ソーシャルマーケティング理論を応用した、生活者・消費者主体の地域保健事業のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199800707A
報告書区分
総括
研究課題名
ソーシャルマーケティング理論を応用した、生活者・消費者主体の地域保健事業のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
中原 俊隆(京都大学大学院医学研究科社会医学系専攻社会予防医学講座公衆衛生学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 曽根智史(国立公衆衛生院公衆衛生行政学部)
  • 武村真治(国立公衆衛生院公衆衛生行政学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
保健所と市町村を中心とした新しい地域保健の体系を構築していく上での基本理念である「生活者・消費者主体」に関する具体的な方法論として「ソーシャルマーケティング理論」が有用であるが、我が国ではその考え方はほとんど普及していない。本研究は地域保健活動をソーシャルマーケティングの視点から評価し、生活者・消費者主体の地域保健活動の発展・展開の方法論を提供することを目的とした。
研究方法
本研究では以下の3つの研究を実施した。
(1)ソーシャルマーケティングに関する文献研究…ソーシャルマーケティングの手法やその喫煙対策への応用例に関する海外文献やインターネットのホームページ上の情報を収集し、地域保健活動におけるソーシャルマーケティングの適用可能性を検討した。
(2)病院、保健所、企業における喫煙対策に関する研究…地域保健におけるソーシャルマーケティングの目的の一つである「知識の普及と行動の変容」に関して、様々な組織において実施されている喫煙対策をソーシャルマーケティングの視点から評価するために、病床300床以上の1,514病院、670保健所、従業員50名以上の1,606企業を対象に、分煙状態、禁煙希望者への対策(禁煙教室、講演会、禁煙外来等)を調査した。
(3)地域保健におけるソーシャルマーケティング・ミックスに関する研究…ソーシャルマーケティングのもう一つの目的である「サービスの周知と利用の促進」に関して、保健サービスの価格、供給場所、広報に対する地域住民の意識と行動を把握するために、①北海道雄武町の40~69歳の住民を対象とした、健診の自己負担料の支払い意志(Willingness to Pay)の調査、②福島県石川町の高齢者を対象とした、日常生活の空間的・時間的行動圏域からみた保健サービス利用の調査、③川崎市の40~69歳の住民を対象とした、保健所で発行する広報物への接触がサービス利用に及ぼす効果に関する、平成9~10年の追跡調査、を実施した。
結果と考察
(1)ソーシャルマーケティングは、「対象となる人々や社会の福祉の改善を目的として、商業的なマーケティングの手法を、彼らの自発的な行動に影響を及ぼすよう計画された事業に応用することである」と定義される。ソーシャルマーケティングでは4つのP、すなわちProduct(製品)、Price(価格)、Place(場所・流通経路)、Promotion(プロモーション)の概念を適切に組み合わせて、対象集団に目的とする行動変容を促す。
地域、集団を対象とした喫煙対策の代表的なものである、アメリカのThe Stanford Five-City Project Smoker's ChallengeやカナダのHealth Canada, The National Strategy to Reduce Tobacco Useには、ソーシャルマーケティングの手法が用いられているが、それぞれ要素の重点の置き方に特徴がみられた。
ソーシャルマーケティングに対する批判として、地域保健活動における妥当性、公衆衛生的問題の政治的、政策的、経済的側面を十分に考慮していないこと、community empowermentの観点から対象者を消費者として捉えることは不十分であること、商業的マーケティングの側面が強いこと、などが挙げられる。
(2)分煙に関しては、病院、保健所、企業ともに推進されていた。しかし病院の職員、特に医師に関しては喫煙場所が多くとられており、保健所や企業での職員や社員の喫煙場所が少ないことと対照的であった。禁煙教室・講演会を開催しているのは病院の3.2%、保健所の26.8%であった。禁煙外来を開催している病院は2.8%であった。開催理由としては、病院の場合、病院の希望や医師個人の希望で開催されることが多かったが、保健所においては保健婦・看護婦の希望と住民の希望が多かった。しかし禁煙外来に関しては「患者がないため中止した」との回答もあり、時間的、金銭的に開催方法について検討の必要性がみられた。企業においては保健管理室の方針が企業全体の方針に左右されることが多かった。今後の喫煙対策に関しては現状維持が多かった。
(3)①基本健診、がん検診の自己負担料の支払い意志額は実際の自己負担額よりも高かったが、健康診査に要する費用よりも顕著に低かった。現在の自己負担額の近傍での需要の価格弾力性(1%の価格上昇に伴って需要量が何%減少するか)は0.05~0.62で、自己負担料の増加による受診者数の減少の影響は小さいことが示された。
②自宅から保健サービス供給の拠点となる保健センターまでの所要時間は外来受療、日用品(衣服、下着、市販薬、食料品)の購買と比較して長く、日常生活行動圏域を越えていることから、公民館などの身近な施設でのサービス供給が必要であることが示された。
③2変数間の関連では、平成9年にチラシに接触した者、平成10年にチラシに接触した者、平成9年にサービスを利用した者の方が、平成10年にサービスを利用している傾向がみられた。平成10年のサービス利用の有無を従属変数としたロジスティック回帰分析の結果、平成9年のサービスの利用、平成10年のチラシへの接触の影響がみられたが、平成9年のチラシへの接触の影響はみられなかった。したがって広報活動の効果は長期には持続しないこと、過去の利用経験とは独立して広報活動の効果が存在することが示された。
(4)本研究では調査内容が広範にわたっていたために、全体としての明確な結論を得ることができなかった。したがって今後は、広報活動に関する研究に焦点を絞り、市町村、保健所の広報活動の実態の把握、ソーシャルマーケティングを用いた広報プログラムの開発とその効果の評価などを実施する必要がある。そして最終的には、ソーシャルマーケティングに基づいた地域保健活動の多角的分析と、効果的な地域保健活動の発展・展開の方法論の検討を行う。
結論
・喫煙対策をはじめ地域保健活動においてソーシャルマーケティングの手法は有用であるが、同時に概念や適用方法をめぐる議論も多く、適用に関しては十分な注意が必要である。
・病院、保健所、企業における分煙はかなり推進されているが、病院職員、特に医師の喫煙に対して寛容な傾向がみられた。禁煙教室、講演会、禁煙外来等は一般住民の希望より開催者の希望で実施されていることが多く、住民のニーズに沿った方向に展開すべきである。
・保健サービスの価格、供給場所、広報に対する地域住民の意識と行動を分析した結果、健康診査の自己負担料増加による受診者数減少の影響は小さいこと、日常生活行動圏域の範囲にある身近な施設での保健サービスの供給が必要であること、過去の保健サービス利用経験とは独立して広報活動の効果が存在することが示された。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-