霊長類を用いた遺伝子治療法の評価システム開発研究

文献情報

文献番号
199800429A
報告書区分
総括
研究課題名
霊長類を用いた遺伝子治療法の評価システム開発研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山田章雄(国立感染研)
  • 寺尾恵冶(国立感染研)
  • 早坂郁夫(三和科学研究所)
  • 山海直(国立感染研)
  • 加藤賢三(国立感染研)
  • 河村晴次(東京大学)
  • 黒田洋一郎(東京都神経研)
  • 明里宏文(徳島大)
  • 岡田詔子(東邦大学)
  • 佐藤英明(東北大学)
  • 橋本光一郎(明治乳業)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
100,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国に於いても既にいくつかの大学病院でヒトに対する遺伝子治療が開始されるようになった。しかし、多くは海外で開発されたベクターと海外のデータに依存した治療法である。他方わが国独自に開発されたウイルスベクターも実験用小動物から霊長類を用いた評価系にそのレベルを上げつつある。多くの遺伝子疾患や癌、エイズ・ウイルス性肝炎等の慢性感染症、あるいは21世紀に著しい増加が懸念される老人病に対する新技術治療法として遺伝子治療の適用が期待され基礎検討が進められている。しかし、これらの疾患の治療に使用される遺伝子治療用ベクターはまだ開発途上のものが多い。
我が国独自で開発されてくるベクターがヒトへの導入を考えたデザインであること、また導入される遺伝子がヒト由来の遺伝子である事を考えると、生体内での安定性、安全性および有効性については、ヒトに最も近縁な霊長類をもちいて評価する必要がある。このためには動物実験倫理をふまえた上で、霊長類をもちいた検査の効率的な評価基準の作成と基準に基づく評価システムの確立が緊急の課題である。本研究班では異なる機能を持つ研究グループを置き、霊長類を用いたex vivo、器官培養、個体での遺伝子治療法の評価システムを確立することを目的としている。
研究方法
1)諸外国における遺伝子治療法の評価に関する情報の収集と国内でのベクター開発の現状を調査し、評価研究対象とする遺伝子導入法を検討する。平成10年度はわが国で独自に開発されたセンダイウイルスベクターを中心に、霊長類を用いた個体での評価系について調査を進めた。2)マカカ属サル類をもちいて評価を行うグループはカニクイザルで新規開発ベクターとして、センダイウイルスベクターおよびマウスレトロウイルスベクター及びアデノ随伴ウイルスベクターを対象に以下の研究を進めた。in vitroでの有効性の評価に供する主要臓器の初代培養細胞系の確立を目的とした組織分配、骨髄幹細胞の同定、純化、培養法を確立しマウスレトロウイルスの骨髄幹細胞を標的とした遺伝子導入効率の検討、ドラッグデリバリーシステム評価として、骨髄幹細胞の採取法、in vivoへの移植法およびGFP遺伝子を組み込んだマウスレトロウイルスを導入した幹細胞の移植方法の確立、サルでのパーキンソン病モデルおよび多発性硬化症モデルの開発と、治療に用いるアデノ随伴ウイルスにGFP遺伝子を導入しサル脳内への接種実験。3)チンパンジーを用いるグループは安楽殺を避けて遺伝子治療評価を行うため、バイオプシー技術の開発を主体に研究を進めた。MRIによる体内臓器の画像解析と脳の3次元マップの作成。バイオプシー技術の確立をめざし胃内視鏡、消化管(大腸)内視鏡のチンパンジーへの応用とバイオプシー材料の光学顕微鏡、及び電子顕微鏡検索を行った。4)サル類疾患モデルの胚や配偶子の保存方法の開発、さらに遺伝子治療法の生殖細胞への影響の評価システム開発を目指素グループは、霊長類の凍結生殖細胞特性解析、未熟卵細胞の成熟培養、体外受精などについて基盤技術の確立を試みた。 5)各種霊長類由来細胞の初代培養技術開発グループは、不死化技術、凍結技術の開発を進めている。本年度はサル胎児由来大脳皮質ニューロンの凍結初代培養系でもシナプス結合が形成されること、またヘルペスウイルス・サイミリを用いてチンパンジーのT及びBリンパ球の不死化、サル類胎児由来腎、肝、消化管、脾、皮膚、肺等の細胞培養等を試みた。
結果と考察
1)評価基準調査グループは遺伝子治療の対象とされている疾患、開発されつつあるベクター等について調査を進め、感染症を対象としたDNAワクチン開発と実験用小動物を用いた免疫応答の誘導実験が精力的に行われつつあることを明らかにした。今年度は特にわが国で独自に開発されたセンダイウイルスベクターを中心に、霊長類を用いた個体での評価系について調査を進めた。
