臓器移植の基盤整備に関する臨床的研究

文献情報

文献番号
199800555A
報告書区分
総括
研究課題名
臓器移植の基盤整備に関する臨床的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
長澤 俊彦(杏林大学)
研究分担者(所属機関)
  • 島崎修次(杏林大学)
  • 鈴木達夫(北里研究所)
  • 大島伸一(名古屋大学)
  • 門田守人(大阪大学)
  • 松田 暉(大阪大学)
  • 幕内雅敏(東京大学)
  • 高橋公太(新潟大学)
  • 小俣政男(東京大学)
  • 堀 正二(大阪大学)
  • 長澤俊彦(杏林大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(免疫・アレルギー等研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
55,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国における脳死体からの臓器移植を積極的に推進するためには、臓器提供施設における脳死体からの臓器提供の推進、移植医療のすべての過程における感染症防止対策の徹底、脳死体から提供された臓器保存の向上、長期生着率の向上、ドナー・レシピエントの適切な組み合わせの選定、移植後の適切な管理など、現時点において最高の医療技術水準を確率する必要がある。本研究は、このような立場から脳死体からの移植の普及を念頭において腎、心、肝移植を中心に臨床的に臓器移植の基盤整備に関する研究を実施することを目的とした。
研究方法
昨年度と同じ
結果と考察
研究成果=1) 臓器機能を維持した臓器提供過程に関する研究:島崎は、臓器移植法施行後1年間に脳死と判定された135例について、62例で脳死判定を施行し、14例で臓器提供に関する家族の了解を得たが、ドナーカード所有者はなく、臓器提供には至らなかった事実を報告し、さらなるドナーカード普及の重要性を報告した。さらに、臓器提供協力353施設に臓器移植への取組みに関する現状を知るためのアンケート調査を実施した(回収率60%)。臓器提供を積極的に支持した施設は43%、積極的な反対は1.5%であった。しかし、一方ではマスコミの過度の報道についての批判、移植医側からのコミュニケーションの不足を指摘する施設もあった(平成11年2月26日、公開シンポジウム発表)。鈴木は、移植医療に関係する5施設について、施設内の各部署の院内感染について、昨年に継続して環境調査を実施した。その結果、院内感染防止対策委員会の活動が不十分、医療従事者(特に医師)の手洗い励行意識が不足している施設のあること、准清潔区域で依然としてMRSA、MSSA、緑膿菌の汚染率が高いことなどを示した。この調査データに基づいて移植実施施設の病院感染対策と施設管理システムの基準ガイドを提唱した。2) 臓器移植の生着率向上に関する研究:大島は、10年以上の移植腎生着例は5年以下の生着例に比べてリンパ球表面のCD4(+)CD28(-)T細胞の増加が著しいこと、5年以上生着例では末梢血リンパ球のアロ抗原に対するリンパ球混合培養(MLC)反応が低下していること、晩期拒絶反応を繰り返すことによって多くの例で慢性拒絶反応が進行して移植腎機能の廃絶に至ること、さらにC型肝炎ウィルス感染腎移植患者でミゾリビン併用免疫抑制療法を行った例の中にウィルスの増殖が抑制された症例がみられたことを報告した。門田は、全都道府県から脳死肝移植認定2施設(京都大学、信州大学)までの臓器輸送に必要な所要時間を算定し、この2施設に移植手術施行を限定することは、移植に至るまでの臓器保存に無理を生じる場合が少なくないことを示した。さらに、動物実験でステロイド剤が虚血再潅流障害を抑制すること、好中球プロテアーゼ阻害剤が肝低温保存障害を抑制すること、抗酸化剤など9種類の薬剤が肝温阻血再潅流障害を抑制する可能性のあることを示した。3) 臓器機能から見たドナー・レシピエントの適切な組み合わせに関する研究:松田は米国における小児心臓移植の経験から、レシピエントの肺高血圧の存在により移植心不全に陥る例は1歳以上に優位に多く、すべて先天性心疾患患児であったことを示し、移植後肺高血圧の予想される症例には、大きなサイズの虚血時間の短いドナー心を選択することが望ましいことを提唱した。幕内は、生体部分肝移植で、ドナー年齢が60歳までの範囲では黄疸の推移からみたグラフト肝
