地域がん登録等の個人医療情報保護の法制化のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199900058A
報告書区分
総括
研究課題名
地域がん登録等の個人医療情報保護の法制化のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
高石 昌弘((財)厚生統計協会理事)
研究分担者(所属機関)
  • 大島 明(大阪府立成人病センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内閣に設けられた高度情報通信社会推進本部個人情報保護検討部会は1999年11月に「我が国における個人情報保護システムの在り方について(中間報告)」を公表し、2000年2月には同本部に個人情報保護法制化専門員会が発足して、2001年春の国会における個人情報保護基本法案の上程に向けて作業を開始した。このようななかで、わが国及び諸外国の地域がん登録における個人情報保護について、その経緯と現状を調査し、個人情報保護に十分留意しながら、個人医療情報の適切な利活用を図ることができるよう、地域がん登録の制度的な在り方について提言することが本研究の目的である。
研究方法
まず、わが国における地域がん登録における個人情報保護について、地域がん登録全国協議会(理事長:大島 明)加盟の34道府県市の登録室に対して調査票を用いて調査した。次に、欧米(欧州連合、米国など)における地域がん登録の仕組みと地域がん登録における個人情報保護の現状ならびに法制度について、当事者からの報告を求める一方、文献による調査を行った。その上で、わが国における地域がん登録の現状と課題を整理し、わが国の地域がん登録と個人情報保護の在り方について提言するため、オープンの班会議を開催し、210人の参加のもとに、「がん登録等疫学研究における個人情報保護」のテーマで討議を行った。
結果と考察
1.がん登録における個人情報保護に関するアンケート調査:地域がん登録全国協議会加盟の34登録に対して調査票を送付し、31登録室から回答を得た。
(1)厚生省がん研究助成金による「地域がん登録の精度向上と活用に関する研究班」が1996年にまとめた「地域がん登録における情報保護」ガイドラインに示されたデータ収集、整理、蓄積における個人情報保護対策の遵守については、21登録は特に困難な点はなかったとしたが、残りの10登録では困難な点があったとしていた。困難であった点として、郵便における書留の扱い、登録室への入室者の制限、個人情報資料保管のための安全なスペース確保などがあげられた。機密保護に関する規約があると回答したのは20登録であった。データ利用における個人情報保護対策についてのガイドライン遵守については、23登録は困難な点はないとしたが、7登録では困難があったとしていた。データ利用の可否に関する審査委員会が設置されていると回答したのは20登録であった。
(2)16府県市では個人情報保護条例が既に制定され、8県で近く制定の予定であった。これら24府県市のうち、9府県市ではがん登録事業について個人情報保護審議会等で公式議論がなされ、うち5府県市では条例制定前とほぼ同じ形でがん登録事業の認知を受けていた。1県では相当制限を加えた形で認知の見込みと回答、1県では「認知はされているが本来法律に規定に基づくべき」との個人情報保護審議会からコメントされ、残り2県はなお議論の途上であるが、1県では本人同意が必須との指摘、他の1県では法制化が必要との指摘がなされたと回答した。
(3)個人情報保護をめぐる動きのなかでの支障の有無については、20県市では特になかったとしたが、9県ではあったと回答した。その具体的事例としては、プライバシー保護を理由としての医療機関側の届出に対する非協力・躊躇が4県、個人情報保護条例を理由にした自治体病院からの採録制約と届出への非協力が各1県、がん患者からの登録抹消要求が1県、補充票への協力躊躇が1県、登録担当側からの予後情報還元への制約が1県あった。
2.欧米における地域がん登録の仕組みと地域がん登録における個人情報保護の現状ならびに法制度の調査:
(1)IACR(国際がん研究機関)の記述疫学部長のDr. Parkin による報告「情報保護とがん登録―背景とIACRの役割―」:個人に関する医療情報の収集は、公衆衛生、あるいは他人の利益になる研究に利用されるが、当該の個人に直接の効用がないことがある。がん登録の場合、これにあてはまる。がん登録ではがんというセンシテイブな情報と患者の個人同定可能データを収集するが、それはがん登録ファイルの間での照合により重複登録を避け、記録を更新するためであり、研究目的で外部ファイルと照合するためである。地域がん登録資料は、調査研究とがん対策の計画と評価に利用される。
