日本脳炎ならびに予防接種後を含む急性脳炎・脳症の実態・病因解明に関する研究

文献情報

文献番号
201517007A
報告書区分
総括
研究課題名
日本脳炎ならびに予防接種後を含む急性脳炎・脳症の実態・病因解明に関する研究
課題番号
H25-新興-指定-006
研究年度
平成27(2015)年度
研究代表者(所属機関)
多屋 馨子(国立感染症研究所 感染症疫学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 倉根 一郎(国立感染症研究所 )
  • 森島 恒雄(岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 )
  • 亀井 聡(日本大学 医学部)
  • 高崎 智彦(国立感染症研究所 ウイルス第一部)
  • 片野 晴隆(国立感染症研究所 感染病理部)
  • 黒田 誠(国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究
研究開始年度
平成25(2013)年度
研究終了予定年度
平成27(2015)年度
研究費
12,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急性脳炎(脳症)は5類感染症全数把握疾患であり、診断したすべての医師に最寄りの保健所への届出が義務づけられている。しかし、届出の多くは病原体不明のため、この中に日本脳炎が紛れ込んでいないか検討するとともに、一人でも多くの原因究明を行うことを目的とする。また、一部のワクチンについては、接種後脳炎・脳症が医師の届出対象であるが、紛れ込みを含めた原因調査を目的とする。2015年秋に国内で多発した急性弛緩性麻痺(AFP)については臨床・疫学情報を解析し、次の流行に備えることを目的とする。
研究方法
臨床のネットワークを構築し、急性脳炎・脳症が全数届出疾患であることを周知するとともに、保健所・地衛研・医療機関との連携を密にして臨床・疫学解析を実施した。急性脳炎・脳症の鑑別診断として重要な、結核性髄膜炎と日本脳炎についても検討した。また、原因究明のためには適切な臨床検体の採取・保管・搬送が必要であるが、その方法について検討した。 研究班に届けられた臨床検体については、日本脳炎ウイルス特異的IgM抗体の測定等の方法で、日本脳炎の紛れ込みがないかについて検討し、届けられた臨床検体からRNA,DNAを抽出し、multivirus real-time PCR法等の方法を用いて網羅的なウイルス遺伝子検索を行った。この方法では原因究明に至らなかった症例について次世代シークエンサー(以下、NGS検査)を用いて、病原体遺伝子の検索を行った。AFP症例については、海外文献のレビューを行い、感染症法に基づく積極的疫学調査(一次調査)により届けられたAFP症例について集計するとともに、関連学会と共同して詳細な二次調査を実施した。
結果と考察
2007~2015年に感染症発生動向調査に基づいて報告された急性脳炎(脳症)3,156例について検討した。2015年は511例であり、3年連続で報告数の増加が認められた。年齢中央値は5歳(0~98歳)、男女比は1.3:1であった。インフルエンザ脳症は、2009/10シーズン以降の6シーズンに合計748例の報告があり、0~4歳が最多であった。成人例は少ないが、小児と臨床症状が異なり、重症度に関しても低くなかった。病原体不明で届けられた急性脳炎(脳症)53例について検討した。5点セット(血液、髄液、呼吸器由来検体、便、尿)のうち3種類以上搬送されたのは47例(88.7%)、5種類すべて搬送されたのは31例(58.5%)であった。内因性RNAコントロールが検出されない症例が8例(15.1%)あった。multivirus real-time PCR でCoxA6、HHV6B, パレコ3, CMV, PVB19が、NGS検査で髄液からヒトアストロウイルスMLB株が検出され、10例(18.9%)から、病態と関連があると考えられる病原体が検出された。適切な臨床検体の採取と保管、搬送が病原体検索には重要であることから、ガイドラインを作成した。鑑別の一つである結核性髄膜炎については、来院時の重症度と水頭症、投薬までの日数、初回髄液ADA、ADA最高値が転帰影響要因として同定され、髄液ADAが診断に有用で予後予測因子となる可能性が示唆された。日本脳炎(JE)に関しては、現行ワクチン株はⅢ型で、国内で検出される遺伝子型I型に対する有効性は確認されているが、V型に対してはやや劣ることから、V型株の国内への侵入を監視し詳細な性状解析のためにV型検出法を地衛研に提示した。2015年秋に多発した急性弛緩性麻痺(AFP)については、海外文献について検討し、国内症例の臨床・疫学解析を行った。積極的疫学調査(一次調査)により2016年3月までに約100例のAFP症例が報告された。中四国地方での患者数から推定すると、日本国内では約110例の発症が推察された。現在、関連学会と共同で詳細な二次調査を実施し、臨床症状、神経学的所見、画像所見について検討中である。
結論
急性脳炎(脳症)の病原体検索に重要な臨床検体採取・保管・搬送のガイドラインを作成した。53例の原因不明急性脳炎(脳症)について検討を行い、10例(18.9%)から病態と関連があると考えられる病原体が検出された。急性期の5点セット(血液、髄液、呼吸器由来検体、便、尿)の重要性が示唆された。本研究班による病原体検索の有用性を示すとともに、日本の急性脳炎(脳症)症例における微生物学的なエビデンスを提供するものと期待される。2015年秋に多発した急性弛緩性麻痺(AFP)については、一次調査により約100例の発症が確認され、関連学会と共同で、詳細な二次調査を実施し解析中である。

