内分泌かく乱化学物質の胎児、成人等の曝露に関する調査研究

文献情報

文献番号
199800615A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の胎児、成人等の曝露に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
中澤 裕之(星薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 牧野 恒久(東海大学医学部)
  • 松浦 信夫(北里大学医学部)
  • 織田 肇(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 秦  順一(慶応大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
145,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱化学物質は長期にわたって生体内に蓄積されるが、その生体影響を知るためには、先ず人体暴露量を知ることが不可欠である。実験動物でなく、ヒトの母乳、血液、毛髪、臍帯血などの生体試料中の存在量を測定することにより、日常の暴露量とともに長期影響および後世代影響を評価することが可能となる。
母乳中のダイオキシン類、PCB、HCB等ダイオキシン類が乳児にどのような影響を及ぼしているかということについて、調査・検討を進め、多方面からの考察を行う必要性は高いと思われる。特に社会的に関心の高いダイオキシン類に関しては人体の各種臓器の暴露状態を把握し、人体にどの程度の影響を及ぼしているかについて基礎的研究を行う。最新分析機器等を駆使した本実態調査は世界的にもなされておらず、内分泌かく乱化学物質の暴露量に対するバックグランド値の把握はこれら化学物質のリスク評価をする上でも重要である。
本研究では内分泌かく乱化学物質にヒト(胎児、乳児、成人等)がどの程度暴露されているかを明らかにすることを主目的に実施された。この目的のためにはガスクロマトグラフ/質量分析計(GC/MS)や高速液体クロマトグラフ/質量分析計(LC/MS)等の最新分析機器を駆使して、現時点で我々がどのような内分泌かく乱化学物質を取り込んで、生体試料(血液、母乳、腹水、臓器など)から実際に検出されるのかを試み、暴露及び汚染状況の経時変化を解析する上での貴重なデータの取得を最終目的にする。
研究方法
①生体試料
ヒト生体試料として成人血液、妊婦血液、臍帯血、母乳、毛髪を分析対象試料とした。各試料に対して各研究機関においてそれぞれ、測定対象の化学物質の微量分析法を検討した。なお、血液は一般人、個人病院、東海大学医学部等で採取した。また、ヒト解剖検体の肝臓、脂肪、血液等各種臓器についても慶応大学にて試料とした。
②測定対象の内分泌かく乱化学物質
・p-ジクロロベンゼン、HCB、2,4-D、2,4,5-T、PCB、HCH、DDT類、ダイオキシン類、
コプラナPCB、クロルデン類
・パラオキシ安息香酸エステル類(パラベン)、p-ヒドロキシ安息香酸、ビスフェノールA
・有機スズ化合物(トリブチルスズTBT、ジブチルスズDBT、モノブチルスズMBT)、
重金属(水銀、鉛、カドミウム等)
・フタル酸エステル類及びアジピン酸エステル類
③分析方法
1)内分泌かく乱物質の超高感度な分析法の構築が必要であり、LC/MS(移動相組成、フラグメンター電圧、モニターイオン等)やGC/MS(モニターイオン、誘導体化等)を用いた分析法の測定基礎条件や試料前処理法、さらに添加回収試験、検出限界等のバリデーション項目を検討した。
2)分析対象化学物質に応じて、クーロメトリック型多重電極電気化学検出器付き速液体クロマ  トグラフィー、炎光光度検出器付きガスクロマトグラフ(GC-FPD)、X線マイクロアナライザー(走査型電子顕微鏡)等を使用した。
結果と考察
1.内分泌かく乱物質の胎児・乳児暴露等に関する調査研究
