費用対効果分析の観点からの生活習慣病予防の労働生産性及びマクロ経済に対する効果に関する実証研究

文献情報

文献番号
201809010A
報告書区分
総括
研究課題名
費用対効果分析の観点からの生活習慣病予防の労働生産性及びマクロ経済に対する効果に関する実証研究
課題番号
H29-循環器等-一般-002
研究年度
平成30(2018)年度
研究代表者(所属機関)
野口 晴子(学校法人早稲田大学 政治経済学術院)
研究分担者(所属機関)
  • 田宮 菜奈子(国立大学法人 筑波大学 医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野)
  • 高橋 秀人(国立保健医療科学院 保健・医療・福祉サービス研究分野)
  • 川村 顕(学校法人早稲田大学 政治経済学術院)
  • 下川 哲(学校法人早稲田大学 政治経済学術院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究
研究開始年度
平成29(2017)年度
研究終了予定年度
平成30(2018)年度
研究費
5,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 本研究の目的は,(1)生活習慣病の罹患が就労状況(就労確率,就労時間・日数,賃金等)に及ぼす影響について実証的に検証することにより現状を把握し,(3)生活習慣病に対する予防行動が,生活習慣病の罹患率に与える効果を統制した上で,賃金で測った場合の労働生産性に与える効果を定量的に検証する.更に,(1)と(2)から得られたパラメータを用い,(3)生活習慣病予防に対する費用対効果分析の観点から,生活習慣病を予防することによって日本の労働生産性,及び,マクロ経済全体にどの程度の改善がみられるかについてのシミュレーションを行い,「健康日本21(第二次)」等に代表されるヘルスプロモーション政策に対する基礎資料を作成する.
研究方法
 本研究では,代表性のある複数のデータを用い,まず,循環器系疾患,悪性新生物,鬱の3疾患に焦点を当て,研究目的の(1)と(2)に対する定量分析を行った.本研究では,操作変数法による2段階推定,Propensity scoring matching,及び,政策変更を外生的な介入(自然実験)と捉え差の差(difference-in-difference)分析を用い,「観察されない要因」による内生性に対処した.研究目的(3)について,糖尿病・肥満・高血圧症・高脂血症の罹患歴を有する20歳以上の成年層を対象として,生活習慣と労働生産性が,健康診断を受診することによりどの程度改善したかについて,健診の受診確率をPSMで統制し,common support内の個人について比較検証を行った.当該分析における健診の1日当たりの就労時間に対する効果に関するパラメータと2016年時点での平均最低賃金を掛け合わせることによって,健診受診による年間総便益を算出した.算出された総便益額と,健診の平均費用を単純比較することにより,健診がマクロ経済全体にどの程度の影響を及ぼすかについて,費用対効果分析の観点から検証を行った. 
 尚,本研究は,統計法第33条による承認の下,匿名化情報の分析を行った(承認番号:厚生労働省発政統0424第3号,2018年4月24日).
結果と考察
 内生性を考慮した分析の結果,循環器系疾患・悪性新生物・鬱疾患などの生活習慣病の罹患歴が,就労確率を有意に引き下げることが確認された一方で,性別・年齢群別・職種別で,その効果には違いがみられた.
 第1に,中高齢期における就労は,健康状態に好ましい影響を与えるという先行研究が数多く存在する一方で,生活習慣病の罹患歴が就労確率を引き下げるという本研究の結果は,それらの先行研究とは逆のメカニズムが作用する可能性があることを示唆している.このことから,無就労と生活習慣病など健康状態を悪化させる健康イベントとの間には,「負の連鎖(悪循環)」が存在する可能性が高い.とりもなおさず,このことは,中高年期において,一旦生活習慣病に罹患し失職すると,人々の社会経済的状況に対する健康ショックのダメージが長期間残ったり,状況を悪化させたりするかもしれない.
 第2に,性別・年齢群別の結果についてであるが,年齢群別の結果については,概ね西欧諸国の結果と同様,生活習慣病の罹患歴は,若年層には影響がなく,中高齢層の方により深刻な影響があるという結果であった.他方,性別については,西欧諸国の先行研究の結果とは反対に,循環器系疾患や鬱の罹患歴が,男性ではなく,女性の就労確率を統計学的に有意に引き下げるという結果となった.おそらく,この結果は,日本においては,子育て期や中高齢期における女性の労働市場に対するattachmentが,男性に比べて弱い傾向にあることを示しているのかもしれない.
 第3に,本研究において新たに観察されたのは,職種による影響の違いである.生活習慣病の罹患歴は,知的作業よりもむしろ身体・運動能力に依存する肉体的作業に対する影響の方が大きいことが予想される.したがって,当該疾患の罹患歴は,知的就労よりもむしろ肉体的就労に従事する人々の就労確率を有意に引き下げるという結果になった.
 最後に,本研究では,生活習慣病患者において健診の受診有無が生活習慣の改善と就労状況に与える影響を推定した.分析結果,健診の受診は生活習慣の改善とともに就労状況も向上させることが分かった.また,健診の実施は費用対効果の側面において有効であり,マクロ経済全体にも有意な影響を与えることが確認できた.
結論
本研究の結果から,生活習慣病の罹患歴が,就労確率を有意に引き下げることが確認された.他方,性別・年齢群別・職種別で,その効果には違いがみられた.また,費用対効果の面で,マクロ経済全体に対する健診の有効性は一応確認されたが,さらに,職種や地域,年齢などによる違いを考慮に入れた費用対効果分析を行う必要がある.