公開日・更新日

公開日
2016-06-28
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201517007B
報告書区分
総合
研究課題名
日本脳炎ならびに予防接種後を含む急性脳炎・脳症の実態・病因解明に関する研究
課題番号
H25-新興-指定-006
研究年度
平成27(2015)年度
研究代表者(所属機関)
多屋 馨子(国立感染症研究所 感染症疫学センター)
研究分担者(所属機関)
  • 倉根 一郎(国立感染症研究所)
  • 森島 恒雄(岡山大学大学院 医歯薬総合研究科)
  • 亀井 聡(日本大学 医学部)
  • 高崎 智彦(国立感染症研究所 ウイルス第一部)
  • 片野 晴隆(国立感染症研究所 感染病理部)
  • 黒田 誠(国立感染症研究所 病原体ゲノム解析研究センター)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究
研究開始年度
平成25(2013)年度
研究終了予定年度
平成27(2015)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急性脳炎(脳症)の原因究明には、網羅的な病原体検索が必要であるが、健康保険で実施可能な検査は限られている。予防接種後副反応として報告される症例には、他の原因によって発症した紛れ込み例が存在する。日本脳炎(JE)の患者報告数は毎年少ないが、JEウイルス(JEV)は西日本を中心として毎年活動しており、原因不明の急性脳炎の中にJEが紛れ込んでいる可能性がある。急性脳炎(脳症)は全数届出疾患であるが病原体不明が多いため、適切な時期の検体採取・保管・搬送方法について検討し、一人でも多く原因究明を行うことを目的とする。2015年秋に多発した急性弛緩性麻痺(AFP)について臨床・疫学情報を解析し、次の流行に備えることを目的とする。
研究方法
届けられた急性脳炎(脳症)について保健所・地衛研・医療機関との連携を強化して臨床・疫学解析を実施し、急性脳炎(脳症)の鑑別診断として重要な疾患についても検討した。適切な臨床検体の採取・保管・搬送方法について検討した。JEV特異的IgM抗体の測定等で、JEの紛れ込みを検索し、検体からRNA,DNAを抽出しmultivirus real-time PCR法で網羅的なウイルス遺伝子検索を行った。この方法で原因究明に至らなかった症例については次世代シークエンサー(NGS)検査で検索を行った。AFP症例については、海外文献レビューを行い、感染症法に基づく積極的疫学調査(一次調査)により届けられた症例について集計し、関連学会と共同して詳細な二次調査を実施した。
結果と考察
2007~15 年に報告された急性脳炎(脳症)は3,156 例で、2013 年から3 年連続増加した。2009/10シーズン以降6シーズンで748 例のインフルエンザ脳症が報告された。0-4 歳が最多で、成人例は少ないが、症状は小児と異なり重症度も低くなかった。3年間で101例について病原体検索を行った。2014 年にはJEV遺伝子がNGS 検査で検出され、JEV特異的IgM 抗体も上昇し、春先に感染したJEを見出した。multivirus real-time PCR法を用いた網羅的検索で、16 例から病態との関連が考えられる病原体遺伝子(CoxB3、A10、A6、好発年齢以外のHHV6B、パレコウイルス3型、EBV、ノロウイルス、EVA71、PVB19等)が検出された。NGS検査では、JEV 以外にCoxB4、アストロウイルスMLB-1,HHV-3, -4, -8, パラインフルエンザ4b, ボカウイルス, ノロウイルス,各種細菌等の病原体配列を検出した。咽頭拭い液からアデノウイルスC, HHV5, 6B, 7、EVB,パラインフルエンザウイルス3, 4, パレコウイルス6型 , Saffoldウイルス2 型を検出した。EVを疑う場合、便検体は有用であった。腸管症状の起因菌(ESBL 産生大腸菌)の特定と菌分離に成功した症例もあった。病因解明には急性期の5 点セット(血液、髄液、呼吸器由来検体、便、尿)が重要で、5 点セットで搬送される例は徐々に増加した。RNA 内因性コントロール陰性症例が23 例(23.0%)あり、5 例についてはDNA 内因性コントロールも陰性で、適切な検体採取、保管、搬送のためのガイドラインを作成した。予防接種後副反応(有害事象)として届けられた脳炎・脳症は接種から平均9.4日、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は接種から平均18.6 日で発症していた。紛れ込み例を鑑別するための病原体診断が必要と考えられた。急性脳炎と鑑別を要する疾患として細菌性/結核性髄膜炎が挙げられるが、メロペネムの髄液移行性と結核性髄膜炎の転帰影響要因について検討した。2015年8-12月に感染症法に基づく積極的疫学調査で全国30以上の都府県から約100 例のAFP症例が報告された。中四国地方での検討により全国で約110 例のAFP 症例が推察されたが、ほぼ同数を把握できた。2015 年9 月に麻痺発症のピークがあり、年齢中央値は5 歳(0 歳1 か月~71 歳)、男女比はほぼ同等で、単麻痺が最も多く、対麻痺、四肢麻痺も多く認められた。顔面(神経)麻痺や膀胱直腸障害を認めた症例も散見された。現在、詳細な二次調査を行い、関連学会とともに解析中である。
結論
原因不明急性脳炎の中からJEを見つけたこと、網羅的な病原体検索により原因不明症例の約20%で原因が究明されたことは意義が大きい。適切な検体の採取・保管・搬送が重要であり、作成したガイドラインの活用が期待される。AFPについては2015年に約100例が届けられ、現在、詳細な二次調査を実施中である。AFP 症例の早期探知、病原体診断に繋げるために、感染症法に基づくAFP サーベイランスの導入を検討する必要がある。

