文献情報
文献番号
199800353A
報告書区分
総括
研究課題名
慢性期の中枢神経系外傷に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
山田 和雄(名古屋市立大学医学部脳神経外科)
研究分担者(所属機関)
- 加藤泰治(名古屋市立大学医学部分子医学研究所生体制御部門)
- 島田昌一(名古屋市立大学医学部第2解剖学)
- 甲村英二(大阪大学医学部脳神経外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
近年の救急医療整備により重症頭部外傷患者の救命率は向上しつつあるが、患者の社会復帰にはいまだ困難な点が多い。リハビリテーションにより運動機能障害がある程度回復したにもかかわらず、知能・記憶などの高次精神機能障害のために社会に復帰できない患者が多数存在する。本年度はこれら患者の実態調査を行うことを1つの目的とした。また本疾患の初期には画像変化に乏しく、び漫性脳損傷の病態が正しく世の中に認識されていないことが危惧される。そこでび漫性脳損傷患者の画像診断上の特徴をMRIとPETで明らかにすることをもう1つの目的とした。このび慢性脳損傷による高次脳機能障害を改善するためには、神経細胞脱落の抑制、神経回路網修復の促進、再形成を目指した新たな治療戦略が必要である。そこで、ヒトび漫性脳損傷に類似の動物モデルを作成し、発症病態を分子レベルで解析し、実験的治療を行うことにより、本病態治療の糸口を見つけることを基礎研究グループの目標とした。本年度は各研究者に供給するラットび漫性脳損傷モデルを確立し、これを用いて受傷直後の脳内ストレス応答検討した。またグリアのストレス応答をミオイノシトールトランスポーターmRNA発現より解析した。つぎに神経回路網障害をArgyrophil III鍍銀染色法で解析し、軸索流の障害をArzheimer precursor protein-beta (app)蛋白の免疫染色法により検討した。さらにグリア細胞の機能障害を解析する第1段階としてラットのglia maturation factor (GMF)-gammaのcDNAをクローニングし、GMFに対する抗体を作成した。一方ノルアドレナリン神経中枢である青斑核に注目し、その変化を解析した。
研究方法
・び慢性軸索損傷患者の脳循環代謝:患者10人について、局所脳血流量と局所酸素消費率をポジトロンCT(PET)で測定した。また高次脳機能検査も同時に行い、PET所見と対比検討した。・ 頭部外傷後高次脳機能障害者の実態調査:2月15日を回答期限としてアンケート調査を行った。・び慢性脳損傷モデルの作成: Marmarouのモデルに準じて作成した。この際、研究グループ間で一定のモデルが作成できるように、装置、作成手法の共通化を図った。・ラットび慢性脳損傷モデルにおける急性期ストレス応答:損傷後1-24時間後にc-fos, c-jun, hsp70 mRNAの発現をin situ hybridizationで検討した。またグリアのストレス応答に注目し、ミオイノシトールトランスポーターのmRNA発現を解析した。・TUNEL染色によるアポトーシスの検出:本モデルでのアポトーシスの有無を、損傷48時間後にTUNEL法で検出した。・APPの免疫染色:軸索流に障害があると軸索内でAPPの貯溜が起こり、免疫染色で観察可能となる。そこで受傷1-24時間後にAPPの免疫染色を行い、軸索流障害の程度を評価した。・Argyrophil III鍍銀染色法による損傷ニューロンの解析:Argyrophil III法は軸索や樹状突起の障害を鋭敏に捉えることができるので、本モデルで検討した。・Aquaporin4とN-cadherin mRNA発現:脳に特異的な水チャンネルaquaporin 4 と神経特異的接着因子であるN-cadherinについて、そのmRNA発現を解析した。・青班核ニューロンの変化:ノルアドレナリン神経中枢である青斑核に注目し、ドーパミン・ベータ水酸化酵素(DBH)の免疫染色とGAP43 mRNAの発現を解析した。・glia maturation factor (GMF)-gamma cDNAのクローニング:ラットのGMF-gammaをクローニングしてそれに対する抗体を作成した。
結果と考察
研究結果=・ び慢性軸索損傷患者の脳循環代謝:PETでの脳血流障害パターンは、前頭葉障害型と小脳・脳幹障害型に分かれた。高次脳機
