高次神経機能障害者・児における身体障害福祉法の適用および福祉のあり方について

文献情報

文献番号
199800297A
報告書区分
総括
研究課題名
高次神経機能障害者・児における身体障害福祉法の適用および福祉のあり方について
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
宇野 彰(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 加我君孝(東京大学)
  • 加藤元一郎(東京歯科大学)
  • 種村純(川崎医療福祉大学)
  • 鎌倉矩子(広島大学)
  • 橋本俊顕(鳴門教育大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
大脳優位半球の損傷によって生じる失語症者は約30万人いるといわれ(日本失語症学会調査)、劣位半球損傷例もほぼ同数と考えられている。その中で局所性大脳損傷後の高次神経機能障害を呈する記憶障害、聴覚失認、視覚失認、半側無視に対しては福祉法が全く適用されていない。唯一身体障害福祉法が適用されている失語症については最重度症例でも障害程度等級は3級にとどまっている。
一方、局所性の大脳機能障害を背景に有する学習障害児も約2%から4%の出現頻度といわれている。高機能自閉症はそれよりも出現頻度は低いが、知的能力が高いためにともに知的障害福祉法が適用されない。成人になっても自立困難な症例がほとんどであるにもかかわらず、成人の高次神経機能障害例と同様に福祉法が全く適用されていないのが現状である。昨年度の厚生科学研究では、記憶障害、聴覚失認、視覚失認、半側無視など現在福祉法が適用されていない高次神経機能障害について身体障害福祉法での障害程度等級で1級や2級に相当する障害者が多数いることを報告し、身体障害福祉法の適用もしくは何らかの社会福祉的援助が必要であることを提言した。すでに身体障害福祉法が適用されている重度失語症者に関しては、ハンディキャップを考慮して1級や2級への障害程度等級の適用変更を提言した(「高次神経機能障害者・児の日常生活におけるハンディキャップの調査と社会福祉のあり方について」)。本年度は高次神経機能機能障害者・児がどのような社会福祉的援助を求めているのかその内容について調査することが目的である。
研究方法
方法は、アンケート調査を用いた。郵送法がほとんどであるが、障害の種類
によっては直接面接法も併用した。対象は身体機能障害を認めず、かつ全般的な知的低下を認めない高次神経機能障害者・児である。その内訳は、記憶障害30例、聴覚失認10例、視覚失認20例、半側無視18例、失語症95例および高機能自閉症24例である。アンケートへは上記障害者の家族が主に回答し、障害の種類によっては障害者・児自身および医療担当者が回答した。その他、全国LD親の会の会員を対象とし、学習障害(LD)児やその周辺児266例に関しても調査を行った。
結果と考察
合計463例からの情報が得られた。高次大脳機能障害例やその家族から求められている社会福祉的援助は経済的援助と就業への援助に大別された。経済的援助としては、通院医療費軽減、医療費公費負担、障害基礎年金、特別障害者手当、公共交通機関の料金割引、公共施設の料金割引、税制の優遇措置、公的介護保険の適用などが共通に望まれていた。就業への援助としては、職業訓練や就職相談、職場での配慮、ジョブコーチ、事業主への奨励金、給与の一部保障等の雇用助成金制度などが案として希望されていた。上述の物理的援助に対して、人的援助としては、聴覚失認では、口述速記者の派遣がもっともこの障害に即した福祉的援助と思われた。主介護者の負担を減少させる目的にて居宅介護制度(ホームヘルパー)の活用やデイサービス、ショートステイ、派遣施設への一時入所制度の活用も必要と思われた。失語症では、すでに福祉法が適用されている障害者は約50%であったが、コミュニケーションの重症度では適用されていない失語症例との間に有意な差を認めなかった。適用されている失語症のうちの約半数は身体障害者手帳が役立っていると回答したが、その内容は「交通運賃の割引」のみに限定されていた。また、失語症でありながら福祉事務所で書字や発話を強要されるような福祉サービスの現状が苦情として複数回答された。記憶障害者では服薬、買い物、お金の計算などの生活障害が高率に出現していた。また、復職が困難なため、就業に関連した経済的問題が多く出現していた。視覚失認は物体や画像、顔および文字の認知に障害が認められ、書字の障害も過半数に認められた。日常生活上、文書資料を読んだり作業を行ったりと、視覚刺激を必要とする動作に困難を示す症例が多数であった。重度例では家事や人との付き合いが制限され、中度例では職業生活の困難であった。半側無視例は半側無視症状に加えて自己統制力の低下と状況判断力の低下が右半球症状として出現し易く、主介護者の精神的負担が大きいことがわかった。
小児の高機能自閉症児やアスペルガー症候群児は対人関係、コミュニケーションの障害、固執性等の症状から誤解、学業就職の問題、親が療育できなくなったときの生活のことなどで不利益を被っていた。学習障害(LD)児および周辺児の家族は3歳時検診での要追跡児童達を保育園や幼稚園と協力して発達を促すシステム作りやLD向け就職枠の設定やジョブコーチ制度作り、成年者の経済的法律権利の保護などを希望していた。また、学校教育卒業後の自立を援助するために、医療、教育における人的資源や専門的な情報提供ができる相談窓口の設置および関係各機関の連絡網の整備など医療、福祉、教育、労働、法律の面からの援助や統合的な対応も必要であると考えられた。
高次神経機能障害者・児にとって社会福祉的援助が必要であり、法的整備が重要であることは言うまでもない。しかし、高次神経機能障害者・児に現行の福祉法を適用すればそれで問題が解決するわけではないことも本調査の結果が示している。高次神経機能障害者・児に共通して認められた困難さは、その症状が周囲に理解されにくいことであろう。たとえば、視覚失認や半側無視および聴覚失認での見えているのに認識できなかったり聞こえているのに何の音かが分からない、などということは一般には想像しがたいことである。また、失語症では話せないだけで聞いたり、読んだり、書くことは出来るのではないかとしばしば誤解される。そこに専門家が少ない状況も重なり障害者・児に福祉法が適用されたとしても細かな点で適切な運用がなされない可能性が高い。社会的援助だけでなく個人的援助を得るためにも高次神経機能障害に関する啓蒙活動が非常に重要であると思われた。また、高次神経機能障害者・児のリハビリテーションに携わる言語聴覚士や作業療法士とともに診断する立場である医師の教育も特に重要なのではないかと思われる。
結論
知的能力は正常でありながら局所性の大脳病変を有する失語症以外の高次大脳機能障害例は福祉法の適用を受けていない。主に経済的援助や就業に関する福祉的援助が望まれる。唯一身体障害福祉法の適用を受けている重度失語症例の40%は身体障害手帳が役立っていると答えていたがその内容は「交通運賃の割引」のみに限定されていた。よりコミュニケーションの成立に役立つ福祉的援助や就業への援助が重要であると思われる。一方、小児の障害である高機能自閉症や学習障害とその周辺児にとっては学校教育卒業後自立できる能力が十分ではないため経済的援助や就業支援制度などの統合的な援助が必要であると思われた。結論的には、高次神経機能障害者・児へのなんらかの障害福祉法が適用されるべきであると思われた。身体障害福祉法を適用する事が現実的ではないかと思われる。その際、より障害に即した福祉的援助内容が望まれる。一般に高次神経機能障害は他の障害に比べてその症状が周囲に理解されにくいという特徴がある。社会的援助だけでなく個人的援助も有効に得られるためには医学や教育関係者だけでなく広い層に衆知されることも重要であると考える。

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