うつ状態のスクリーニングとその転帰としての自殺の予防システム構築に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900281A
報告書区分
総括
研究課題名
うつ状態のスクリーニングとその転帰としての自殺の予防システム構築に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
大野 裕(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小泉毅(青森県立精神保健福祉センター)
  • 大山博史(青森県立精神保健センター)
  • 一柳一朗(青森県立高等看護学院)
  • 三田禮造(弘前大学医学部)
  • 吉村公雄(国立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Disability Ajusted Life years (DALYs) を用いて精神医学的障害の影響が心血管疾患や呼吸器疾患に匹敵すると報告した世界保健機関WHOとハーバード大学グループの研究 は、精神医学的障害が公衆衛生的にきわめて重要な位置を占めることを強く印象づけた。しかもそのなかで行われた2020年の予測データからは、単極性の大うつ病が虚血性心疾患についでGlobal Burden of Diseaseの第2位に位置するようになることが明らかになった。このように、うつ病は有病率が高く、うつ病にかかることで死亡率が高まり、医療経済的にも大きな負担になることは広く認識されている。欧米の報告では、うつ病の時点有病率は、うつ病性障害の生涯有病率は、米国精神医学会の診断分類マニュアルである「DSM-IV 精神疾患の診断・統計マニュアル」によれば、男性で5%から12%、女性で10%から25%であり、時点有病率は3%から7%である。
また、プライマリーケアの臨床場面では5-10%、入院患者では10-14%の本患者がうつ病性障害にかかっていると推定されている。しかも、大うつ病性障害の診断基準を満たさない軽症うつ病の患者はその2倍から3倍に上るとされている。
世界精神医学会は、こうした問題を受けてプライマリーケア場面での介入が重要と考え、発展途上国を中心にプライマリーケア医に対する教育的支援を行い、うつ病の診断と治療の技能向上を図るプログラムを実施している。こうした試みはこのほかにも、英国をはじめとする様々な国で行われている。
このようにうつ病に対する治療効果を高めようとする試みは、それによって日常の機能障害を防ぎ、自殺を予防することにもつながる。我が国では、昨年初めて自殺者が3万人を越えて社会的な問題として認識されたが、自殺者の9割以上がその前に精神医学的障害に罹患していたということが各種の研究から明らかにされている。なかでも、うつ病はその最大の原因であり、とくに高齢者においてはその傾向が強まる。こうした状況を考えると、うつ病を早期に発見し、的確に治療することが極めて重要であり、すでにスウェーデンのゴットランドで行われた研究では一般医をトレーニングする導入することによって自殺率が減少したことを報告している。
そこで、本研究では、地域に介入することによってうつ病を早期に発見し、その転帰としての自殺を予防するためのマニュアル作成の基礎的調査を行った。
研究方法
高齢者のうつ病およびそのスクリーニングと自殺予防に関する先行研究を調査し、さらに参加協力の得られた青森県の一地域で調査を行った。青森県には60あまりの市町村があるが、そのなかから自殺による死亡率の高い地域を選び出し、調査・研究への協力を依頼し、協力の得られた地域を共同で調査を行った。つまり町の事業の健康事業の一環として調査への参加を呼びかけ「心の健康づくり教室」を開催し65歳以上の高齢者433名に、自記式のうつ病評価尺度であるSDSと、身体疾患を持つ人の不安とであるHADS(Hospital Anxiety depression Scale)、構造化面接であるCIDIの短縮修正版、痴呆スクリーニング、生きがい感尺度を施行し、同時に調査協力者の人口動態的背景を調査した。調査に当たっては、調査協力者が高齢であるために、すべて面接方式として保健婦が質問文を読み上げて、調査協力者が回答するという形で行い、「心の健康づくり教室」に参加できなかった人に対しては自宅訪問をして行った。また、地域住民のプライバシーの保護と主体性を尊重した。
