人口集団の長期追跡による老化抑制因子の解明に関する疫学研究

文献情報

文献番号
199800226A
報告書区分
総括
研究課題名
人口集団の長期追跡による老化抑制因子の解明に関する疫学研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
柳川 洋(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 児玉和紀(財団法人放射線影響研究所)
  • 坂田清美(和歌山県立医科大学)
  • 岡山明(滋賀医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
5,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、活動的な寿命の延長、疾病予防、生理機能低下の防止などの方策を科学的に追求することである。本研究の具体的な目標は、客観的な老化指標を明らかにした上で、Life styleにおける老化促進因子・抑制因子を探索し、総合的な長寿要因を解明するとともに長寿を達成するための積極的な介入方策を明らかにすることである。
研究方法
1)農村地域住民の老化予防に関する追跡研究: 1983年に追跡開始した2334人の住民コホート集団について、1995年まで追跡を実施しているが、本年度は追跡調査のエンドポイントとして用いる健康診査データ利用の妥当性について検討した。具体的には、1994年に実施した健康度に関する悉皆調査と1995~97年に実施した基本健診データを用いて、基本健診受診群と悉皆調査回答者群の健康度格差を比較した。
2)原爆被爆者集団の老化予防に関する追跡研究: 放射線影響研究所が追跡を行っている約2万人のコホート集団(成人健康調査集団)内で発生した65歳未満の内因死による死亡者を短命者とし、1997年末時点で80歳以上の生存者或いは1997年末までの死亡者のうち80歳以上生存した者をコントロールとして、両群の時代的背景を調整した上で、55歳前後の中年期の各種要因を比較した。検討要因は、自覚症状、Body mass index、収縮期血圧、血清総コレステロール、血色素量、白血球数、心電図所見、尿蛋白、喫煙、既往歴、身体活動量、食習慣、婚姻状況、教育歴、職業環境などである。
3)山間地域住民の老化予防に関する追跡研究: 1988年、1989年に和歌山県山間地域の3町村に設定したコホート集団3040人について、ベースライン調査を実施し、1989年から1996年末までの総死亡および悪性新生物、心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患、肝炎・肝硬変による死亡と生活要因との関連をコックスの比例ハザードモデルを用いて解析した。また、1998年に健康状態、過去1年間の治療状況、老化に関する症状の有無、ADLについて調査し、高齢者の活動度の評価のための指標(元気スコア)を作成した。生活習慣の要因として、睡眠、歩行、飲酒、喫煙、Body Mass Index(BMI)を用いて、健康行動実践スコアを作成し、総合的な生活習慣と死亡との関連を観察した。 
4)日本を代表する無作為抽出集団の老化予防に関する長期追跡研究: 1980年循環器疾患基礎調査の対象者を用いて、65歳以上の高齢者に対して、1994年に基本的な日常生活動作能力(ADL)に関する調査を行い、性別、年齢、食事摂取状況を説明変数とし、日常生活動作の低下状況を目的変数とした重回帰分析を行った。また、説明変数として、年齢、血圧、血清総コレステロール、血糖値、喫煙習慣、飲酒習慣、食事摂取状況を取り上げ、ADL維持、ADL低下、死亡との多重ロジスティック分析を行った。
結果と考察
1)農村地域住民の老化予防に関する追跡研究: 悉皆調査のほうが基本健診よりも、何らかの症状を少なくとも一つ以上有するものの割合は高かった。また、悉皆調査では視力が落ちた、歯が悪くなった等の症状については50~59歳の年齢階級をピークに以後減少しており、基本健診と異なる傾向を示した。
既往歴ありの者は、悉皆調査では年齢と共に上昇する傾向が認められ、特に高血圧の増加が著しかった。基本健診における女性の貧血だけが59歳以下の年齢階級で高かったことを除いて、ほぼ同様の傾向を示した。健診受診者は悉皆調査回答者よりも症状出現割合が低い傾向にあった理由として、悉皆調査は郵送法により行われ、本人以外の者が回答することが可能であったためと考えられる。