(1)内分泌かく乱物質の胎児・乳児暴露等に関する調査研究として、妊婦血液、臍帯血及び母乳等の超微量分析法の開発を試み、実試料への適用を検討した。妊婦の臍帯血(出産直後)、及び妊婦本人の血液及び母乳(概ね出産5日後)を採取して分析した結果、臍帯血ではp-ジクロロベンゼンがn.d.~2.0ppb、HCBが0.02~0.10ppb、p-ヒドロキシ安息香酸が45~293ppb、妊婦血液でp-ジクロロベンゼンがn.d.~2.7ppb、HCBが0.02~0.19ppb、p-ヒドロキシ安息香酸が36~211ppb、母乳でp-ジクロロベンゼンn.d.~9.4ppb、HCBがn.d.~1.2ppb、p-ヒドロキシ安息香酸が27~278ppb検出された。
(2)母乳中の内分泌かく乱化学物質と乳児の健康影響に関する調査研究として、従来のダイオキシン類解析に関する研究手法を参考に、母乳中に含まれるダイオキシン類の濃度と乳児の甲状腺機能の低下等、分娩後、日齢とともに乳汁中の脂肪濃度は低下しないのにも関わらず、ダイオキシン類、即ちPCDDs+PCDFs、Co-PCB/pg/gfat濃度は低下した。乳汁分泌量、哺乳量も日齢とともに低下してくるので、乳児に負荷されるダイオキシン量は日齢とともに低下することが明らかになった。
2.内分泌かく乱物質の成人暴露等に関する調査研究
(1)妊婦の母乳、臍帯血、血液及び子宮内膜症患者の腹水を対象とした内分泌かく乱物質の超高感  度分析を目的に試料調製法を含む測定法を検討した。測定対象化学物質によっては採取の際に用いる器具(注射筒、試験管等)からのコンタミネーションの可能性が示唆され、採取方法に格段の注意が必要であると思われる。構築した試験法を用いて、出産した妊婦の血液、臍帯血、母乳を分析した結果、2,4-D、2,4,5-Tは検出されなかったが、HCBは成人血液から微量検出された。
(2)1973年~1996年の大阪府下在住の授乳婦(25~29歳の初産者のみ;各年19~33名)より採取した母乳中の有機塩素系化合物およびダイオキシン類の残留実態を明らかにした。 1996年に採取した母乳中のPCB(0.33μg/g)、HCH(0.23μg/g)およびDDT類(0.30μg/g)濃度は、1973年に採取したもののPCB(1.43μg/g)、HCH(3.79μg/g)およびDDT類(3.35μg/g)濃度に対して、それぞれ、23%、6%、9%に減少した。1996年の母乳脂肪中ダイオキシン類およびコプラナPCB濃度は、1975年のダイオキシン類およびコプラナPCB濃度に対して、46%および28%に減少した。1996年の母乳脂肪中ダイオキシン類(16.3pg-TEQ/g)およびコプラナPCB(7.8pg-TEQ/g)濃度は、1975年のダイオキシン類(30.2pg-TEQ/g)およびコプラナPCB(28.0pg-TEQ/g)濃度に対して、46%および28%に減少した。また、血清中の有機塩素系化合物の高感度迅速分析法を確立し、本法を用いて成人ヒト血清中の有機塩素系化合物の汚染濃度を明らかにした。成人血清34検体のうち、全検体よりPCB類、HCB、p,p・DDEを検出し、また25検体からβ-HCHを検出した。総PCB濃度は4.63~20.78ppb(平均: 11.92ppb)、HCB濃度は0.07ppb~0.62ppb(平均:0.228ppb)、p,p・DDE濃度は0.4ppb~14.9ppb(平均:3.68ppb)であった。β-HCH濃度はND~8.1ppb(検出限界:0.1ppb、検出したものの平均:1.76ppb)であった。
(2)LC/MSを用いたビスフェノールA(BPA)の検出限界は血清では0.1 ng/mlで、成人7名の血清中のBPA濃度を調べた結果、BPAは検出限界以下であった。一部血漿試料から微量のBPAと思われるピークが観測されたが、保存容器からの汚染等も考えられた。保存バッグの材質試験を行ったところ、保存バッグからはBPAは検出(検出限界10ng/ml)されなかった。
