老年病・老化に関わる遺伝子と機能解析

文献情報

文献番号
199800388A
報告書区分
総括
研究課題名
老年病・老化に関わる遺伝子と機能解析
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
池田 恭治(長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 鍋島陽一(京都大学大学院医学研究科)
  • 石川冬木(東京工業大学)
  • 北村俊雄(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 ヒトゲノム・遺伝子治療研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
80,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化や老年病の発症には、環境からのストレスあるいは代謝の結果内因性に発生する活性酸素などのストレスに対する抵抗性の減弱が大きく関与すると理解される。なかでもWerner症候群や末梢血管拡張性失調症(AT)に代表される早老症の原因遺伝子WRNとATMが同定され、DNAの複製や修復に関与することから、DNA傷害からゲノムを安定に維持する機構の破綻が老化と密接に関連すると考えられる。
一方、分担研究者の鍋島らが樹立したKlothoマウスは老年病のモデルとして注目されているが、その多彩な症候群の発症には液性メカニズムの関与が想定されている。そこで本研究では、ATMとKlothoという対極的な老化・老年病関連遺伝子に焦点を絞り、1)ATMからゲノム維持機構さらに老化に至るシグナル経路の解明、2) Klothoマウスにおける液性因子の同定と老年病治療への応用、3)Klothoによる液性機序とチェックポイントが関わる老化メカニズムとの共通点や相互関係を明確にすることを目的とした。さらに、ATM、Klotho、WRN以外にも老化に関わる遺伝子を広く探索・同定するツールとして、レトロウイルスベクターによる発現クローニング法を利用した機能的スクリーニング系の開発を行った。
研究方法
1.ATMからのシグナル伝達経路の解析
ヒトChk1、Cds1キナーゼのクローニングは、分裂酵母のSpChk1、SpCds1のFHAおよびキナーゼドメインの核酸配列に基づいてdegenerate primerを合成し、PCRによって線維芽細胞から得られた産物をもとに、RACE(rapid amplification of PCR ends)とEST(expressed sequence tag)を駆使して行った。
リコンビナント蛋白は、バキュロウイルスを用いて、昆虫細胞Sf9で発現させた。GST融合蛋白は、pGEXベクターに組み込んで大腸菌で発現させ、グルタチオンカラムで精製した。hChk1およびhCds1に対する特異的抗体は、Sf9細胞で合成したリコンビナント蛋白で家兎を免疫し、リコンビナント蛋白をカップルさせたセファロースカラムで精製したものをWestern解析、免疫沈降の実験に用いた。細胞内局在は、固定した細胞を特異的抗体で処理した後、FITC抱合抗ウサギIgGで染色し、共焦点顕微鏡で観察した。キナーゼ活性の測定は、hChk1はヒストンH3を、hCds1の場合はCdc25Cを基質として行った。hCds1の染色体局在は、FISH(fluorescence in situ hybridization)にて行った。
ヒトおよびマウスのChk1、Cds1遺伝子を単離し、targetingベクターを作成した上で、ES細胞に導入し、通常の方法に従ってノックアウトマウスを作成した。ヒトChk1遺伝子のプロモーター解析は、さまざまな長さの5*-flanking領域を種々の細胞にカルシウムリン酸法でE2F/DP1とともにtransfectし、CAT assayで転写活性を評価した。
2.Klotho遺伝子の機能解析
培養細胞系にKlotho cDNAを導入して合成したKlotho蛋白を用いて、市販の人工基質、ならびにグリコセラミドを用いて、b-glucosidase酵素活性を測定した。Klotho蛋白に対するポリクローナル、モノクローナル抗体を作成し、腎臓細胞、血中におけるKlotho蛋白をウエスタンブロットで解析した。マウスの膜型Klotho蛋白をコードするcDNAを発現するアデノウイルスベクターを作製して、マウス尾静脈より注射し、Klotho変異症状の回復を解析した。