公開日・更新日

公開日
2019-08-27
更新日
-

研究報告書(PDF)

総括研究報告書
研究成果の刊行に関する一覧表
倫理審査等報告書の写し

公開日・更新日

公開日
2019-08-27
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

文献情報

文献番号
201809010B
報告書区分
総合
研究課題名
費用対効果分析の観点からの生活習慣病予防の労働生産性及びマクロ経済に対する効果に関する実証研究
課題番号
H29-循環器等-一般-002
研究年度
平成30(2018)年度
研究代表者(所属機関)
野口 晴子(学校法人早稲田大学 政治経済学術院)
研究分担者(所属機関)
  • 田宮 菜奈子(国立大学法人 筑波大学 医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野)
  • 高橋 秀人(国立保健医療科学院 保健・医療・福祉サービス研究分野)
  • 川村 顕(学校法人早稲田大学 政治経済学術院 )
  • 下川 哲(学校法人早稲田大学 政治経済学術院 )
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究
研究開始年度
平成29(2017)年度
研究終了予定年度
平成30(2018)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 本研究の目的は,(1)生活習慣病の罹患が就労状況(就労確率,就労時間・日数,賃金等)に及ぼす影響について実証的に検証することにより現状を把握し,(3)生活習慣病に対する予防行動が,生活習慣病の罹患率に与える効果を統制した上で,賃金で測った場合の労働生産性に与える効果を定量的に検証する.更に,(3)生活習慣病予防に対する費用対効果分析の観点から,生活習慣病を予防することによって日本の労働生産性,及び,マクロ経済全体にどの程度の改善がみられるかについてのシミュレーションを行い,「健康日本21(第二次)」等に代表されるヘルスプロモーション政策に対する基礎資料を作成する.
研究方法
 本研究では,まず,1990-2018年の直近28年間に,公衆衛生・社会疫学,及び,経済学の領域における国際的学術誌に掲載された英文による論文の中から,生活習慣病と労働生産性の関連性について定量的な検証を行った先行研究61件についてレビューを行った.
 次に,代表性のある複数のデータを用い,まず,循環器系疾患,悪性新生物,鬱の3疾患に焦点を当て,研究目的の(1)と(2)に対する定量分析を行った.本研究では,操作変数法による2段階推定,Propensity scoring matching,及び,政策変更を外生的な介入(自然実験)と捉え差の差(difference-in-difference)分析を用い,「観察されない要因」による内生性に対処した.