市町村における地域保健サービスの決定要因に関する研究

文献情報

文献番号
199800692A
報告書区分
総括
研究課題名
市町村における地域保健サービスの決定要因に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
工藤 啓(宮城大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 健康科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
すでに我々は市町村の保健活動事業と医療費の適正化について検討を重ねて
きたが、市町村単位ではどのように医師数と病床数が医療費に影響を与えているかは詳し
く検討されていない。そこで、我々は既報の医療費と市町村保健活動とのデータベースに
さらに、市町村単位の医師数、病院病床数、診療所病床数のデータをリンケージさせて検
討を加えた。また、本研究では市町村の人口規模についても検討を加えた。
研究方法
医療費をそれぞれ従属変数にとり、独立変数として医師数、病床数、市町村保
健センターの保健事業状況に関するアンケート調査項目(5段階評価)を17項目にわた
り得点化したものを用いて重回帰分析を行った。また、市町村人口規模を考慮するため、
全体550ヶ所の市町村を、30万人未満、10万人未満、5万人未満、3万人未満にわけて分
析した。
結果と考察
(一般外来医療費と市町村保健事業、医師数、病床数との関連 )
全体として高齢化率および人口は統計的に有意に医療費上昇に働き、精神障害者社会復
帰対策は医療費低下に働いた。人口30万人未満の市町村では、やはり高齢化率および人口
が統計的に有意に医療費上昇に回帰し、精神障害者社会復帰対策は医療費低下に働いた。
人口10万人未満の市町村では、高齢化率と人口の増加がそれぞれ医療費の上昇に回帰し、
精神障害者社会復帰対策は減少に回帰した。人口5万人未満の市町村では、高齢化率と保
健センターの規模、人口の増加がそれぞれ医療費の上昇に回帰し、精神障害者社会復帰対
策は減少に回帰した。人口3万人未満の市町村では、高齢化率と医師数の増加がそれぞれ
医療費の上昇に回帰した。従来から言われている医療費と医師数の正の相関関係について
は人口規模が3万人未満の市町村では、医師数の増加が一般外来医療費の増加に回帰する
ことから伺える。
(一般入院医療費と市町村保健事業、医師数、病床数との関連)
高齢化率および訪問看護ステーションとの連携は統計的に有意に医療費上昇に働き、精
神障害者社会復帰対策と高齢者総合相談窓口機能は医療費低下に働いた。人口30万人未満
の市町村では、高齢化率および訪問看護ステーションとの連携が統計的に有意に医療費上
昇に回帰し、精神障害者社会復帰対策と高齢者総合相談窓口機能は医療費低下に働いた。
人口10万人未満の市町村では、高齢化率が統計的に有意に医療費上昇に回帰し、精神障害
者社会復帰対策は医療費低下に働いた。人口5万人未満の市町村では、高齢化率と人口が
統計的に有意に医療費上昇に回帰し、精神障害者社会復帰対策は医療費低下に働いた。人
口3万人未満の市町村では、高齢化率と病院病床数の増加が統計的に有意に医療費上昇に
回帰し、精神障害者社会復帰対策は医療費低下に働いた。
(老人外来医療費と市町村保健事業、医師数、病床数との関連)
人口および病院病床数の減少が統計的に有意に医療費上昇に働き、精神障害者社会復帰対
策と病院病床数の増加が医療費低下に働いた。人口30万人未満の市町村では人口が統計的
に有意に医療費上昇に回帰し、精神障害者社会復帰対策は医療費低下に働いた。人口10万
人未満の市町村では、本庁(役場)と保健センターとの距離が統計的に有意に医療費上昇
に回帰し、精神障害者社会復帰対策は医療費低下に働いた。人口5万人未満の市町村では、
精神障害者社会復帰対策のみ統計的に有意に医療費低下に働いた。人口3万人未満の市町
村では、精神障害者社会復帰対策のみ統計的に有意に医療費低下に働いた。
(老人入院医療費と市町村保健事業、医師数、病床数との関連)
訪問看護ステーションとの連携機能と高齢化率が統計的に有意に医療費上昇に働き、精
神障害者社会復帰対策と人材確保・資質向上計画は医療費低下に働いた。人口30万人未満
の市町村では、訪問看護ステーションとの連携機能が統計的に有意に医療費上昇に回帰し、
医師会等の専門職能団体との連携機能は医療費低下に働いた。人口10万人未満の市町村で
は、訪問看護ステーションとの連携機能と病院病床数の増加が統計的に有意に医療費上昇
に回帰し、医師会等の専門職能団体との連携機能は医療費低下に働いた。人口5万人未満
の市町村では、病院病床数のみ統計的に有意に医療費増加に働いた。人口3万人未満の市
町村では、病院病床数のみ統計的に有意に医療費増加に働いた。
医療費と医師数、病床数の関係であるが医師数が医療費に回帰してくるのは一般外来医
療費であるが、今回の分析では人口規模が3万未満の市町村規模でのみ統計的に有意に回
帰してくる。すなわち、医師数が医療費の増大に関与するのは、人口規模が小さい市町村
では顕著に出ててくる傾向があると言える。一方、病床数が医療費に統計的有意に回帰し
てくるのは3万人未満の市町村の一般入院医療費、10万人未満の市町村の老人入院医療