3.老年病・老化に関わる新規遺伝子のスクリーニング法の開発
1) アンチセンス技術を応用した劣性遺伝子の機能的スクリーニング系の開発
アンチセンス技術は、対象とする遺伝子が2個以上存在しても、それを優性的に阻害することができる。逆に、この方法によって二つの遺伝子コピーの両方を阻害して初めて表現型を示す劣性遺伝子の同定が可能になるものと期待される。ヒト細胞を用いたcDNAライブラリーの機能的スクリーニングには、レトロウイルスベクターが感染効率が非常に高いために、きわめて有効であると考えられている。一方、レトロウイルスベクターは、プロモーターの選択次第で外来遺伝子の高い発現量が望めること、また、感染した細胞のゲノムDNAにレトロウイルス遺伝子が組み込まれることから一過的な発現でなく永続的な発現が期待できること、などから、アンチセンス法とレトロウイルスベクターを組み合わせることにより、劣性遺伝子の機能的スクリーニング法の確立を試みた。
今年度は、レトロウイルスにより導入されたアンチセンス遺伝子が実際に標的遺伝子の機能を失活できるか否かを検討するために、モデル実験系としてFas/Fas-ligandによるアポトーシス誘導経路における信号伝達分子の同定のための基礎的検討を行った。Fasを恒常的に強制発現させたマウス繊維芽細胞Balb-3T3に、既にFasによるアポトーシス誘導に必須であることが知られているCaspase-8のアンチセンスcDNAを発現した場合に、細胞がFas抵抗性を獲得するか否かを解析した。
2)レトロウイルス発現系を利用したシグナルシークエンストラップ法の開発
分泌蛋白質や膜蛋白質などシグナル配列を有する蛋白質のcDNAスクリーニング系を開発する目的で、レトロウイルス発現系と活性型サイトカインレセプターMPLを利用した新しいシグナルシークエンストラップ法(SST-REX法)を開発した。膜貫通部位の点突然変異によって、リガンド非存在下でもホモダイマーを形成して増殖シグナルを伝達する活性型レセプターMPL*の細胞外部位欠失変異体(△MPL*)を作成した。△MPL*とcDNA断片融合cDNAライブラリーを作成し、ウイルス感染によりIL-3依存性細胞Ba/F3に導入した。cDNAの断片がシグナル配列を含んでいる場合には、シグナル配列によりcDNA-△MPL*融合蛋白質が細胞膜上に発現され、Ba/F3細胞に自律増殖能を賦与する。
SST-REX法は、従来のシグナルシークエンストラップ法に比べ、ソーティングのかわりに細胞増殖という簡便なアッセイ系を使うので簡単に実験が行える。またクローニングしたcDNAのうち99%以上のものがシグナル配列を含んでおり従来の方法に較べ実験精度においても大変優れている。
そこで本年度は、脂肪細胞への分化誘導が可能な前脂肪細胞株3T3-L1の分化誘導後のSST-REX用のcDNAライブラリーを作成し、脂肪細胞特異的な分泌蛋白質あるいは膜蛋白質を同定し、解析した。
結果と考察
I. 早老症遺伝子ATMからのシグナル伝達経路の解明
早老症の原因遺伝子であるATMからのシグナル伝達に重要な役割を果たすヒトChk1キナーゼおよびCds1キナーゼをクローニングし、これら遺伝子産物の機能を解明した。
1.ヒトChk1キナーゼの構造と機能
分裂酵母のSpChk1キナーゼ遺伝子の配列をもとにdegenerate PCRにより、ヒトChk1キナーゼcDNAを得、これをもとに全長のcDNAをクローニングした。
hChk1キナーゼが細胞周期のどの時期で機能するかを解析した結果、hChk1の発現は、G0期では低く、G1/S期の境界からM期にかけて増加し、次のG1期では再び低下するという変動パターンを示すことが明らかとなった。次に、細胞由来のChk1活性が細胞周期の各時期でどのように制御されているか、またDNA傷害に反応してどう変化するのかを明らかにするために、まず昆虫細胞で発現させたhChk1がin vitroでCdc25Cの216番目のセリン残基をリン酸化することを証明した。さらに、我々が作成したhChk1に対する特異的抗体は哺乳動物由来の細胞からhChk1を免疫沈降し、沈降物の中に内因性のCdc25Cリン酸化活性を検出することができることを示した。
