高齢者閉塞性肺疾患における総合的ケアのあり方に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900212A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者閉塞性肺疾患における総合的ケアのあり方に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
木田 厚瑞(東京都老人医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 高崎雄司(日本医科大学)
  • 西村浩一(京都大学大学院)
  • 赤柴恒人(日本大学)
  • 岡村樹(都立駒込病院)
  • 桂秀樹(東京都老人医療センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
7,480,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
問題点の一つは高齢者では慢性閉塞性肺疾患(COPD)と気管支喘息の重複病態が多いことである。臨床的にしばしば両者の厳密な鑑別は不可能に近いことがある。このことが本邦ではCOPDに対し本来は気管支喘息の治療として実施されるべき吸入ステロイド薬の使用頻度が北米に比較して著しく高い結果を生み出している可能性がある。また本邦のCOPDは諸外国に比較してさらに高齢化しているという特徴がある。高齢者のCOPD、気管支喘息の病態はどの程度、判別しうるのであろうか。また、治療によりQOLを向上させ、加えて医療にを節減し、効率的に使用していくために工夫しなければならないことは何であろうか。
本研究は以上のような問題点を解決することを目的として進めた。
研究方法
研究方法、結果=
1.高齢者の気管支喘息の病態をどのように判別するか
本研究では、高齢者(85歳以上)で臨床的に気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)と診断した計325名を対象とし、横断調査として血清IgE値、末梢好酸球数、肺機能、喫煙習慣、の関係につき検討した。
1)男性の方が女性よりIgE値が高い傾向を示した。既、現喫煙者は非喫煙者よりIgE値は高値であった。
2)既喫煙者のCOPD群と気管支喘息群では閉塞性換気障害の程度の差によりIgE値に差異が認められた。気管支喘息群では閉塞機転の増悪に従い、IgE値は高値となったが、COPD群では逆の関係がみられた。
3)末梢血好酸球数は男性、女性とも気管支喘息群の方がCOPDの喘息症状を伴わない群より有意に増加していた。また気管支喘息群のみでIgE値と好酸球数の間に相関関係が認められた。
以上より高齢者の気管支喘息とCOPDでは血清IgE値の臨床意義が異なっており特にCOPDで喫煙の影響が大きいことが示唆された。
従来の報告では若壮年層(15~54歳)と55歳以上の年齢層を比較すると後者ではIgE値は減少するとの報告がある。しかし本研究で検討した65歳以上の非喫煙者群では加齢とともに次第に低下する訳ではなく、ほぼ一定して低値であった。以上より、非喫煙者の高齢者ではIgE値は比較的低値であり、また加齢変化が少ないことが示唆された。
以上を要約すると、血清IgE値、末梢血好酸球数、肺機能からみると、高齢者の気管支喘息、COPDの病態に対し、喫煙歴は深く関与している可能性が高い。また、これら日常臨床で用いられている検査指標で両者がある程度、判別できる可能性が示唆される。これによって類似した両病態をある程度、区別して治療することが可能になると考えられる。
2.健常および閉塞性肺疾患を有する高齢者の呼吸困難に関する研究
息切れ、呼吸困難感は日常の診療では、きわめて頻度の高い自覚症状の一つである。高齢者では呼吸困難感は種々の病態で起こるが、危機的な臨床的サインの一つである可能性があること、また高齢者の行動を直接的に変化させたり、活動度を低下させる大きな要因となるという点で極めて重要な愁訴である。また呼吸困難感の評価は気管支拡張薬の選択、投与量など治療方針を決定するという際の有力な情報となる。
従来、呼吸困難感の客観的評価方法として、1)呼吸運動に対して一定の負荷を与えて判定する方法、2)呼吸困難スケールを用いる方法、3)運動負荷により呼吸困難感の変化をみる方法、などが知られている。しかし呼吸運動に一定の負荷を与えてその反応より呼吸困難感を評価することは不適切であるという報告が多い。
健常高齢者の肺機能検査、動脈血ガスの検査の際にOCDを測定し、年齢変化とこれに影響する因子につき検討した。総数は818例、平均年齢は76.4歳。男性355例、女性463例につき解析した。FEV1.0は加齢と伴に低下した。また、喫煙者では現、既いずれにおいても非喫煙者に比較してFEV1.0は低値であった。男女とも加齢とともにOCDは直線的に低下した。次にOCDに影響する因子につき検討した。高年齢化、VC、FVC、FEV1.0、MVVの低値はそれぞれOCDの低値の方向に有意に影響した。また男性でOCDが7以下のOddを1とすると女性では1.42であった。MVVが低下するに従いOdd比は増加し、80 l/min以上を1とすると、40~80 l/minで約3倍、40 l/min以下では約14倍であった。また高齢化とともに増悪し、65~69歳を1とすると85~89歳で約6倍、90~94歳では8倍に達した。以上よりOCDは高齢者の呼吸困難を簡便に評価する優れた方法であり、これには換気量、年齢が密接に影響することが判明した。
