AAVを利用した遺伝子導入法の基礎研究とその応用(パーキンソン病の遺伝子治療法開発)

文献情報

文献番号
199800413A
報告書区分
総括
研究課題名
AAVを利用した遺伝子導入法の基礎研究とその応用(パーキンソン病の遺伝子治療法開発)
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
小澤 敬也(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中野今治(自治医科大学)
  • 永津俊治(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療臨床研究が米国を中心に活発に実施されているが、臨床的有効性が確認されたものはまだ殆どなく、ベクター開発などの基盤研究の重要性が指摘されている。本研究では、安全性の点で注目される非病原性AAVを利用した遺伝子導入法に焦点を当て、その基礎研究から応用の可能性について検討した。AAVベクターの実用化を図るには、効率の良い作製法自体の開発が必須である。今後、慢性疾患が遺伝子治療の対象になると考えられ、安全性の高いAAVベクターの需要が高まるものと予想される。本研究はその意味でも重要な役割を担っている。また、AAVの性質を利用した染色体部位特異的遺伝子組込み(TVI)法は、治療用遺伝子の第19番染色体AAVS1領域特異的組込みを狙った方法で、より安全性が高く将来性のある技術として位置付けられ、その開発をさらに推進した。応用研究としては、神経細胞がAAVベクターに適した標的細胞であることに着目し、神経変性疾患であるパーキンソン病の遺伝子治療法の開発研究を行った。また、ドーパミンニューロンの発生や生存に関与する遺伝子の解析を並行して進め、パーキンソン病の発症機構解明とより効果的な治療用遺伝子の探索に役立てることを考えた。高齢化社会を迎え、パーキンソン病の急増が予想されており、現在のl-ドーパ内服療法に代わるより優れた治療法の開発は極めて重要な課題となっている。
研究方法
1。AAVベクター作製技術の開発:1)ベクタープラスミドのトランスフェクションの代わりに少量のAAVベクターを感染させてAAVベクターを増幅させる方法を試みた。2)ヒト上顎がん由来の細胞株(NKO-1)を用いてAAV-LacZを感染させ、放射線照射がAAVベクターで導入した遺伝子の発現に及ぼす影響を調べた。また、導入遺伝子の存在様式(一本鎖あるいは二本鎖)をSouthern分析により検討した。2。第19番染色体部位特異的遺伝子組込み法の開発:ITRで挟んだneor遺伝子発現ユニットを持つプラスミド(pWNeo)とRep発現プラスミド(pCMVR78またはp5R78)を標的細胞に同時にトランスフェクションした。AAVS1領域への特異的遺伝子組込みの有無については、PCR-dot blot法、AAVS1領域の遺伝子再構成とそこへのneor遺伝子の組込みを調べるためのSouthern分析法、第19番染色体長腕へのneor遺伝子の組込みを確認するためのFISH法を行った。今回、造血系細胞でこの部位特異的組込みを調べるため、pCMVR78とpWNeoをK562細胞に導入し、G418抵抗性クローンを解析した。次に、Rep78の極性アミノ酸をアラニンに置換したRep変異体を作製し、GAGCモチーフへの結合、部位特異的DNA切断、及び部位特異的組込みに影響を及ぼすかどうか検討した。3。パーキンソン病の遺伝子治療法開発:TH遺伝子、AADC遺伝子、GCH遺伝子、あるいはLacZ遺伝子の発現ユニットを含むAAVベクター(AAV-TH、AAV-AADC、AAV-GCH、及びAAV-LacZ)を作製した。293細胞で、AAV-TH+AAV-AADC+AAV-LacZ または AAV-TH+AAV-AADC+AAV GCH の比較を行った。細胞内のl-ドーパ及びドーパミン含量はHPLC法で測定した。次に、黒質線条体路に6-OHDAを注入して作製したパーキンソン病モデルラットの線条体に、AAV-LacZ単独、AAV-TH+AAV-AADC+AAV-LacZ、AAV-TH+AAV-AADC+AAV GCHをステレオ装置を用いて注入し、その前後でアポモルフィン誘発回旋運動の程度を比較検討した。その他、マウスNurr1のcDNAをプローブとして用いてヒト線維芽細胞由来ゲノムライブラリーとヒト胎児脳由来cDNAライブラリーのスクリーニングを行った。
