調理施設と食品製造業における衛生管理に関する研究

文献情報

文献番号
199800481A
報告書区分
総括
研究課題名
調理施設と食品製造業における衛生管理に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小沼 博隆(国立医薬品食品衛生研究所 衛生微生物部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究事業は,給食施設の衛生管理の徹底を図るために,HACCPによる衛生管理システムを実際の調理加工施設および食品製造業に導入し,本システムがこれらの施設の衛生管理方法として優れた効果を発揮することができるかどうかを試行するためのものである.一方,腸管出血性大腸菌による食中毒事件の汚染源(原因食品)および感染経路については十分明らかにされていない.そこで,新しい試験法を用いて調査し,汚染源および感染経路を明らかにする.
研究方法
調理施設と食品製造の衛生管理に関する研究では,学校給食施設(センタ-方式,自校方式,保育園1施設を含む),病院給食施設(院外調理1施設を含む),弁当製造施設,ホテルおよびレストランの厨房施設など,全国から代表的な16施設をHACCP試行モデル施設に選定し,HACCP導入前(本文中では冬場の成績)と導入後(本文中では夏場の成績)を比較できるように微生物汚染調査を行った.
腸管出血性大腸菌の汚染源および感染経路の追求に関する研究では,牛のSTEC保菌状況をPCR法および免疫磁気ビ-ズ法により調べた.
結果と考察
学校給食施設(センタ-方式,自校方式,保育園1施設を含む),病院給食施設(院外調理1施設を含む),弁当製造施設,ホテルおよびレストランの厨房施設など,全国から代表的な16施設をHACCP試行モデル施設に選定した.それぞれの施設は,HACCPチ-ムをつくり2年間にわたり危害分析に係わる調査を実施した.その調査結果を基に危害分析し,その分析結果を基に衛生管理に最も重要な管理ポイント(CCP)を設定し,設定されたCCPには,適切な衛生管理基準(CL)とモニタリング方法の設定,防止措置,検証および記録方法を設定した.
A.危害分析
1.微生物汚染を含めた実態調査結果:夏場の調理・盛り付け室が最も高かった施設は,保育園と学校給食施設であった.その温度は,保育園と学校給食8施設中26~30℃(1施設),31~35℃(7施設)であった.
2.野菜類の微生物汚染状況:冬場より夏場でやや高く,大部分が106/g以上を示した.大腸菌群102/g以上を検出されたものはタマネギ,ナス,ニラ,ニンジン,ネギ,ピ-マン,ほうれん草,モヤシ,レタスであった.また,一般細菌数および大腸菌群ともに夏場の菌数が冬場より高い傾向にあるのでHACCP導入後の効果は出ていないものと推察された.
3.食肉および魚類の微生物汚染状況:一般細菌数は牛肉102~105/g,鶏肉103~105/g,豚肉102~105/g,挽肉105~106/gおよび魚101~105/gであった.大腸菌群は食肉類および魚類全てに検出され,104/g以上検出されたのは豚肉,挽肉および魚類であった.冬場と夏場でほとんど変化がみられず,HACCP導入効果が認められた.
4.一般食品の微生物汚染状況:一般食品では,一般細菌数および大腸菌群ともに夏場の菌数が冬場より高い傾向にあったのでHACCP導入後の効果は出ていないものと推察された.
5.施設・設備および工程の微生物汚染実態:各施設共通して大腸菌群が検出された場所は,ドアや冷蔵庫等の取っ手,シンク給水コック,ガスコック,蛇口カランなど直接ヒトの手が触れる部分,調理台,作業台,まな板など原材料が直接ふれる箇所,その他に床面などであった.また,HACCP導入の効果が表れた例としては,岩手県の施設では,冷蔵庫取っ手,蛇口,釜取っ手,炊飯器取っ手,殺菌庫取っ手,更衣室ドア取っ手,レンジ取っ手,スライサ-取っ手,温蔵庫取っ手および調理器取っ手などは,HACCP導入前には,使用前の取っ手類のそれぞれに微生物汚染がみられたが,導入後は夏場にも係わらずほとんど検出されなかった.
