健康増進活動のための健康外来システムの開発とその評価

文献情報

文献番号
199800740A
報告書区分
総括
研究課題名
健康増進活動のための健康外来システムの開発とその評価
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
馬場 園明(九州大学健康科学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 大柿哲朗(九州大学健康科学センター)
  • 藤野武彦(九州大学健康科学センター)
  • 畝博(福岡大学医学部公衆衛生学)
  • 松田晋哉(産業医科大学公衆衛生学)
  • 津田敏秀(岡山大学医学部衛生学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
健康外来の目的は生活習慣病の予防であるがこれにはライフスタイルの改善が必要とされる。そのためには、まず、本人が問題を認識し、本人自身が行動を改善しなければならない。したがって、専門家の役割は本人が行動変容するよう助けることが重要であり、慢性疾患時代の健康問題の対応には、「健康管理」という言葉よりも「健康支援」という言葉の方がマッチしていると考えられ、九州大学健康科学センターでは、この「健康支援モデル」という考え方で健康問題の対応を行ってきた。この「健康支援モデル」では「生活の質の向上」を目的とし、自分自身で健康問題のコントロールすることを目標とする。そして、本人が「生活の場」で「自分で解決」するよう専門家は「支援」するものであると概念化している。この支援の内容が「健康処方」であり、それは苦痛でなく、実行可能であり、しかもその行動変容によって生活の質も改善する必要がある。たとえば、従来、肥満者を対象とした栄養処方はカロリー計算に基づいて1日3食を制限するものであった。しかしながら、多くの対象者にとってはそれが苦痛であり、リバウンドなどの問題を起こしていた。健康外来の一環として行われたヘルスセミナーでは、肥満者を対象に、「1日1食は好きなだけ食べて良いが、他の食事は徹底して制限する」処方をおこなった。そこで、1993年よりF共済組合の肥満者を対象者に行ってきた「健康外来としてのヘルスセミナーが、組合員の健康に与えた影響および医療費に与えた影響を明らかにする目的で本研究を行った。
研究方法
1993年度から1996年度までの間、ハイリスク対象者(肥満度C以上)としてヘルスセミナーを受け、ヘルスセミナーの前年度と翌年度に検診名簿に名前のある者全員を対象とした。対象者をヘルスセミナーを受講した年度ごとに4グループに分け、それぞれのグループの性、年齢の分布を明らかにした。さらに、ヘルスセミナーを受講した前年度と翌年度の検診データ、レセプトデータをそれぞれのグループごとに比較検討した。検討した項目は、肥満の指標として体重およびBMI、脂質代謝の指標として総コレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪、糖・尿酸代謝の指標として空腹時血糖および尿酸、肝機能の指標としてGOT、GPT、γ-GTP、血圧の指標として最高血圧および最低血圧、医療費の指標として年間一人当りの受診件数と年間一人当りの医療費とした。検定は対応のあるt-testを使い、有意水準は0.05とした。
結果と考察
1993年、1994年、1995年、1996年度の分析対象者数はそれぞれ387、339、291、397名であり合計1, 414名、男性1,018、女性396名であった。年令としては40歳代が最も多く562名であり、全体の39.7%を占めた。セミナー対象者の体重およびBMIはすべてのグループで統計学的に有意に改善していた(p<0.001)。体重の低下の最高は1995年度のグループで5.04kg、最低は1993年度のグループで2.72であった。一方、BMIの低下の最高は1993年度のグループで0.88、最低のは1996年度のグループの0.70であった。集団の肥満の改善の指標としては体重ばかりでなく身長も考慮したBMIの方が優れているとされているが、この指標では平均値の低下が0.70から0.88と安定していた。総コレステロールは1994年度と1996年度のグループで統計学的に有意な低下を認めた。HDLコレステロールはすべてのグループで統計学的に有意に増加していた。とりわけ1994年度と1995年度のグループの増加は大きく、それぞれ5.71mg/dl、4.85mg/dl増