機能には年齢による差異を認めなかったことを示した。しかし、移植後GOT値の低下には年齢の高いドナーのほうが回復に時間を要した。また、20歳代後半から40歳代前半の肝移植希望者では、適当なドナーが得られないために生体部分肝移植に至らない症例が多いことも示した。高橋は、腎移植について、過去4年9カ月間に実施された15歳以下の小児ドナー30名(39腎)について、種々の角度から分析し、レシピエントの年齢が高い例で腎機能廃絶が多く見られたことを示し、ドナーの腎重量とレシピエントの年齢・体重などを考慮して、レシピエントを選択することが重要なことを強調した。4) レシピエントの術前・術後管理に関する研究:小俣は、原発性胆汁性肝硬変と劇症肝炎などの重症急性肝不全を肝移植の候補として予後予測モデルを作成して、全国規模の前向き研究を実施中である。また、レシピエントのB型肝炎ウィルス再感染の予防に有用なlamivudinの耐性株に対する新しい逆転写酵素阻害薬による抗ウィルス療法をin vitro感染系を用いて検討し、adefovir及びlobucavirが有効であることを見出し、臨床応用可能であることを示した。堀は、心移植待機患者において、抗不整脈剤単独投与は生命予後に逆効果があり、β遮断薬の投与が生命予後を改善しうることを示した。長澤は、腎移植待機中の透析症例に対する腎移植待機手帳を作成し、移植医、移植コーディネーターから極めて有用との評価を得た。また、移植された腎のプロトコール生検の電顕的検索から傍尿細管毛細血管基底膜病変の出現が、慢性拒絶反応の進行との予後の予測に有用なこと、長期生着移植腎の病理所見で高齢者からの移植腎は若年者のそれに比べて、動脈硬化性病変と移植腎特有の病変が高率に認められることを示した。
考察=10名の研究者が夫々有力な研究協力者のサポートを得て、我が国における、特に脳死下の臓器移植が円滑に行われることを主眼において2年目の臓器移植の基盤整備の臨床的研究を行った。平成9年10月に臓器移植法案が成立してから初めて平成11年3月に脳死体からの臓器提供の第一例が出たことからもわかるように、我が国で脳死体からの臓器提供が少ない理由の一つに、臓器提供施設における脳死した患者からの臓器提供を積極的に、しかも円滑に進めるための環境設定が急務である。島崎の行った臓器提供施設の全国的なアンケート調査の成績では、提供施設には倫理委員会や脳死判定委員会が約半数の施設で設けられており、かつ約50%の施設で臓器提供に積極的賛成の意見が出ている。このことは、さらに提供施設における基盤整備を進めれば、脳死体からの臓器提供が増加する可能性のあることを示唆している。このためには、ドナーカードのさらなる普及の必要性はもちろんであるが、臓器を提供する側と移植する側の医師のさらなるコミュニケーションと相互の信頼の増加、脳死と判定された後の提供施設における移植コーディネーターの役割の徹底化、患者家族のプライバシー保護と情報公開とのバランスなど、早急に解決すべき問題が残されている。感染症対策は、移植医療における大きな問題である。鈴木らの調査によると、臓器提供施設、移植手術施設、移植後患者の管理施設のいずれにもMRSAなどの細菌汚染のあることが指摘されている。移植医療に焦点をしぼった院内感染防止対策と感染管理システムの確立が、来年度に課せられた課題である。脳死体から摘出された臓器が移植施設に届けられるまでの輸送時間は、移植された臓器の生着率を左右する重要な課題である。