誤嚥性肺炎治療の新戦略

文献情報

文献番号
199900167A
報告書区分
総括
研究課題名
誤嚥性肺炎治療の新戦略
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
佐々木 英忠(東北大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 関沢清久(筑波大学医学部)
  • 曽根三郎(徳島大学医学部)
  • 安藤正幸(熊本大学医学部)
  • 米山武義(米山歯科クリニック)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本人の老年者の直接死因の一位を占める老人性肺炎は、従来オスラーの“肺炎は老人の友"との名言以来仕方のないこととあきらめられてきた。対象療法として起因菌の同定と感受性のある抗生物質をいかに使用するかに重点が置かれてきたが、一旦治癒しても繰り返し肺炎に至るため、老人性肺炎の死亡率は20年前と不変である。老人医療費の高騰が指摘されている今日、老人性肺炎の発生機序を解明し、予防法を開発することは極めて社会的意義が大きい。私共は、これまで老人性肺炎のほとんどは不顕性誤嚥に伴って口腔内雑菌や胃液を肺内へ誤嚥して生じることをつきとめ、不顕性誤嚥の病態解明を行ってきた。その結果、不顕性誤嚥は嚥下反射と咳反射の低下によって生じること、両反射は迷走神経知覚枝の頚部神経節で作られるサブスタンスP(SP)によって規定されていること、SPは大脳黒質線状態で作られるドーパミンによって規定されており、ドーパミンの減少は大脳基底核の脳血管障害によって生じることを見出した。即ち、老人性肺炎は脳血管性障害でも頻度の多い穿通枝血管の梗塞によって生じるという一連の病態を解明出来た。本研究では、この病態から不顕性誤嚥の治療法の解明を研究する。また、免疫研究を行う。せめて不顕性誤嚥をおこしても、口腔内雑菌の減少は誤嚥性肺炎予防になるか口腔ケアの有効性を実証する。
研究方法
1)ドーパミン補充療法(関沢清久) 老人福祉施設に入所中の老人、目標200人を2群に分け、一群にはパーキンソン病に用いる1/3量のレドーパ100~200mgを分2として経口投与する。投与前、投与後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年と嚥下反射、誤嚥性肺炎罹患率、ADL、認知機能を調査し非投与群と差が生じるか否か判定する。両群の被験者に高張食塩水を吸入させ喀痰誘発し、喀痰中のサブスタンスP濃度がドーパミンによる増加することを投与後3ヶ月目で測定する(Lancet 345:1447,1995)。2)ACE阻害剤投与(曽根三郎) 老人福祉施設に入所中の老人、目標200人を2群に分け、一群には高血圧症に用いる通常量のACE阻害剤を又は低血圧患者には半量を一日一回経口投与する。投与前、投与後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年と血圧測定、嚥下反射、誤嚥性肺炎罹患率、ADL、認知機能を調査し、非投与群と差が生じるか否か判定する。別群の被験者に高張食塩水を吸入させ喀痰誘発し、喀痰中のサブスタンスP濃度がドーパミン(ACE阻害剤)により増加することを投与後3ヶ月目で測定する(Lancet 3522:1069,1998)。3)免疫能測定(安藤正幸) 老人福祉施設に入所中の老人の細胞性免疫(ヘルパーT1)と液性免疫(ヘルパーT2)を調査し、肺炎の発生率を調べる。細胞性免疫を表すツベルクリン反応が低い老人では誤嚥性肺炎を起し易い予備成績を得た(JAGS in press)。又、寝たきり老人でも液性免疫の低下はなかった。4)インフルエンザワクチン効果(矢内 勝) 老人福祉施設に入所中の寝たきり老人でも液性免疫は低下していないことより、インフルエンザワクチン(3種類)を接種し、4ヶ月後の抗体価の上昇と誤嚥性肺炎の有無を調べると予備調査では誤嚥性肺炎を減少させた(Arch Int Med in press)。5)口腔ケア(米山武義) 老人福祉施設に入所中の老人、目標500人を2群に分け、一群には歯科医、歯科衛生士及び介護士により毎日少なくとも一回は口腔ケアを実施し、誤嚥性肺炎罹患率、発熱日数、ADL、認知機能を前、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、 1年目に調査し、非口腔ケア群との間に差が生じるか否か判定する。全国11施設の老人福祉施設において現在進行中であり、中間報告では口腔刺激により経管栄養より経口栄養に切り換えた例、口を
きくようになった例、風邪を引かなくなったなど全国の歯科医より報告があり、発熱日数も少なくなった印象を受けている。予備調査では、発熱日数が1/3に減少し(図4)、死亡率が口腔ケアで25%減少した。更に認知機能の改善効果についても調査する。