ヒト正常線維芽細胞MJ90を用いて、細胞周期の進行の過程でChk1活性がどのように変化するかを免疫沈降とキナーゼアッセイで追跡調査した。その結果、細胞由来のChk1活性は、蛋白の発現パターンとほぼ一致して、S期の開始と呼応して急激に上昇しM期まで高い活性を持続した。また、Cdc25Cの総発現量は細胞周期の各時期でほとんど変化しなかったが、リン酸化型Cdc25CがhChk1キナーゼ活性と一致してG2期にピークを示した。またhChk1キナーゼは、DNA傷害の有無に関わらず、S、G2、M期に核内に局在した。以上の成績は、Elledgeらの報告(Science 1997)と異なり、DNA傷害がなくてもCdc25CはhChk1によってリン酸化を受けており、G2/Mチェックポイント機構作動の準備段階を形成することを示唆する(Kaneko Y et al, Oncogene 1999 in press)。
Elledgeらは、紫外線やX線などで生じたDNA傷害に反応して、hChk1蛋白がSDS-PAGE上でシフトしリン酸化をうける可能性を指摘している(Science 1997)。我々は、ヒト正常線維芽細胞を用いて種々のゲノムストレスに対するhChk1蛋白の挙動を詳細に検討したが、hChk1蛋白のリン酸化もCdc25Cのリン酸化フォームの増加も観察されなかった。
分裂酵母のChk1キナーゼはrad 3の下流で働くことが知られていることから、我々はhChk1が、rad3の哺乳類ホモログであるATMの下流で機能するか否かを、AT患者由来の線維芽細胞を用いて調べた。その結果、AT細胞においても、hChk1活性が検出され、蛋白レベルも正常細胞と同じく細胞周期の進行によって制御されていた。以上の結果から、少なくとも細胞周期特異的なhChk1キナーゼの発現はATMには依存せず、細胞周期のS、G2、M期にわたってCdc25Cを恒常的にリン酸化状態に保つことでチェックポイント機構に関与していることが示唆された。
さらに我々は、hChk1キナーゼがM期にもその発現と活性が持続することに着目し、有糸分裂期におけるゲノム情報の正確な分配に重要な紡錘体形成チェックポイントにおけるhChk1の役割を検討した。その結果、細胞をノコダゾールで処理して微小管の集合を阻害すると、hChk1キナーゼがリン酸化されることを示し、さらにhChk1のリン酸化は、AT細胞やp53機能を欠失した癌細胞でも見られることから、hChk1のM期チェックポイント機能はATMやp53とは独立に働くことがわかった。
M期チェックポイントにおけるhChk1キナーゼのターゲット分子を同定する目的で、酵母のtwo-hybridスクリーニングを行った結果、ヒストンH3がhChk1と相互作用するとの結果を得た。そこで、ヒストンH3を基質としてhChk1キナーゼの活性を追跡したところ、ノコダゾール処理によって約10倍増加することが判明した。
近年、紡錘体形成チェックポイントに関わるMAD1、2、3やBUB1、2、3遺伝子が同定され、なかでもヒトBUB1の変異が染色体分配の異常からヒトの悪性腫瘍を起こすことが報告され注目を集めている(Cahill DP et al, Nature 1998)。乳癌細胞株T-47Dは、MAD2遺伝子の発現が低く紡錘体形成チェックポイントが十分に作動しないことが知られている(Li Y et al, Science 1996)。そこで我々は、hChk1キナーゼがMAD2を制御するのか、あるいはMAD2がhChk1を制御するのかを明らかにする目的で、T-47D細胞を用いてノコダゾールに対するhChk1の反応性を解析した。その結果、MAD2を欠くT-47D細胞では、ノコダゾールで微小管集合を阻害してもhChk1のリン酸化は観察されず、M期の停止も起こらないことが明らかとなった。したがって、hChk1キナーゼはMAD2蛋白の下流で機能することが示唆された。
最後に、hChk1キナーゼの分裂期チェックポイントにおける役割を明らかにするために、正常hChk1とK38M変異蛋白をテトラサイクリンで発現誘導する実験系を組み立て、ノコダゾールに対する細胞の反応を解析した。その結果、正常hChk1を発現させた細胞は、ノコダゾール処理後M期で停止したが、不活性型変異K38Mを発現させた細胞はM期の停止が十分に起こらず、変異蛋白が内在する正常hChk1に対してdominant negativeに作用した結果、紡錘体形成チェックポイントが阻害されたものと解釈された。
