びまん性肺疾患に関する調査研究

文献情報

文献番号
199900571A
報告書区分
総括
研究課題名
びまん性肺疾患に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
工藤 翔二(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 工藤翔二(日本医科大学第4内科)
  • 阿部庄作(札幌医科大学第3内科)
  • 貫和敏博(東北大学加齢医学研究所)
  • 杉山幸比古(自治医科大学呼吸器内科)
  • 中田紘一郎(虎の門病院呼吸器科)
  • 吉澤靖之(東京医科歯科大学呼吸器科)
  • 林 清二(大阪大学第3内科)
  • 清水信義(岡山大学第2外科)
  • 曽根三郎(徳島大学第3内科)
  • 菅 守隆(熊本大学第1内科)
  • 津田富康(大分医科大学内科)
  • 大田 健(帝京大学内科学)
  • 滝沢 始(東京大学医学部付属病院検査部)
  • 倉島篤行(国立療養所東京病院呼吸器科)
  • 慶長直人(東京大学医学部呼吸器内科)
  • 千田金吾(浜松医科大学第二内科)
  • 田口善夫(天理よろづ相談所病院別所分院)
  • 石岡伸一(広島大学第二内科)
  • 小橋陽一郎(天理よろづ相談所病院病理)
  • 江石義信(東京医科歯科大学病理部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成11年度は二期目の初年度であり、これまでの第一期に着手した特発性間質性肺炎(IIP)、びまん性汎細気管支炎(DPB)、サルコイドーシスに関わる研究成果の進展を意図するとともに、診断基準見直し、重症度分類の策定、治療指針の普及などの新たな臨床的課題の遂行を目標とした。
研究方法
3疾患について、臨床的研究課題に関しては臨床疫学的方法、臨床病理学的方法によって、病因・病態解明に関しては特に細胞分子生物学的方法によった。
結果と考察
【特発性間質性肺炎】
1)病因・病態研究:
・肺線維症における新生血管の関与:特発性肺線維症(IPF)の初期病変において増殖している肺胞毛細血管の線維化病態への影響を肺線維症モデル動物を用いて検証した結果,増殖した血管内皮細胞に高産生されるアンジオテンシン変換酵素を介して変換されたアンジオテンシンIIによる線維化促進作用が示された。
・SODの間質性肺炎抑制効果:ブレオマイシン(BLM)誘発マウス肺線維症モデルを用いて、レシチン化Superoxide dismutase (PC-SOD)の影響について検討した結果、気管支肺胞洗浄(BAL)細胞におけるIL-1β及びPDGF-A mRNAの発現抑制が認められた。よって、PC-SODはマクロファージの産生するPDGF の発現を抑制することにより線維化抑制効果を示している可能性が示唆された。
・IL-10の間質性肺炎抑制作用:
Interleukin(IL)-10のin vivo遺伝子導入によりBLM肺傷害モデルの肺の炎症と線維化が抑制された。in vitroにおいてもTGFβによるtype I collagen mRNA誘導を、またヒト単球系細胞株THP-1の細胞内活性酸素の発生をIL-10は抑制した。IL-10は肺の炎症と線維化の両者に抑制的に働くことが示された。
・PDGFβレセプターの関与:
放射線肺臓炎モデルを用い、肺線維芽細胞のPDGFレセプター(PDGF-R)発現について検討した。細胞上のPDGF-Rβ発現が増強しており、放射線肺臓炎発症の一因と考えられた。
・TTVのIIP発症に対する関与:
IIPの病態におけるTTVの関与について、IIP33例の血清を用い、PCR法によりTTV-DNAを測定し、36.4%で陽性、TTV陽性IIP例の血清LDH値は有意に高値を示し、陽性例の3年生存率は58.3%で陰性例(95.2%)と比べ予後不良であり、TTV感染はIIPの活動性や予後に関与している可能性が示唆された。
・間質性肺炎に対する高血糖の関与:
IIPには高率に糖尿病を合併する(30%以上 vs 対照同年齢層9.4%)。高血糖がIIPに及ぼす影響をマウスを用い実験的に検討した。高血糖マウスではBLM誘発肺線維症が増強された。advanced glication endoproducts(AGEs) は線維化層、肺胞マクロファージに強く染色され、AGEsが線維化に関与している可能性が示唆された。