6.手指の洗浄方法とその効果:手指の洗浄方法とその効果について調査を実施したところ,各施設の洗浄方法はまちまちであり10通りの方法に分けられた.洗浄効果が認めらた方法はあるが,お湯の使用や強い殺菌剤あるいは洗剤を使用した場合は肌荒れを起こすなどの問題点があり,現在のところ手指の肌を傷つけず,効果的に菌数を減らす方法は見つかっていない.したがって,今後さらなる検討が必要であると考える.
7.調理器具の洗浄・保管殺菌方法:一般的に洗浄と濯ぎには水・湯洗浄が,有機物等の汚れを落とすには洗剤が,殺菌消毒には殺菌剤,熱湯,熱風,乾燥,アルコ-ル噴霧およびUV殺菌などが用いられている.最も有効な洗浄・殺菌方法は,熱湯消毒による方法と思われるが,湯温が低い場合は効果が半減した.
8.調理方法別の微生物生残状況とHACCP導入前後での比較を行ったところ,煮物,汁物,焼き物,炒め物,揚げ物および蒸し物の調理後は,一般細菌数<102~104/g,大腸菌群(+)となった.HACCP導入後は,各施設ともに一般細菌数<102/g,大腸菌群(-)となり,HACCPを導入した効果が認められた.しかし,和え物ではHACCP導入前と変わらなかった.
9.野菜の洗浄効果:野菜の洗浄は,野菜洗浄(消毒)の効果の判定は難しいが,水道水のみで洗浄する前者に比べ次亜塩素酸ナトリウムを使う後者の方がやや優れている結果を得た.しかし,洗浄方法についてはさらに検討してみる必要がある.
10.果物の洗浄効果:果物の洗浄は,上記野菜の洗浄方法と同様である.洗浄効果の認められたのは,リンゴであったが,トマトでは顕著な減少はみられず,特に蔕のあるトマトで洗浄効果は低かった.また,メロンでは洗浄効果が全くみられなかった.
11.フル-ツの保存試験:フル-ツ類は,皮むきあるいはカット後そのまま喫食するため,病原菌が付着した場合を想定した保存実験を行った.その結果,メロンを冷蔵庫,20℃および40℃にそれぞれ保存し2時間と4時間放置したところ,40℃放置では2時間後で1オ-ダ-,4時間後には1~2オ-ダ-増殖した.この結果から,フル-ツ類に係わらず,生で直接喫食する食品の低温保管徹底の有用性が再確認された.
12.野菜の湯がき効果:50℃の湯洗い程度では,大腸菌群を減少させることはでないが,沸騰水中に1分以上漬け込むことにより,大腸菌群を陰性にすることができた.
13.焼き物の中心温度:焼き工程終了後の製品の中心温度は,72~100℃の範囲で,一般細菌数300以下,大腸菌群陰性であった.しかし,焼く場所によって中心温度に違いがみられ,連続焼き器で最高26℃,オ-ブンで23℃の温度差がみられた.
14.炒め物の中心温度:炒め工程終了後の製品の中心温度は80℃以上で,一般細菌数300以下,大腸菌群陰性であった.しかし,3品目では中心温度80℃以下で,一般細菌数102~103/g検出された.また,温度測定場所によって中心温度に違いがみられ,釜の中心部で低く,縁が高い傾向にあり,その差が大きいもので差が21℃あった.
15.煮物の中心温度:煮物工程終了後の製品の中心温度は82~100℃で,一般細菌数300以下,大腸菌群陰性であった.また,釜の温度測定場所による中心温度の違いは3~4℃であった.
16.汁物の中心温度:汁物の工程終了後の製品(8施設,9品目調査)は,中心温度は76~100℃で,一般細菌数300以下,大腸菌群陰性であった.また,釜の温度測定場所による中心温度の違いは最高15℃であった.
