レジオネラ感染症の新しい診断技術の開発とその標準化に関する研究

文献情報

文献番号
199900465A
報告書区分
総括
研究課題名
レジオネラ感染症の新しい診断技術の開発とその標準化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
斎藤 厚(琉球大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 藪内英子(愛知医科大学)
  • 嶋田甚五郎(聖マリアンナ医科大学)
  • 山口恵三(東邦大学医学部)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 河野 茂(長崎大学医学部)
  • 二木芳人(川崎医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
レジオネラ感染症は市中肺炎および院内肺炎の主要な起炎菌の一つであるが,時に重症化し,適切な診断治療の遅れにより致死的な肺炎となりうるものである。従って,本症の迅速診断の確立が急務であり,本研究課題ではレジオネラ感染症の新しい迅速診断技術の開発とその標準化を第一の目的とする。本邦におけるレジオネラ感染症の発生状況,臨床像の解析とその感染源の探索,および生活環境におけるレジオネラ汚染状況に関する全国規模の調査を行い,本邦の現状に即した本症診断基準の作成を行う。レジオネラ感染症の病態および治療についても基礎的および臨床的研究を推進する。
研究方法
(1)主任研究者および分担研究者の研究施設において,全国から依頼のあったレジオネラ感染症疑い症例を対象に臨床検体(呼吸器検体,血清,尿)を用いて本菌の分離培養、血清抗体価、尿中可溶性抗原検出法、核酸増幅法、薬剤感受性試験などの検査を行い、その感度および特異度,検査結果一致率,迅速性,簡便性の点から各々の検査の有用性を検討した。(2)確定診断が得られた臨床症例を集積し,その臨床像と検査結果を併せて解析し、各種検査法の臨床診断的意義について解析した。また,本邦におけるレジオネラ肺炎の臨床像および画像所見(胸部単純X線,胸部CT)をまとめ,診断基準作成の基礎資料とした。(3)生活環境中のレジオネラ汚染状況を把握する試みとして温泉水,家庭用循環風呂,腐葉土を対象にレジオネラによる汚染調査を行った。また,疫学調査の手法としてパルスフィールド電気泳動法や単クローン抗体を用いて臨床分離株および環境分離株を対象に菌株のタイピングを試みた。(4)細胞内増殖菌であるレジオネラに対する各種抗菌薬の抗菌力を予測する方法として,マクロファージ細胞株(THP1,J774)を用いて細胞内増殖を抑制する最小濃度を菌数カウントあるいはレジオネラの細胞障害性を指標に決定した。(5)レジオネラ感染症の病態を明らかにするため,その病原因子を検討した。マクロファージに対するレジオネラのアポトーシス誘導能の検討,Signature tagged mutagenesisを用いた新しい病原遺伝子の探索を行った。
結果と考察
(1)レジオネラ肺炎に対する早期診断法としての尿中可溶性抗原検出法の検討:欧米にて認可されている尿中抗原検出キットを用いて,その有用性を検討した。従来の検査方法との比較において培養法,核酸増幅法,血清抗体価測定法の一致率は95.4%,97.6%,89.2%であり,尿中抗原検出法はレジオネラ症の診断に高い感度および特異性を有することが示され,一方3種類のキットを組み合わせて検査することによりL. pneumophila血清群1以外よるレジオネラ感染症の診断においても有用であった。尿中抗原検出法では本症発症初期より陽性結果が得られ,迅速性および簡便性にも優れたものであった。(2)レジオネラ肺炎の診断学的・臨床的特徴に関する検討:1992年10月から1999年9月までの7年間に確定診断のつけられたレジオネラ肺炎87名を対象にその診断学的および臨床的特徴について検討した。患者の平均年齢は58.7歳、男女比は69:18であった。80名が市中肺炎であり、28名では基礎疾患が認められなかった。診断は、培養で14名、血清抗体価測定で29名、尿中抗原検出で46名、PCR法で28名が陽性であった。推定起炎菌はL. pneumophila が61名と多く、うち血清型1が31名を占めた。胸部X線写真では35名が肺胞性陰影を示し、大部分は多発性であった。間質性陰影は5名のみであった。一つの検査のみ陽性となる症例も多く、感度・手技・キット間の差異
