文献情報
文献番号
199900141A
報告書区分
総括
研究課題名
新たな血管の老化予防法の開発をめざしたコレステロール逆転送系調節機序の解明
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
堀内 正公(熊本大学医学部生化学第二講座)
研究分担者(所属機関)
- 横山信治(名古屋市立大学医学部生化学第一講座)
- 松本明世(国立健康栄養研究所臨床栄養部)
- 新井洋由(東京大学大学院薬学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
高脂血症・動脈硬化は、日本人の死因の第二位をしめる心臓病、特に虚血性心疾患の最も重要な基礎病態である。臨床疫学的な研究から、血中HDL(高比重リポ蛋白質)コレステロール値と虚血性心疾患の発症頻度の間には,負の相関が認められている。この事実を生理学的に説明するものとして、コレステロール逆転送系(reverse cholesterol transport)が存在する。本経路は、末梢細胞から肝臓に至るコレステロールのダイナミックな代謝系である。すなわち、動脈硬化病変のマクロファージ由来泡沫細胞などの末梢細胞に蓄積したコレステロールが、HDL或いはHDLの主要アポリポ蛋白質であるアポ A-Iによって引き抜かれ、HDL粒子上でのコレステロールエステル(CE)への変換を経てコレステロールエステル転送蛋白質(CETP)によるLDL(低比重リポ蛋白質)やVLDL(超低比重リポ蛋白質)へのCEの転送によって、或いはHDLからHDL受容体であるSR-BIを介して直接CEが肝細胞に取りこまれる一連の過程である。結果として、動脈硬化病変の進展抑制、更には退縮が期待され、抗動脈硬化的に作用すると考えられている。
「HDL = 善玉コレステロール」として一般に受け入られているが、HDLがなぜ善玉でありうるのかといった基本的な問題に対する解答のないまま概念だけが先行したきらいがある。そこで本研究では,コレステロール逆転送系に関与する個々の機能分子の構造及び機能を解明することを目的としている。具体的には、堀内が総括及びHDLによる引き抜きの対象となる細胞の遊離コレステロールプールの調節機序を、横山が遊離コレステロールの細胞膜への輸送とアポ蛋白A-Iによる引き抜きの分子機序を、松本がCETP遺伝子の脂肪酸による発現調節機構を、更に新井がコレステロール逆転送系の最終ステップのHDLから肝細胞へのCEの選択的輸送系の機構の解析を担当する。得られる成果は、コレステロール恒常性の理解と、HDL機能に基づいた新たな動脈硬化治療薬の開発並びに予防法の確立に、基礎的な情報を提供することが期待される。
「HDL = 善玉コレステロール」として一般に受け入られているが、HDLがなぜ善玉でありうるのかといった基本的な問題に対する解答のないまま概念だけが先行したきらいがある。そこで本研究では,コレステロール逆転送系に関与する個々の機能分子の構造及び機能を解明することを目的としている。具体的には、堀内が総括及びHDLによる引き抜きの対象となる細胞の遊離コレステロールプールの調節機序を、横山が遊離コレステロールの細胞膜への輸送とアポ蛋白A-Iによる引き抜きの分子機序を、松本がCETP遺伝子の脂肪酸による発現調節機構を、更に新井がコレステロール逆転送系の最終ステップのHDLから肝細胞へのCEの選択的輸送系の機構の解析を担当する。得られる成果は、コレステロール恒常性の理解と、HDL機能に基づいた新たな動脈硬化治療薬の開発並びに予防法の確立に、基礎的な情報を提供することが期待される。
研究方法
堀内は、細胞内の遊離コレステロールレベルを調節している酵素、アシルCoA:コレステロールアシル基転移酵素(ACAT)のアイソザイムの活性調節機構を、特にマクロファージに発現するアイソザイムであるACAT-1に注目して検討した。具体的には、ヒト単球白血病細胞、THP-1細胞を1,25-ジヒドロキシビタミンD3、9-シス-レチノイン酸などの分化誘導因子と保温し、ACAT-1発現に対する効果を検討した。またヒト単球由来マクロファージのACAT-1の細胞内分布を、ヒトACAT-1特異抗体を用いた免疫電子顕微鏡にて超微形態学的に検討した。同時に、アセチルLDLによる泡沫化によるACAT-1の細胞内局在の変化を検討した。
横山は、マウス白血病細胞RAW264を用い、アポA-Iの結合とHDL新生の関連、cAMPのHDL新生に対する効果を検討した。またTHP-1細胞をホルボールエステル (PMA)で分化を誘導し、カベオラに局在するコレステロール結合蛋白質(caveolin-1)、タンジール病の原因遺伝子と目されるABC1の発現とHDL新生の関連を検討した。またマウスに抗酸化剤として動脈硬化治療に用いられているプロブコールを投与し、血中脂質に対する影響、腹腔マクロファージのHDL新生に対する影響を検討した。