結果と考察
1。AAVベクター作製技術の開発:1)AAVベクター作製時に、ベクタープラスミドのトランス
フェクションの代わりに少量のAAVベクターを感染させても、通常法とほぼ同レベルのAAVベクターが生成された。input のAAVベクター量の条件により異なるが、この方法でほぼ数十倍の増幅効率が得られた。本法は、パッケージング細胞株と組み合わせると大きな利用価値があると考えている。2)AAV-LacZベクターをNKO 1細胞に感染させ、直後に3または4Gy放射線照射した時に、遺伝子発現量はそれぞれ5ないし7倍に増加した。放射線量を上げるにしたがって、二本鎖への変換量が増すことがSouthern分析により確認できた。この方法は、AAVベクターを癌の遺伝子治療に応用する際に有用であると思われる。2。第19番染色体部位特異的遺伝子組込み法に関する基礎的検討:K562細胞を用いた解析では、16/25クローンでAAVS1の再構成を認め、さらにそのうち8クローンでAAVS1にNeo遺伝子が組み込まれていた。FISH解析では4/8クローンでNeo遺伝子のシグナルが第19番染色体上に観察された。Rep変異体の解析では、R107A、K136A、R138AがGAGCモチーフへの結合活性を失っており、さらにTVI活性もなくなることを確認した。また、Mg2+と結合すると予想されているtwo His motif の90H、92Hをアラニンに置換したものでは、GAGCモチーフへの結合活性を保持していたが、ニッキング活性は失われており、かつTVI活性も消失していた。もし、Rep蛋白質のTVI活性と細胞毒性を機能的に分離することができれば、TVI法の実用化に向けて大きな前進となる。3。パーキンソン病の遺伝子治療法開発:293細胞にAAV-TH、AAV-AADC、AAV-GCHの三者同時の遺伝子導入を行ったものと、AAV-THとAAV-AADCの二者のみのものを比較すると、三者の方がドーパミンの生成量が多かった。パーキンソン病モデルラットを用いた実験では、AAV-TH、AAV-AADC、AAV-GCHの三者同時の遺伝子導入を行った群の方が、AAV-THとAAV-AADCの二者のみの群に比べて、アポモルフィン誘発回旋運動の減少の程度が大きい傾向がみられた。現在、将来のヒトへの応用の前段階として、サルのMPTPによるパーキンソン病モデルを用いた遺伝子治療実験に着手している。
マウスNurr1cDNAをプローブとして、ヒトゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、全遺伝子領域を含む約10 kbの塩基配列を決定した。その結果、Nurr1遺伝子は8個のエキソンからなり8.3 kbの長さを持つことが明らかとなった。また、ヒト胎児脳由来cDNAライブラリーからNurr1 cDNAのクローニングと全塩基配列の決定を行った。Nurr1はドーパミンニューロンと深い関わりを持つ疾患の病因を考えるうえで重要な鍵を握っていると予想される。
結論
AAVベクターに関する基礎研究としては、AAVベクター作製時、ベクタープラスミドのトランスフェクションの代わりに少量のAAVベクターをシードとして感染させる方法を開発した。また、AAVベクターで導入した遺伝子の発現を増強させる方法については、放射線照射の効果を確認した。第19番染色体部位特異的遺伝子組込み法に関しては、この現象が造血系細胞でもみられることを明らかすると共に、Rep蛋白質の機能ドメインの解析をさらに推進した。AAVベクターの応用研究としては、パーキンソン病の遺伝子治療法の開発を進めた。治療用候補遺伝子としては、ドーパミン合成に必要なTH、AADC、及びGCHの各遺伝子に注目し、それぞれをAAVベクターに挿入して遺伝子導入実験を行った。その結果、これら三者の併用が最も有効であることが示唆された。また、核内オーファン受容体Nurr1がパーキンソン病の遺伝子治療の新たな候補遺伝子になりうると考え、ヒトNurr1遺伝子の単離と構造決定を行った。

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