発生工学を利用した老化・老化病モデルマウスの開発とこれに基づいた新規薬物設計に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900143A
報告書区分
総括
研究課題名
発生工学を利用した老化・老化病モデルマウスの開発とこれに基づいた新規薬物設計に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
本山 昇(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中山啓子(九州大学生体防御医学研究所)
  • 澤 洋文(北海道大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
19,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化の過程では、紫外線・電離放射線等の外界からのDNA障害性ストレス及び代謝の結果内因的に生じる活性酸素等の酸化ストレスに対する抵抗性・監視機構の減弱が重要な役割を果たしていると考えられている。また、ヒトの早老症患者においてDNA障害性ストレスに対して、ゲノムDNAの安定性を監視維持するメカニズムに関与する分子の変異が同定されているが、早老症発症のメカニズムについては解明されていない。そこで本研究では、線虫において生体ストレスに抵抗性を示すとともに長寿命を示す変異体で同定された遺伝子 Daf-16の哺乳類ホモログや直接生体ストレスに応答して重要な役割を果たすと考えられる分子、すなわち早老症を呈するAtaxia telengiectasiaの原因遺伝子ATMのターゲト分子であるChk1及びCds1 (Chk2)に着目して、発生工学を利用してこれらのノックアウトマウスを作成し、老化モデルマウスを開発し、生体ストレスに対する抵抗性の獲得メカニズムを明らかにするとともに、それらを標的とした薬剤の開発のモデルシステムを構築し、最終的には老化現象のメカニズムを解明し、老化・老年病の予防・遅延・治療及び薬物開発を目的とする。
研究方法
1.Daf-16のマウスおよびヒトホモログの単離と解析
マウスおよびヒトのDaf-16ホモログAFXおよびFKHRL1のクローニングは、EST(expressed sequence tag)とPCRを駆使して行った。細胞内局在を抗FLAG抗体で染色し共焦点蛍光顕微鏡で解析した。マウスAFXおよびFKHRL1のゲノムDNAは、129SV由来のLamdaFIXIIライブラリーより定法によりクローニングを行いマッピングした。それをもとに、転写開始点の直下から第一コーディングエクソンをloxP/neo/loxP-FALG-FKHRL1で置換するようなターゲッティングベクターを作成した。
2.早老症ATの下流分子Chk1およびChk2ノックアウトマウスの作成と解析
(1)Chk1ノックアウトマウス
定法に従ってノックアウトマウスを作成した。E2.5からE3.5の初期胚は卵管および子宮還流により採取した。E3.5日のblastocystをX線、UV照射およびDNA合成阻害剤aphidicolinで処理したので、4%パラホルムアルデヒドで固定した。抗phospho-Ser10/HistonH3抗体およびTUNEL染色した後、DAPIにて核を染色し、蛍光顕微鏡にて解析した。
(2)Chk2ノックアウトマウス
定法に従ってノックアウトマウスを作成した。また、高濃度G418選択によりChk2-/-ES細胞を樹立した。さらに、Chk2+/-マウス同士を交配し、E13.5日の胎児よりMEF(マウス胚性繊維芽細胞)を樹立し、これから定法により3T3化を行っている。Chk2-/-ES細胞に10GyのX線照射を行い継時的にBrdUを取り込ませた後、70%エタノール固定を行った。こうFITC標識抗BrdU抗体およびPIにて染色した後、FACSにて細胞周期の解析を行った。また、X線照射後、cell lysateを抽出しp53の発現を検討した。
結果と考察
1.Daf-16のマウスおよびヒトホモログの単離と解析
野生型AFXやFKHRL1は主に細胞質に局在したが、Aktによるリン酸化部位の変異体であるAFX-TMやFKHRL1-TMは、核に強く局在することが明らかになった。次にloss-of-function(ノックアウトマウス)およびgain-of-function(活性化AFXおよびFKHRL1ノックインマウス)の作成するために、Cre-loxP/neo/loxPを用いたシステムを用いた。まず、loxP/neo/loxPの下流にFLAGtagを付加したAFX-TMおよびFKHRL1-TM(loxP/neo/loxP-AFX-TMおよびloxP/neo/loxP-FKHRL1-TM)を作成した。このシステムでは、neo遺伝子が発現するので、下流のAFX-TMやFKHRL1-TMは発現しない。CreによってloxP間で組み換えが起こりneoが欠失したときのみ下流のAFX-TMやFKHRL1-TMが発現できるようになる。これを検証するためにloxP/neo/loxP-AFX-TMおよびloxP/neo/loxP-FKHRL1-TMの発現ベクター単独もしくはCre発現ベクターと同時にトランスフェクションを行い、抗FLAG抗体により細胞染色およびウエスターンブロットにより発現を検討した。loxP/neo/loxP-AFX-TMおよびloxP/neo/loxP-FKHRL1-TMの単独では発現は認められなかったが、Creを同時に発現させた場合のみ、AFX-TMおよびFKHRL1-TMの発現誘導が認められた。そこで、FKHRL1の転写開始部位の直下から第一コーディングエクソンをloxP/neo/loxP-FKHRL1-TMで置換するようなターゲッティングベクターを構築した。現在ES細胞に導入し、相同組み換えを起こしたクローンのスクリーニングを行っている。