松本は、ヒト肝癌細胞(HepG2細胞)を用い、種々の遊離脂肪酸のCETP発現に対する効果を検討した。具体的にはHepG2細胞を種々の脂肪酸と保温した後、細胞に発現するCETP mRNAをノーザンブロットにで、培地中へ放出されるCETP蛋白をELISA法で測定した。特に脂肪酸の不飽和度とCETP発現の関連を解析した。
新井は、HDL受容体であるSR-BIの細胞質部分に結合する蛋白質として同定されたCLAMPの生理的役割を検討した。具体的には、ラット肝臓におけるSR-BIとCLAMPの生理的結合状態を特異抗体を用いた免疫沈降法にて検討した。またCLAMPを恒常的に発現したCHO細胞にSR-BIをさらに一過性に発現させ、SR-BI及びCLAMPの細胞内分布を免疫細胞染色で検討した。両者を共発現させたCHO細胞を用いて、HDLコレステロールの取り込み、細胞内コレステロール代謝におけるCLAMPの役割を検討した。ラット肝臓の膜画分からシヌソイド膜とカナリキュラー膜を調製し、CLAMPの局在を検討した。
横山は、マウス白血病細胞RAW264を用い、アポA-Iの結合とHDL新生の関連、cAMPのHDL新生に対する効果を検討した。またTHP-1細胞をホルボールエステル (PMA)で分化を誘導し、カベオラに局在するコレステロール結合蛋白質(caveolin-1)、タンジール病の原因遺伝子と目されるABC1の発現とHDL新生の関連を検討した。またマウスに抗酸化剤として動脈硬化治療に用いられているプロブコールを投与し、血中脂質に対する影響、腹腔マクロファージのHDL新生に対する影響を検討した。
松本は、ヒト肝癌細胞(HepG2細胞)を用い、種々の遊離脂肪酸のCETP発現に対する効果を検討した。具体的にはHepG2細胞を種々の脂肪酸と保温した後、細胞に発現するCETP mRNAをノーザンブロットにで、培地中へ放出されるCETP蛋白をELISA法で測定した。特に脂肪酸の不飽和度とCETP発現の関連を解析した。
新井は、HDL受容体であるSR-BIの細胞質部分に結合する蛋白質として同定されたCLAMPの生理的役割を検討した。具体的には、ラット肝臓におけるSR-BIとCLAMPの生理的結合状態を特異抗体を用いた免疫沈降法にて検討した。またCLAMPを恒常的に発現したCHO細胞にSR-BIをさらに一過性に発現させ、SR-BI及びCLAMPの細胞内分布を免疫細胞染色で検討した。両者を共発現させたCHO細胞を用いて、HDLコレステロールの取り込み、細胞内コレステロール代謝におけるCLAMPの役割を検討した。ラット肝臓の膜画分からシヌソイド膜とカナリキュラー膜を調製し、CLAMPの局在を検討した。
結果と考察
堀内は、THP-1細胞を1,25-ジヒドロキシビタミンD3、9-シス-レチノイン酸で処理すると、ACAT-1蛋白、mRNA及びACAT活性が有意に上昇することをみいだした。特に1,25-ジヒドロキシビタミンD3は生理的な濃度でACAT-1の発現を誘導するため、単球・マクロファージにおけるACAT-1発現誘導因子として注目される。ヒトマクロファージにおけるACAT-1の細胞内局在を超微形態学的に検討すると、定常状態のマクロファージではACAT-1は小胞体に限局しているが、アセチルLDLでマクロファージを泡沫化すると、50-150 nmのACAT-1陽性のベジクルが細胞内に多数形成された。小胞体のマーカーであるGRP-78を用いてもベジクルがみられ、泡沫化に伴う小胞体のベジクル化が生じていることが示唆された。このACAT-1陽性ベジクルの形成は、遊離コレステロールのACAT-1への近接を促進しACAT反応を促進している可能性がある。
横山は、Raw264からの脂質の放出(HDL新生)はアポA-Iの結合量に相関することをみいだした。アポA-IによるHDL新生は未分化THP-1細胞でも生じるが、生じたHDLはリン脂質を含むもののコレステロールは含まれていなかった。PMAで分化を誘導するとcaveolin-1、ABC1の発現が増加し、新生HDLへのコレステロール積み込みも増加した。このときアンチセンスDNAによりcaveolin-1の発現を抑制するとコレステロールの積み込みは減少した。以上の結果からcaveolin-1がアポA-IによるHDL新生に必須の役割を果たしていることが示唆された。マウスにプロブコールを投与すると血中HDLの急激な減少が生じた。この時採取した腹腔マクロファージはアポA-IによるHDL新生が低下しており、タンジール病と同様の病態が生起していることが示唆された。
松本は、HepG2細胞を長鎖不飽和脂肪酸と保温すると細胞のCETP mRNA、培地中に分泌されたCETP蛋白は有意に低下することをみいだした。飽和脂肪酸にはこの様な効果はみられなかった。不飽和脂肪酸の中でも、特に不飽和度4以上のアラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸でその効果が顕著であった。