研究目的(3)について,糖尿病・肥満・高血圧症・高脂血症の罹患歴を有する20歳以上の成年層を対象として,生活習慣と労働生産性が,健康診断を受診することによりどの程度改善したかについて,健診の受診確率をPSMで統制し,common support内の個人について比較検証を行った.当該分析における健診の1日当たりの就労時間に対する効果に関するパラメータと2016年時点での平均最低賃金を掛け合わせることによって,健診受診による年間総便益を算出した.算出された総便益額と,健診の平均費用を単純比較することにより,費用対効果分析の観点から健診の有効性に対する検証を行った. 
 尚,本研究は,統計法第33条による承認の下,匿名化情報の分析を行った(承認番号:厚生労働省発政統0424第3号,2018年4月24日).
結果と考察
 国際学術誌に掲載された英文論文では,代表性の高いデータに洗練された計量経済学の手法を用いた分析が数多く存在するが,分析対象となった国や地域が北米や欧州に偏っている.生活習慣病の罹患の就労確率や労働生産性に対する影響の大きさは,性別,人種,年齢,教育水準,疾患の種類や重症度によって異なる傾向にあることから,米国や欧州以外での当該テーマに対する研究の必要性が問われている.
 そこで,本研究では,内生性を考慮した分析の結果,先行研究と同様,循環器系疾患・悪性新生物・鬱疾患などの生活習慣病の罹患歴が,就労確率を有意に引き下げることが確認された一方で,性別・年齢群別・職種別で,その効果には違いがみられた.
 第1に,中高齢期における無就労と生活習慣病など健康状態を悪化させる健康イベントとの間には,「負の連鎖(悪循環)」が存在する可能性が示唆された.とりもなおさず,このことは,中高年期において,一旦生活習慣病に罹患し失職すると,人々の社会経済的状況に対する健康ショックのダメージが長期間残ったり,状況を悪化させたりするかもしれない.
 第2に,年齢群別の結果については,概ね西欧諸国の結果と同様,生活習慣病の罹患歴は,若年層には影響がなく,中高齢層の方により深刻な影響があるという結果であった.他方,性別については,西欧諸国の先行研究の結果とは反対に,循環器系疾患や鬱の罹患歴が,男性ではなく,女性の就労確率を統計学的に有意に引き下げるという結果となった.
 第3に,本研究において新たに観察されたのは,職種による影響の違いである.生活習慣病の罹患歴は,知的就労よりもむしろ肉体的就労に従事する人々の就労確率を有意に引き下げるという結果になった.
 最後に,本研究では,生活習慣病患者において健診の受診有無が生活習慣の改善と就労状況に与える影響を推定した.分析結果,健診の受診は生活習慣の改善とともに就労状況も向上させることが分かった.また,健診の実施は費用対効果の側面において有効であり,マクロ経済全体にも有意な影響を与えることが確認できた.
結論
 本研究の結果から,生活習慣病の罹患歴が,就労確率を有意に引き下げることが確認された.他方,性別・年齢群別・職種別で,その効果には違いがみられた.また,費用対効果の面で,マクロ経済全体に対する健診の有効性は一応確認されたが,さらに,職種や地域,年齢などによる違いを考慮に入れた費用対効果分析を行う必要がある.

