パーキンソン病における神経細胞死の分子機構とその保護治療に関する研究

文献情報

文献番号
199800359A
報告書区分
総括
研究課題名
パーキンソン病における神経細胞死の分子機構とその保護治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
永津 俊治(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 水野美邦(順天堂大学医学部)
  • 小川紀雄(岡山大学医学部分子細胞医学研究施設)
  • 久野貞子(国立療養所宇多野病院臨床研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、パーキンソン病の原因を分子レベルで解明し、ドーパミンニューロンの変性を阻止あるいはドーパミンニューロンを保護する治療法を開発することを目的としている。パーキンソン病の病態が解明され、病気の進行を抑制することが可能になれば、患者本人のQuality of Life (QOL)を改善するだけでなく、看護する家族の負担を減らし、結果として医療経済上のメリットを生ずる可能性がある。
研究方法
パーキンソン病及びパーキンソン病モデル動物におけるサイトカイン類・アポトーシス関連タンパク質・ドーパミンニューロン関連タンパク質の変化は、これまでの剖検脳材料や脳脊髄液での研究と同じく、我々の確立した高感度酵素免疫測定法によって測定した。ミトコンドリア電子伝達系複合体Iの24kDaサブユニットの遺伝子多型の分析および免疫組織学による分析、いずれも既報の方法によった。細胞生存率はWest-1 assayにより調べた。神経毒iminodipropionitrile (IDPN)によるジスキネジヤラットを作製して、免疫抑制薬サイクロスポリンAの投与の効果を症状から解析して、脳を採取し、electrophoretic mobility shift assay (EMSA)によってAP-1, CREBのDNA結合活性を解析した。またドーパミン-D1, D2-レセプター、cyclophylinのmRNAをNorthern blot analysisで解析した。砂ネズミ虚血モデルで海馬ムスカリン性レセプター結合能を、[3H]-QNBラジオレセプターアッセイで定量し、サイクロスポリンの効果を評価した。GDNFのELISA法によって、パーキンソン病患者の脳室脳脊髄液のGDNF量を測定した。MPTPパーキンソン病サルはカニクイサル、ニホンサルで作製した。黒質緻密層のドーパミンニューロンをチロシン水酸化酵素とGDNFの免疫組織化学により染色して陽性細胞数を測定した。
結果と考察
パーキンソン病におけるサイトカイン類の増加が、パーキンソン病モデル動物でもおこるかどうかを、MPTPパーキンソニズムマウスと、6-ヒドロキシドーパミンの一側の線条体内注射による半側パーキンソニズムラットについて検討した。MPTPマウスのIL-1_を測定したところ、対照マウスで前頭葉で濃度が高く、線条体では低かった。 IL-1_濃度はMPTPマウスの線条体で対照マウスの約23倍に著明に増加した(p<0.005)。これに対してMPTPマウスの前頭葉では対照マウスと比べてIL-1_濃度は変化しなかった。神経栄養因子NGF濃度は、対照マウスで前頭葉で濃度が高く線条体では低かった。MPTPマウスの線条体でNGFは約50%と有意に減少した(p<0.05)。前頭葉では有意なNGFの変化はみられなかった。6-ヒドロキシドーパミンのラットの一側(右側、R)線条体への注射により緩徐な黒質線条体神経細胞死をおこした半側パーキンソニズムラットについて、TNF-_が、対照側(左側、L)と破壊側(右側、R)で変化するかどうかを検索した。黒質でも線条体でも傷害側(R)のTNF-_濃度、傷害側と対照側のTNF-_濃度の比TNF-__(R/L)は有意に増加した。大脳皮質ではTNF-_(R/L)は約1.0で左右差はなかった。本実験系に、L-DOPA (25mg/kgおよび50mg/kg 皮下注射)を6回連続投与したところ、黒質、線条体、大脳皮質のどの部位でも、また対照側(左側)でも、6-ヒドロキシドーパミンの線条体注射側(右側)でも、脳内TNF-_量は変化しなかった。この結果は従来のin vitroの培養細胞系の実験ではL-DOPAはアポトーシスをおこしうるが、in vivoにおいては、TNF-_を増加させてアポトーシスを促進する危険性はないことを示す。半側パーキンソニズムラットの線条体、黒質におけるTNF-_の増加は、パーキンソン病患者