本研究は施設入所中の老人が対象となるが、誤嚥性肺炎治療を目的とするので、予備調査で本人又は家族の同意を得て実施しており、今後も行う。経管栄養を実施すべきか否かは倫理的に重要であり、客観的成績が必要である。食事開始前水のみテストでむせなくとも、咳反射が低下していることから、これらの人が経口摂取すると半分は誤嚥性肺炎を起こす。嚥下反射と咳反射のある閾値以上の人は不顕性誤嚥を生じるため経管栄養に踏み切るべきであるという基準作成を行う(佐々木英忠)。東北大学医学部倫理委員会の承諾を得る予定である。
結果と考察
私共は、老人性肺炎は不顕性誤嚥による場合がほとんどであることを証明した(Am J Respir Crit Care Med 150 :251,1994)。不顕性誤嚥は嚥下反射と咳反射の低下によって生じる(Lancet 355:1228,1990)。しかも、両反射ともに迷走神経知覚枝から逆行性に咽頭や気管に放出される神経ペプチドであるサブスタンスP(SP)によって正常に作動していることを見出した(Am Rev Respir Dis 148:1628,1993, 149:261,1994)。誤嚥性肺炎に罹患した人は、 SPが低下していた(Lancet 345:1447,1995)。従来より脳血管障害のある人は、誤嚥性肺炎に罹患することが知られていたが、同じ脳血管障害でも大脳基底核群における脳血管障害で誤嚥性肺炎が発生することを見出した(Arch Int Med 157:321,1997)。大脳基底核ではドーパミンが合成されているが、ドーパミンは迷走神経知覚枝を支配しておりSPを放出させ嚥下反射と咳反射の両反射を正常に作動させているため、両反射の低下は大脳基底核の障害に原因していると考えられた(Ito, Ido, Sasaki, Science 259:898,1993)。誤嚥性肺炎をおこした人にドーパミンを投与すると嚥下反射は正常化した(Lancet 348:1320,1996)。SPを放出させるカプサイシンを口腔内に少量投与すると嚥下反射が正常化した(Lancet 314:432,1993)。アンギオテンシン・変換酵素(ACE)阻害剤はSPの分解をも阻害するため咳反射を改善した(Am J Respir Crit Care Med 153:812,1996)。更に、ACE阻害剤を投与した群は嚥下反射を改善させることを見出し(Chest 113:1425,1998)、誤嚥性肺炎を1/3に減少させた(Lancet 352:1069,1998)。更に、寝たきり老人では細胞性免疫は低下するが(JAGS in press)、液性免疫は低下しないことを見出した(Arch Int Med in press)。従来、口腔内雑菌と肺炎起因菌とが一致することは解明されていたが(Johnason WG et al. Ann Intern Med 77:70,972)、なぜ不顕性誤嚥を生じるのかについては研究がなかった。食物を嚥下する際の障害を調べるためバリウム嚥下状態をX線透視下で観察する方法は古くより用いられているが、不顕性誤嚥は全く研究されていなかった。私共は嚥下反射と咳反射検査を細いカテーテルと蒸留水及びクエン酸という安価な方法により不顕性誤嚥を生じるか否かを診断できる方法を開発し、経口摂取可能か否かを客観的に判定できる方法も開発した。更に、予備研究としてACE阻害剤で肺炎を1/3に減少させた(Lancet 352:1069,1998)。ドーパミンを増やすアマンタジンで肺炎を1/5に減少させる予備研究もした。老人性肺炎の治療法の確立の目途がたってきたと言える。
結論
要介護老人200万人の基礎疾患は6割が脳血管障害を含む脳疾患を有し、直接死因は肺炎を主とする感染症が半数を占める。私共は、これまで本助成を得て脳血管障害の中で大脳基底核の脳血管障害がある人に誤嚥性肺炎を生じ易いことを見出した。大脳基底核の障害は黒質線状体で作られるドーパミンを低下させ、ドーパミン低下は不顕性誤嚥を防御する嚥下反射と咳反射を正常に働かせるサブスタンス P(SP)の合成を低下させる。SPの低下は嚥下反射と咳反射を低下させ不顕性誤嚥を生じさせ、肺炎に至るという一連の病態を解明してきた。本研究では以上の病態をふまえ関沢班員は①ドーパミンを投与した場合の誤嚥性肺炎の予防法の開発、曽根班員は②SP分解阻害作用も持つアンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤による誤嚥性肺炎の予防法の開発、安藤班員は③老人の免疫のうち寝たきり老人で細胞性免疫は低下するが液性免疫は低下しないという私共
の成績をふまえ細胞性免疫低下群が肺をおこし易いことを調査し、免疫能より肺炎予防法を調べる。⑤米山班員は口腔ケアによる肺炎予防効果を調べる。更に、佐々木班長は⑥肺炎予防のための経管栄養実施基準を作成する。3年間で肺炎罹患率を大幅に減らし医療費の抑制を測る。

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