公開日・更新日

公開日
2016-06-28
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201517007C

成果

専門的・学術的観点からの成果
急性脳炎(脳症)、急性弛緩性麻痺の原因病原体の解明には急性期の5 点セット(血液、髄液、呼吸器由来検体、便、尿)の採取/凍結保管が重要であった。2015年8~12月に全国から100例以上のAFP症例が報告された。2015年9月に麻痺発症のピークがあり、年齢中央値は5 歳、男女比はほぼ同等で、単麻痺が最も多く、対麻痺、四肢麻痺も多く認められた。顔面(神経)麻痺や膀胱直腸障害を認めた症例も散見された。二次調査の結果、59例の急性弛緩性脊髄炎(AFM)が確認された。
臨床的観点からの成果
3年間で約100例の原因不明急性脳炎(脳症)について病原体検索を行った。2014 年には日本脳炎ウイルス遺伝子がNGS 検査で検出され、JEV特異的IgM 抗体も上昇し、春先に感染した日本脳炎を発見した。網羅的な病原体検索により原因不明症例の約20%で原因が究明された。感染症発生動向調査で報告された急性脳炎(脳症)について検討した結果、2009/10からの3シーズンで748 例のインフルエンザ脳症が報告された。成人例の症状は小児と異なり重症度も低くなかった。二次調査を実施中である。
ガイドライン等の開発
急性脳炎、急性脳症、急性弛緩性麻痺の原因病原体を検索するためには、適切な時期/適切な部位からの検体採取・保管・搬送が重要である。本研究班で、検体採取、検体搬送に関するガイドラインを作成した。細菌性髄膜炎診療ガイドライン2014と単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2016を作成した(作成委員長亀井聡)。
その他行政的観点からの成果
近年、日本脳炎の患者報告数は少ないが、原因不明急性脳炎の中に日本脳炎が紛れ込んでいたことを発見できたことは意義が大きい。また、原因不明急性脳炎の患者を診療した場合、常に日本脳炎を鑑別に入れて検査診断することの意義が全国に広まったことは意義が大きく、0歳児の日本脳炎診断にも繋がった。日本では今も日本脳炎は脅威であり、日本脳炎ワクチンの必要性は高い。日本脳炎ワクチンの標準的な接種年齢は3歳からであるが、生後6か月から定期接種として受けられることが日本小児科学会等からも情報提供された。
その他のインパクト
2015年秋の急性弛緩性麻痺症例の多発については、何度もマスコミに取り上げられ、多くの取材を受けた。日本小児感染症学会では、緊急セミナーが開催され、概要について緊急発表した(2015年11月1日)。厚生労働省で報道関係の人々を対象とした勉強会が開催された。 2017年の日本小児神経学会、日本神経感染症学会でシンポジウムが開催される予定。