新井は、ラット肝臓膜画分を可溶化し抗CLAMP抗体による免疫沈降を行うと、SR-BIも共沈することをみいだした。CLAMPをCHO細胞に発現させ免疫細胞染色を行うと、細胞質全体が染色されたが、SR-BIを共発現させるとCLAMPは細胞膜周辺に限局して染色された。以上の結果は、SR-BIとCLAMPが生理的状態で結合することを強く示唆する。SR-BI、CLAMPを共発現したCHO細胞は、SR-BI単独発現細胞に比しSR-BI蛋白の発現が多く、HDL結合量、HDL中の放射標識CEの選択的取り込みも上昇していた。放射標識CEの細胞内での代謝を検討すると、SR-BI、CLAMP共発現細胞ではSR-BI単独発現細胞に比し、CEから遊離コレステロールへの変換が抑制されていた。この結果はCLAMPが細胞内のCEの輸送・代謝に関与している可能性を示唆している。シヌソイド膜、カナリキュラー膜におけるCLAMPの分布を検討してみると、シヌソイド膜に存在することが明らかになった。
横山は、Raw264からの脂質の放出(HDL新生)はアポA-Iの結合量に相関することをみいだした。アポA-IによるHDL新生は未分化THP-1細胞でも生じるが、生じたHDLはリン脂質を含むもののコレステロールは含まれていなかった。PMAで分化を誘導するとcaveolin-1、ABC1の発現が増加し、新生HDLへのコレステロール積み込みも増加した。このときアンチセンスDNAによりcaveolin-1の発現を抑制するとコレステロールの積み込みは減少した。以上の結果からcaveolin-1がアポA-IによるHDL新生に必須の役割を果たしていることが示唆された。マウスにプロブコールを投与すると血中HDLの急激な減少が生じた。この時採取した腹腔マクロファージはアポA-IによるHDL新生が低下しており、タンジール病と同様の病態が生起していることが示唆された。
松本は、HepG2細胞を長鎖不飽和脂肪酸と保温すると細胞のCETP mRNA、培地中に分泌されたCETP蛋白は有意に低下することをみいだした。飽和脂肪酸にはこの様な効果はみられなかった。不飽和脂肪酸の中でも、特に不飽和度4以上のアラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸でその効果が顕著であった。
新井は、ラット肝臓膜画分を可溶化し抗CLAMP抗体による免疫沈降を行うと、SR-BIも共沈することをみいだした。CLAMPをCHO細胞に発現させ免疫細胞染色を行うと、細胞質全体が染色されたが、SR-BIを共発現させるとCLAMPは細胞膜周辺に限局して染色された。以上の結果は、SR-BIとCLAMPが生理的状態で結合することを強く示唆する。SR-BI、CLAMPを共発現したCHO細胞は、SR-BI単独発現細胞に比しSR-BI蛋白の発現が多く、HDL結合量、HDL中の放射標識CEの選択的取り込みも上昇していた。放射標識CEの細胞内での代謝を検討すると、SR-BI、CLAMP共発現細胞ではSR-BI単独発現細胞に比し、CEから遊離コレステロールへの変換が抑制されていた。この結果はCLAMPが細胞内のCEの輸送・代謝に関与している可能性を示唆している。シヌソイド膜、カナリキュラー膜におけるCLAMPの分布を検討してみると、シヌソイド膜に存在することが明らかになった。
結論
ACATの活性調節機構について、単球・マクロファージにおけるACAT-1発現誘導因子として1,25-ジヒドロキシビタミンD3を同定した。マクロファージの泡沫化に伴い、小胞体に由来するACAT-1陽性のベジクルが多数生じた。
アポリポ蛋白質のHDL新生反応について、単球・マクロファージの分化に伴って発現が増加するcaveolin-1 の関与が示唆された。プロブコールはアポA-IによるHDL新生を抑制し、マウスの血中 HDLレベルを減少させた。
遊離脂肪酸によるCETPの発現調節について、高度不飽和脂肪酸はHepG2細胞におけるCETPの発現を抑制することが示された。
HDLから肝細胞へのCEの選択的輸送系に関して、HDL受容体結合蛋白質(CLAMP) のモノクローナル抗体を作製し、SR-BIとCLAMPが肝臓のシヌソイド膜側で生理的に結合していることを明らかにした。CLAMPはSR-BIの安定性を高めると同時に、レセプターを介して取り込まれたCEの細胞内輸送及び代謝経路を決定する役割を果たしている可能性が示唆された。
アポリポ蛋白質のHDL新生反応について、単球・マクロファージの分化に伴って発現が増加するcaveolin-1 の関与が示唆された。プロブコールはアポA-IによるHDL新生を抑制し、マウスの血中 HDLレベルを減少させた。
遊離脂肪酸によるCETPの発現調節について、高度不飽和脂肪酸はHepG2細胞におけるCETPの発現を抑制することが示された。
HDLから肝細胞へのCEの選択的輸送系に関して、HDL受容体結合蛋白質(CLAMP) のモノクローナル抗体を作製し、SR-BIとCLAMPが肝臓のシヌソイド膜側で生理的に結合していることを明らかにした。CLAMPはSR-BIの安定性を高めると同時に、レセプターを介して取り込まれたCEの細胞内輸送及び代謝経路を決定する役割を果たしている可能性が示唆された。
公開日・更新日
公開日
-
更新日
-