加していた。中性脂肪はすべてのグループで低下しており、1993、1994、1995年度のグループで統計学的な有意差が認められた。総コレステロール、中性脂肪が低下すること及びHDLコレステロールが増加することは脂質代謝としては望ましい反応である。ヘルスセミナーでは一食を好きなだけ食べ、他の食事は補助食を使うなど極めて軽くすることを勧めているが、この結果、摂取カロリーが減少し、貯蔵された脂肪が肝臓に運ばれ代謝されている証拠とも考えられる。これらを明らかにするには、より厳密で詳しい研究を行う必要があろう。なお、1993年度のグループと1995年度のグループでは総コレステロールの有意な低下を認めなかったが、これはセミナー前年度の総コレステロールの値がそれぞれ202mgldl、213mgldlと1994年度225mgldl、1995年度の221mgldlと比べて低かったためであると考えられる。空腹時血糖は1993年度と1994年度のグループは統計学的に有意に増加していた。1995年度と1996年度のグループについてはこのような増加は認められなかった。尿酸については1996年度以外のグループにおいて統計学的に有意な低下が認められた。1993年度と1994年度のグループで有意に空腹時血糖が低下していた理由としてはヘルスセミナー受講者は朝食を摂取しない場合が多いために、早朝のインシュリンの分泌が低下したためとも考えられる。しかし、1995年度、1996年度ではこの現象は認められなかった。尿酸は、1996年度以外は有意に低下しており対象者の摂取カロリーが低下したためであるとも考えられる。1993年度のグループではGOT、GPT、γ-GTPのすべてについて統計学的に有意な低下が認められた。1994年度のグループではγ-GTP、1996年度のグループではGOT、GPTが有意に低下していた。1994年度のグループのGOT、1995年度のグループのGOT、GPT、γ-GTP、1996年度のグループのγ-GTPについても低下傾向が認められたが、統計学的な有意差は認められなかった。肝機能の改善が認められた理由としては、肝臓における貯蔵脂肪が低下したためとも考えられる。1994年度のグループでGPTが上昇しているが、標準偏差が高くなっていることからもわかるように、これは数例肝炎が偶然に発生したためであった。1994年度、1995年度のグループの最高血圧および最低血圧および1996年度の最高血圧に統計学的に有意に低下が認められたが、1993年度のグループについては統計学的に有意な低下が認められなかった。血圧は1993年度のグループ以外は低下していた。肥満が改善すると血圧は低下することは広く知られており、今までの研究結果と一致していた。1993年度の血圧が低下していなかった理由としては、1993年度のグループの最高血圧、最低血圧が標準的な値であり、改善の余地がなかったためと考えられる。受診件数及び医療費に関しては統計学的な有意な低下は認められなかった。1994年度のグループについて統計学的な有意な上昇を認めたが、1995年度の医療費の標準偏差が大きくなっていることを考えれば偶発的に高医療費の症例があったためであると考えられる。1996年度のグループについては受診件数および医療費の低下傾向が認められたが、これは1997年度9月の被用者保険定率2割負担の導入の影響も考慮しなければならない。受診件数、医療費は明確に年令の関数であることが知られている。また、年々一人当り医療費は増加しているが、これは患者側の要因よりも医療供給側の要因が大きいことが知られている。対象者のリスク要因の低下による受診件数及び医療費への影響については長期的な観察が必要であり、その効果はヘルスセミナーを受けていない対照群との比較なしには評価できないと考えられる
結論
F共済組合の健康に関わる介入事業であるヘルスセミナーが、組合員の健康に与えた影響および医療費に与えた影響を明らかにする目的で、検診データとレセプトデータを分析した。その結果、肥満の指標、脂質代謝の指標、糖・尿酸代謝の指標、肝機能の指標、血圧の指標のすべてに改善が認められた。これは、ヘルスセミナーにより食生活が変化して摂取カロリーが減少し、リスクファクターが
低下したためとも考えられる。健康に関わる指標は一般的に加齢と共に悪くなっていくものであり、ヘルスセミナーの介入によって2年後に改善が認められたことは大きな意味があるといえる。また、医療費については低下が認められなかったが、ライフスタイルの改善によるリスクの低下は将来の医療費および組合員の人生の質に大きく影響すると考えられる。しかし、ヘルスセミナーにより生活習慣が変わり、生活習慣病のリスクファクターが低下することを明らかにするためには、介入群の他に対照群を設定し、標準化した検査機関で血液生化学検査を行い、生活習慣の変化も問診や食事調査でモニターするなど、より厳密で詳しい研究が必要であろう。
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