の問題はあるが、その診断には複数の検査法を組み合わせて総合的に判断することが必要と考えられた。鑑別診断については,特に重症の細菌性肺炎との鑑別が重要であるが,臨床像のみでは鑑別は困難な場合が多かった。CT所見では,キルト様外観を呈する淡い浸潤性陰影と気管支透亮像の明瞭な均等性陰影が特徴的であった。(3)本邦で分離された L. pneumophila 血清群 1 の臨床分離株 28 株と環境分離株37 株、計 65 株を用いて、パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法とモノクローナル抗体( MoAb )による型別を行った。各菌株の染色体を SfiI で消化し、PFGE を行った。バンドパターンを解析し、系統樹を作製した。65 株が、47タイプに分類された。冷却塔由来のものと温泉由来のものがそれぞれ別のクラスターを形成し、遺伝的に距離があることが示された。また、 L. pneumophila 血清群 1 に特異的で反応性の異なる 5 種類の MoAbにより抗原因子型を測定した。A、B、C、D、Eと仮称した抗原因子それぞれの有無で表わされる抗原因子型により全菌株は 13種類に分けられた。臨床分離株と環境分離株はそれぞれ 8種類に分けられた。臨床分離株と環境分離株の抗原因子型の分布には違いが見られた。特に、臨床分離株は 79% が抗原因子 Aを有するのに対し、環境分離株で抗原因子 A を有するものは 5.4% であった。PFGE による分類と MoAbによる型別との間には相関が見られ、両方の結果から、臨床分離株、冷却塔由来株、温泉由来株が、それぞれ異なる特徴をもっていることがわかった。わが国の腐葉土からのレジオネラの分離17検体のうち16検体からレジオネラを検出し、L.longbeachae 血清群1 ,L.bozemanii 血清群 1 などが分離された。園芸用培養土からのレジオネラ感染の危険性についてはさらに検討をおこなう必要がある。臨床症例の集積から温泉水,家庭用循環風呂に関連した発症例が確認され,これらが感染源として重要であることが示された。(4)細胞内レジオネラに対する抗菌力:ヒト肺胞上皮細胞であるA549内で増殖するL. pneumophilaに対する抗菌活性を測定し,細胞内増殖を抑制する細胞外薬剤最小濃度MIECとして示した。MIECとBYE-α液体培地を用いた微量液体希釈法によるMICを比較すると,マクロライド系薬,リファンピシン,ミノサイクリンはほぼ同等の値を示した。一方、臨床的にレジオネラ症に無効とされているβ-ラクタム系薬のMIECは全て>64μg/mlであった。また、ヒト単球株THP-1に用いた検討との比較から,レジオネラの細胞内増殖抑制効果は薬剤のみではなく感染細胞の種類によって相違があることが示された。(5)レジオネラの病原因子に関する研究:新しく開発された手法 signature tagged mutagenesis法を用いてレジオネラの病原遺伝子の検索を行った。13種類の病原遺伝子が同定され,そのうち8種類は新しく発見されたものであった。レジオネラが感染したマクロファージのアポトーシスを誘導する事をL.longbeachae 臨床株を用いて検討した。感染初期からマクロファージのアポトーシスがみられ,これらはカスパーゼの関与が示された。このようなアポトーシスは細胞内増殖能が欠損した変異株では誘導されなかった。
結論
レジオネラ感染症の新しい診断技術の開発として,特に迅速診断法である尿中抗原検出法を検討し,その有用性を明らかとした。本邦におけるレジオネラ感染症の実態およびその臨床像をほぼ明らかにした。これらの解析結果より,本症の診断基準を改定する。感染源としての温泉,家庭用循環風呂の危険性が示され,その安全管理が重要であると思われる。腐葉土についても,本菌群による汚染状況,感染症例など今後も監視を続けていく必要性が示された。本症の治療および病態の理解について有益な情報が集積された。

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