17.和え物:和え物(12施設,13品目調査)は,ボイル工程終了後は一般細菌数300以下,大腸菌群陰性であったが,和える工程終了後の製品では,2施設において大腸菌群が検出された.
B.HACCPプランの作成
上記の危害分析結果を基に衛生管理に最も重要な管理ポイント(CCP)を設定し,設定されたCCPには,適切な衛生管理基準(CL)とモニタリング方法の設定,防止措置,検証および記録方法を設定した.また,これら衛生管理の基礎となる一般的衛生管理プログラム(①原材料受け入れマニュアル,②原材料保管マニュアル,③野菜類の下処理マニュアル,④加熱調理基準のマニュアル,⑤配缶マニュアル,⑥食品衛生管理日誌,⑦衛生管理チェックリスト(日常点検表),⑧作業開始前準備マニュアル,⑨手洗いマニュアル,⑩床の洗浄消毒マニュアル,⑪器具類の洗浄消毒マニュアル,⑫器具類の洗浄消毒マニュアル,⑬冷蔵庫,⑭冷凍庫の洗浄消毒マニュアル,⑮そ属・昆虫駆除マニュアル,⑯使用水管理マニュアル,⑰非常時の対応マニュアル等)を作成し,併せて調理加工・製造施設におけるHACCPプランを作成した.作成したHACCPプランにしたがって実際の加工調理を試行したところ,施設,人員および予算面等で若干の問題点は出てきたが,全ての施設においてHACCPシステムによる衛生管理の運営ができた.したがって,調理施設においてもHACCPによる衛生管理を行うことが可能であることが分かった.
今後,多くの調理施設にHACCPシステム導入を推進していくためには,施設設備を整備し,調理員の理解度を深めながら一般的衛生管理の作成と運営の徹底が前提となると考える.HACCPプラン実施にあたっては調理員の理解度が最も重要であり,その教育方法の確立が必須であると同時に作業負担のできる限り感じないシステムづくりが重要であると考える.
C.と畜場の衛生管理
と畜場の衛生管理に関する研究では,牛のと殺工程,特に肝臓摘出工程を中心に微生物汚染実態を調査するとともに,衛生的処理方法を模索した.また,全国の牛の糞便を採取し,腸管出血性大腸菌O157,O26,O111に対する抗体価を調査した.さらに,生牛の出血性大腸菌保有調査をPCR法や試作した免疫磁気ビ-ズ法を用いて調査した.その結果,農場およびと畜場における牛の Shiga toxin producing E.coli(STEC)陽性率は高率で,特に生後1年未満の牛では60%であることが分かった.また,牛の品種間では黒毛和種に高い傾向が認められた.しかしながら,人の感染症の分野で重要視されている腸管出血性大腸菌O157,O26,O111の血清型のSTEC保菌はこれまでの成績に比べて少なかった.
結論
給食施設の衛生管理の徹底を図るために,HACCPによる衛生管理システムを学校給食施設(保育園1施設を含む),病院給食施設(院外調理1施設を含む),弁当製造施設,ホテルおよびレストランの厨房施設など,全国から代表的な16施設に導入し,本システムがこれらの施設の衛生管理方法として優れた効果を発揮することができるかどうかを検討し,以下の結論を得た.
また,農場およびと畜場において牛の糞便(直腸便)を採取し,PCR法を用いてStx産生遺伝子を指標にSTECの存在を調べ,牛のSTEC保菌状況を調査した.また,免疫磁気ビ-ズ法により,人への感染源として重要視されているSTEC O157,O26およびO111の保菌状況も調査した結果,以下の結論を得た.
1)各施設の夏場の調理・盛り付け室の最高温度は,学校給食施設(保育園1施設を含む)では8施設中26~30℃に達する施設が1施設,31~35℃に達する施設7施設と他の給食施設に比べ室温が著しく高くなることが明らかとなった.室温が30℃以上になるということは,病原菌が1個存在すれば1時間半で16個に増殖し,3時間以上では1,000個以上にも増殖することになるため最も危険であると同時に,疫学調査の結果から学校給食は二次汚染によるものが半数を占める事実をみても明らかであると考える.したがって,このような施設で夏場に作られた製品は,製造後直ちに喫食させるか,それが無理な施設は調理・盛り付け室の温度を20℃以下に保てるようにするか,それもできない場合は献立自体を変える必要があると考えられる.
