文献情報
文献番号
199900154A
報告書区分
総括
研究課題名
プロテクターによる高齢者の転倒傷害予防(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
原田 敦(国立療養所中部病院)
研究分担者(所属機関)
- 山崎薫(浜松医科大学)
- 長屋政博(国立療養所中部病院)
- 田中英一(名古屋大学工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
13,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
高齢者の移動能力保持にとって骨折対策は大きな課題で、とりわけ大腿骨頚部骨折は、最も重症度が高く,発生率も経年的に増加しており、その予防策確立は21世紀に向けて大きな意義を持つ。骨粗鬆症により高齢者の大腿骨頚部骨強度は転倒外力の半分にも耐えなくなっており、防御動作ができないまま転倒した高齢者は容易に骨折に陥る。この骨折メカニズムを考慮すれば、骨強度の維持向上と転倒予防に加えて転倒時外力の減衰法が予防手段として期待されることになる。そのアイデアから生まれたのがプロテクターで、大腿骨頚部骨折に対して北欧で成果が上がっている。そこで本研究では転倒傷害の代表である大腿骨頚部骨折に対して、本邦における硬性及び軟性のプロテクターの有効性とコンプライアンスの検討(原田、山崎)、大腿骨頚部骨折既往患者や病院内転倒者など様々な高齢対象者に対するプロテクターの的確な適応の決定(山崎、長屋)、さらに個体別最適プロテクター開発のため、個体形状別有限要素モデルを作成する手法を開発して骨密度・骨形状の相違による骨折発生危険度を比較した(田中)。
研究方法
原田は、特別養護老人ホーム6施設で無作為前向きに硬質ヒッププロテクター試験を行い、プロテクター着用者と非着用者の間で大腿骨頚部骨折発生頻度を比較した。試験参加基準はADLが車椅子以上の女性で試験参加に同意した者とし、平均年齢83.2才の164名が試験に参加した。着用群88名と非着用群76名に無作為選別し、毎日転倒の有無と生じた外傷を記録した。6カ月以上観察できた例を解析対象として両群間の転倒と大腿骨頚部骨折の頻度を比較した。ほかに両群の身体的因子の測定、踵骨超音波骨評価も併せて行った。骨折予防効果は、両群の大腿骨頚部骨折頻度、1転倒当たりの大腿骨頚部骨折頻度、転倒者のみでの大腿骨頚部骨折率などで評価した。山崎は、軟性ヒッププロテクターを用いた試験を原田と同一プロトコールで行い、対象者60名に対して2週間以内で着用継続困難になった者(第1期脱落)、2週間以降の脱落例(第2期脱落)に分けてコンプライアンスを解析した。また大腿骨頚部骨折患者60例の重心動揺、筋力を一般女性住民転倒経験群93例と比較して転倒リスクを評価し、さらに同時期受傷の大腿骨頚部骨折のうち、両側性50例と片側性217例の比較から、両側大腿骨頚部骨折の危険因子を解析した。長屋は、1年間の高齢者包括医療病棟入院患者を対象として、転倒予測因子として、性、年齢、身長、体重、BMI、転倒不安感、転倒歴、骨折および外傷歴、入院時基礎疾患、内服薬、視力障害、聴力障害、血圧、血液検査、MMSE、日常生活動作の項目を入院後早期に調査し、前向きに入院中転倒の回数、時間、場所、転倒による外傷および骨折の有無を調べた。これらの項目から有意に転倒に関連があると思われたものを説明変数、転倒の有無を目的変数として多重ロジスティック回帰分析を行った。田中は、まず大腿骨の形状個体差を高精度に簡単に組み入れ可能な有限要素モデル作成手法を開発した。大腿骨の前捻角、頚体角、骨頭半径など形態パラメータから頚部位置、頚部軸を定め、断面形状パラメータから各断面を再現し、得られた形状を有限要素モデルに再分割し(パラメータモデル)、このモデルとCT画像より構築したモデル(CTモデル)を比較してその妥当性を検討した。さらにこのモデルで頚部断面積、骨密度分布を変化させて、骨頭荷重による頚部ひずみを比較することにより、形状・骨密度の骨折危険度への影響を解析した。最後に頚部下方と上方の皮質骨厚および海綿骨骨密度が異なるいくつかの有限要素モデルを作成し、大転子
荷重にて頚部ひずみを比較して両者が骨折危険度に及ぼす影響を検討した。
荷重にて頚部ひずみを比較して両者が骨折危険度に及ぼす影響を検討した。
結果と考察
原田は、硬質プロテクター試験を平均1.3年行った。着用群から23名と非着用群から8名が脱落した。コンプライアンスは74%と高率であった。継続を拒否して脱落した理由は、ゴムがきつい、トイレ時のめんどう、車いすや側臥位時に当たる等があげられていた。脱落例を除いた133名、着用群65名と非着用群68名に対して骨折予防効果の解析を行った。身体計測値は年齢、体重、身長、BMI、握力、大腿周囲径、上腕三頭筋部皮下脂肪厚で、身長を除いて両群に差はなく、踵骨超音波骨評価もSOS、OSIともにZ-Scoreも含めて両群間で差はなかった。転倒は、着用群は合計123回(1名当たり年間1.47回)、非着用群は合計89回(1名当たり年間1.02回)であった。転倒者は着用群で39名、非着用群で36名であった。両群間の年間転倒率と転倒者分布には差がなかった。