薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワーク構築に関する研究

文献情報

文献番号
199800488A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワーク構築に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
岡部 信彦(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 井上 栄(国立感染症研究所)
  • 荒川宣親(国立感染症研究所)
  • 吉田 進(日本臨床検査技師会)
  • 吉田勝美(聖マリアンナ医科大学)
  • 一山 智(京都大学医学部)
  • 嶋田甚五郎(聖マリアンナ医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
-円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年各種の抗菌薬に耐性を獲得した薬剤耐性菌が世界的な規模で増加し、院内感染症や術後感染症の起因菌として問題となっている。特に、先端医療や高度医療を実施する上で、薬剤耐性菌による感染症は大きな障害であり、この問題に対する医療関係者の関心が高まりつつある。WHOや米国CDCは、薬剤耐性菌による感染症を、emerging/re-emergingu infectious diseasesの一つとして位置付け、本格的な対策に乗り出している。
わが国では、MRSA感染症VRE感染症などの薬剤耐性菌による感染症患者の実数やその推移は個別研究として行われてきているが、国レベルでの把握は目下のところされていない。感染症の予防も含めた総合的な薬剤耐性菌対策を立案するために臨床情報を含んだ薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワークの構築急務であり、この実現を本研究の最大の目的とする。サーベイランス実現にあたり、薬剤感受性試験の標準化、病院情報システムの標準化、個人情報保護対策などを踏まえて、症例データベースと情報ネットワークの構築のあり方について検討を行う。さらに、諸外国との情報交換も視野においたサーベイランス体制についての検討も行う。
薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワークの構築により、医療現場に対する適切な薬剤耐性菌による感染症情報の診断、治療、予防に関する最新情報の提供が可能となり、抗生物質や抗菌薬の選択支援、院内感染症対策等において大きな効果が期待され、ひいては医療費の適正化に結びつく。また、行政における迅速な薬剤耐性菌対策の立案にも多大の寄与をすることが期待される。
剤耐性菌感染症症例情報ネットワーク構築に関する研究」研究班が組織され、平成9年度、平成10年度研究費が交付された。平成10年度の具体的な研究実施経過としては、密接な連携の元に研究を進めている同じく厚生科学研究費補助金による「薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステムの構築に関する研究班(主任研究者;荒川宣親)」「細菌の薬剤耐性菌機構の分子解析と耐性機序別迅速検出法に関する研究班(主任研究者;藤原博
)」、ことに前者(荒川班)とほぼ2ヶ月に1回のペースで合同研究班会議を行い、その他にワーキンググループを設置して、小グループでの検討を随時行い、患者情報の収集法に関する諸問題や実施方法について検討を行った。
その結果、患者情報、分離菌情報などについて、モデル医療機関として、1)ICUグループ(11施設)2)臨床微生物検査科を中心とした大規模病院グループ(23施設)3)九州地区を中心とした国立病院グループ(7施設)に協力を依頼、耐性菌情報に関するサーベイランス情報について、試行を開始した。収集すべき情報については、疫学的事項を重視してデーターベース化・コード化などを作成中であり、on line で情報を得られるようにするためのシステムを構築中である。また収集された情報についてどのような内容をどのようにして還元をおこなうかなどについてもモデルの作成を行い、検討を行っている。情報の収集を全国医療機関に拡大することは現実的に不可能であるが、現在の研究協力機関数が一定の国の代表値といえるかどうか(定点数として妥当かどうか)についても、検討を続けている。
研究方法
結果と考察
サーベイランスの試行に関しては、患者情報、分離菌情報などについて、
1)ICUグループ(11施設)
2)臨床微生物検査科を中心とした大規模病院グループ(23施設)
3)九州地区を中心とした国立病院グループ(7施設)
に協力を依頼した。
調査項目について詳細な検討がなされたが、3つのグループではそれぞれの多様性から、  1)ICU:ICUにおける一定期間の特定感染症(肺炎・敗血症・髄膜炎・術創感染    症)における起炎菌情報
2)検査科グループ:検査科で分離される臨床分離菌の薬剤耐性状況について一定    期間の把握
3)国立病院グループ:問題とされる一定耐性菌の出現と感染症の関係について長    期間での把握