発表件数

原著論文(和文)
1件
原著論文(英文等)
11件
その他論文(和文)
17件
その他論文(英文等)
3件
学会発表(国内学会)
31件
学会発表(国際学会等)
2件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
2件
急性弛緩性麻痺症例の積極的疫学調査に繋がった。日本脳炎ワクチンの重要性を確認した。
その他成果(普及・啓発活動)
2件
急性脳炎・脳症・弛緩性麻痺患者からの適切な検体採取について普及・啓発に努めた。原因不明急性脳炎の中に日本脳炎が紛れ込んでいる可能性があることを普及・啓発した。

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Yamamoto S, Takahashi S, Tanaka R,et al
Human herpesvirus-6 infection-associated acute encephalopathy without skin rash.
Brain Dev. , 37 (8) , 829-832  (2015)
10.1016/j.braindev.2014.12.005.
原著論文2
Masanori Sato, Makoto Kuroda, Masashi Kasai,et al
Acute encephalopathy in an immunocompromised boy with astrovirus-MLB1 infection detected by next generation sequencing
Journal of Clinical Virology , 78 , 66-70  (2016)
10.1016/j.jcv.2016.03.010
原著論文3
Hideo Okuno, Yuichiro Yahata, Keiko Tanaka-Taya,et al.
Characteristics and Outcomes of Influenza-Associated Encephalopathy Cases Among Children and Adults in Japan, 2010-2015.Clin
Infect Dis. , 66 (12) , 1831-1837  (2018)
原著論文4
Pin Fee Chong, Ryutaro Kira, Harushi Mori,et al.
Clinical Features of Acute Flaccid Myelitis Temporally Associated With an Enterovirus D68 Outbreak: Results of a Nationwide Survey of Acute Flaccid Paralysis in Japan, August-December 2015.
Clin Infect Dis. ,  66 (5) , 653-664  (2018)
原著論文5
諸岡 雄也, 福本 瞳, 山本 剛,他
Multivirus real-time PCRによって診断できたヒトパルボウイルスB19脳炎の1例.
NEUROINFECTION(1348-2718) , 22 (1) , 144-149  (2017)
原著論文6
Sato M, Kuroda M, Kasai M, et al.
Acute encephalopathy in an immunocompromised boy with astrovirus-MLB1 infection detected by next generation sequencing.
J Clin Virol. , 78 , 66-70  (2016)
10.1016/j.jcv.2016.03.010.
原著論文7
Kimura K, Fukushima T, Katada N, et al.
Adult case of acute flaccid paralysis with enterovirus D68 detected in the CSF.
Neurol Clin Pract. , 7 (5) , 390-393  (2017)
10.1212/CPJ.0000000000000311.
原著論文8
永瀬 静香, 親里 嘉展, 多屋 馨子, 他
詳細な検索によりウイルス感染の関与が示された抗NMDA型GluRに対する抗体陽性脳炎の小児3症例
NEUROINFECTION. , 23 (1) , 127-133  (2018)
原著論文9
森野 紗衣子, 多屋 馨子, 砂川 富正,他
感染症法に基づく全数届出疾患である水痘入院例からみた神経合併症に関する検討.
NEUROINFECTION. , 23 (1) , 121-126  (2018)
原著論文10
Chong PF, Kira R, Tanaka-Taya K.
Description of restrictively defined acute flaccid myelitis [letter]
JAMA Pediatr , in press  (2019)
10.1001/jamapediatrics.2019.1269.
原著論文11
Morita A, Ishihara M, Kamei S, et al.
Nationwide survey of influenza-associated acute encephalopathy in Japanese adults.
JAMA Pediatr , 399 , 101-107  (2019)
10.1016/j.jns.2019.02.004.
原著論文12
Okumura A, Mori H, Chong PF, et al.
Serial MRI findings of acute flaccid myelitis during an outbreak of enterovirus D68 infection in Japan.
Brain Dev , 41 (5) , 443-451  (2019)
10.1016/j.braindev.2018.12.001.

公開日・更新日

公開日
2016-06-28
更新日
2021-06-01

収支報告書

文献番号
201517007Z