大腿骨頚部骨折は着用群で1例が生じ、非着用群では8例発生した。年間大腿骨頚部骨折発生率は着用群で1.2%、非着用群では9.1%と着用群で低く、プロテクター着用の大腿骨頚部骨折に対するオッズ比は0.117であった。1転倒当たりの大腿骨頚部骨折率は、着用群0.6%、非着用群7%と、やはり着用群の大腿骨頚部骨折率は低く、1転倒当たりの大腿骨頚部骨折に対するプロテクター着用のオッズ比は0.0830であった。山崎の試験では、第1期脱落26%で、脱落理由は、窮屈、重い、動きにくい、トイレの不便、脱着しずらい、暑い、寝苦しいなどであった。第2期以降のコンプライアンスは57%で、第2期脱落の理由も、第1期とほぼ同様であった。大腿骨頚部骨折群は、一般女性住民転倒経験群と比して大腿四頭筋筋力、握力ともに低く、重心動揺計の全指標も大きかった。最後に両側大腿骨頚部骨折発生の危険因子を検討した、両側大腿骨頚部骨折受傷例の調査結果から定義した両側骨折群50例と片側骨折群217例で合併症をオッズ比により比較したところ、女性、痴呆症、パーキンソン病の3項目が有意なオッズ比を示し、両側骨折群で合併する率が有意に高い結果であった。大腿骨頚部骨折患者でこの3項目を有する者はプロテクター最適応例と考えられた。長屋の調査対象64名中、院内転倒者は43名であった。骨折6例中2例が大腿骨頚部骨折であった。転倒場所は、病室48件、食堂5件、トイレ5件、風呂場2件、廊下1件、その他4件であった。転倒時間は朝7時前後と夕方5時前後に集中していた。転倒関連項目は、転倒不安、転倒による骨折または外傷歴、痴呆、睡眠薬使用で、日常生活動作では、清拭、理解、社会的交流、問題解決、記憶の項目で転倒と関連した。多重ロジスティック解析では、転倒歴、清拭、問題解決が転倒と有意に関連がみられた。入院高齢者でこのような因子を有する者がプロテクターの適応となる可能性がある。田中は、まずパラメータモデルをCTモデルと比較し、大転子荷重による頚部各部における最大圧縮ひずみの骨幹軸回旋角ごとの変化が両者でほとんど一致しており、パラメータモデルの妥当性が示された。次にこのモデルで頚部断面積と皮質骨と海綿骨の骨密度をそれぞれに変えて検討した結果、海綿骨密度の変化よりはるかに弾性係数が高い皮質骨骨密度の方が頚部ひずみに影響し、頚部基部と骨頭基部の断面積変化による形状変化が急激であるほど、その部位の骨折危険度が高くなることを示した。さらに皮質骨厚変化の頚部ひずみへの影響は、頚部下方で少なく、頚部上方で大きかった。頚部上方の皮質骨厚減少は皮質骨剛性低下につながると考えられた。また、海綿骨骨密度増加により皮質骨厚にかかわらず、骨頭基部ひずみが減少した。この海綿骨密度の骨折危険度への影響は皮質骨が薄いほど大きくなった。原田の試験において、プロテクター着用が老人ホーム入所女性の大腿骨頚部骨折発生リスクを減少させ得たことは、その有効性の一つの証明であり、今後本法が広く用いられて良いと思われる。コンプライアンスは、原田の試験では74%と高かったが、山崎の試験では57%であった。原田の試験で着用群の大腿骨頚部骨折1例が非着用時に起こったことからも、コンプライアン
スが今後のプロテクター成否を左右するものと思われる。加えて、その適応を十分に明らかにしていく必要があるが、プロテクターの最適応として、山崎は痴呆やパーキンソン病を合併する片側大腿骨頚部骨折女性、長屋は転倒歴、清拭、問題解決を有する入院高齢者をあげた。このような臨床的研究と並んで、プロテクターのいっそうの改良は大変重要で、田中はその基礎となる個体別大腿骨有限要素モデルを作成して個別の大腿骨の骨折リスクをモデル計算で評価して、プロテクターの適応決定や個体別最適プロテクター開発の糸口を作った。プロテクターによる高齢者の転倒傷害予防には大きな可能性が期待されるが、本当にプロテクターの意義が社会に認知されるには、さらなる高品質品の開発に加えて、多種の対象者に対する成績と適応を明らかにすることが必要と考えられる。
スが今後のプロテクター成否を左右するものと思われる。加えて、その適応を十分に明らかにしていく必要があるが、プロテクターの最適応として、山崎は痴呆やパーキンソン病を合併する片側大腿骨頚部骨折女性、長屋は転倒歴、清拭、問題解決を有する入院高齢者をあげた。このような臨床的研究と並んで、プロテクターのいっそうの改良は大変重要で、田中はその基礎となる個体別大腿骨有限要素モデルを作成して個別の大腿骨の骨折リスクをモデル計算で評価して、プロテクターの適応決定や個体別最適プロテクター開発の糸口を作った。プロテクターによる高齢者の転倒傷害予防には大きな可能性が期待されるが、本当にプロテクターの意義が社会に認知されるには、さらなる高品質品の開発に加えて、多種の対象者に対する成績と適応を明らかにすることが必要と考えられる。
結論
高齢者の転倒傷害予防法としてのプロテクターは、老人ホーム試験にてその有効性が証明された。適応として両側大腿骨頚部骨折のリスクが高い例や転倒リスクが高い院内患者などがあげられた。また、大腿骨の個体形状別有限要素モデルを作成して個体別最適プロテクター開発の基礎とした。
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