアミロイド線維分光蛍光定量法の至適条件:(i) ALアミロイド線維に結合したThTの極大励起・蛍光波長は、症例2:440-486 nm、症例3:450-485 nm、症例6:437-488 nmであった。ThTの極大励起・蛍光波長は、これまでに解析した種々のヒト、及びマウスアミロイド線維のそれとほぼ同じであった。(ii) 蛍光値は反応溶液のpHに依存し、全ての症例でpH 8.5に急峻なピークを認めた。(iii) ThTのKd値を求めると、症例2:約1μM、症例3:約0.9μM、症例6:約1.5μMであった。これはThTとアミロイド線維の結合部位の立体構造が異なっているためと考えられる。(4)ALアミロイド線維伸長の反応速度論的解析:(i) 電顕的観察により断片化アミロイド線維の明らかな伸長を確認した。(ii) 線維伸長の至適pHは、症例2、3、6でそれぞれpH2.5、3.5、2.0であり、いずれの症例でも酸性域にそのピークを認めた。興味深いことに、β2-ミクログロブリン関連アミロイド線維の伸長速度も、同様に酸性域で最大になる。AL蛋白、β2-ミクログロブリンは、いずれも免疫グロブリンスーパーファミリーに属しており、これら共通のドメイン構造を持つ前駆蛋白からのアミロイド線維形成には、共通する分子機構が存在すると推定される。 (iii) λ鎖が限定分解されて出来た低分子量AL蛋白を含む画分を断片化アミロイド線維と反応させた場合、線維伸長は容易に進行した。一方、ほぼ完全なλ鎖を含む高分子量画分と反応させた場合、伸長は相対的に起こりにくかった。これは高分子量画分内に共存する他の分子による阻害の可能性もあり、今後さらに精製されたAL蛋白を用いた検討が必要である。(iv) 反応速度論的解析は、いずれの症例も低分子量画分を用い至適pHで行った。いずれも反応開始後蛍光はラグタイム無く増加し、やがて平衡に達した。反応開始後蛍光が直線的に増加する範囲で伸長初速度を求めた。この結果、1) 伸長初速度はALアミロイド線維の数濃度に比例し、2) 重合初速度はAL蛋白濃度に比例し、3) 各AL蛋白濃度での伸長初速度は、重合初速度と脱重合速度(一定)の和で表された。つまりALアミロイド線維伸長は、一次反応速度論モデル、すなわち既に存在する線維断端に、前駆蛋白であるAL蛋白が立体構造を変化させながら次々に重合することにより起こる事が証明された。
結論
全国より集積した全身性ALアミロイドーシス剖検症例8症例について臨床的、及び病理学的に解析し、来年度に予定している蛋白の1次/2次構造と臨床的諸因子との相関解析のためのデータベースを構築した。次に、上記症例中3症例の新鮮凍結臓器より、ALアミロイド線維、及びAL蛋白を精製し、ThTを用いた分光蛍光定量法により、ALアミロイド線維の試験管内伸長が一次反応速度論モデルにより説明できることを明らかにした。

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