透析合併症の病態解明及びそれに基づく治療法の確立

文献情報

文献番号
199800770A
報告書区分
総括
研究課題名
透析合併症の病態解明及びそれに基づく治療法の確立
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
宮田 敏男(東海大学医学部内科総合医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺毅(福島県立医科大学医学部内科学第三講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
昭和63(1988)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
29,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、我が国の透析患者は17万人を超え、透析療法にかかる医療費
は年間1兆円を超えている。特に近年の疾病構造の変化に伴ない糖尿病性腎症
が増加し透析に導入される患者はますます増加している。さらに日本では腎移
植が年間500例と少なく、これ以上の大幅な増加は期待できない事を考えると、
透析患者の増加が今後も予想される。一方透析療法の進歩により患者の生命予
後は世界最高水準に達しているが、それに伴い長期透析に伴う血管疾患・透析
アミロイドーシスなどの合併症の増加などの新たな問題が出現している。また
腹膜透析は、在宅治療が可能で患者の社会復帰に貢献するが、腹膜機能低下に
より5年以内に50%の患者が血液透析への移行を余儀なくされる。さらに、致
死的な合併症である硬化性皮嚢性腹膜炎が数%に認められ、腹膜透析の普及を
妨げている。近年、これらの長期透析合併症の発症機序について、腎不全にお
ける糖・脂質の非酵素的反応(non-enzymatic biochemistry)の異常の重要性
が指摘されている。糖・脂質は酸化・非酸化的機構により、反応性の高いカル
ボニル基を有する構造体に変化し、非酵素的に蛋白を修飾して、advanced gly
cation(lipoxidation)endproducts(AGEs,ALEs)を生成する。透析合併症の
病変部においてこれらの生成物が証明され、糖・脂質から有害なカルボニルを
形成し、蛋白修飾を介して組織障害をもたらす可能性(カルボニルストレス)
が注目されている。本研究の目的は、1)腎不全におけるカルボニルストレス
の反応経路、及び腎不全合併症におけるカルボニルストレスの病態生理学的意
義を明らかにし、透析合併症の発症機序を解明すること、さらに2)カルボニ
ルストレスを調節し有害なカルボニルの形成を抑制する、或いは生成したカル
ボニルを消去する透析療法や薬剤の開発を行うことにより合併症の発症を抑制
する治療法を開発することである。 
研究方法
1)反応性カルボニルおよびカルボニルストレス最終産物の定量法の
確立ならびに動態の解析:2,4-ジニトロフェニルヒドラジン法により検出した
カルボニル化合物をHPLC法により分離し、個々の反応性カルボニル中間代謝物
を同定、定量する系を確立し、透析患者血液、腹膜透析液、腹膜透析廃液中の
カルボニル化合物の分析に用いた。またガスクロマトグラフィ/マススペクト
ロメトリー(GC/MS)法によるカルボキシメチルリジン(CML)の定量法を確立
した。2)カルボニルストレスの病態生理学意義の解明:血管内皮細胞、血管平
滑筋細胞、腹膜中皮細胞に加え、血小板を用いてカルボニルストレス最終産物
であるAGE化BSAや反応性カルボニルであるグリオキサール、メチルグリオキサ
ールなどにより惹起される種々の細胞内シグナルトランスダクションならびに
炎症性サイトカイン、増殖因子、成長因子の発現などの生理活性を分子生物学
的手法または細胞生物学的手法で検討した。3)透析合併症病変部におけるカル
ボニルストレスの臨床病理学的解析:透析患者剖検組織より得た動脈硬化組織、
CAPDカテーテル挿入時に得た腹膜組織において、カルボニルストレス最終産物
であるCML、ペントシジン、マロンジアルデヒド-リジン、およびヒドロキシノ
ネナール蛋白修飾物などに特異的な抗体を用いて組織におけるカルボニルスト
レスの免疫組織科学的検討を行った。CAPD患者腹膜については多症例を用いた
大規模な検討を行った。4)カルボニルストレス仮説に基づく治療法の開発:カ
ルボニルストレスを軽減する薬剤のスクリーニングを行った。in vitroにおけ
る効果の検討は試験管内におけるカルボニルストレス最終産物生成抑制試験と、
カルボニルストレスによりもたらされる細胞応答ならびに生理活性の抑制効果
を指標に検討した。in vivoにおいてはラット頸動脈バルーン障害モデルにおけ
る新生内膜肥厚の抑制効果を検討した。また、ベルギーのグループと共同で透
析膜の血中カルボニルストレスレベルへの影響を検討した。
結果と考察
1)反応性カルボニルおよびカルボニルストレス最終産物の定量法
の確立ならびに動態の解析:HPLC法による定量法を確立し、透析患者血中、腹膜
透析液、腹膜透析排液中の種々の反応性カルボニルおよびカルボニルストレス
最終産物の蓄積、血液透析患者血中の健常者では認められないカルボニル化合
物の存在を認めた。また腹膜透析患者腹腔内の反応性カルボニルの多くが腹膜
透析液よりむしろ循環血中に由来することが示唆され、治療のターゲットを絞
る上で重要な情報を得た。2)カルボニルストレスの病態生理学的意義の解明:
主に動脈硬化、腹膜硬化症における検討が進み、カルボニルストレス最終産物
の血管平滑筋細胞増殖作用、血小板凝集能亢進作用、反応性カルボニルによる
血管内皮細胞、腹膜中皮細胞におけるvascular endothelial growth factorの
発現亢進、細胞内蛋白チロシン残基リン酸化の惹起などが示され、病態におけ
るカルボニルストレスの重要性が細胞レベルならびに分子レベルで示唆された。
3)透析合併症病変部におけるカルボニルストレスの臨床病理学的解析:免疫組
織科学的検討で動脈硬化ならびに腹膜硬化組織において、AGEsならびにALEsが
共存し、これらの病変形成においても糖・脂質由来カルボニル化合物による広
汎な蛋白修飾が関与することが確認された。4)カルボニルストレス仮説に基づ
く治療法の開発:カルボニル阻害薬のスクリーニングで新たに数種類の化合物を
得た。カルボニル阻害薬が in vitroでカルボニル刺激による細胞内蛋白チロシ
ン残基リン酸化を抑制し、in vivoでカルボニル化合物生成抑制により血管障害
進展を抑制しうる可能性を示した。透析膜素材の検討でpolysulfone膜がカルボ
ニルストレス軽減に優れていることを示す成績を得、膜素材によるカルボニル
ストレス制御の可能性が示唆された。
結論
本研究により腎不全の病態ならびに透析療法におけるカルボニルストレス
の動態、動脈硬化、腹膜硬化症などの透析合併症の発症進展におけるカルボニ
ル・ストレス作用機構に関する新しい知見が得られた。これらの知見により透
析合併症に対する新たなアプローチからの治療法の可能性が示唆され、患者の
長期予後やquality of life(QOL)の改善と医療費の節減に繋がることが期待
される。 

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-