プレホスピタル・ケアの向上に関する研究

文献情報

文献番号
199800808A
報告書区分
総括
研究課題名
プレホスピタル・ケアの向上に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山村 秀夫(財団法人日本救急医療財団)
研究分担者(所属機関)
  • 美濃部嶢(財団法人日本救急医療財団)
  • 山中郁男(聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院)
  • 杉山貢(横浜市立大学医学部附属浦舟病院)
  • 石井昇(神戸大学医学部)
  • 多治見公高(帝京大学医学部附属病院)
  • 岡田和夫(帝京大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
プレホスピタル・ケアの向上を図るため、救急救命士制度、ドクターカー、救急蘇生法の教育・啓蒙・普及の3つの要素についての現状の分析と問題点につき検討した。更に重症喘息症例への胸郭外胸部圧迫法の有効性を検討した。同時に欧州連合で採用されるSAMU方式の救急医療体制での利点をわが国のプレホスピタル・ケアに一部導入することにより限られた救急医療資源の有効活用を図ることの可能性を検討することを目的とする。
研究方法
救急救命士制度導入による効果と評価方法について;対象となる原因疾患を食物による気道閉塞が原因のCPA 症例と外傷症例を対象とし、前者では病院前心拍再開率についての分析を、後者では救急隊員の判断による搬送先医療機関の適正度を調査しこれが評価方法となり得るかを検討した。
救急救命士の活動評価について;1)本制度導入後の院外CPA 症例の治療成績の変化を1993年1月から1998年9月の間に神戸大学救急部に来院した722症例につき検討した。2)1997年10月から5ケ月間に、神戸市消防局で救急救命士が出動した事例でCPA 以外の176例についてその活動状況を調査、評価した。3)分担研究協力者の松田均により海外派遣事業で米国アイオワ市の救急医療、パラメディック制度を中心としたプレホスピタル・ケアの現状を調査した。
救急救命士制度運用上でのMedical Controlのあり方;平成9年度の調査結果に基づき調査対象地域を札幌市、秋田市、八戸市、土浦市として、救命救急センタ-医師と救急隊員の双方からの聞き取り調査を行い問題点につき検討した。
ドクターカー運用について;船橋市での地域人口当たりの喘息発作についてのデータベースの構築を平成10年1 月から1 年間の症例について実施した。また胸郭外胸部圧迫法(ECC)の有効性について、現場にて救急救命士またはドクターカー同乗医師によりECCを施行された喘息症例の SpO2 の変化を非施行例と比較した。更にドクターカーに同乗する救急救命士の教育的効果につき検討した。
SAMU方式の導入の可能性について;1)SAMUに関する文献、情報を収集、検討しわが国の救急医療体制に如何に適合させるかを検討する。2)SAMU導入の初段階として、地域と期間を限ってSAMU方式のプレホスピタル・ケアの試行を実施し得る候補地域を検討する。3)外国人研究者招聘事業により来日したSAMU国際協力部 Miguel Martinez-Almoyna教授を中心に前記の研究項目と更に講演会、シンポジウム等を開催し多数の参会者からも本研究実施上での有意義な意見交換を行う。
CPCRの教育・啓蒙・普及について;今回の調査は、日本蘇生学会認定の蘇生法指導医が担当して実施した秋田、埼玉、富山、長野から鹿児島に至る14県での学校教職員を対象にした講義、実習に伴なって、受講者からのCPR講義及び実技についてのアンケート回答に基づいて検討を行った。
結果と考察
救急救命士制度導入による効果と評価方法;救急現場での救急処置手技と観察に基づく判断力に向上が見られるかを検証するため食物による窒息CPA症例に対する救急処置と外傷症例での病院搬送にあたっての判断評価として高次医療機関への過大評価に基づく搬送とを取り上げた。救急処置として異物摘出の成功率は本制度導入の前後で17.7%から40.4%に上昇しているものの、これらの技術的向上が蘇生率や救命率の向上に直結していなかった。これは蘇生率、救命率の結果のみで本制度導入効果を評価することの困難を示している。外傷症例に対する過大評価による搬送の割合は、本制度導入の前後で差異は認められなかった。
救急救命士の活動評価について;救急救命士制度導入により、院外CPA 症例において蘇生率は次第に改善しているが社会復帰率を改善するまでには至ってない。一方CPA以外の症例に対する観察や判断力は向上しているものの処置内容に制限があり制約される。これらを改善するためには救急救命士に対するMedical Controlの確立と再教育制度の充実をはかり、処置内容の拡大や救急医療体制の整備が必要である。