費である。老人医療費とは異なり、一般医療費については人口規模が小さい市町村では影
響が大きいことが示唆される一方で、老人医療費については10万人を下回る程度の市町
村でも病床数の影響が出て来ることがわかる。また、老人外来医療費では対象市町村全体
でみると、病床数の増加が外来医療費の低下要因となっていることから、病床数の増加に
よって患者が外来から入院へとシフトする傾向があることが窺われる。これらのことから、
医師数あるいは病床数が医療費と関連して来るのは市町村の人口規模が大きく影響するも
のと考えられる。おそらく、人口規模が大きく他の保健や福祉の社会資源の整った市町村
と異なり、人口規模が小さく従って医療以外の社会資源が少ない市町村では医師数や病床
数が直接的に医療費に結びつくものと思われ、このことは保健福祉の環境を整えることに
より医療費の軽減効果が期待できる可能性を示唆するものである。また、老人入院医療費
は、一般入院医療費が3万人未満の市町村で影響が出てくるのに対して、10万人未満の
市町村から病床数の影響が出ており、老人医療費に関しては病床数の影響はやはり大きい
ものと思われる。今回の結果からわかるように、今後、市町村の医療費と医師数および病
床数との関連を考える場合には市町村の人口規模や保健福祉環境などを考慮することが必
要であろう。特に、各県の医療計画の策定などには人口規模や市町村保健センターの活動
状況などのきめ細かな情報を加味した観点が必要と思われる。
本研究の分析では、一般入院医療費と老人外来医療費の減少要因として、市町村の人口
規模の如何にかかわらず、市町村保健センターにおける「精神障害者の社会復帰能対応機
能」が回帰してきた。さらに、一般外来医療費についても3万人未満の市町村の分析以外
ではすべての人口規模で同様に「精神障害者の社会復帰能対応機能」が医療費減少要因と
回帰していた。また、老人入院医療費においても対象市町村全体では「精神障害者の社会
復帰能対応機能」が医療費減少要因に回帰している。よって市町村保健センターの保健事
業の「精神障害者の社会復帰能対応機能」は、明らかに医療費適正化に関連する事業であ
ると考えられる。
また今回の分析では、総合相談窓口機能が市町村全体および30万人未満での市町村で
一般入院医療費減少要因としても働いていることが示された。一方で、この総合相談窓口
機能は10万人未満の市町村規模では統計的有意とはなってない。この理由としては、人
口規模の10万人未満の市町村では未だに保健と福祉の統合的な相談窓口が有効に稼働し
ていない可能性がある。人口規模の小さな市町村の場合では運用上のさらなる改善が必要
ではあるが、今後の市町村の保健サービスにおいては「高齢者をはじめとする総合相談窓
口機能」が医療費の適正化の役割としても重要な保健事業であり、また、効率的な保健福
祉医療サービスの提供の大きな要素であることが改めて今回の分析からも明らかとなった。
「人材確保支援・資質向上計画の状況」が、老人入院医療費の市町村全体で減少に回帰
したが、老人医療費の適正化の面でも保健スタッフの人材確保と資質向上が医療費抑制に
働くことが示され、人材確保支援・資質向上計画の重要性が明らかとなった。ただし、「高
齢者をはじめとする総合相談窓口機能」と同様に人口規模の小さい市町村単位では統計的
に有意とはならなかったことから、人口規模の小さな市町村ではこのような面での保健事
業の遅れが生じている可能性が考えられる。
医療費の上昇要因としては、高齢化率がすべての人口規模の市町村において一般外来、
一般入院医療費に回帰している。これは高齢化が進めば、疾病が多くなるため当然である
が、一方で、老人医療費では入院で市町村全体でのみの回帰であり、必ずしも高齢化率の
要因のみで医療費が上昇するものではないことを示唆している。「訪問看護ステーション
との連携機能」は、一般、老人とも入院医療費の増大に回帰しているが、入院の在宅化と
考えればこれは当然の結果であると思われるが、今後、在宅看護が普及すれば医療費減少
に回帰する可能性も否定できず、この評価については長期的な見地での判断が必要と思わ
れる。現在の段階では施設入院が訪問看護ステーションにより在宅に外延化しているとい
う現象の結果と思われ、医療費増大に回帰したものと考えられる。
結論
保健福祉医療環境が地域住民医療費に与える効果について検討を加えた。既に
我々は市町村保健センターが医療費に与える効果について昨年に報告したが、本研究では、
さらに従来から最も医療費に関連が強いとされる医師数、病床数を加えた分析を行い、ま
た、市町村の人口規模による差異についても検討した。これによって地域住民医療費の適
正化のための市町村保健活動の条件、および効率的な医療費のための市町村規模を明らか
にすることが目的である。データリンケージ手法を用いて市町村コードをマーカーに市町
村保健活動および市町村単位の医師数、病院病床数、診療所病床数をリンケージさせ、全
国550ヶ所の市町村のデータを対象に重回帰分析を行った。この分析から、人口規模によ
って市町村の医療費の増大低下要因は変動し、市町村単位の医療費の適正化を検討する場
合には市町村の人口規模も考慮する必要性が明らかとなった。

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