慢性疼痛に対する画期的核酸医薬の開発

文献情報

文献番号
201443003A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性疼痛に対する画期的核酸医薬の開発
課題番号
-
研究年度
平成26(2014)年度
研究代表者(所属機関)
横田 隆徳(東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 大川 淳(東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 )
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 【委託費】 慢性の痛み解明研究
研究開始年度
平成26(2014)年度
研究終了予定年度
平成26(2014)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国民病である腰部脊柱管狭窄症にともなう腰痛や下肢痛、難治性がん性疼痛は大きな苦痛とADLの低下をきたす社会問題となっており、難治例にも特効するバイオ医薬が望まれる。我々の開発した新規のデリバリー内蔵型核酸医薬を用いて後根神経節(以下DRG)を標的に慢性疼痛に対する効果的な治療法を目的とした基盤技術の開発を行うことが目標である。
研究方法
平成26年度は、DRGの内因性遺伝子の制御を目的とし、核酸修飾を行い遺伝子抑制の最適化を検討した。また、上肢および下肢のアロディニアモデルマウスを作製して治療有効性評価のためにも知覚過敏の状況を検証した。
1) ncRNAである内因性遺伝子malat1の発現抑制効果:7週齢マウスを用いて静脈内投与によりmalat1遺伝子に対する高濃度ヘテロ核酸(Toc-HDO)を投与した。対照としてPBS投与群およびmalat1に対するASO投与群を設定した。投与後72時間でDRGおよび腰髄を採取し、qRT-PCRによりmalat1遺伝子の発現を検討した。Housekeeping geneとしてはGAPDHを使用した。また解剖時に採血も行い、肝・腎毒性も併せて検討した。
2) DRGに対するデリバリーリガンド分子の最適化:DRGに特異的なDRGペプチド(SPGARAF)が報告されている(Terashima et al. J Clin Invest. 2009)。本研究では、HDOに同ペプチドを修飾させる方法を計画した。分子薬理学的手法でヘテロ核酸の5’側にDRGペプチドを結合させたDRGペプチド‐HDO複合体を作製した。さらに3’側に蛍光タンパクAlexa647を修飾した。正常マウスに同複合体を経静脈、クモ膜下投与を行ってDRG内でのDNA分布を蛍光タンパクの発現で比較・解析を行った。
3) 神経障害性疼痛モデルマウスの作製と評価
下肢アロディニアモデル:脛骨神経・腓骨神経を切断し、腓腹神経が残存させることで知覚過敏状態になるSpared Nerve Injury(SNI)モデルマウスを作製した。SNIモデル作製後、毎週、知覚評価として足底部の腓腹神経支配領域に機械刺激、冷刺激、熱刺激を与えた。
上肢アロディニアモデル:マウスを用いて麻酔下に頚椎椎弓を露出し、右第7頚部神経根を露出させた。血管クリップを用いて神経根を10秒圧迫して解除した。

結果と考察
1) 内因性遺伝子malat1の発現抑制効果:malat1を高濃度で静脈内投与した場合、DRGでは70%前後の抑制効果が認められた。一方、腰部脊髄では50%前後の抑制効果が確認された。両者ともASOに比較して、明らかに有効で肝障害も全く認めなかった。よって、HDOでDRGおよび腰部脊髄で充分な遺伝子抑制効果が認められた。この効果はいずれも、一本鎖ASOよりも有効であった。複数回投与を行うことにより、より有効な効果が得られると考える。また副作用を全く認めなかったことより、核酸の配列により副作用を軽減させる可能性が示唆された。
2) デリバリーリガンド分子の最適化:投与翌日にL5DRGの凍結切片を作製し、Alexa647の局在を観察した。静脈投与において、対照群ではDRG細胞周囲のsatellite cellにAlexa647が集積していた。DRGペプチド群では、DRG細胞内へのAlexa647がdot-like-signalとして観察できたが発現は弱かった。クモ膜下腔投与では、DRGペプチド群で核内のAlexa647発現が強く観察された。DRGは血管が豊富でblood-nerve barrierが脆弱なためHDOによる導入が可能性であった。しかし、静脈投与での発現が低くDRG内での高発現効果を得るためにも核酸構造、核酸修飾の変更についてもさらなる検討が必要であった。
3) 神経障害性疼痛モデルマウスの作製と評価:SNIモデル作製後、足趾は知覚過敏状態となり1週間後から機械刺激とアセトンによる冷刺激で対照群と有意差を生じた。熱刺激には、2週目以降で過敏となった。上肢アロディニアモデルに関して、頚部神経根圧迫後、一時的に前肢の麻痺が出現したが徐々に改善した。その後、機械刺激、冷刺激に過敏になった。ただし、手術操作が煩雑で習熟を要し、再現性の確認が必要であった。
結論
ヘテロ核酸投与によりncRNAであるmalat1遺伝子においてもDRG及び脊髄で充分な遺伝子抑制効果が観察された。DRGペプチド‐HDO複合体は静脈投与でDRGへの集積が確認できたが、クモ膜下腔投与と比較すると集積は低く、さらなる最適化が必要であった。SNIモデルが、下肢アロディニアを有した再現性の高い神経障害性疼痛モデルであった。上肢アロディニアモデルの作製に関しては手技的に改善が必要であった。

