老年者の口腔衛生とQOUに関する研究

文献情報

文献番号
199800220A
報告書区分
総括
研究課題名
老年者の口腔衛生とQOUに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
奥田 克爾(東京歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 安孫子宜光(日本大学松戸歯学部)
  • 石川烈(東京医科歯科大学)
  • 岡田宏(大阪大学)
  • 古賀敏比古(九州大学)
  • 村山洋二(岡山大学)
  • 野口俊英(愛知学院大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化社会に直面した近年、老年者における咀嚼の重要性が取り上げ
られている。最近、歯の喪失は骨粗鬆症のリスクファクターに加えら、これまでの私
共の研究でも、健全な咀嚼機能が全身骨の骨密度の維持に貢献している可能性が示さ
れている。本研究では閉経後女性の有歯顎者と無歯顎者の腰椎の骨密度,下顎骨骨密
度を測定し、その相関性も含め比較検討した。
さらに中高年に頻発する糖尿病、高脂血症、高血圧、動脈硬化、虚血性心疾患など
のいわゆる生活習慣病は、寿命を縮め、障害を残し、高齢者におけるQOLの低下に
大きくかかわっている。肥満はこれらの疾患のリスクを上げることが明らかにされて
おり、喫煙とならんでさまざまな疾患の基盤ともいえる健康上の問題である。本研究
では、肥満と歯周炎との関連を調べる目的で、成人を対象として肥満度や肥満に関係
した各種の血液生化学検査の結果の分析を行った。全身疾患のうち特に糖尿病は歯周
炎との関連が古くから指摘されてきた。肥満はインスリン非依存型糖尿病の最大のリ
スクであるにもかかわらず、歯周炎と肥満との関連についてはこれまで報告がなかっ
た。有力な歯周病原性細菌の1つであるPorphyromonas gingivalis由来LPSの長時間
暴露によるヒト単球/マクロファージの細胞応答性の変化をin vitroにて検証した。高
齢者の歯周病の病態の解明の一助として, 歯周組織細胞の細胞老化における機能的変
化を細胞培養実験系を応用して調査する。歯周病が特定細菌の感染症であることが明
らかとなり、国民を対象に簡便で安価な感染防御を考慮した予防・治療法の開発が必
要である。そこで歯周病原細菌の病原因子遺伝子を解明し、受動免疫の標的を明らか
にした抗体の開発を試みた。また、分子遺伝学的研究によりレーザー照射の抗炎症作
用の機能を明らかにし、歯周病の予防、治療法を促進するか検討した。
研究方法
歯周組織が健康である25歯以上の歯を持つ有歯顎の女性10名およ
び1~35年(平均15年)無歯顎である女性8名を被験者とした。全ての被験者から
インフォームドコンセントを得た。
腰椎骨密度を医学部整形外科にてDEXA法で測定した。オトガイ孔の存在する面の
下顎骨皮質骨と下顎骨海綿骨の骨密度を歯学部歯科放射線科にて撮影したCT値よ
り換算した。
重度の成人性歯周炎および歯肉炎を伴う糖尿病患者4名を被検者とした。血糖コン
トロールの改善に及ぼす他因子を極力排除するため、被検者の全ポケットに毎週1回
1ヶ月間,計4回抗生物質の局所投与と徹底したスケーリングを施した。治療前後で
各被検者におけるポケット内細菌数、ヘモグロビンA1c値,血清中TNF-_濃度を測
定した。また、うち1 名は、インスリン抵抗性の変化を簡便に評価するため,空腹
時血中インスリン濃度も併せ測定した。
身体計測の結果から、body-mass index(BMI、kg/m2)を算定した。さらにWHO
の基準に従い、BMIの値によって4つのグループに分類した。一方、DEXA法による
全身骨塩密度、全身骨塩量、の測定と同時に体脂肪率の測定を行った。全身の健康度
診断では、さらに各種血液検査、生活習慣の調査などを実施した。
低濃度P. gingivalis LPS処理によるヒト単球のIL-6、IL-8およびIL-10産生性の変
化を検討した。また、歯周病患者の微量歯肉組織を用いてRT-PCRによる各種炎症関
連因子mRNA発現の検出を行い、クラスター分析により病態分類を行った。
ヒト若年者から歯肉と歯根膜を採取し、継代培養法によりin vitro老化細胞を、ま
た、6週令および48週令ラットから初代培養を行ってin vivo老化細胞を調製した。
歯肉細胞には細菌感染モデルとしてC. rectus LPS をに添加し、歯根膜細胞へは咬合