また、クーロメトリック型多重電極電気化学検出器を用いた高速液体クロマトグラフィー、固相抽出法による分析法を検討し、検出限界(0.01ng/mL)の高感度分析法を開発した。本法によりヒト血清から微量BPAを検出したが、保存用血液バッグからの汚染も考えられ、今後更に検討する必要がある。BPAの分析においては試料採取、試料溶液の調製段階において採取器具や理化学器具からのコンタミネーションがみられ、バッググランド値や分析精度に影響を及ぼすことが明らかになった。
(3) クロルデン関連物質及びヘキサクロロベンゼン(HCB)の人体暴露量の調査を目的として、これらの分析法の検討を行ったところ、GC/MSを用いた高感度で選択性の高い人血清及び母乳中分析法を構築した。ヒト血清36試料、母乳1試料を分析したところ、血清からオキシクロルデン(ND~0.29ppb)、trans-クロルデン(ND~0.04ppb)、trans-ノナクロル(ND~0.73ppb)、cis-ノナクロル(ND~0.11ppb)及びHCB(ND~0.19ppb)が検出され、母乳からは、trans-クロルデン、cis-クロルデン、trans-ノナクロル及びHCBが、それぞれ0.01、0.004、0.10、0.09ppb検出された。検出されたヒト血清中のクロルデン関連物質及びHCBについて、食事との関連を調査したところ、検出頻度及び濃度ともに食事嗜好に依存する傾向が示唆された。
(4) 新たに内分泌かく乱作用が疑われ、厚生省より測定要請のあったパラオキシ安息香酸エステル類(パラベン)の分析法を構築した。成人血液、臍帯血、母乳を分析した結果、パラベン類はいずれの試料からも検出されなかったが、その代謝物であるp―ヒドロキシ安息香酸が平均値で44.0ppb(18~72ppb)検出された。パラベン類は食品添加物等として現在も使用されているが、食品以外の化粧品等にも使用されており、様々な経路で体内に取り込まれる可能性がある。しかし、パラベン類は、肝臓で速やかに加水分解され、p-ヒドロキシ安息香酸に代謝されると言われており、代謝物が血液中に存在すると考えられる。
(5) クロロベンゼン類のうち、HCBは成人血液(長野県在住)60人のうち全員から検出され、平均値は0.17ppb(0.07~0.40ppb)で、平均値を中心とした比較的正規分布に近いヒストグラムが得られた。 p-ジクロロベンゼンも測定者全員から検出され、平均値は14.9ppb(0.4~211ppb)で一部の人に高濃度の結果が得られた。
(6) 有機スズ化合物の人体暴露量の調査を目的として、毛髪及び血液を対象とした分析法を炎光   光度検出器付きガスクロマトグラフ(GC-FPD)及び質量分析装置付きガスクロマトグラフ(GC/MS)を用い、選択性の高い分析法を構築した。本分析法を用いたヒト毛髪中有機スズ化合物の分析の結果はトリブチルスズ化合物が24検体中5検体から0.010~0.028ppm(検出限界0.010ppm)の範囲で検出された。さらに、検出された5検体中4検体についてはGC/MSの選択イオン検出法(SIM)により、金属スズ(Sn)の天然同位体存在比を基に主要なマスフラグメントのイオン強度比を標準品と比較した。その結果においても、人体毛髪中には有機スズ化合物の存在が示された。なお、血液については混合血液(全血)1検体からトリブチルスズ化合物0.014ppmが検出されたが、血漿3検体についてはいずれも不検出であった。
(7)プラスチック可塑剤として使用されるフタル酸及びアジピン酸エステルのGC/MSによる生体試料を対象とした微量分析法の基礎的検討を行った。試薬、室内空気等からの汚染を抑制するために、精油定量器を用いた閉鎖系で実施できる蒸留前処理法を開発し、実試料への応用が期待される。
3.ヒト解剖検体の肝臓、脂肪、血液等各種臓器、部位への内分泌かく乱物質の分布等関する調査研究わが国における人体への内分泌かく乱物質暴露量の実態を明らかにし、組織内蓄積分布を計測し、将来の対策の基礎データを取得した。
(1)PCB類
