歩行運動機能の発達および退行にかかわる中枢神経機構の解明に関する研究

文献情報

文献番号
199800273A
報告書区分
総括
研究課題名
歩行運動機能の発達および退行にかかわる中枢神経機構の解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
森 茂美(岡崎国立共同研究機構)
研究分担者(所属機関)
  • 松山清治(岡崎国立共同研究機構)
  • 森大志(岡崎国立共同研究機構)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトの直立二足歩行運動について、大脳・小脳・脳幹の制御機序を含むその高次制御機序および自動制御機序を解明することを本研究の第一の目的とした。第二にすでに確立したサル直立二足歩行モデルがヒトの歩容とどのような共通点および相違点をもっているのかを明らかにしようとした。第三に得られた研究成果から高齢化に基づく歩行運動機能の退行機序にかかわる中枢神経機序についてその理解を深めることを目的とした。
研究方法
中枢神経機構の中でもとくに小脳・脳幹・脊髄などの皮質下機構の作動様式を脳幹が上位脳から完全に離断された除脳ネコ歩行標本を用い、微小電気刺激法、細胞外微小電位記録法などの電気生理学的解析方法、および軸索内神経標識物質の微小注入法などを駆使して機能的にまた形態的に解析し、小脳から始まる歩行運動発動の集中制御中枢および脳幹・脊髄を下行するその実行系を同定した。大脳皮質を中心とする高次神経機構の作動様式については直立二足歩行サルに多様な運動課題を学習させその歩容を運動力学的な観点から解析した。3頭のサルについては歩行運動の高次制御に重要な役割を果す大脳皮質・網様体路の軸索投射様式を解析する目的で順行性の神経標識物質をサル大脳皮質の上肢および下肢支配領域に微小注入した。そして4~6週間の生存後にこれらのサルから麻酔下に大脳・脳幹を摘出した。そして脳幹の連続切片(厚さ50μm)を作製した。
結果と考察
ネコ歩行標本を用いた研究から小脳核の一つである室頂核が歩行運動の発動・制御に際して集中制御中枢として機能していることを解明した。また小脳から脳幹・脊髄に至るその実行系についてもその一部を同定した。室頂核は室頂核網様体路・室頂核前庭脊髄路・室頂核脊髄路の3運動下行路を並列的に働かせ、脊髄髄節性の歩行および姿勢制御にかかわる神経回路網を同時に活動させ歩行運動を誘発していることが明らかとなった。歩行リズムの形成にかかわる神経回路網についてもその構成要素である一部の介在細胞群が同定できた。直立二足歩行サルを用いた研究からその歩行様式がヒトの直立二足歩行様式と数多くの共通点をもつことを運動力学的に解明することができた。さらに傾斜流れベルトおよび障害物上の歩行運動に際しても、サルは新しい運動課題を学習できることまた課題の解決に際してヒトの場合とほぼ同様なストラトジィーをサルが用いていることも明らかにできた。
室頂核は小脳皮質虫部の支配下にありこの部位にはほとんどの感覚情報が投射する。さらに室頂核から始まる遠心路の一部は視床を介して大脳皮質感覚野・運動野にも投射する。したがって室頂核は直達性の運動下行路によって自動的な歩行運動を発動するのみならず、視床・大脳皮質上行路を介して随意的な歩行運動を発動する中枢としても機能している可能性が高い。一方ヒト、サルでは高齢化にともない大脳皮質、小脳虫部、室頂核などにおける細胞数が変性等により減少してくることも報告されている。ネコ・サル・ヒトでも小脳虫部および室頂核に病変があると体幹失調を主体とする異常歩行の発現することも報告されている。大脳皮質・小脳・脳幹・脊髄の間には機能的にみて複雑精緻な閉鎖神経回路が形成されているので、これらの神経回路の静的そして動的特性が高齢化とともにどのように変化していくのかの疑問を解析することが高齢化にともなう歩行運動の発動およびその退行機序を理解する上で必要と考えられる。高齢者の歩行運動に際してはバランス保持機能力の低下と上肢・下肢協調の乱れがしばしばその遂行を困難とする。本研究の結果は室頂核が歩行運動中のバランスの保持、上肢・下肢協調に際しても集中制御中枢として機能している点を明らかにした上でその学術的意義が高い。
結論
1. 小脳内に存在小脳核の一つである室頂核が小脳歩行誘発野として同定できた。また小脳から脳幹・脊髄に下行するその実行系の一部、そして脊髄髄節性の歩行リズム発生神経回路についてもその構成要素としての交連性介在細胞が同定できた。小脳歩行誘発野は随意的および自動的歩行運動の発動にかかわる集中制御中枢として機能していることが本研究の研究成果から明らかとなった。また室頂核とその上位機構である小脳虫部にはほとんどすべての感覚入力が投射することから、室頂核は内的および外的な乱れにも対応して歩行運動を持続・遂行する歩行運動の高次歩行制御中枢として機能していることが示唆できた。
2. サルの直立二足歩行モデルは流れベルト上におけるその歩容がヒトの直立二足歩行時のそれといくつかの重要な共通点をもっていることを明らかにできた。そしてこのモデルは新しい歩行運動課題も学習できることから、ヒト直立二足歩行運動の高次制御機序、およびその退行機序を含む中枢神経機構の作動機序を解明するための重要な実験モデルになることが検証できた。歩行運動の高次制御に重要な役割を果す大脳皮質・網様体投射系の微細形態については現在解析中である。

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