能検査の結果との対比では、WAIS-Rは前頭葉型よりも小脳・脳幹型の方がむしろ悪く、これは小脳・脳幹型に特有の運動失調によるものと思われた。一方注意力に関するPASATは前頭葉型の方が低値を示した。短時記憶は前頭葉型、小脳・脳幹型ともに低値を示した。・頭部外傷後高次脳機能障害者の実態調査:回答は総数366人で、受傷原因は交通事故が82.3%と圧倒的多数を占めた。意識障害の期間が1カ月以上の人は全体の43.2%を占めた。現在、障害者手帳を持つ者が66.4%を占めた。もとの職場、学校に復帰した者は28.2%であり、社会復帰が容易でないことが示唆された。高次機能障害については、記憶や判断などで困っていると答えた人が80%にのぼった。患者が現在最も望んでいることは高次機能障害の認定50.5%、リハビリ施設等の充実33.6%、研究の充実32.2%などであった。・び慢性脳損傷モデルの作成:名古屋市立大学研究グループ、大阪大学研究グループとも同様の手法でモデルの作成を行い、脳幹部を中心にに瀰慢性脳損傷に特徴的なretraction ballなどの組織学的変化を安定した形で得ることができている。・急性期ストレス応答について:immediate early geneであるc-fos mRNAは受傷後1時間で両側大脳皮質にの発現亢進を認めたが、6時間後以降では消失した。c-jun mRNAは海馬歯状回で軽度に発現亢進がみられた。一方、hsp70 mRNAは損傷後いずれの時間においても、明らかな発現亢進を認めず、虚血の病態への関与は否定的であった。ミオイノシトールトランスポーターは下位脳幹腹側部の錐体外側領域で強く発現していた。・TUNEL染色によるアポトーシスの検出: TUNEL法では陽性細胞は全く出現せず、同時に行った陽性対照(乳腺細胞)とは好対照を示し、本モデルではアポトーシスは起こっていないことが明らかとなった。・APPの免疫染色:APPは受傷1時間後から脳幹腹側部の神経細胞で陽性所見がみられた。陽性細胞数定量では受傷1時間後が最も多くみられ、軸索流障害が受傷後早期に出現することを示した。・Argyrophil III鍍銀染色法による解析:損傷30日後にも中脳腹側の前交連に鍍銀陽性線維が観察され、これら線維はコルクの栓抜き状にらせん型のうねりを示した。このことは軸索流の障害が損傷30日後にも持続していることを示した。・N-cadherin mRNAとAquaporin 4 mRNAの発現の発現: N-cadherinは損傷1-3時間後にび慢性に発現亢進がみられた。一方aquaporin 4は恒常的に発現しており、外傷によってもそれほど強い発現亢進は認めなかった。・青斑核ニューロンは受傷後2-14日後に神経細胞体の萎縮を認め、投射径路の軸索損傷によることが推定された。また同時期にGAP-43 mRNAの発現亢進を認めた。・ラットGMF-gammaをクローニングすることに成功し、558塩基のcDNAを同定した。検索ではヒトと79%のホモロジーを示した。
考察=本研究では臨床的病態把握、現状把握と、モデル動物を用いた病態発症機構の解析と治療法の開発をめざした。臨床病態把握については、名古屋市総合リハビリテーションセンターの協力もあり、PETと高次脳機能検査を用いて病態把握に迫ることができた。従来、本病態では社会生活に適応できないほどに高次脳機能が障害されているが、その客観的指標には乏しかった。本研究ではPETスキャンで前頭葉の血流低下型と小脳血流低下型があること、このうち前頭葉血流低下型は注意力の低下や近時記憶障害などの障害が強く、小脳血流低下型は小脳・脳幹の機能障害が強いことが示された。両者は軸索損傷の部位が違うと思われ、それぞれに適した治療法、リハビリテーション法が開発されなければならない。これら患者が置かれている状況はアンケート調査でかなり把握することができた。とくに元の職業に復帰することが出来ない率が高いこと、その理由が運動機能障害ではなく、高次機能障害によることは、本疾患を特徴づけている。アンケートの詳細を解析することにより多くの問題点が浮かび上がり、今後の厚生行政に参考になるものと思われる。私どもの確立したラットモデルはMarmarouのオリジナルの記載よりもやや軽い外傷で、そのため呼吸停止で死亡する率が少ない。これは臨床上問題となるより軽度のび慢性脳損傷を考える上で重要である。本年度は受傷直後に脳がどのようなストレス応答を行い、軸索障害がどのような時間経過でおこってくるかを明らかにできた。次年度はこれらを指標とした治療実験を行い、有効な治療法の確立に努める予定である。
