加齢動物モデルの評価系開発に関する研究

文献情報

文献番号
199800270A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢動物モデルの評価系開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
田中 愼(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
哺乳類の加齢動物モデル系に共通する評価系の獲得を目的とし、NIA Aging FarmよりF344/N(F344/NHsd)、BN(BN/BiRijHsd)ならびに(F344/N x BN) hybrid F1ラットを購入し、哺乳類にのみ共通する形態学的特徴である副腎皮質層構成:「球状層」、「束状層」、「網状層」の変化を、組織学的に、近交系マウスC57BL/6ならびにC57BL/6Jで得ている以下の経時変化、1) 網状層の存続、2) 結合組織の増加、3) 明調細胞の巣状増成の有無、4) 層構成の維持、に注目して月齢横断的に観察し、病理学的診断を加味して利用価値を検討する。系統特性の遺伝背景をも推定しLongevity SciencesならびにBiomedical Gerontologyで実験動物から得られる成果を適正に利用できる指標作りに貢献する。
研究方法
F344/N、BNならびに(F344/N x BN) hybrid F1ラットは、両性とも①3-4、②10-12、③20-24、④28-32か月齢の4群でそれぞれ3例以上ずつ購入し、形態計測学的手法を用いて画像取り込み装置で副腎皮質を比較する。①と②の間で差を検出出来れば成長/成熟時の変化が、②と③の間では加齢による変化が、③と④の間では老化に依る変化が特定出来ることを期待した。
過量のクロロホルムで動物を屠殺し、両側の副腎を摘出し、秤量して腺萎縮の有無を確認し、腺を長軸に垂直な面でほぼ等割し、Bouin液で24時間以上固定した。水洗後、ピクリン酸の色を70%エタノールを繰り返し交換して抜き、定法に従ってアルコール系列で脱水し、パラフィンに包埋する。2μの連続切片としてHE染色を施し、核の集積程度を確認し、異常な明調細胞の出現をモニターした。Azan染色で結合組織を染色し、結合組織の動態と層構成維持の程度を確認し、明調細胞の出現と出現部位並びに巣状化との関連を検索した。
結果と考察
副腎重量:NIAから購入し、観察に供した何れの系統のラットでも加齢に伴って副腎重量は減少しなかった。これはマウスで得ている結果と同様で、一部の家畜で見られたり加齢変化は腺として委縮を生じるといった先入観とは対照的であった。マストミスでは加齢とともに増加するので、げっし目全体の変化とみなすことも出来ない。実験動物での副腎重量の加齢に伴う変化の解釈には注意を要することが明らかとなった。
皮質層構成:ラットの副腎皮質については、比較動物学的な立場からマウスやマストミスとの比較を目的に観察を行ってきた。Wistar系の近交系 (WIET)やクローズドコロニー(Wistar/Mishima)、あるいはSDでは1年未満の若齢時全く系統差や性差が検出できなかった。NIAから購入した加齢F344/NHsdでも全く同様であった。F344/NHsdでの所見は、NILSとTMIGのAging Farmで加齢育成しているF344/NSlcと同様であった。
1) 網状層の存続:マウスでは8-12か月齢までにこの層が消失した。しかしラットでは何れの系統においても30か月齢を超えても残存していた。網状層はマストミスでも残存し、ヒトやこれまでに検索した一部のサル類(カニクイザルとアカゲザル)でも残存していた。この指標については、マウスよりラットの方が、特にF344/Nで、ヒトに類似しているといえる。
2) 結合組織の増加:マウスでは8-12か月齢頃から被膜直下ならびに束状層の内側で結合組織が増加し、加齢とともにより顕著となった。ラットでも8-12か月齢以降加齢とともに被膜直下、細胞索間と移行部(球状層と束状層の間)や境界部(束状層と網状層の間)ならびに皮髄間で結合組織の若干の増加がみられた。マストミス、ヒトやこれまでに検索した一部のサル類でも同様で、この指標においてもマウスの特異さが明らかとなった。しかし加齢にともなって緩やかに進行するとされる構成細胞数の減少を補い、腺全体の大きさを維持するように作用するのであれば特定な相のモデルに用いることも出来る。