結果と考察
研究結果=本研究では、まず、うつ病性障害と自殺、さらには身体疾患との関連について文献的考察を行い、自殺の危険性の高いうつ病のスクリーニングプログラムを開発すると同時に、うつ病と身体疾患の関連についても研究を進める必要性が明らかになった。
実際の調査では、地域の特性を明らかにして調査・研究を行うフィールドの選定を行い、利用可能なスクリーニング方法をレビューし、さらに上で、小泉らの報告にあるように、参加者の年齢の分布、HADSの抑うつ尺度得点、HADSの不安尺度得点、HADSの総得点、SDSの総得点、生活満足度、CIDIで陽性となった症状数の性別ごとの総数、平均値、標準偏差、平均値の標準誤差を表示したものである。さらに、性別による各項目の違いを検定したところ、男女間で有意な差は認められなかった。また、HADSで軽度ー中等度の問題があると考えられる10点から19点の人は91人、20点以上が7人であった。SDSでは、50-59点が4人、60点以上が2人であった。また、HADSの総得点とSDSの総得点の相関係数が0.619で有意に高いことが明らかになった。さらに、死および自殺に関してはSDSの方が予測率が高いことが推察された。
また、実際に調査を行った結果、いくつかの問題点が明らかになった。それは、質問紙自体に関しては、質問が多く時間がかかりすぎること、質問の内容がわかりにくいこと、質問が生活習慣と相容れないことであり、調査時期に関しても農作業の時期との関係を考慮する必要があることが明らかになった。
考察=実際の調査から、うつ病のスクリーニングとその転帰としての自殺の予防に関して、以下の点を今後さらに検討していく必要が明らかになった。
①アンケートの修正:より簡便にうつの人をスクリーニングできる質問紙を開発する。質問する時期を自由に設定できるようにして、現在のエピソードと過去のエピソードを聞けるようにする。質問項目は極力少なくし、社会文化的背景の影響を受けないように言葉を選択する。
②多面的なスクリーニングの実施:以下の4つの方法を検討する。
(a) 対象を町全体に広げ、集団検診などでスクリーニング
(b) 病院に簡易質問紙を置き、うつ状態の人をスクリーニング
(c)民生委員や保健推進委員の訪問時の使用
(d)スクリーニング質問紙や啓蒙目的のパンフレットの家庭への配布
③危険群への保健婦の介入:危険群へ保健婦が介入ができる体制を整える。また、精神的なものを表に出したくない、誰に相談して良いかわからないという声を考慮して、相談場所の設置を考える。
④地元医療機関との連携:うつ病に対しては地域における初期介入が重要であることがわかっており、一般臨床医、保健婦、精神科医の協力体制を確立する。ちなみに、世界精神医学会(WPA)はプライマリーケア場面での介入が重要と考え、発展途上国を中心にプライマリーケア医に対する教育的支援を行い、うつ病の診断と治療の技能向上を図るプログラムを実施している。こうした試みはこのほかにも、英国をはじめとする様々な国で行われている。
⑤うつ病や自殺に関する地域啓蒙活動プログラムの開発:自殺の問題をオープンに話し合える地域環境を整備する。そのために、講演会、パンフレットの作成・配布、レクリエーションのすすめ(冬でも集まって楽しめる機会の創造)、地域相談システムの確立、等を検討する。
⑥保健婦の技能向上プログラムを企画し実施:診断(見立て)と介入技法(含:カウンセリング技法)の獲得を目的として
⑦倫理的な問題についての検討:情報の取り扱い、同意、プライバシーの保護、等についてさらに検討する必要がある。
⑧うつ病と身体疾患の関連について明らかにする。
⑨必要に応じて受療行為を勧め、服薬遵守性を高めるための介入マニュアルを作成する。その際に、臨床試験で認められた治療の効果を意味するefficacyと、現実の臨床場面で認められる効果を意味するeffectivenessを区別して考えていくことが重要である。
結論
様々な視点から、地域に介入することによってうつ病を早期に発見し、その転帰としての自殺を予防するためのマニュアル作成の基礎的調査を行い、現在の問題点と今後の作業課題を明らかにした。

公開日・更新日

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