・MMPの役割に関して:
胎生期肺の発生過程において,MMP-2とその活性化に関与するMT1-MMPが肺胞上皮に陽性で、その活性化も亢進していた。このことは肺胞上皮細胞の再生に有利に作用するものと考えられる。
2)新しい活動性指標としてのKL-6, SP-A, SP-Dについて:
SP-A, SP-D, KL-6のIIPに対する診断的有効性を同一患者で比較検討した。その結果、血清SP-Dの初回時濃度が高い症例ほど,拘束性変化が顕著であることが示された。死亡例では3種マーカーの全てが有意に高い濃度を示した。以上より、SP-Dが呼吸機能の経年的低下の予測に有用であり、3種同時測定によって予後リスク判定に有用であった。
3)新しい治療法開発(重点班研究部門参照):
臨床研究
・サイクロスポリンA(CYA)によるIIPの治療効果:
IIPや一部の膠原病肺では、ステロイド剤を中心とした従来の治療効果は不十分である。そこでCYAを投与した症例のうち、急性悪化例 (18例)、慢性進行型活動性例 (26例) についてretrospectiveに検討した。難治性の膠原病急速進行性間質性肺炎例の一部でCYA投与により救命できた。また生存群は、死亡群に比べPaO2/FiO2が高値を示し、CYA併用の有用性が示された。慢性進行型活動性例でも、CYA単独治療で有効例を認め、有望な治療と思われた。また、prospectiveに急性増悪の治療にステロイドとCYA併用の結果、CYA併用群で良好な反応を得、ステロイド減量に伴う再増悪は認ず、非併用群に比較してCYA使用群で有意に長期の生存が得られた。
・コルヒチンによる治療効果:
in vitroで抗線維化作用を有するコルヒチン(1.0mg/day経口)を間質性肺炎慢性型の治療に用い、効果を検討した。8例をエントリーした。8例中1例に軽度の肝機能障害が見られ、投与を中止した。1例が急性増悪を起こし、ほか6例全てのKL-6値は改善し、肺胞・間質レベルでの傷害が軽減している可能性が示唆された。副作用の少ない治療法として長期間投与が可能であり、今後の治療効果が期待された。
・N(NAC)単独吸入療法の有用性:
間質性肺炎増悪症例に対するNAC吸入療法の有用性を臨床的に検討した。間質性肺炎増悪9症例を対照とし、NACを吸入させた。結果、IIP1例を含む9例中3例(33.3%)において自覚症状、血液ガス、画像、炎症パラメーター等が改善し、今後間質性肺炎症例に対し試みる価値のある治療法と考えられた。
実験的治療研究
・PDGFの役割/trapidil:
マウス肺線維症モデルで線維芽細胞の血小板由来成長因子(PDGF)について検討した。抗PDGF抗体の投与によりBALで炎症細胞の集積が抑制され、病理およびハイドロキシプロリン(HyP)も有意に改善した。さらにPDGF拮抗薬、trapidil(0.2~1mg/匹)によりBAL(好中球)、病理、HyPを有意に抑制した。またtrapidilは線維化後の投与でも有効であった。trapidilを含めPDGFの作用を抑制することは新たな治療として期待される。
・抗サイトカイン遺伝子治療:
新しい遺伝子導入法として、筋肉内遺伝子注入電気穿孔法を用い、human(h) IL-10遺伝子をマウスに導入したところ、HVJ-liposome腹腔内投与と比較して50pg/ml前後の高濃度を維持しできた。human decorin遺伝子を導入し、肺線維症モデルマウスにおいて抗線維化効果を検討し、ブレオマイシン導入誘発肺線維症がdecorin遺伝子導入によって軽減傾向を示した。
4)肺線維症合併肺癌の臨床病理学的検討:
・肺癌発生基盤に関する気道上皮細胞の分子遺伝学的解明:
IIPの前癌病変としての検討するため肺癌病変および間質性肺炎病変の遺伝子異常を検討した。肺癌合併 IIP 6例、IIP 単独例3例を対象とし、肺癌病変と正常組織、IIP 病変中の化生および細気管支上皮組織を採取しDNAを抽出した。肺癌病変では、6例中4例にFHIT 遺伝子の Loss of heterozygosity(LOH) を認めた。IIP 病変では64%で LOH を認めた。3例の IIP 単独例から採取した46検体中8検体(17%)で LOH を認め、抗 Fhit 抗体を用いた Fhit タンパク発現も低下していた。以上より、IIP 病変中に発癌に寄与する遺伝子異常の一部が存在することが示され、IIP 病変が前癌病変である可能性が示唆された。
・肺癌合併し易い間質性肺炎の組織像:
IIPの病理組織パターンにおける肺癌の合併率を明らかにするため、IIP 443例とCVD-IP 122例における肺癌合併率とその臨床像を比較検討した。IIP群では16.7%、CVD-IP群では3.3%に肺癌が合併し、IIP群(全例がUIP)で有意に高かった。UIPのみに肺癌が合併し、発生部位が線維化病巣に関連していることから慢性炎症や線維化の過程が発癌に関与している可能性が示唆された。
5)NSIPの位置づけについての検討:
原因不明の間質性肺炎で既存の分類に入れがたい症例(未分類型間質性肺炎)がかなりの頻度であり、診断、治療に混乱を生じている。主に病理学的側面から未分類型間質性肺炎の組織学的特徴、特にNSIPの占める位置および亜分類について検討した結果、予後も含めcellular およびfibroticの2群に大別されると考えられ。これらが単一疾患単位であるか否かについては今後さらに検討が必要である.
6)診断基準改訂(第四次)に向けて:
呼吸器学会評議員を対象として、IIP診断の現状と問題点、診断基準改訂の必要性、様式などについて、アンケート調査を実施するため、調査項目、質問項目などの作成を行った。
7)肺移植適応基準作成に向けて:
我が国の潜在的肺移植適応123例の原疾患は、原発性肺高血圧症34例,特発性間質性肺炎(IIP)等22例、リンパ脈管筋腫症(LAM)20例、Eisenmenger症候群12例、びまん性汎細気管支炎(DPB)9例、肺気腫8例、気管支拡張症4例、その他14例であった。文献による原疾患毎の閉塞性細気管支炎の術後合併頻度に関して、一定の傾向は見出せなかった。
【びまん性汎細気管支炎】
1)人種依存性と遺伝性要因の解明:
DPBの昨年度までの検討よりHLA-A, -B遺伝子座間に疾患感受性遺伝子の存在が示唆された。その候補領域を明確にするため、14種類の遺伝的マーカーを利用したハプロタイプ解析と関連分析を試みた。結果、HLA-B座より300 kbほどテロメアより(HLA-A座側)にある約200 kbの領域に感受性遺伝子が存在する可能性が強く示唆された。現在のところ、この領域に既知の遺伝子は同定されていない。
一方、多因子疾患として、HLAに関連しない遺伝子の関与も想定し、白血球の活性酸素産生に働くNADPH/NADH oxidaseおよび遊走能の増強効果で知られるGc-globulinの遺伝子多型について検討したが、有意な関連性を示さなかった。MBL遺伝子多型について、遺伝子多型G54Dの頻度は、繰り返し気道感染群では66.7%と健常人(32.7%)より有意に高値を示し、発症背景因子としての意義が推定された。
2)EM療法の作用機序の解明:
14員環マクロライド系抗生物質の抗炎症作用に関して、気道上皮細胞のサイトカイン/ケモカイン、接着分子の発現ないし産生、遊離にかかわる転写調節因子活性化についても検討した。その結果、治療域濃度のエリスロマイシン(10-6M)を種々の条件で前添加した系において、NFκB、 AP-1の活性化はPMAにより抑制された。一方、CREBについては全く影響がなく、IL-8などの転写調節に関わる作用と推測された。
また、EMのイオンチャネル抑制の作用機序に関して、気道上皮細胞の細胞内Ca2+動態に与える影響について解析した。EMはA549細胞におけるATP誘起性 [Ca2+]i スパイクを有意に抑制した。この抑制はプリン受容体であるP2Y、VDCCなどを介さず、P2X受容体からのシグナルを選択的に抑制することによって発揮されると推定された。またそのうちP2X4を抑制すると考えられた。呼吸器系におけるP2Xの生理機能がCl- 分泌などと共役していることから、 EMはP2X経由のCa2+流入を選択的に阻害して、慢性気道炎症時の気道過剰分泌を抑制する可能性が推測された.