3) 明調細胞の巣状増成の有無:BNと♂のDonryuでは8-12か月齢頃から細胞内に明るい大型の空胞を伴うものが出現し、加齢とともに巣状に増大した。これと相前後して染色性の異なる細胞集団が層構成を超えて出現した。形態的には網状層の細胞が球状層ないし束状層に迷入しているようにも見えたが、網状層の細胞とは染色性と索配列の形状が異なっていた。空胞を伴う細胞群との間に移行型と推定される細胞も見られたが、完全な連続性を捕捉出来なかった。染色性を異にする細胞とその巣状集団は、BNと(F344/N x BN) hybrid F1両性の全層で、大型の空胞を伴う細胞とその巣状集団は、BN両性の全層と(F344/N x BN) hybrid F1♀の網状層に出現した。F344/Nでは、これら二つの型の巣状細胞集団がはるかに小さい規模で、まれにしか出現しない。従ってこれら細胞構築上の違いは、F344/NとBNの間ないしはF344/NとDonryuの間に存在する系統差と判断される。加えて(F344/N x BN) hybrid F1にも同様の変化が性に偏りをもって出現したことからBNでみられた明調細胞の巣状増成は遺伝学的に優性で、単独ではなく複数の遺伝子座の制御下にあり、性による修飾も受けていると推定される。ラットの近交系間で差があったことは、使用に当たっての注意を喚起するとともに、どちらの型が野生型であるかという問題を生ずる。一般論に準じて遺伝学的に優性の形質を野生型とすると、BNないしDonryuが一般的なラットで、F344/Nは多くの劣性遺伝子座を蓄積した特異なラットとなる。この推定は、例え副腎皮質における形態学的な変化が見かけ上ヒトに類似していたとしても、抑圧条件下での特性を外挿に向けることが危険であることを意味し、C57BLマウスと同じく、F344/Nが加齢モデルとして適切でないことを示唆する。
4)層構成の維持:C57BL/6ないしC57BL/6Jマウスでは、X層や網状層が消失した後、加齢とともに結合組織が増加し、層構成が崩壊する。F344/NやWistar系のラットではこのような変化が全く生じなかった。しかしBNでは、明調細胞の不規則な巣状増成が層構成を崩壊させた。この崩壊は、性差をもって、軽度ながら(F344/N x BN) hybrid F1でもみられた。明調細胞の巣状増成の結果として生ずるものとみなせるので、C57BL/6ならびにC57BL/6Jマウスにおけると同様二次的な変化と考えられる。
今回を含めこれまでに検索したマウスやラットでは、仮定した時期に老化とみなせる明確な変化を捉えることが出来なかった。マウスでは層構成の崩壊がこれに相当するとみなしてきたが、BNでは異なる過程で同様の変化へ至り、いずれも結合組織の増加あるいは巣状細胞集団の増大といった先行する変化に追随するものと考えられ、老化の指標とするには足らないものと判断された。これは小型げっし目で育成された実験動物が加齢はするものの老化へ至らないか、老化という相そのものがない可能性を示唆する。
実験動物の多くは哺乳動物で育成されている。このため哺乳類にだけ共通する特徴である副腎皮質層構成で経時変化を実験動物で追究した。マウスでは、成長や成熟を終えるとされる月齢までにかなりの変化を示し、以後それまでとは異なる相の変化へ至った。一方ラットでは、成長や成熟を終えるとされる月齢までほとんど変化を認めなかったのに対して、この月齢を境に顕著な変化を示す系統があることを見い出した。副腎皮質層構成から得られた情報は、系統差という制限があるものの、これを利して差の背景解析にも途を拓いた。同時に、高度に先鋭化された近交系を主体とするげっし目実験動物の利点と欠点を提示し、もともと癌を研究するために開発されたものであることを認識し、実験動物の可能性と限界の見極めが重要であることも示した。
結論
副腎皮質層構成は、大多数の実験動物が育成されている哺乳動物にだけ共通する形態学的特徴である。この形質は、単に形態学的指標に留まるだけでなく、遺伝や内分泌といった個体の情報をも反映し、加齢を研究するうえで重要な時間の違いも反映していた。従って、加齢モデル動物を共通の物差で比較するうえで有用である。しかしながら同時に種、系統ならびに性の違いも感度良く反映するので注意を要する。寧ろ、哺乳動物にだけ共通する特徴であるにも拘わらず、種、系統ならびに性によって極端に修飾を受ける例として動物モデルの限界を視覚に訴えて喧伝するには良い手段となろう。

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