以上の成績をまとめると、hChk1キナーゼは、有糸分裂期に紡錘体に何らかの傷害が生じて染色体に正しく付着しないと活性化され、細胞をM期に停止させることで、遺伝情報の正確な分配とゲノムの安定性を保証するというきわめて重要な機能を担っているものと結論づけられた(Kaneko Y et al. submitted)。
hChk1キナーゼ遺伝子の細胞周期特異的な発現の制御機構を解明する目的で、ヒト染色体遺伝子を単離し構造を決定した。プロモーター領域は、TATA配列を欠きG/Cに富むhousekeepingタイプのものであった。さまざまな長さのプロモーター領域を含むフラグメントを作成して転写活性化能を解析した結果、-125bp付近にあるE2F結合部位がE2F/DP1によるhChk1遺伝子の転写活性化および細胞周期依存的な、すなわちSからM期に特異的なhChk1遺伝子の発現に必須のエレメントであることが明らかとなった。
以上の結果は、DNAポリメラーゼ、チミジンキナーゼ、サイクリンA、サイクリンEなどS期への進行に重要な遺伝子の転写を活性化し、癌遺伝子でもある転写因子E2Fが、一方では、hChk1キナーゼのようなゲノムを安定に維持するチェックポイント遺伝子の転写をも同時に活性化することを意味する。
Chk1キナーゼの個体における機能、とりわけ哺乳動物の老化における役割を解明する第一歩としてノックアウトマウスを作成した。これまでのところChk1-/-マウスは生まれておらず、胎生期のごく初期、おそらく2細胞期から胚盤胞期の間で致死になるという知見を得ている。このことはChk1が初期胚の卵分割に必須の遺伝子であることを意味している。現在、過排卵させた雌マウスから受精卵を採取し胚盤胞期に至るどの段階で致死になるかを検討するとともに、Cre-lop P系を用いて、in vitroおよびin vivoでChk1遺伝子の誘導型ノックアウトのシステムを構築している。
2.ヒトCds1キナーゼの構造と機能
分裂酵母では、ATMホモログであるrad 3からのシグナルは、Chk1とCds1キナーゼを介する二つの伝達系に分岐することが知られている。我々は、哺乳動物においてATMから老化に至るシグナルカスケードを解明するためには、Cds1のヒトホモログを同定することが不可欠であると考え、分裂酵母Cds1のFHAおよびキナーゼドメインの遺伝子配列に基づいてヒトCds1遺伝子をクローニングした。同遺伝子は、ElledgeらのグループによりhChk2としてほぼ同時にクローニングされた(Science, Dec 1998)。
細胞周期の進行に伴うhCds1の発現パターンを解析したところ、hChk1と同じく、G1/S移行期からM期にかけて発現が著名に高まり、この時期に核内に局在するという結果を得た。FISHによりhCds1の遺伝子座を探索したところ、22q11.2に局在することが明らかになり、悪性rhabdoid腫瘍で変異が報告されたhSNF5/INI1がこの遺伝視座に隣接するという最近の報告(Nature 1998)と合わせ、hCds1が癌化に関与する可能性が考えられた。
hCds1がDNA傷害チェックポイントにおいて何らかの役割を果たすか否かを検証するために、細胞に紫外線を照射した後のhCds1蛋白の挙動を特異的抗体を用いて解析した。その結果、正常線維芽細胞MJ90においても、p53機能を欠失したHeLa細胞においても、hCds1蛋白はDNA傷害に反応してリン酸化を受けることが明らかになった。さらに、Cdc25Cを基質にCds1のキナーゼ活性を測定したところ、紫外線照射によって約5倍上昇することが判明した。Cdc25CのS216A変異蛋白はリン酸化されないことから、hCds1はCdc25Cの216番目のセリン残基をリン酸化すると結論した。hCds1の活性化は、電離放射線やアルキル化剤のメチルメタンスルホン酸(MMS)処理によって生じたDNA損傷に対しても認められたことから、幅広いタイプのDNA傷害に反応してhCds1が活性化されることが示唆された。
興味あることに、AT由来の細胞においてhCds1は、紫外線やMMS処理によってはリン酸化されたが、電離放射線に対してはリン酸化されなかったことから、AT細胞におけるX線感受性はATM依存的なhCds1の活性化の傷害によって起こること、またhCds1が、DNA損傷の種類により、ATM依存性の経路とATMを介さない経路の少なくとも二つの異なるメカニズムで活性化されることが示唆された。この成績は、AT患者が電離放射線によってもたらされるDNA損傷に対して特異的に感受性が高いという臨床的事実と合致する。