救急救命士制度運用上でのMedical Controlのあり方については;本制度運用をサポートするMedical Control体制不備を改善する課題の一つである地域特性を検証するため札幌市、秋田市、八戸市と土浦市を調査した。それぞれの事情の中で展開されている思考錯誤や工夫の数々は今後の全国的な体制作りの礎となる。またこれに熱意をもって取り組んでいる医療スタッフの献身的な努力が成功の鍵を握っていることを再確認した。
船橋市における地域救急医療システムとドクターカーの運用では;一年間に救急搬送した喘息症例数174 件で人口10万当たり34症例/年となる。ドクターカーが出動した109 例中 SpO2 値での分類では90%以上71例、89%~75%28例、74%以下8 例でうち2 例が院外CPAであった。胸郭外胸部圧迫法を実施した25例ではすべて SpO2 値の改善を見たが非実施例では認められなかった。
ドクターカーに同乗した救急救命士に対して現場での医師との特定行為を含めた救命処置は教育的効果が著明であった。
SAMU型プレホスピタル・ケアの導入;SAMU方式導入の要件として、Telemedicine(通信臨床医学)とMedical Regulation(救急医療要請の調整)の学問的確立、またPermanencier(通信医療補助士)の養成、更に全国的規模での通信医療センターSAMUと救急医療派遣基地(SMUR)を結ぶネットワークの構築が必要である。SAMU導入の初段階であるモデル試行を実施する地域として船橋市と横浜市を選定した。これは両市が、医療機関と消防機関が市の同一行政下にあり、更に救急医療体制の新しい構築に対して市当局、市医師会、医療機関が積極的な姿勢を示している理由からである。SAMU方式実施の理想像としては各救命救急センターにSAMUを、災害拠点病院や公的病院にMobile ICUを整備したSMURを設置し、救急現場へ派遣する医師は臨床研修医で救急・麻酔・集中治療医学などの研修を経た2 年目以上を当てることが考えられる。
CPR の教育・啓蒙・普及に於ける問題点とその対策;近年一般市民へのCPR 普及に中学・高校での「応急処置」の教課が大きな要因となっている。指導する立場の教員を一般市民と比較すると、背景ですでにCPR に関する知識を持ち、人形で実習した率も高く、必要な状況下では率先して誰にでも実施する意欲が高いことがわかった。今後もこの教課を充実させることが必要である。
結論
救急救命士制度について、救急救命士の食物による気道閉塞による心肺停止症例に対する気道管理手技の向上は認められるが外傷症例に対する適切搬送のための判断力については本制度導入の前後で明らかな向上は認められない。救命士の技術の向上を生かし、現場での適切な判断力を補うために、救急現場における医師との連携システムの構築が望まれる。救急救命士制度の効果は現れつつあるが、CPA 症例の社会復帰率の向上やCPA 以外での症例に対する初期治療をできるだけ早期に開始するためには、本制度の見直しや再教育の充実、処置内容の拡大を図ると共にMedical ControlSystemの確立が必要である。救急医療体制作りは地域特性が有り一元的に論じられないが、救急救命士制度全体をサポートするのは医師の任務である。
ドクターカーの運用については救急救命士の卒後教育に対して処置の質・量ともに有用である。また重症気管支喘息に対する積極的な胸郭外胸部圧迫法での救急処置は喘息死を回避する上で有効であった。
SAMU方式の導入は救急医療の限られた人的・物的・経済的資源を有効に活用し機能させるために有用である。救急医療要請電話を受けた時点から医師が積極的に関与し、救急要請を選別し、それぞれの症例に対して必要な最善の方法で対応することが重要である。
SAMUの導入にはその根幹である通信臨床医学と救急医療要請に対する医学的調整のわが国に適した学問的体系の確立と同時に全国に展開する通信医療センター、救急医療派遣基地の設置とこれらを結ぶネットワークの構築が不可欠である。SAMU方式導入の初段階として、医療機関と消防機関とが同じ行政下にある船橋市と横浜市を候補として、SAMU国際協力部との密接な連携と支援を得てモデル試行が実現する運びとなった。
一方救急医療体制が如何に充実しても救急現場でのBystander CPR が重要なことは言うまでもない。この意味で学校教育(特に義務教育)の場でのCPR 指導は有用であり、その指導者となる教職員のCPR に対する取り組み、意欲が一般市民と比較して高いことは、長年にわたる教職員に対するCPR 講習の成果が認められる。

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