高齢社会における医療、保健、福祉制度と高齢者の人権

文献情報

文献番号
199800254A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢社会における医療、保健、福祉制度と高齢者の人権
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
斎藤 正彦(慶成会老年学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 新井誠(千葉大学)
  • 伊藤淑子(北海道学園大学)
  • 冷水豊(上智大学)
  • 白石弘巳(東京都精神医学総合研究所)
  • 三宅貴夫(弥栄町国民健康保険病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢社会を支える医療、保健、福祉サービスが急速に展開している一方で、これを利用する高齢者の人権擁護に関する制度はいまだ不十分なままである。この研究は、意思能力あるいは行為能力に障害があるため、自己の人権を自ら守ることのできない高齢者が、医療、保健、福祉制度の中で、人道的な処遇を受けることを保証するための制度のあり方をさぐることを目的としている。
研究方法
有料老人ホームにおける人権擁護規定に関する検討では、介護型有料老人ホーム入居契約やその後の処遇における痴呆性高齢者の人権擁護のための手続きと、事業者の意識を、アンケート調査及びインタビューによって調査した。並行して、痴呆性高齢者の人権擁護のための独自のシステムを作りつつある有料老人ホームについても実地調査を行って意見を聴取した。 高齢者・障害者の権利擁護と成年後見制度の役割に関する研究では、成年後見制度について、イギリス、ドイツの例を調査し、わが国のいくつかの自治体で先駆的に行われている成年後見制度を紹介し、現在検討されているわが国の成年後見制度のあり方を検討した。 家族による高齢者の不適切対応の発生要因に関する研究では、平成9年度の調査で把握された、北海道内における在宅不適切処遇105例について、アンケートによる二次調査を行い、環境条件、家族側の要因、高齢者自身の要因などを検討した。 保健福祉サービスの決定・実施過程における高齢者の自己決定権に関する研究では、介護サービス計画の作成と決定の過程で、高齢者の自己決定権を確保するためになされている事柄について、介護支援専門員予定者に対するアンケート調査等を行った。また、これらの高齢者の権利擁護を目的としたオンブズマンの活動の現状と課題を検討した。
民事裁判における意思能力判定に関する研究では、成年後見制度の運用や、高齢者の法律行為における自律を、可能な限り尊重するために必要な、民事上の能力判定について、わが国の民事裁判における精神医学的能力判定の実態を調査し、あるべき姿を検討した。 痴呆老人の医療・福祉サービスにおける「拘束」の実態に関する研究では、家族会の会員を対象とし、家族が目にした、医療、福祉施設内での拘束の実態を調査し、これを防ぐための方法について検討した。
結果と考察
有料老人ホームにおける人権擁護規定に関する検討:介護型有料老人ホームの多くが、意思能力に欠陥のある高齢者の入居契約に際し、後見人、任意後見人、家族などとの代理契約を結んでいることが報告された。各施設は、施設内での高齢者の人道的処遇に配慮していたが、入居者の安全確保のため、多くの施設では実質的な閉鎖処遇をしており、半数に近い施設で、家族の希望などに基づいて通信、面会を制限していた。車椅子への拘束、個室への隔離をおこう場合もあると回答した施設もあった。痴呆性疾患を有する高齢者の安全確保のために、一定の自由の制限は現実的な見地からやむを得ないとしても、代理人(多くの場合法的な代理権のない)と民間企業の任意契約によって、入居者の基本的人権を制約することの妥当性、法的手続きの問題が検討されるべきである。 高齢者・障害者の権利擁護と成年後見制度の役割に関する研究:1986年に導入されたイギリスの任意後見制度は、10年間に2万人が利用した。現在は、財産管理に限られている後見の範囲を身上保護の領域にも広げようという動きがある。1992年に導入されたドイツの成年者世話法は、財産管理と身上保護を包括した法定後見制度であり、利用者は5年間で75万件に上り、毎年10%の割合で増加している。国内では、東京都、品川区、大阪府と大阪市、横浜市などの試行例、第二東京弁護士会、日本司法書士連合会などの関係諸団体の動きが紹介されている。 家族による高齢者の不適切対応の発生要因に関する研究:事例化している家庭内不適切処遇例を、家族機能の良好な家庭で起こった事例と、家族機能が不良な家庭で起こった事例とを比較した。その結果、家族機能の良、不良に関わらず、家族介護における高齢者の不適切処遇は発生しうるが、不適切対応のタイプ、痴呆の重症度、要介護度、介護者の介護参加度、続柄などについて、両群の間に差があることが明らかにされ、不適切処遇の類型化と、それに応じた対応の検討の必要性が指摘された。 保健福祉サービスの決定・実施過程における高齢者の自己決定権に関する研究:調査対象となった介護支援専門員実務研修受講者のうち、実際に介護支援専門員として修飾予定あるいはつきたいと考えているものは2分の1で、介護保険施行後の支援専門員確保に困難が予測された。痴呆性高齢者等の自己決定権については、これまでの業務で、専門職として利用者や家族との関わりの中で困難を経験してきているものほど、意思能力喪失後の決定権の代理について、「分からない」、「その他」といった回答を選ぶものが多く、単に法定後見人、家族に代理させれば事足りるという問題ではないことが浮き彫りにされた。 民事裁判における意思能力判定に関する研究:判例に関するデータベースから、遺言能力が争われた12の事例を選び出した。これと並行して、遺言をなす能力について、諸家の論考を調査し、英国における遺言能力に関する制度と比較して検討した。 痴呆老人の医療・福祉サービスにおける「拘束」の実態に関する研究:過去5年間に痴呆性高齢者を対象とする医療、福祉サービスを利用した576人の介護家族のうち、71.0%が、何らかの拘束を経験したと回答した。拘束の内容は、施設全体に鍵をかけて自由な出入りができなかった、施設内の特定のスペースに閉じこめられた、部屋に隔離された、ベッド上で手または足を縛られた、車椅子に拘束された、薬で鎮静された等である。
結論
高齢者を介護する家族、あるいは医療、保健、福祉機関の職員の多くは、人道的処遇を心がけていると考えられるが、意思能力や行為能力に欠陥がある
高齢者の場合、安全確保の方策と、自己決定権の尊重が相反する事態が少なくない。憲法に規定された基本的人権を制限する場合には、法的手続きが必要である。高齢者の人権の擁護には、介護の質を向上させるためのシステムの整備と並行して、こうした法的整備が不可欠である。本年度のこの研究では、様々な場面での介護の実態や制度上の問題点が明らかにされた。

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