モデルとして周期的伸展力を加え、培養液中のPGE2、IL-1b量を測定した。RT-PCR
法によりmRNA量を推定した。低出力レーザーを照射した骨芽細胞様株からmRNA
を回収して、非照射mRNA を用いて遺伝子サブトラクション法を行った。DNAの塩
基配列はdideoxy法で解読した。
結果と考察
腰椎骨密度は有歯顎者群で1.15±0.20g/cm2、無歯顎者群で0.82
±0.16g/cm2であり、有歯顎者群で有意に大きい値を示した。下顎骨皮質骨骨密度は、
有歯顎者で1036.7±62.1(mg/ml)、無歯顎者で960.9±47.8(mg/ml)であり、有
歯顎者で有意に大きい値を示した。
腰椎骨密度と下顎骨骨密度との相関については、無歯顎者群で腰椎骨密度と下顎骨
皮質骨骨密度とに正の相関関係が認められたが有歯顎者群においては相関は認めら
れなかった。
徹底したスケーリングと抗生物質による抗菌療法によって全被検者ともポケット
内総細菌数は顕著に低下した。それに呼応するようにヘモグロビンA1c値も改善した。
さらに、1名では空腹時血中インスリン濃度も低下した。すなわち、歯周治療による
血糖値の改善は、インスリン抵抗性の改善によってもたらされた可能性を示唆する結
果であった。しかしながら,インスリン抵抗性の主要な原因物質と考えられている
TNF-_に関しては、その血清中の変動はわずかなものであった。このことは,・TNF-_
以外の炎症巣から産生される生理活性物質がインスリン抵抗性に影響を与えた可能
性、および・一般に炎症初期に発現しその後速やかに消退するとされるTNF-_の動態
を的確に捉えることができなかった可能性があることを示唆した。
対象者241名のうち96名に歯周炎が認められた。対象者をWHOの基準に従い、
body-mass index(BMI、kg/m2)の値によって4つのグループ(20未満:やせ、20-
24.9:正常、25-29.9:肥りぎみ、30以上:肥満)に分類したところ、BMIカテゴリ
ーが上がる毎に歯周炎を有する者の割合が増加していた。さらに年齢、性別、口腔清
掃習慣、喫煙習慣によって調整した歯周炎の相対危険度は、BMIが20未満の者に比
べて、BMIが20から24.9の者では1.7倍、BMIが25から29.9の者では3.4倍、
BMIが30以上の者では8.6倍高い値を示した(p=0.02)。また体脂肪率が5%上がる
ごとに歯周炎に対する相対危険度は1.3倍(p=0.02)に増加していた。血液生化学検
査の結果を男女別々に年齢調整して歯周炎重症度との関連を調べたところ、肥満に関
連した検査値との有意な関連が認められた。特に女性においては、肝機能検査との間
に強い関連が認められた。
低濃度P. gingivalis LPS前処理により2次刺激後のIL-6産生誘導の抑制ならびに
IL-10産生の亢進が認められ、このIL-6産生抑制にはIL-10がオートクライン的に作
用していることが明らかとなった。炎症歯肉組織における各炎症関連因子のmRNA
発現はGingival Index等の臨床的炎症所見の強さに相関して上昇していた。しかし部
位別に見ると各種因子の発現バランスは様々で、クラスター分析を行った結果、5種
類の発現パタ-ンの存在が示された。このパタ-ン分類は歯周病の客観的病態診断法
の確立に有用と思われる。bFGF投与群において、統計学的に有意な歯周組織再生が
誘導されることをin vivoで確認した。さらに、同投与群においては、歯肉上皮の下
方増殖や骨性癒着などの望ましくない治癒形態は一例も認めなかった。一方、対照群
では、歯肉上皮の下方増殖が認められた。CGF はIGF-I と共通のアミノ酸配列を含
みながら、IGF-I とは異なる分子量、糖鎖修飾、ヘパリン親和性を有し、歯槽骨由来
細胞に対してはIGF-I より有意に強い増殖活性を示した。これらの結果より、CGF は
ユニークな分子性状を有するIGF-I 様増殖因子であることが明らかとなった。
ヒト歯根膜細胞は若細胞に比べて周期的伸展力によるPGE2の産生量増大していた。
また、in vivo老化ラット歯肉細胞は若細胞に比べてC. rectusのLPS作用による PGE2,
IL-1b産生能が増大していた。これらの増大は、COX-2、 IL-1b遺伝子発現の増大に
よるものであった。病原細菌、咬合負担加重の除去が高齢者ではとくに重要であると
考えられる。P. gingivalis130kDa赤血球凝集因子の遺伝子クローニングに成功した。
赤血球凝集活性に関わる分子の赤血球膜結合部位としてPVQNLT 配列を同定し、P.