の線条体や脳脊髄液のTNF-_の増加と一致しており、TNF-_の増加がパーキンソン病の発症に関与する可能性を示唆する。水野グループはパーキンソン病の遺伝的素因と黒質変性機序に関して精力的に研究を進めた。常染色体劣性遺伝の家族性パーキンソン病の新しい原因遺伝子を発見してParkinと命名した(Kitada et al, Nature 392: 605-608, 1998)。Parkin遺伝子に遺伝子多型を3カ所発見した。その頻度をパーキンソン病と対照で比較したところ、そのうちの1つエクソン10のArg366Trpの変異型アリル頻度は、対照4.4%に対しパーキンソン病1.2%とどちらも低かったが、その差は2%以下の危険率で対照で高く、この多型が神経保護力に働く可能性を指摘した。ミトコンドリア電子伝達系複合体Iを構成するサブユニットの1つである24kDaサブユニットの遺伝子多型を用いた関連分析で、変異型ホモ接合体(Val/Val)の頻度が、PDで23.8%、対照で11.5%とパーキンソン病で有意に高かった。この遺伝子多型がパーキンソン病発症の遺伝的危険因子の1つのなることが示された。小川グループは神経変性に対する免疫抑制薬の保護修復作用に関する研究を推進した。脳内ドーパミン神経系の異常が報告されているジスキネジアラットにおいて、免疫抑制薬サイクロスポリンAが転写因子(TRE, CRE)結合活性、ドーパミン含量、ドーパミンD1レセプターmRNAを高めて、神経機能の亢進作用を示すこと、従ってドーパミン神経修復に応用できる可能性を示した。正常ラットではこのような現象は見られず、病態モデルではじめてこのサイクロスポリンAの作用が検出された。また脳虚血モデル砂ネズミで、海馬ムスカリン性レセプター結合能の晩発性低下に対するサイクロスポリンAの保護効果が初期だけでよく、必ずしも連続投与の必要性がなかったことから免疫抑制作用とは別の機序である可能性を明らかにした。久野グループは、ドーパミン神経毒MPTP(0.2-0.5mg/kg)をサル(カニクイサル、ニホンサル)に静脈注射して、経時的に黒質緻密層のGDNFタンパク質陽性細胞数とチロシン水酸化酵素タンパク質陽性細胞数を測定したところ、GDNFの染色がチロシン水酸化酵素の染色より早く低下し、MPTPによるドーパミン神経細胞死に先行して、神経栄養因子GDNFが低下することが示唆された。
結論
1994年以来、パーキンソン病剖検脳線条体でTNF-_, IL-1_などのサイトカインの増加を報告したが、MPTPパーキンソンマウス、6-ヒドロキシドーパミンによる半側パーキンソンラットの黒質と線条体でもIL-1_やTNF-_の著明な増加を証明した。L-DOPAの投与は、正常脳でも6-ヒドロキシドーパミンによる傷害脳でも、TNF-_量を変化させなかった。このことはパーキンソン病の線条体におけるサイトカインの増加は黒質線条体ドーパミン神経の細胞死に密接に関係しており、L-DOPA治療はin vivoでは神経細胞死を促進することはないことを示す。MPTPパーキンソンマウス線条体で神経栄養因子NGFの減少を、さらにパーキンソン病黒質でもGDNFの減少を立証した。家族性パーキンソン病の原因遺伝子Parkinを発見し、Parkin遺伝子の多型の1つが保護因子となる可能性を示した。素因遺伝子として電子伝達系複合体I 24kDaサブユニット遺伝子、_-ケトグルタル酸脱水素酵素複合体E2遺伝子の多型が危険因子となることが示された。anti-apoptotic proteinのbcl-XLの減少が免疫組織化学で示された。免疫抑制薬(FK506, cyclosporin A)が神経毒(6-ヒドロキシドーパミンやiminodipropionitrile)による神経細胞死を保護することが、B65培養細胞系、ジスキネジアラット、脳虚血スナネズミのin vitro、in vivoの系で立証された。

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