3月の脳死体からの摘出臓器運搬は公的機関と民間の協力によってすべて許容時間内に輸送されたが、門田らが肝移植について移植施設として認定されている2施設に全国から臓器を運搬するに要する時間及び臓器移植ネットワークに登録されている50名のレシピエントが移植施設に到着するまでの最短時間の算出に関する研究は、今後の移植医療について大きな問題を提起した。つまり、心臓と肝臓の脳死体からの移植を夫々2施設に限定しているということは、臓器輸送の面から問題があるということである。この障害を克服するためには、一方では摘出臓器のviabilityを維持した保存時間を延長させる方法の確立も急務である。門田らは、in vitroの系でステロイドを始めとする種々の薬理作用を持つ薬剤が保存時間の延長に有効であることを明らかにした。これらの薬剤の臨床応用が可能であるか否かの治験が開始されることが期待される。臓器移植の成功には、免疫寛容の誘導が重要である。大島らは、腎移植の長期生着例ではCD4陽性、CD28陰性のリンパ球が増加している事実とリンパ球アロ抗原に対するMLC反応が低下していることを確認した。これらの事実に基づいた免疫寛容の導入治療の開発が望まれる。一方、移植腎の慢性拒絶反応の進行には晩期急性拒絶反応の繰り返しが関係すること(大島ら)、慢性拒絶反応の早期診断には移植腎の電顕的観察で傍尿細管毛細血管基底膜の病変をみつけることが重要なこと(長澤ら)が明らかにされた。これらの事実に着目して臨床的に対処すれば移植腎の生着率向上につながるであろう。高橋らは、小児ドナーから提供された39腎について臨床的追跡を観察して、レシピエントの年齢が高いと生着率の悪いことを示し、小児腎は小児に移植が望ましいとの主張を裏付けた。腎移植に関しては、移植待機手帳が完成し、移植医と移植コーディネーターから、その有用性について高い評価を得た。今後透析医の協力を得て、この手帳が全国的に広く活用されることが期待される。心移植については、待機患者ではβ遮断薬の投与が有用であること(堀ら)、レシピエントの肺高血圧の存在は、特にし1歳以上の先天性心疾患患児で移植後心不全を来す危険性が高いので、大きなサイズの虚血時間の短いドナー心を選択することが望ましい(松田ら)が示された。肝移植については、幕内らは生体部分肝移植で年齢と脂肪
肝のレシピエントの肝機能に与える影響が検討された。生体肝移植では、60歳までのドナーでは年齢は肝機能に影響を与えないことが示された。また、生体肝移植ではドナーの脂肪肝は軽いか、また移植前にドナーの摂生により脂肪肝はエコー上消失したりして、肝機能に影響を与えることはなかった。また、生体肝移植を希望する20-40%のレシピエントは適当なドナーが見つからず移植を受けられない者が多かった。これは、この年代のレシピエントの両親は60歳以上、子供は小児、兄弟は家族を持っているなど、近親者がドナーになりにくいことが原因と考えられる。このためにも、脳死体からの肝移植の推進が望まれる。一方、我が国では肝移植の適応となる肝疾患の原因の多くがウィルス性であることもあって、移植肝の肝炎ウィルス再感染の防止対策が重要である。B型肝炎ウィルス感染肝移植レシピエントに対して、逆転写酵素阻害薬であるlamivudineがB型肝炎ウィルスの再感染防止に有効であることがすでに報告されているが、最近lamivudine耐性ウィルスが出現してきた。小俣らは、この耐性ウィルスに対する抗ウィルス薬の開発を行い、in vitroの系で2種類の薬剤の有効性を見出した。これらの薬剤の臨床応用が期待される。脳死体からの心、肝移植については、今年3月に我が国で第1例が実施されたので、多角度からのその詳細な分析が今後の我が国の脳死体からの臓器移植の進展に大きく貢献するものと思われる。
結論
四つの異なる角度から、臓器移植の基盤整備に関する第2年目の臨床研究を行った。その結果、すべての面で来期の最終年度の研究に向けてつながりのある成果をあげることができた。

公開日・更新日

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