剖検症例の肝(10検体)、腸間膜脂肪(12検体)および腹壁脂肪(9検体)におけるmono-ortho PCB(8種類)とdi-ortho PCB(2種類)を測定した結果、肝、腸間膜脂肪および腹壁脂肪の脂肪重量あたりのmono-ortho PCB平均値はTEQ表記で、それぞれ8.95、19.16および20.59pg/gであり、肝は脂肪組織の約1/2であった。絶対値では、肝、腸間膜脂肪および腹壁脂肪の脂肪重量あたりのmono-ortho PCBは、478-3366、17357-171919および20022-186417pptと予想外の大量の蓄積があった。di-ortho PCBも同様にTEQ表記で、11.36、24.79および20.59であり、mono-orthoPCBと同じように肝は脂肪組織の約1/2であった。測定した12種類PCBのそれぞれの相対比は、肝、腸間膜脂肪および腹壁脂肪いずれも同じ傾向を示した。
(2)ダイオキシン、フラン、ジベンゾフラン類
剖検症例(4症例)の肝、胆汁および血液におけるダイオキシン、フラン、ジベンゾフラン類とdi-ortho PCBを測定した結果、TEQ表記でみると、胆汁におけるダイオキシン、フラン、ジベンゾフラン類の蓄積は、血液における蓄積と相関する傾向が伺われた。Total TEQ値でみると、胆汁では1.11-27.27、肝では3.77-16.21、血液では3.7-16.44であった。胆汁中の濃度が意外に高いことがわかり、ダイオキシン類の体内循環に示唆を与える所見を得た。
(3)有機スズ化合物、重金属類
剖検症例(14症例)の肝および腸間膜脂肪組織について、有機スズ化合物(トリブチルスズTBT、ジブチルスズDBT、モノブチルスズMBT)、重金属(水銀、鉛、カドミウム等)を測定している。モノブチルスズMBTおよびジブチルスズDBTは、肝臓湿重量あたりそれぞれ 6以下より60、8.3から81ng cation/gであり、トリブチルスズTBTはいずれも検出限界以下であった。また水銀は0.08以下から1.49mg/g乾燥重量まで、鉛は0.095-1.38mg/g乾燥重量、カドミウムは1.05-22.6mg/g乾燥重量であった。
結論
内分泌かく乱化学物質の生体影響を解明するに、生体試料中の存在量を把握することは暴露量評価を含めて重要である。また、測定対象物質の濃度が検出限界以下の実測値であっても、次世紀における比較対象のバックグラウンド値として重要であり、今後も、地道なモニタリングを続けていく必要があるものと判断される。加えて、我が国における一般成人に対する内分泌かく乱化学物質の暴露量は明らかでなく、一般住民を対象とした暴露量調査は未だ十分にはなされておらず、大規模な実態調査も必要であろう。
分析に関しては、測定対象物質によって試料採取を含めて操作段階での汚染に留意する必要のある物質も存在することが明らかになった。また、公表されるデータが一人歩きし、安易に社会を混乱させる状況下においては、精度の高い分析法を構築するとともに、同一試料に対して複数の試験機関で分析するなどの精度管理を実施し、分析値の信頼性を保証することが今後の重要な課題である。
ヒトの健康に内分泌かく乱化学物質が影響を及ぼしているのか否かという本研究プロジェクトの最終目標を達成するには、医学的見地から、妊娠成立後の胎児、胎盤へのこれら化学物質の影響、さらに妊娠が成立しない不妊症等の疾患、あるいは反復する自然流産との因果関係を解析する必要がある。さらにこれら生殖機能異常の際の生体内に蓄積された外因性内分泌かく乱化学物質の濃度分布など、臨床所見やヒト生殖機能の変遷の実態を把握しながら比較する総合的な解析が不可欠であり、今後はこのような視点で研究を継続、推進する必要があるものと結論される。
それには、一般人が日常生活(室内環境、食事等)において恒常的に暴露され、信頼性のあるレベルで有為に血液、母乳等から検出される内分泌かく乱化学物質(あるいはその作用が疑われる化学物質)を研究対象に取り上げるべきであろう。更に、現在、最高レベルの分析技術を駆使するとともに、高度な技術を有する研究者を動員してこの社会的課題に対処することが必要であろう。
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