2)原爆被爆者集団の老化予防に関する追跡研究: ロジスティック回帰分析による短命のオッズ比は、既往歴では悪性新生物10.3、虚血性心疾患3.62であった。尿蛋白陽性の陰性に対するオッズ比は8.90、心電図所見高度異常の者の正常に対するオッズ比は2.74 となり、短命と強い関連があった。喫煙に関しては、1箱/日のオッズ比は1.62、食事時間不規則のオッズ比は1.79、夕食所要時間10分未満は30分以上に対して3.00であった。BMI及び身体活動量による短命へのリスクはU字型であった。血清総コレステロールは10mg/dlの上昇につき0.93倍短命のリスクは低下した。中年期にみられる短命要因として、高血圧、尿蛋白陽性、心電図異常があげられた。いずれも脳卒中や虚血性心疾患などの危険因子であり、短命に繋がることは容易に理解できる。BMIについては、短命のリスクとして痩身または肥満が指摘され、適度の体型を保持し続けることが長命のためには必要であろう。低ヘモグロビンや低コレスレロ-ルが、BMIの痩身と同じように、消耗性疾患や出血性疾患の潜在的存在や、低栄養状態を示し、短命のリスクと考えられた。喫煙中断者のリスクは高く、疾患罹患や検査値の異常によって禁煙を余儀なくされ、健康を害している者が含まれていることが想像できる。
3)山間地域住民の老化予防に関する追跡研究: 生活習慣の要因別にみた死因別比例ハザード比をみると、長時間睡眠の者は総死亡、歩行時間の短い者は総死亡、悪性新生物死亡、脳血管死亡のリスクが上がった。飲酒については,やめた者で総死亡、心疾患のリスクが上昇した。喫煙者、BMI18未満の者では総死亡、心疾患のリスクが上昇した。健康行動実践スコアの上昇に伴い、総死亡、心疾患(女)、呼吸器疾患(男)のリスクが低下した。また、元気スコアは、いずれの年齢においても女が高く、男女とも年齢とともに低下した。健康行動実践スコアの上昇により、心疾患、呼吸器疾患ではリスクの低下が大きく、これらの疾患では生活習慣の改善による効果が大きいことを示唆している。収縮期血圧は高齢者で活動度に影響を与えており、血圧の適正管理は死亡のみならず活動度維持に必要と考えられる。
4)日本を代表する無作為抽出集団の老化予防に関する長期追跡研究: ADL低下の危険因子として、高血圧、高血糖、喫煙、禁酒、高年齢があげられ、予防因子として高コレステロール、飲酒、肥満があげられた。観察期間中の死亡者も含めて、非自立および死亡に影響を及ぼす要因を観察した結果、予防要因としては、卵の摂取、肉の摂取があげられた。検査所見、喫煙習慣、飲酒習慣、食事摂取状況も考慮して、3段階多重ロジスティック解析を行った結果、ADL低下危険因子として高血糖、予防因子として肉の摂取があげられた。また、死亡の危険因子として、高血圧、高血糖、喫煙、禁酒、死亡の予防因子としては、血清総コレステロール高値、肥満があげられた。脳卒中既往の有無でADL自立の割合に差がみられ、高齢者のADL低下に及ぼす寄与度の高いことがわかった。下肢骨折の人口寄与割合は女で高く、閉経後の骨粗しょう症増加が関与していると考えられる。高血圧、高血糖、喫煙、禁酒などがADL低下に影響していたが、循環器疾患の危険因子である高コレステロール、飲酒、肥満はADL低下の予防因子として働らいていた。食事摂取に関しては、肉の摂取頻度が予防因子として働らいていた。死亡の危険因子として最大血圧値、高血糖、喫煙、禁酒があげられた。
結論
(1)中年期の介入しうる短命要因としてBMI(U字型のリスク)、身体活動量の不足、高血圧、食習慣、喫煙習慣があげられた。 (2)生活習慣病による死亡の危険因子として、運動不足、喫煙、高血圧などがあげられた。 (3)高齢であっても日常生活動作能力を維持する要因として、若い頃より喫煙しないこと、高血圧にならないこと、血糖値を上昇させないことがあげられた。 (4)基本健診データを用いた追跡情報に既往歴が有用であると考えられた。(5)以上の成績より、悪性新生物、虚血性心疾患に対する一次予防、血圧管理、適度な身体活動、規則正しい食生活、喫煙防止などの重要性が指摘された。 

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