について調査の試行を行うこととした。具体的については、施設属性、患者属性、患者データー、菌データーなどについて各研究協力者を含めて回を重ねて慎重に討議がなされ、共通項目と個別項目が設定された。
平成10年度には、実際に一定期間を、ICU、各施設検査部及び診療科、国立病院内(検査科・薬剤科)で行われた。試行することにより、担当者の負担程度、サーベイランス実行の可能性、最低必須な項目の見直し、などが行われ、省力化、単純化、早急なデーターベース化と電子化の必要性などが見直された。得られた菌情報については分析中である。
またこれらの得られたデーターをどのように具体的に解析、還元がなされるかについて試行された調査事項を元にモデル作成がなされた。内容としては、これまでのところ、
1)菌別分離件数年次動向(月別)
2)各種抗菌薬に対する耐性菌の割合
3)医療施設の規模別分離率の差
4)疾患別耐性菌分離状況
5)基礎疾患別耐性菌分離状況
6)疾患別、耐性菌別患者転帰
などが還元情報の候補として挙げられ、ホームページ画面での表示モデルが検討された。
耐性菌に関する情報の還元として、国立感染症研究所ならびに厚生省結核感染症課発行の定期刊行物「病原微生物検出情報-IASR- 」および同研究所感染症情報センターのホームページを利用したインターネットの利用などが、実際的また有効的であると考えられるが、本サーベイランスとは別個に、すでにこれらを利用して薬剤耐性菌情報の発信が定期的に行われるようになった。これらは将来的には、薬剤耐性菌感染症に関するサーベイランス情報発信の手段として有力な候補と考えられる。
情報の収集を全医療機関に拡大することは現実的に不可能であるが、現在の研究協力機関数が一定の国の代表値といえるかどうか(定点数として妥当かどうか)については、さらに検討を続ける。
我が国における感染症対策実施方法やその内容は各医療施設毎に様々である。MRSAによる感染症については概して関心も高く、院内感染症の調査や対策を進めている施設が多いが、その他の薬剤耐性菌感染症についての認識には大きな差がある。施設によっては、週毎に感染症の症例がまとめられ関係者に報告され、院内感染対策などに活用されている施設もあるが、「院内感染症対策委員会」などが設置されてはいるものの、形式的・儀式な側面が強く、実効あるものとなっていない施設も多く見受けられる。
今回の「薬剤耐性菌によるサーベイランスシステムの構築に関する研究」や「薬剤耐性菌感染症症例情報ネットワークの構築に関する研究」においては、薬剤耐性菌による感染症を発症している患者の臨床情報を可能な限り正確に収集することが必要であり、そのためにはこの調査に参加が予定されている医療施設における、感染症コントロールチーム(ICT)などの活動をより一層促進することが必要である。
米国では、200施設程度の参加により、「サーベイ」が実施され、MRSAやVREなどの感染症の実態や動向が把握されている。しかし、これらの施設は、米国内では中堅規模以上の所が多く、しかも感染症対策に熱心な施設と考えられ、米国内の平均的な医療施設の実態を必ずしも反映しているとは言い難い。我が国でいわゆる「ナショナルサーベイランスシステム」をこれから構築する上で、現時点では高いレベルで足並みをそろえてスタートすることはできないが、「サーベイ」に参加が予定されている施設の規模を、小・中・大規模など規模別に選定し調査する必要がある。また一方で、肺炎球菌やインフルエンザ桿菌などによる市中感染症における薬剤耐性菌感染症の状況を把握するため、開業医や検査センターにおける薬剤耐性菌感染症についても、将来的には患者情報の調査を行う必要があろう。
結論
上記の目的及び方法に従って、患者情報、分離菌情報などのデーターベースを医学統計学的な観点を重視して作成、コード化を行い、モデル医療機関よりon line で情報を国立感染症研究所などで得られるようにするためのシステムが出来つつあるが、これを実用化するためには引き続き研究の継続が必要である。
得られた情報については、解析のための解析委員会を組織する事などを考えているが、臨床現場への速やかな反映のためには、迅速な情報の還元方法の確立が必要である。そのためには解析委員会の分析を待たずに感染症研究所などで preliminary な解析を行い、感染症情報センターのインターネットホームページなどを利用報告を行い、現場にその状況を速やかに提供することなどが考えられる。また迅速な提供とは別に、確実な記録として年報などのような印刷物としての形でまとめたもので報告保存するようにするなど、情報の発信と記録保存のための方法についても引き続き検討を加える必要がある。
感染症新法に規定されている耐性菌感染症サーベイランスと相補する形で広く耐性菌サーベイランスがなされることによって、医療現場に対する適切な薬剤耐性菌による感染症情報の診断、治療、予防に関する最新情報の提供が可能となり、抗生物質や抗菌薬の選択支援、院内感染症対策等において大きな効果が期待され、ひいては医療費の適正化に結びつくことが期待される。また、行政における迅速な薬剤耐性菌対策の立案にも多大の寄与をすることも期待される。
なおデーターの公開部分については、患者個人の人権の保守等、倫理面についても十分配慮して行う必要があるという認識で研究が継続されている。

公開日・更新日

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