個人的に利益を得ることがないかもわからない個人を対象とする研究では、通常インフォームド・コンセントを求めることとなる。しかし、このモデルをがん登録や医療記録を研究目的で用いる研究に当てはめることは出来ない。がん患者と個人的に接触して登録が実施されることはなく、対象者が死亡していることも多い。情報は、他の目的で蓄積された病院の記録や検査室のレポートなどや死亡診断書、住民登録などから収集される。このため、がん登録にインフォームド・コンセントを求める試みはこれまでドイツのハンブルグで実施されただけにとどまっている。ここでは、1985年にがん登録への届出は本人の同意を条件とする法律が制定された。しかし、その結果登録はきわめて不完全なものとなって登録の価値はなくなり、それ以降結果の刊行物は作成されていない。
個人を特定し得る情報を暗号化してその保護をはかることができるかもしれない。ドイツのいくつかの州でこの試みが実際に行われている。同定情報のうち生年月日、氏名、氏名の読みなどが一方向暗号化され、暗号化されたデータに基づき記録照合がなされる。しかし、ほとんどの記録照合では、グレイエリア、すなわちマッチの可能性が高くも低くもない組み合わせに対して、照合のアルゴリズムに用いられない項目も含めて記録を詳細に検討して解決する。一方向暗号化されたデータしか保管しない登録室では、グレイエリアの処理をすることが出来ないが、実際にドイツのシステムでどのように処理されているかは明らかでない。しかし、ドイツのシステムを記述した論文に引用されたミスマッチの低い率からみると、グレイエリアの場合別人として処理されている可能性が高い。すなわち、暗号化の試みも成功しているとはいえない。
従って、インフォームド・コンセントや暗号化よりも、むしろ、機密データに十分な安全対策をとることにより、個人情報は保護されると考えるべきである。そこで、IACR(国際がん登録協議会)は、ワーキンググループを設けて、がん登録のための情報保護ガイドラインを作成し、1992年に出版した。
(2)IACR(国際がん登録協議会)事務局長でデンマークがん協会のDr. Stormによる報告「がんの疫学とEC指令95/46/EC(個人データの処理に係る個人の保護及び当該データの自由な流通に関する指令、1995年10月24日)」:欧州協議会協定108における勧告に従って、1990年に指令への提案が欧州委員会で開始された。この提案は、健康に関する情報について、個人によるインフォームド・コンセントに関する明確な規則をもっていた。この規則は、人口集団に基づく疫学研究が事実上不可能となる可能性があった。このため、様々なロビーイングがおこなわれた。
その結果1995年に欧州議会によって採択されたEU指令には、疫学研究に重要な除外規定が設けられた。第8条第3項では、予防医学、医学診断、ケアの計画及び健康サービスの管理、および守秘義務を負う保健専門職によってデータが処理される場合には、健康データの処理についてインフォームド・コンセントが適用されないことが示されている。また、第8条第4項では、国内法により、重要な公衆の利益のために、個人の明確な同意を求めることなしに、健康に関するデータ処理の可能性を規定することができる、としており、さらに詳説第34項のおいて、公衆衛生と科学研究は、重要な公衆の利益と定義されている。もちろん、地域がん登録事業は、公衆衛生に含まれる。
(3)米国の修正がん登録法(花井による調査):米国では、地域がん登録修正法が1992年に成立した。連邦政府が助成する条件として、州がん登録法や規則が制定されていること、その中で、病院あるいは医師に対するがん症例の届出の要請、登録室によるがん症例の医療記録へのアクセスの保証、登録室における情報の機密保護と開示の禁止(他州登録、保健衛生行政官を除く)、がん登録資料の研究者への開示と利用の手順、がん症例の届出やがん症例情報へのアクセスに関しての民事訴訟からの免責などを規定することが要請されている。
3.がん登録等疫学研究における個人情報保護をテーマとしたオープンの班会議の開催:2000年3月16日に、「地域がん登録等疫学研究における個人情報保護」をテーマとしてオープンな班会議を開催した。この班会議では、210名の参加を得て、わが国の地域がん登録の現状と課題や今後の地域がん登録のあり方について地域がん登録関係者からの発表のあと、欧米での地域がん登録と個人情報保護の現状についての報告があり、その後、地域がん登録等疫学研究と個人情報保護に関して熱心な議論が行われた。
結論
欧米にならい、わが国においても、地域がん登録事業のように、公衆衛生の向上のために行われるもので、既存の記録に基づき本人に追加の負担を加えることがなく、結果の公表は統計数値のみで行われる事業については、適切な安全保護措置のもとで、本人の同意なしでもデータを収集し利用できるように、個人情報保護基本法に除外規定を明記し、地域がん登録に関する個別法を制定し、地域がん登録ネットワーク事業の整備を図るべきである。

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