2.早老症ATの下流分子Chk1およびChk2ノックアウトマウスの作成と解析
(1)Chk1ノックアウトマウス
Chk1-/-マウスはE3.5日からE7.5日の間に死亡することが明らかになった。E2.5日からE4.0日の初期胚を詳細に解析したところ、Chk1-/-では核の凝縮と断片化が認められた。Chk1は、DNA複製の停止やDNA傷害に対して、DNA修復によりゲノムのintegrityを維持するために細胞周期をG2で停止させるチェックポイント制御に極めて重要な役割を果たしていることが明らかになった(Takai H, K Tominga, N Motoyama, H Nagahama, T Tsukiyama, K Ikeda, M Nakanishi, K Nakayama, K. Nakayama. Aberrant Cell Cycle Checkpoint Function and Early Embryonic Death in Chk1-/- Mice., 投稿中)。 Chk1-/-マウスが胎生致死となってことから、老化におけるChk1キナーゼの役割はChk1-/-マウスを用いて解析できなくなったが、Chk1は染色体上でATMの近傍に位置することからhaploinsufficiencyなども考えられるので、現在Chk1+/-マウスに4GyのX線照射を行い、その後の寿命や発ガンに対する影響を追跡調査中である。また、Cre/loxPのシステムを用いた組織特異的ノックアウトマウスも作成中であり、胎生致死を克服しある特定の組織におけるChk1の老化に対する役割を解析する予定である。
(2)Chk2ノックアウトマウス
Chk2+/-マウスは、外見上全く異常が認められていない。また、高G418選択でChk2-/-ES細胞の樹立に成功した。この細胞を用いて、DNA傷害における細胞周期チェックポイントを解析した。Chk2-/-ES細胞においてもX線照射に応答してG2 arrestが起こることが明らかになった。このG2 arrestは、ATMやATRの阻害剤であるカフェインで処理することにより消失した。これらのことから、DNA傷害におけるG2チェックポイントには、Chk2はあまり関与しておらず、ATMやATRの下流に存在する他の分子、おそらくChk1が関わっていることを示唆している。Chk2-/-細胞においてDNA傷害に応答してp53が安定化されるかどうかを検討した。Chk2+/+およびChk2+/-ES細胞では、X線照射によりp53分子の安定化が認められた。しかし、Chk2-/-ES細胞では、p53分子の安定化は起こらなかった。Chk2はDNA傷害時にp53をリン酸化することによって安定化し、p53の活性化に寄与していることが考えられる。興味深いことに、p53の変異が原因であるLi-Fraumeni Syndromeのp53に変異が見つからない患者において、Chk2の変異が同定されている(Bell DW, et al., Science 286: 2528, 1999)。これらのことからChk2とp53との機能的なinteractionが考えられるため現在Chk2ノックアウトマウスとp53ノックアウトマウスの交配を開始している。また、p53は細胞周期のチェックポイントのみならず、p53R2を介してDNA修復にも関与していることが明らかになり(Tanaka H, et al., Nature 404: 42, 2000)、Chk2はp53の上流で働くと考えられるので、Chk2-/-マウスではDNA修復がうまく働かずゲノムのinstabilityが生じている可能性が考えられるので、Chk2ノックアウトマウスの寿命やガン化を追跡調査してATに見られる老化症状などの症状が見られるか検討していく予定である。
結論
1.線虫の長寿命に関わる遺伝子の発現を制御していると考えられるDaf-16のマウスおよびヒトホモログをクローニングし、その活性はAktによるリン酸化によって細胞内局在を変化させることで制御されていることを明らかにした。
2.早老症の一つであるAtaxia Telengiectasia(AT)の原因遺伝子ATMの下流ターゲット分子であるChk1およびChk2ノックアウトマウスの作成を行った。Chk1はDNA複製チェックポイント、DNAダメージチェックポイントにおいげG2 arrestを起こすのに重要な機能をはたしていることを明らかにした。一方、Chk2はガン抑制遺伝子p53の安定化に重要な機能を果たしており、チェックポイントのみならずDNA修復にも関与することを示唆する結果を得た。

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