hCds1の発現を数多くの細胞株で比較研究したところ、正常p53を有する細胞では発現レベルが低く、p53機能を欠失した癌細胞では発現レベルが高いという興味ある結果が得られた。そこで、p53機能とhCds1の発現との相互関係を追求する目的で、ヒト正常線維芽細胞WI-38をSV40 T抗原、HPV E6あるいはE7で形質転換させ、それぞれp53とpRb、p53のみ、pRbのみの機能を阻害した場合のhCds1の発現を解析した。その結果、WI-38親株細胞に比較して、E7、E6、SV40 Tでtransformした細胞において、この順でhCds1の段階的な発現の増加を認めた。
さらに、これらの細胞に正常p53をアデノウイルスベクターを用いて導入したところ、hCds1の発現はp53機能が傷害されているSV40 T抗原、HPV E6形質転換株でのみ有意に抑制され、pRb機能のみを傷害させたHPV E7株ではp53導入の効果は認められなかった。以上の結果から、hCds1の発現はp53によって負に制御されており、p53機能が失われてG1チェックポイント機構が働かない細胞では代償的にCds1の発現が誘導され、G2期のDNA傷害チェックポイントに重要な役割を果たしていることが示唆される。p53機能を欠失した癌細胞が、抗癌剤やX線治療に抵抗性を示す機序にCds1の代償作用が関与している可能性が考えられ、hCds1は新たな癌治療のターゲットとなりうる可能性がある。
Cds1の個体における機能を解明する目的で、ヒトおよびマウスの遺伝子を単離し、マウスCds1遺伝子をもとにノックアウト作成のためのターゲテイングベクターを作成した。
II. 新規IkBキナーゼのクローニング
ヒト正常線維芽細胞において紫外線によって誘導され、ストレス応答に関与する遺伝子を探索する過程で、我々は、IkBキナーゼに類似したキナーゼドメイン、ロイシンジッパーモチーフを有する新規遺伝子をクローニングした。IkBキナーゼaおよびIkBキナーゼbとのホモロジーは約30 - 50%であった。新規IkBキナーゼの組織分布をNorthernブロットで解析した結果、多くの組織において恒常的に発現していたが、なかでも精巣と骨格筋においてとりわけ高い発現が観察された。
我々がクローニングした新規IkBキナーゼは、IkBa(1-54)をリン酸化し、S36A変異蛋白はリン酸化しないことから、in vitroでは36番目のセリン残基を特異的にリン酸化することが判明した。また、新規IkBキナーゼは、E3-ubiquitin ligaseの存在下でIkBaをユビキチン化し、その結果として、NF-kB結合部位をもつレポーター遺伝子の転写を促進することから、実際に細胞内でNF-kBを活性化する機能を有することが立証されている。
III. Klotho遺伝子の機能解析
b-glucosidaseには活性中心を担う2つの保存された配列があり、特に各々の配列中のグルタミン酸残基が活性にとって重要であると報告されている。ところが、mKL1、mKL2いずれも、2つの保存されるべきグルタミン酸残基のうちの一方が保存されておらず、実際の活性測定においても、活性の存在を示唆する結果が得られなかった。
腎臓の膜成分を抗体を用いて解析したところ、全長型とC端側のドメイン(mKL2)に相当する分子を同定した。この結果によりmKL1に相当する部分が分泌されていることが示唆されたことから、野性型マウスの血清よりmKL1の同定を試みたが、検出できなかった。そこで、全長型Klotho蛋白を高発現するマウスを作製し、その血清を解析し、血中よりN端側のドメイン(mKL1)に相当すると推定される分子を同定した。
アデノウイルス発現ベクターを用いたレスキュー実験により多くの変異症状が改善することを確認した。この場合、アデノウイルス発現ベクターを発症後に注射しており、一旦発症した後でも多くの症状は回復可能であることを示唆しているが、短期間の実験では異所性の石灰沈着を回復させることができないことが示された。この実験ではKlotho蛋白が肝臓で発現しており、腎臓で発現しなくても機能することが示され、Klothoが液性因子として作用することを強く示唆している。
IV. 老年病・老化に関わる新規遺伝子のスクリーニング法の開発
1.アンチセンス技術を用いた劣性遺伝子の機能的スクリーニング系の開発