2)今回,各施行施設では,調査献立ごとに7原則12手順に基づきHACCPプランを作成し,試行した結果,全ての施設においてHACCPによる衛生管理ができたといえる.したがって,調理施設でもHACCPによる衛生管理を行うことが可能であることが分かった.
3)調理工程の管理については,揚げ物,焼き物,炒め物,煮物および汁物など加熱調理を行うものは,検証デ-タから今回試行された管理基準で微生物をコントロ-ルできることが確認できた.しかし,和え物やサラダでは,加熱後の二次汚染防止が必須であると同時に,加熱をしない生鮮野菜類では殺菌剤を用いても,必ずしも大腸菌群を陰性にすることができなかったことから,喫食対象者がハイリスクグル-プ(幼児,児童,生徒,老人,免疫低下した人,妊婦)には提供を避けることも考える必要がある.
4)HACCPプランを実行するにあたり不都合の生じた施設における問題点は,①人数が少なく,モニタリングや記録ができない.②調理員の入れ替えが多く,アルバイト,パ-トタイマ-職員が多いため,教育の徹底ができない.③経験年数の長い職員は,習慣や衛生に関して潜在意識があり,HACCPの衛生管理に対応できない.④専任の衛生管理者がいないため調理中の衛生管理の徹底ができない.⑤施設が手狭で二次汚染の機会が多く,防止するのも困難である等であった.
また,多くの施設で生じた問題点は,⑥HACCPプランを実行するにあたり,業務量の増加に伴い作業能率が低下する.⑦従来から使用している機械器具では温度確認が煩雑になる.⑧メニュ-ごとにプランを作成するのは,膨大な労力と時間が必要である.⑨危害分析,検証のための高額な検査費用が必要になる等であった.
5)HACCPによる衛生管理を行ったことにより得られたメリットは,①危害分析の結果から,改善すべき点が明らかとなり,的確なマニュアルの整備,無駄のない施設設備の整備などを行うことができた.②加熱調理器の庫内温度(設定温度)と設定時間をモニタリングに用いる,あるいは沸騰していることを目視でモニタリングするなど各施設に適合した管理方法が見いだされた.③HACCPチ-ムを作り組織的に活動するため,調理員一人一人の衛生知識および意識の向上がみられた.
以上,学校,保育園,病院,弁当製造業,レストラン,ホテルなど種々の調理施設にHACCP試行施設をモデル的に選定し,実際にHACCPプランを作成し試行したところ,全ての施設においてHACCPによる衛生管理が運営できた.したがって,調理施設でもHACCPによる衛生管理を行うことが可能であることが分かった.今後,多くの調理施設にHACCPシステム導入を推進していくためには,施設設備を整備し,調理員の理解度を深めながら一般的衛生管理の運営の徹底が前提になると考える.HACCPプラン実施にあたっては調理員の理解度が最も重要であり,その教育方法の確立が必須であると同時に作業負担のできる限り感じないシステムづくりが重要である.
6)農場およびと畜場における牛のSTEC陽性率は高率であり,生後1年以上の陽性率は19.4%であるのに対し,生後1年未満は60%と特に高率であった.また,生後1年未満の牛の月齢別では生後2~4ヶ月に最も高かった.
7)牛の品種間のSTEC陽性率は,黒毛和種が最も高かった.
8)今回の調査では,人の感染症で重要視されているSTEC O157,O26およびO111血清型の保菌は,これまでの成績に比べて少なかった.
以上,農場およびと畜場における牛のSTEC汚染を調査した結果,汚染源(保菌)は農場の牛であり,特に生後1年未満の黒毛和種であることが考えられた.

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