gingivalisの数種のプロテアーゼに共通して存在することを明らかにした。PVQNLT
配列を含む合成ペプチドは赤血球凝集活性を阻害したことからペプチド療法、ワクチ
ン材料として今後の歯周病予防に期待できる。また、赤血球凝集活性を抑制するリコ
ンビナントScFv抗体を作製した。抗体のFc部位を持たないScFv抗体は、有害な細
胞性免疫応答を起こさず、ヒトへの応用を考慮した時に安全性が高いと考えられる。
マウス骨芽細胞へのレーザー照射によって骨形成が促進した。レーザーで発現が促進
する遺伝子として、ATPの生合成に関与するFoF1-ATPase subunit-b 遺伝子が同定
された。この結果からレーザー照射の骨形成促進作用、抗炎症作用、創傷治癒作用な
どの生物学的効果の機序の一部が解明された。
結論
健全天然歯列による咀嚼運動は、消化腺の分泌と消化管の運動、各種の消化管のホ
ルモン分泌を促進し、また、栄養バランスのよい食事を可能にし、栄養学的に骨代謝
に影響を与える。また、咀嚼は心理的社会的に老年者の行動に影響を与え、有歯顎者
は無歯顎者と比べより行動的であることが示されている。それらが二次的に、有歯顎
者の全身の骨密度の維持に影響を及ぼしているのかもしれない。
抗菌療法を主体とした短期の歯周病治療によってポケット内細菌数が減少し,それ
に伴って糖尿病の血糖コントロールも改善した。この血糖コントロールの改善はイン
スリン抵抗性の改善によってもたらされた可能性があることを示唆する結果を得た。
歯周病と全身の健康状態の分析を行ったところ、肥満と歯周炎が密接に関連してい
ることが明らかになった。さらに、インスリン非依存型糖尿病の誘因に関連した代謝
異常が歯周炎と関連している可能性が本研究により示唆された。女性においては、歯
周炎と肝機能との間に強い関連性が認められたことから、肝細胞障害と何らかの形で
関連しているかもしれない。
P. gingivalis LPS前処理により大腸菌型LPSの場合とは異なった宿主細胞応答性の
変化を生じ、歯周病巣局所における慢性炎症の成立・進展に何らかの役割を果たすも
のと考える。歯周組織における複数の炎症関連因子の発現パタ-ンを解析、分類する
ことにより、歯周病の分子生物学的病態診断法を確立できる可能性が示唆された。
bFGFの局所投与は、理想的な治癒形態を維持しつつ十分な量の歯周組織再生を誘導
することが可能であり、臨床応用への可能性が大きく期待される。
歯周病原細菌の歯肉細胞への感染あるいは歯根膜細胞への加重咬合が起こった時、
歯周組織細胞の細胞老化によって炎症メデイエーター、骨吸収因子の産生能が促進さ
れてしまう可能性が示唆された。歯周病原細菌P.gingivalisの赤血球凝集因子は複数
存在し、凝集に関与するドメインが同定され、このドメインの合成ペプチドは赤血球
凝集活性を抑制し、ペプチド療法に有用である。また、赤血球凝集活性を抑制するリ
コンビナントScFv抗体の作成に成功した。レーザー照射は骨芽細胞の骨形成を促進
し、レーザー照射によって発現促進する遺伝子にATPを合成酵素遺伝子が同定され
た。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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