能検査の結果との対比では、WAIS-Rは前頭葉型よりも小脳・脳幹型の方がむしろ悪く、これは小脳・脳幹型に特有の運動失調によるものと思われた。一方注意力に関するPASATは前頭葉型の方が低値を示した。短時記憶は前頭葉型、小脳・脳幹型ともに低値を示した。・頭部外傷後高次脳機能障害者の実態調査:回答は総数366人で、受傷原因は交通事故が82.3%と圧倒的多数を占めた。意識障害の期間が1カ月以上の人は全体の43.2%を占めた。現在、障害者手帳を持つ者が66.4%を占めた。もとの職場、学校に復帰した者は28.2%であり、社会復帰が容易でないことが示唆された。高次機能障害については、記憶や判断などで困っていると答えた人が80%にのぼった。患者が現在最も望んでいることは高次機能障害の認定50.5%、リハビリ施設等の充実33.6%、研究の充実32.2%などであった。・び慢性脳損傷モデルの作成:名古屋市立大学研究グループ、大阪大学研究グループとも同様の手法でモデルの作成を行い、脳幹部を中心にに瀰慢性脳損傷に特徴的なretraction ballなどの組織学的変化を安定した形で得ることができている。・急性期ストレス応答について:immediate early geneであるc-fos mRNAは受傷後1時間で両側大脳皮質にの発現亢進を認めたが、6時間後以降では消失した。c-jun mRNAは海馬歯状回で軽度に発現亢進がみられた。一方、hsp70 mRNAは損傷後いずれの時間においても、明らかな発現亢進を認めず、虚血の病態への関与は否定的であった。ミオイノシトールトランスポーターは下位脳幹腹側部の錐体外側領域で強く発現していた。・TUNEL染色によるアポトーシスの検出: TUNEL法では陽性細胞は全く出現せず、同時に行った陽性対照(乳腺細胞)とは好対照を示し、本モデルではアポトーシスは起こっていないことが明らかとなった。・APPの免疫染色:APPは受傷1時間後から脳幹腹側部の神経細胞で陽性所見がみられた。陽性細胞数定量では受傷1時間後が最も多くみられ、軸索流障害が受傷後早期に出現することを示した。・Argyrophil III鍍銀染色法による解析:損傷30日後にも中脳腹側の前交連に鍍銀陽性線維が観察され、これら線維はコルクの栓抜き状にらせん型のうねりを示した。このことは軸索流の障害が損傷30日後にも持続していることを示した。・N-cadherin mRNAとAquaporin 4 mRNAの発現の発現: N-cadherinは損傷1-3時間後にび慢性に発現亢進がみられた。一方aquaporin 4は恒常的に発現しており、外傷によってもそれほど強い発現亢進は認めなかった。・青斑核ニューロンは受傷後2-14日後に神経細胞体の萎縮を認め、投射径路の軸索損傷によることが推定された。また同時期にGAP-43 mRNAの発現亢進を認めた。・ラットGMF-gammaをクローニングすることに成功し、558塩基のcDNAを同定した。検索ではヒトと79%のホモロジーを示した。
考察=本研究では臨床的病態把握、現状把握と、モデル動物を用いた病態発症機構の解析と治療法の開発をめざした。臨床病態把握については、名古屋市総合リハビリテーションセンターの協力もあり、PETと高次脳機能検査を用いて病態把握に迫ることができた。従来、本病態では社会生活に適応できないほどに高次脳機能が障害されているが、その客観的指標には乏しかった。本研究ではPETスキャンで前頭葉の血流低下型と小脳血流低下型があること、このうち前頭葉血流低下型は注意力の低下や近時記憶障害などの障害が強く、小脳血流低下型は小脳・脳幹の機能障害が強いことが示された。両者は軸索損傷の部位が違うと思われ、それぞれに適した治療法、リハビリテーション法が開発されなければならない。これら患者が置かれている状況はアンケート調査でかなり把握することができた。とくに元の職業に復帰することが出来ない率が高いこと、その理由が運動機能障害ではなく、高次機能障害によることは、本疾患を特徴づけている。アンケートの詳細を解析することにより多くの問題点が浮かび上がり、今後の厚生行政に参考になるものと思われる。私どもの確立したラットモデルはMarmarouのオリジナルの記載よりもやや軽い外傷で、そのため呼吸停止で死亡する率が少ない。これは臨床上問題となるより軽度のび慢性脳損傷を考える上で重要である。本年度は受傷直後に脳がどのようなストレス応答を行い、軸索障害がどのような時間経過でおこってくるかを明らかにできた。次年度はこれらを指標とした治療実験を行い、有効な治療法の確立に努める予定である。
結論
び慢性脳損傷とくにび慢性軸索損傷について、脳循環代謝と高次脳機能障害の関連解析とアンケートによる患者の置かれている現状の把握を行った。また治療法開発のため動物実験モデルを開発し、多方面から病態研究を行った。次年度はこれら項目をより詳細に解析するとともに、新しい治療法、リハビリテーション法開発をめざし多方向からの研究アプローチを行いたい。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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