検定に用いる細胞として、Fasを恒常的に強制発現させたマウス繊維芽細胞Balb-3T3(以下、Fas-Balb3T3、京都大学・米原教授より供与された)を用いた。また、マウスCaspase-8 完全長cDNA(京大・米原教授より供与)を鋳型に用いて、開始コドンATGを含むそれぞれ長さが160 bp, 550 bp, 1160 bp, 2000 bp (full length)のcDNAをPCRを用いて作成し、これらのアンチセンスRNAを発現するようなレトロウイルスベクターを、pMX-puroベクター(東大・北村助教授より供与)をもとに作成した。これらのベクターを、パッケージング細胞であるBOSC23(Warren Pearより供与)に一過性にトランスフェクションし、高いタイターのウイルスストックを得た。これをFas-Balb3T3細胞に感染し、ウイルスゲノムがインテグレーションした細胞クローンを、ピューロマイシン抵抗性を用いて薬剤選択により得た。このようにして得られたCaspase-8アンチセンスcDNA発現細胞クローンを、それぞれ複数個、抗Fas抗体で処理し、mockベクターを取り込んだクローンとともに、アポトーシス誘導の効率を定量化した。以下にその結果を示す。
抗Fas抗体を加えたときの生存率
mock 19 % (19/99)
Full length (sense) 11 % (13/118)
160 bp (anti-sense) 88 % (64/73)
550 bp (anti-sense) 90 % (47/52)
1160 bp (anti-sense) 90 % (63/70)
Full length (anti-sense) 92 % (54/59)
Anti-sense cDNAを発現したものは、どの長さのcDNAであっても、mockウイルスを感染した時と比較して、大きく抗Fas抗体処理後の生存率が増加した。このことは、期待通りに、アンチセンスcDNAがCaspase-8の機能を阻害していることを示唆している。また、完全長のセンスcDNAを導入した場合には、mockの場合よりさらにアポトーシスを起こしやすいことを示唆する結果を示した。この差が有意であるか否かは、さらに実験回数を増やして再現する必要があるが、Balb3細胞では、Caspase-8の量がアポトーシス反応の律速段階の一つである可能性がある。
2.レトロウイルス発現系を利用したシグナルシークエンストラップ法の開発
脂肪細胞分化のモデル系として、前脂肪細胞株3T3-L1細胞からSST-REX用のcDNAライブラリーを作成し、Ba/F3 細胞のIL-3非依存性増殖を指標にしてシグナルシークエンストラップを行った。取得した102クローンのうち95クローンが解析可能であった。うち12クローン10種類が未知の遺伝子であった。なお取得した既知の遺伝子は、1クローンを除きすべてシグナルペプチドを有する分泌蛋白質あるいは膜蛋白質で、実験系が正確に動いていることが確認できた。
一方、取得した未知の遺伝子のうち3種類は免疫グロビンスーパーファミリーに属する新規遺伝子で、1種類はレンズ表皮由来増殖因子に相同性を有する遺伝子、残りの6種類は既知の遺伝子に全く相同性を持たない遺伝子であった。これら10種類の未知遺伝子についてNorthern Blot解析を行ったところ、6つの遺伝子の発現は脂肪細胞分化に従って誘導あるいは増強することが判明した。現在、これらのクローンの全長cDNAをクローニングして解析中である。
結論
早老症の原因遺伝子であるATM(ataxia teleangiectasia mutated)からのシグナルを伝達するヒトチェックポイント遺伝子hChk1キナーゼとhCds1キナーゼを同定し、細胞周期のS、G1、M期において、役割分担しながらゲノムを安定に維持する上で重要な機能を担うことを明らかにした。一方、液性メカニズムが関与すると考えられる老年病のモデルマウスKlothoにおいて、Klotho蛋白が血液中を循環すること、アデノウイルス発現ベクターの投与で症状が改善することを立証し、Klotho蛋白が老年病の治療に有効である可能性を示した。さらにATM、WRN、Klotho以外にも老化・老年病に関わる遺伝子を広く探索するツールとして、レトロウイルスベクターを用いたアンチセンスcDNAライブラリーによる劣性遺伝子の機能的スクリーニング法とシグナルシークエンストラップ法を開発した。

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