公開日・更新日

公開日
2019-08-27
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2019-08-27
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

行政効果報告

文献番号
201809010C

成果

専門的・学術的観点からの成果
本研究の学術的貢献は,日本における代表性の高いデータに内生性を調整する分析手法を応用し,生活習慣病の罹患歴が就労確率や労働生産性に与える影響を導出したことにある.結果,性別や職種等による影響の違いが観察され,北米や欧州を中心とする先行研究のエビデンスとは異なる結果が得られた.また,本研究では,生活習慣病患者による健診の受診が生活習慣の改善と就労状況の向上に寄与することが確認され,費用対効果の観点から,健診の実施は一定程度有効であり,マクロ経済全体にも有益であることが確認された.
臨床的観点からの成果
該当無し.
ガイドライン等の開発
該当無し.
その他行政的観点からの成果
本研究では,生活習慣病患者による健診の受診が生活習慣の改善と就労状況の向上に寄与することが確認され,費用対効果の観点から,健診の実施は一定程度有効であり,マクロ経済全体にも有益であることが確認された.この結果は,2008年に開始された「特定健康診査・特定保健指導」等の政策が,少なくとも生活習慣病の罹患歴のある対象者に対し有効性を有する可能性を示唆している.
その他のインパクト
本研究から得られた結果に基づき,2017年6月「時事評論 統計で見るがん患者の就労状況」を週刊社会保障(2926;pp.32-33)での情報提供を行った.また,同結果については,2018年11月3日に台北(台湾)で開催されたTri-Country/Asia Pacific Health Econ Symposiumにおいて議論された.

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
2件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
5件
ディスカッションペーパーを現在投稿中
学会発表(国内学会)
0件
学会発表(国際学会等)
3件
Econometric Society@China/iHEA@Switzerland
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
2件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
MengZhao, Yoshifumi Konishi, Haruko Noguchi
Retiring for better health? Evidence from health investment behaviors in Japan
Japan and the World Economy , 42 , 56-63  (2017)
https://doi.org/10.1016/j.japwor.2017.06.003
原著論文2
Lei Lei, Satoru Shimokawa
Promoting Dietary Guide lines and Environmental Sustainability in China
China Econo mic Review , 16 (4) , 1003-1016  (2018)
In Press: doi.org/10.101 6/j.jhealeco.20 17.09.011
原著論文3
Rong Fu, Haruko Noguchi
Does the Positive Relationship between Health and Marriage Reflect Protection or Selection? Evidence from Middle-Aged and Elderly Japanese
Review of Economics of the Household , 16 (4) , 1003-1016  (2018)
https://doi.org/10.1007/s11150-018-9406-4
原著論文4
Rong Fu, Haruko Noguchi, Shuhei Kaneko, et al.
How Do Cardiovascular Diseases Harm Labour Force Participation? Evidence of Nationally Representative Survey Data from Japan, a Super-Aged Society
PLOS ONE , 14 (7) , e0219149-  (2019)
https://doi.org/ 10.1371/journal.pone.0219149
原著論文5
Shuhei Kaneko, Haruko Noguchi, Cheolmin Kang, et al.
Differences in cancer patients’work-cessation risk, based on gender and type of job: Examination of middle-aged and older adults in super-aged Japan.
PLOS ONE , 15 (1) , e0227792-  (2020)
https://doi.org/10.1371/ journal.pone.0227792
原著論文6
Sen Zeng, Haruko Noguchi, Satoru Shimokawa
Partial smoking ban and secondhand smoke exposure in Japan
International Journal of Environmental Research and Public Health , 16 (15) , 2804-  (2019)
https://doi.org/10.3390/ijerph16152804
原著論文7
Rong Fu, Haruko Noguchi
Moral hazard under zero price policy: evidence from Japanese longterm care claims data
The European Journal of Health Economics , 20 , 785-799  (2019)
https://doi.org/10.1007/s10198-019-01041-6

公開日・更新日

公開日
2020-03-16
更新日
-

収支報告書

文献番号
201809010Z
報告年月日

収入

(1)補助金交付額
7,280,000円
(2)補助金確定額
7,280,000円
差引額 [(1)-(2)]
0円

支出

研究費 (内訳) 直接研究費 物品費 957,779円
人件費・謝金 2,990,309円
旅費 384,329円
その他 1,267,583円
間接経費 1,680,000円
合計 7,280,000円

備考

備考
-

公開日・更新日

公開日
2020-02-20
更新日
-