文献情報
文献番号
201313073A
報告書区分
総括
研究課題名
有機溶剤含有物質が胆管がん発症をもたらす分子機構の解明
研究課題名(英字)
-
課題番号
H25-3次がん-若手-012
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
高田 龍平(東京大学医学部附属病院 薬剤部)
研究分担者(所属機関)
- 豊田 優(東京大学医学部附属病院 薬剤部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究
研究開始年度
平成25(2013)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究費
4,154,000円
研究者交替、所属機関変更
該当致しません。
研究報告書(概要版)
研究目的
適切な労働環境を整備し、職業がんの予防に努めることは、国民の健康増進を目的とした我が国の労働衛生政策上極めて重要な課題である。2012年、ジクロロプロパンやジクロロメタンを主成分とする有機洗浄剤を大量に扱う印刷工場の従業員が高頻度で胆管がんを発症していることが報告された。これらを関連付ける科学的証拠は未だ見出されておらず、ハロゲン化炭化水素への大量曝露と胆管がん発症の因果関係および裏付けとなる分子機構の解明、規制当局への情報提供が切望されている。以上の課題を解決することを目的として、本研究(平成25年度 単年研究)は企画された。
研究方法
「膜輸送体を介した物質輸送こそが当該分子機構の重要な因子である」という代表者らの着想に基づくと、本研究にて対象とする胆管がん発症機構には、「胆汁に排泄されやすく、胆管・胆嚢に蓄積しやすい化合物」が関与している可能性が高いと考えられた。そこで、胆汁特異的に含まれる関連代謝物を選別する目的で、主要な有機溶剤成分である1, 2-ジクロロプロパンを投与した実験動物の胆汁について、網羅的成分分析ならびに非投与群を対照とするメタボローム差異解析を行った。
オリーブ油に懸濁した1, 2-ジクロロプロパンを0もしくは500 mg/kg B.W.となるように実験動物に経口投与した。各動物より、カニューレ法を用いて胆汁を回収し、メタノールによる除タンパク質処理を施した。得られた試料を、液体クロマトグラフィーにより分離し、ベンチトップ型Orbitrapフーリエ変換質量分析計Q exactive(Thermo Fisher Scientific K. K.)を用いてフルスキャン検出することで、含有成分を網羅的に分析した。次いで、1, 2-ジクロロプロパン投与群に特異的な胆汁成分を同定するために、差異解析ソフトSieve2.0(Thermo)を用いて、非投与群由来の胆汁を対照としたメタボローム差異解析を行った。投与群において有意な増加が認められたシグナルについて、精密質質量および同位体ピーク、MS/MSスペクトル情報にもとづく構造解析を行った。
オリーブ油に懸濁した1, 2-ジクロロプロパンを0もしくは500 mg/kg B.W.となるように実験動物に経口投与した。各動物より、カニューレ法を用いて胆汁を回収し、メタノールによる除タンパク質処理を施した。得られた試料を、液体クロマトグラフィーにより分離し、ベンチトップ型Orbitrapフーリエ変換質量分析計Q exactive(Thermo Fisher Scientific K. K.)を用いてフルスキャン検出することで、含有成分を網羅的に分析した。次いで、1, 2-ジクロロプロパン投与群に特異的な胆汁成分を同定するために、差異解析ソフトSieve2.0(Thermo)を用いて、非投与群由来の胆汁を対照としたメタボローム差異解析を行った。投与群において有意な増加が認められたシグナルについて、精密質質量および同位体ピーク、MS/MSスペクトル情報にもとづく構造解析を行った。
結果と考察
1, 2-ジクロロプロパン投与マウスの胆汁成分(サンプル群)を非投与マウスの胆汁成分(コントロール群)と比較した結果、サンプル群において有意な増加が認められた代謝物として、13化合物を見出すことができた。精密質量に基づく組成解析の結果、13化合物のうち1化合物に、1, 2-ジクロロプロパン由来と考えられる塩素が含まれていた。一方、我々が検証した限りにおいて、1, 2-ジクロロプロパンそのものに対応するシグナルは認められなかった。1, 2-ジクロロプロパンは脂溶性が高い物質であり(logP = 1.98)、胆汁中に直接排泄されるとは考えにくいため、妥当な結果である。以上のことから、生体内にて代謝された1, 2-ジクロロプロパンが胆汁排泄されていたことが強く示唆された。さらに、見出された化合物の構造解析を進めた結果、1, 2-ジクロロプロパンがグルタチオン抱合体として胆汁排泄されていることが認められた。1, 2-ジクロロプロパンに類似した構造を有するハロゲン化炭化水素の発がん性に関する別の研究結果を踏まえると、グルタチオン抱合ジクロロプロパン代謝物のうち、特に塩素を含む構造体がエピスルホニウムイオン状態となり核酸と結合することでDNA損傷をもたらす可能性が強く示唆された。
本研究は、今日においてもほとんど明らかとされていない胆管がん発がん機序について、胆汁を介した発がん性物質への曝露が重要であるという新たな着眼点を提案するものである。この考えが正しければ、胆汁排泄される生体外異物(由来代謝物)だけでなく、食生活や職住環境に応じた胆汁成分の変動が、胆管がん発がんリスクに影響を与えることは想像に難くない。胆管がんは難治性のがんであるため、その予防や治療法の確立に向けた国民的関心は高い。今後の研究の進展によって、より詳細な分子機構や胆管上皮細胞における創薬標的分子、関連バイオマーカーなどが見出されることが期待される。
本研究は、今日においてもほとんど明らかとされていない胆管がん発がん機序について、胆汁を介した発がん性物質への曝露が重要であるという新たな着眼点を提案するものである。この考えが正しければ、胆汁排泄される生体外異物(由来代謝物)だけでなく、食生活や職住環境に応じた胆汁成分の変動が、胆管がん発がんリスクに影響を与えることは想像に難くない。胆管がんは難治性のがんであるため、その予防や治療法の確立に向けた国民的関心は高い。今後の研究の進展によって、より詳細な分子機構や胆管上皮細胞における創薬標的分子、関連バイオマーカーなどが見出されることが期待される。
結論
1, 2-ジクロロプロパン投与動物の胆汁を用いたメタボローム差異解析の結果、胆汁中に含まれる有力な発がん性候補物質としてグルタチオン抱合ジクロロプロパン代謝物を見出すことができた。このことは、ハロゲン化炭化水素への大量曝露と職業性胆管がんの発症とを結びつける新たな知見として重要である。今後、変異原性に関するin vitro試験や動物モデルを用いたin vivo発がん性試験、関連分子機構の種差を考慮したヒトへの外挿などの検討が進むことで、より詳細な分子機構が明らかとなり、一般的な胆管がん発症機序や新たな創薬標的分子、関連バイオマーカーの同定につながることが期待される。
公開日・更新日
公開日
2015-09-02
更新日
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