公開日・更新日

公開日
2015-06-26
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201443003C

成果

専門的・学術的観点からの成果
研究代表者が開発した2本鎖オリゴヌクレオチド(ヘテロ核酸:HDO)は、ビタミンE (VE) をデリバリー分子に用いることにより、肝臓では静脈投与で従来のアンチセンス核酸の20-300倍の標的遺伝子抑制効果を有している。これまで全身投与でDRGの内因性遺伝子を有効に制御できる核酸医薬は報告されていない。初年度成果からVE結合あるいはペプチド修飾HDOは経静脈投与で、肝臓のみならずDRGの内因性遺伝子の制御が可能でDRGを標的にしたバイオ医薬の発展が見込まれる。
臨床的観点からの成果
痛みは、慢性化によって身体のみならず精神心理的・社会的な要因が複雑に関与し、著しい生活の質の低下につながる。特に神経障害性疼痛に関して治療に難渋する。プレガバリンの発売で治療効果のある症例もあるが、嘔気やふらつきによって治療効果が発揮できない場合がある。頚髄症や腰部脊柱管狭窄症に伴う四肢のしびれや痛みは、外科手術においても改善しないことがある。本研究計画によるDRGを標的にしたヘテロ核酸(HDO)の基盤技術の開発が進めば、新たな治療アルゴリズムを提示し得る可能性がある。
ガイドライン等の開発
神経障害性疼痛に対する薬物療法のガイドラインが示され、プレガバリンや抗うつ薬、麻薬性鎮痛薬の処方が行われている。ガイドラインで示された薬剤の中には、ふらつきや嘔気、他の薬物と有害な相互作用を有するものもある。本研究計画で示した後根神経節選択的な核酸医薬による慢性疼痛の治療が肝・腎障害といった副作用なく確立できれば、新規治療方法として提示可能となる。
その他行政的観点からの成果
痛みは慢性化によって就労困難をまねくなど社会的損失も大きい。特に高齢者は慢性的な痛みから筋力の低下や関節拘縮を来たすことで生じる廃用症候群から寝たきり状態となることがあり、医療コストの増大や介護者の負担増といった医療・介護上の問題もはらんでいる。本研究計画で示したDRGに選択的に作用する核酸医薬の発明は、慢性疼痛による社会的損失の改善が得られ、ひいては医療及び介護保険財政の改善が得られることが長期的に期待される。
その他のインパクト
2014年9月8日-9日に研究代表者主催にて第24回アンチセンスシンポジウムを開催した。2015年8月6日日本経済新聞web版に「産業革新機構、東京医歯大発ベンチャーに6億円出資」として掲載された。8月11日、本学で「第3の核酸医薬の『ヘテロ2本鎖核酸』の開発」としてプレスリリースを行った。8月27日朝日新聞に「遺伝子狙う『核酸医薬』に新技術東京医科歯科大など発表」として掲載された。読売新聞、毎日新聞にも同様の内容で掲載された。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
8件
その他論文(和文)
4件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
11件
学会発表(国際学会等)
4件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Ukegawa M, Bhatt K, Hirai T. et al.
Bone marrow stromal cells combined with a honeycomb collagen sponge facilitate neurite elongation in vitro and neural restoration in the hemisected rat spinal cord
Cell Transplantation , 24 (7) , 1283-1297  (2014)
10.3727/096368914X682134
原著論文2
Hirai T, Enomoto M, Kaburagi H. et al.
Intrathecal AAV Serotype 9-mediated Delivery of shRNA Against TRPV1 Attenuates Thermal Hyperalgesia in a Mouse Model of Peripheral Nerve Injury
Mol Ther , 22 (2) , 409-419  (2014)
10.1038/mt.2013.247.
原著論文3
Nishina T, Numata J, Nishina K. et al
Chimeric Antisense Oligonucleotide Conjugated to α- Tocopherol
Mol Ther Nucleic Acids. , 4 , e220-  (2015)
10.1038/mtna.2014.72.
原著論文4
Murakami M, Nishina K, Watanabe C. et al.
Enteral siRNA delivery technique for therapeutic gene silencing in the liver via the lymphatic route.
Sci Rep , 5 , 17035-  (2015)
10.1038/srep17035
原著論文5
Enomoto M, Hirai T, Yokota T. et al.
Efficient Gene Suppression in Dorsal Root Ganglia and Spinal Cord Using Adeno-associated Virus Vectors Encoding Short-Hairpin RNA.
Methods Mol Biol ,  (1364) , 277-290  (2015)
10.1007/978-1-4939-3112-5_22.
原著論文6
Nishina K, Piao W, Yoshida-Tanaka K. et al.
DNA/RNA heteroduplex oligonucleotide for highly efficient gene silencing.
Nat Commun , 6 , 7969-  (2015)
10.1038/ncomms8969.
原著論文7
Kuwahara H, Nishina K, Yokota T.
Blood-brain barrier: a novel therapeutic target in multiple sclerosis.
Clin Exp Neuroimmunol , 6 (2) , 129-138  (2015)
原著論文8
Iwata R, Nakayama F, Hirochi S. et al.
Synthesis and properties of vitamin E analog-conjugated neomycin for delivery of RNAi drugs to liver cells.
Bioorg Med Chem. Lett ,  (25) , 815-819  (2015)
10.1016/j.bmcl.2014.12.079.
原著論文9
Hirai T, Yoshii T, Enomoto M, et al.
Pregabalin versus acetaminophen for a treatment of chronic neuropathic pain on extremities after cervical surgery: A prospective randomized, open-label preliminary study.
J. Pain and Relief , 5 (6) , 273-277  (2016)
10.4172/2167-0846.1000273

公開日・更新日

公開日
2015-06-25
更新日
2018-06-11

収支報告書

文献番号
201443003Z