以上より呼吸困難感を簡便に判定する方法としOCDは極めて有用である。また、同年齢では女性の方が男性よりも呼吸困難感を訴えやすく、換気能力の低下とOCDは密接に関係することが判明した。また、高齢化するに従い呼吸困難感は相乗的に増強する。
3.高齢女性の慢性閉塞性肺疾患、気管支喘息における骨粗鬆症に関する研究
骨粗鬆症は高齢者、特に女性に高頻度に合併する疾患である。また高齢者のADL低下をきたし、腰痛などQOLを低下させる原因でもある。近年、慢性の呼吸器疾患患者に対して経口的にステロイド薬を投与した結果、骨粗鬆症の合併あるいは増悪がみられることが問題となっている。しかし高齢のCOPD患者で必ずしも経口的にステロイド薬の投与を受けていない軽症ないし中等症症例における骨粗鬆症の実態は不明である。そこで本研究では高齢者女性のCOPDにおける骨粗鬆症の合併の実態を、COPDと気管支喘息における骨粗鬆症合併について差異があるかどうかという点に着目し、検討した。
対象は65歳以上の女性とし、各々、無作為に抽出した17例を対象とした。Z scoreで示した骨密度はCOPDが気管支喘息より有意に低値であった。これはbody mass indexと有意に相関した。しかし、他の血清骨代謝マーカー(血清25-hydroxivitamin D、血清intact PHT、血清osteocalcin、尿中deoxypyridinoline)には差異は認められなかった。以上より、高齢女性のCOPDでは気管支喘息よりも骨粗鬆症が起こりやすいと結論した。
重症かつ難治性の慢性呼吸器疾患ではADL低下がQOLを低下させる大きな原因である。すなわち重症COPDでは高率に腰椎圧迫骨折が認められ、さらに重症COPDの治療では経口的なステロイド薬の長期投与が必要となることが多いが、これが骨粗鬆症の増悪因子となることが報告されている。本研究では経口ステロイド薬の投与をうけていない軽症、中等症の高齢女性COPD、気管支喘息を対象に骨粗鬆症の合併を比較検討した。COPDでは気管支喘息に比し有意に腰椎および全身骨骨密度の減少が認められ、高齢者女性では軽症、中等症の患者でも気管支喘息に比較しCOPDで高率に骨粗鬆症が合併することが判明した。
高齢女性で骨粗鬆症をきたす要因としてはADL低下、喫煙、飲酒、ステロイドホルモン等の薬剤、低栄養等が報告されている。今回の検討では、COPD患者の腰椎骨密度はADL、一秒量、吸入ステロイド総量、喫煙量とは相関がみとめられず、BMI、%IBWとのみ有意な正の相関を認めた。COPD患者ではいわゆるpulmonary cachexiaとよばれる低栄養状態をきたすことが知られている。今回の検討では喫煙量と骨密度には相関は認められなかった。しかしCOPDにおいてpink pufferといわれる低栄養状態を起こす原因として長年の喫煙の影響が考えられる。すなわち喫煙は高齢者におけるCOPDの発症と同時に低栄養、骨粗鬆症の背景因子として重要である。今後、男性例を含めた症例を集積して喫煙を含めた寄与因子の詳細な検討が必要である。
以上を要約すると、COPDは気管支喘息よりも骨粗鬆症を来しやすい疾患と考えられる。またこれは栄養学的指標、BMI(body mass index)と密接に相関することが判明した。本研究の結果は、高齢者のCOPDの治療方針の上では、栄養状態の改善が薬物療法と並び極めて大切であることを示唆するものである。
結果と考察
結論
1)日常の臨床で使われるような血清IgE値、末梢好酸球数、肺機能を組み合わせることによって高齢者にもCOPD、気管支喘息をかなりの部分まで厳密に区別しうることを明らかにした。
2)高齢化にともなった息切れが次第に強くなっていくが、これに影響する因子につき定量的に厳密に明らかにし得たことである。特に一般に女性の方が男性よりも呼吸困難感を訴えることが強い。また現喫煙者では逆に呼吸困難を訴えることが鈍くなっていることが明らかになった。高齢化とともに呼吸困難感は次第に強くなり60歳台を1とすると90歳台では約8倍に達することも明らかになった。これらのことはプライマリケアの段階で健常高齢者、COPD、気管支喘息の患者を診る上で新たに有力な情報を与えることになろう。
3)高齢者では腰痛など身体疼痛を訴えることが多いが、COPDでは気管支喘息よりも骨粗鬆症を合併する頻度が高いことを明らかにした。また、これが栄養状態と密接に関係することが明らかとなった。COPDの長期管理において栄養状態が極めて大切であることを示唆する新しい情報といえよう。

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