3)DPB類似の末梢気道病変に対するEM療法の有効性検討:
DPB以外の細気管支病変に対するマクロライド療法の有用性を検討するため、マクロライド療法が無効のRA合併細気管支炎症例につき臨床病理学的に検討を行った。RA合併細気管支炎3症例を対象とした。いずれも閉塞性細気管支炎(OB)の特徴である過膨張、を示した。剖検例はOBであることが病理組織学的にも確認された。
4)治療指針に基づくニューマクロライド剤の副作用調査:
DPBに対するニューマクロライド療法の副作用調査を郵送法によるアンケート方式で行った。平成10年度のEMの副作用報告と同様に大きな副作用は認められず、安全な治療法であると考えられた。
5)DPB診断基準の改訂(第3次改訂)最終版:
主要臨床所見を診断上の重要度によって、必須・参考項目に区別し、診断の判定を「確実」、「ほぼ確実」、「可能性有り」の3段階に分けたものを最終案としまとめ、臨床現場への普及につとめることとした。
【サルコイドーシス】
1)病因としてのP. acnes の役割の明確化:
・P acnes DNA expression library を患者血清にてスクリーニングして得られたRP35抗原の全塩基配列を決定した。
・RP35抗原を用いて、患者末梢血リンパ球の刺激試験を行ったところ、サ症50症例中、9例(18%)においてサ症患者に特異的な高い反応性が認められた。サ症患者においては、本菌の菌体蛋白抗原に対するIV型アレルギー素因が、その発症に関与している可能性が示唆された。
2)治療指針の策定:
昨年までの臓器別重症度分類を基盤として、全国40施設へアンケート調査を行い、現場の医師のサ症治療の基本的な考え方と治療法について調査した。患者総数は1605名で、治療された患者は263名(16.4%)であった。その臓器別有効率は眼科症例で80%、循環器症例で56%、呼吸器症例で65%であった。今後これらのデータをもとに治療指針作成の作業を行う。
3)サルコイドーシス患者のQOL
これまでにサルコイドーシス(サ症)に関するQOL評価について、一般的QOL質問票であるMedical Outcomes StudyのShort Form (SF-36)を用いて、アンケート方式でQOLの評価を行い、全国標準値との比較および臨床所見との相関、重症度との相関について検討しSF-36がサ症の疾患反応性において不充分であるならば、サ症独自の特異的QOL質問票の開発を予定する。
結論
【特発性間質性肺炎】
病因・病態研究、新たな臨床診断指標の開発、新しい治療法の開発研究(重点班研究として継続)、臨床上の重要課題(第四次診断基準改訂、肺癌合併)など、複数の視点につき研究を進め、全般に進展が望めた。病因解明はきわめて難解な課題であるが状況が少しずつ整理されてきている。今後、再生医学を含めた手法を駆使して予後の改善策を模索したい。
【びまん性汎細気管支炎】
主要な疾患感受性遺伝子の解析の結果、HLA-B座より300 kbほどテロメアより(HLA-A座側)にある約200 kbの領域に感受性遺伝子が存在する可能性が強く示唆された。またEM療法の機序が細胞内シグナル伝達、遺伝子発現転写のレベルで解明され、作用点が絞られてきた。
【サルコイドーシス】
P. acnesのサ症病因論としての位置づけが、より明確化した。さらに原因抗原の同定が進められ、P. acnesのどの様な抗原が病態形成を引き起こすか、明らかにされるのも近いと思われる。また、宿主のP. acnesの反応様式についても、解明が進められた。一方、サ症の治療指針について臓器別に検討され、諸外国との整合性が計られた。

公開日・更新日

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