2)カニクイザルの骨髄幹細胞の採取、純化、培養及び移植法の確立ではエリスロポエチンとG-CSF投与により末梢血中の白血球数を増加させアフェレーシスを行った。実施後には白血球数、HCTともに低下したが、2週間で術前値に復帰した。アフェレーシスでは単核細胞が特異的に回収され、回収された単核細胞から磁気ビーズソーティングにより純度の高いCD34陽性細胞が回収できた。また骨髄穿刺法によるCD34陽性細胞回収も成功し、Dynal社の抗体によりカニクイザルの骨髄幹細胞を含むCD34陽性細胞が純化できることが明らかになった。移植後の集中管理では輸血時期、頻度、抗生剤投与、検査間隔等についてマニュアル化することができた。脳疾患を標的とした遺伝子治療の有効性評価を目的とした疾患モデルの開発ではパーキンソン病とEAEモデルの作出を試みた。パーキンソンモデルの作出はMPTPの静脈内連続投与での誘発を試みている。
パーキンソンモデルの作出実験と平行して、治療に用いるアデノ随伴ウイルスベクターにGFP遺伝子を組み込みサル黒質内に投与し、投与部位での遺伝子発現効率を検討する実験を実施中である。
3)サル類の疾患モデル動物の開発:疾患モデル動物の胚や配偶子の保存方法の開発、さらに遺伝子治療法の生殖細胞への評価システムの開発を目指し、発生工学的基盤技術の確立を目的とした研究を進めている。本年度は妊娠カニクイザルにおける膣インピーダンス値の変化について検討し、妊娠早期には高値を 妊娠末期には低値を示すことが明らかになった。またエストロジェンの即日測定による排卵日の推定を基盤データとして膣内腔への人工授精を試みた、これまで霊長類センターでは人工受精に成功しなかったが今回は妊娠例を得ることに成功した。eCG投与回数、hCG投与時期が未性成熟カニクイザルの卵胞発育および回収卵の質に及ぼす影響について検討し、eCG、hCG投与スケジュールを考慮することで卵の質的向上を認めた。雄性生殖細胞に由来する卵子活性化因子について解析し、卵子活性化因子の発現能はマウスとカニクイザルで異なること、受精後その因子は前核に存在すること、精子核周辺活性化物質のみでも卵を活性化する能力を有していることが示された。またカニクイザル精子の凍結保存は生存精子に先体反応様の変化を起こすこと、先体と極体形成領域にスフィンゴミエリンが豊富に認められることを見出した。
4)チンパンジーを用いて評価するグループはMRIにより、2例のチンパンジーの全身映像を撮影した、この情報に基づいて、脳の3次元マップを完成した。今後神経系のバイオプシーを試みる場合の貴重なデータとなるであろう。動物福祉の観点からバイオプシー前のチンパンジーの鎮痛・麻酔法を確立し、バイオプシー技術の確立をめざし胃内視鏡、消化管(大腸)内視鏡のチンパンジーへの応用とバイオプシー材料の光学顕微鏡、及び電子顕微鏡検索を行った。検索材料の形態は非常によく保存されており、評価に耐えうるものであった。
5)霊長類由来細胞(神経系、腎、リンパ系、肝、骨髄等)の初代細胞培養技術について検討し、 サル胎児由来新鮮大脳皮質ニューロンの初代培養系については、in vitroの神経回路であるシナプス結合が形成されることが明らかになった。さらに凍結保存も可能になった。またヘルペスウイルスサイミリを用いてチンパンジーのT及びBリンパ球不死化に成功し、数個の細胞株を得ることが出来た。これらの細胞株についてCD分類とMHCの解析を始めた。
結論
霊長類を用いて遺伝子治療法の評価を行う場合、以下の3点について評価法を確立する必要がある。1)新規開発ベクターの有効性、安全性、安定性の評価(in vitro、in vivo)、2)ドラッグデリバリーシステムの有効性評価、3)特定の疾患を標的とし疾患モデルを用いた遺伝子治療の有効性評価である。
新規開発ベクターのin vitroでの有効性を評価するための初代培養細胞系の開発と凍結保存に関してはほぼ終了し、センダイウイルスベクターを中心に有効性の検討を始める。カニクイザルを用いた骨髄幹細胞を標的としたドラッグデリバリーシステムの評価系の開発、脳疾患を標的とした遺伝子治療法の評価に用いる疾患モデルの開発について研究は急速な進展を見せた。骨髄移植と骨髄幹細胞への遺伝子導入のハードとソフトのためのマニュアルが出来たので、今後の実験を通してSOPの評価が必要である。また骨髄幹細胞へのベクター導入効率、in vivoでの遺伝子導入効率、遺伝子発現効率、遺伝子発現継続時間等の評価が可能となると考えられる。チンパンジーではバイオプシー技術の展開(呼吸器系)、バイオプシー技術を用いた器官培養系、in vivoでの遺伝子治療評価系の技術開発が必要となろう。

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