肺癌糖鎖標的マーカーの実用化に向けた定量的糖鎖構造変動解析システムの構築

文献情報

文献番号
201313058A
報告書区分
総括
研究課題名
肺癌糖鎖標的マーカーの実用化に向けた定量的糖鎖構造変動解析システムの構築
課題番号
H23-3次がん-若手-002
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
植田 幸嗣(独立行政法人理化学研究所 統合生命医科学研究センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究費
3,693,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦において肺癌は部位別がん死亡率で第一位を占めており、肺癌の罹患数、死亡者数を減少させることが急務となっている。そのためには根治可能なより早い段階で肺癌、またはその前癌病変を発見できる診断技術の開発は重要な位置を占める。研究代表者はこれまで、血清による肺癌の早期診断を目指して様々なグライコプロテオーム解析技術を用い、早期肺癌において糖鎖構造に変化が認められる多数の糖鎖標的マーカー候補の同定を行ってきた。そこで本研究ではそれら全てのマーカー候補糖タンパク質上に付加されている糖鎖の癌性変化を高感度に定量化、統合することによって肺癌を「治療可能な段階で早期に発見すること」、さらには「症状が出る前でのリスクの把握を可能にすること」を目標とする。本年度は、平成24年度に開発したEnergy resolved oxonium ion monitoring technology (Erexim)法を使用して、上記既同定の肺癌糖鎖標的腫瘍マーカー候補分子に対してバイオマーカー検証試験を行い、以後の臨床試験に繋がる診断薬シーズを確定することを目的とする。
研究方法
87症例の血清サンプル各5 µlをImmobilized Trypsinで消化し、消化後のペプチドサンプルを4000QTRAPトリプル四重極型質量分析計(AB Sciex社)にてLC/MS/MS分析に供した。
第一四重極Q1チャネルには各種バイオマーカー標的糖鎖付加サイトを含んだ糖ペプチドの質量電荷比(m/z)を設定した。第三四重極Q3チャネルには7種類のオキソニウムイオンのm/zを設定し、Erexim曲線を描出した。質量分析によって得られたデータはMultiQuant version 2.02 (AB Sciex社)ソフトウェアを用いてプロセッシング、各MSクロマトグラムの面積値を求める定量解析を行った。昨年度に報告した原著論文(Anal Chem. 2012; 84 (22): 9655)に記載した手法通り、m/z = 138のオキソニウムイオンを使用して各糖鎖コンポーネントの定量を、その他のオキソニウムイオンのErexim曲線パターン解析から糖鎖構造の同定を実施した。今年度の研究で対象としたコアフコースの付加頻度解析については、検出された全糖ペプチドのMSクロマトグラム面積値合計のうち、コアフコシル化糖鎖が付加されたペプチドの面積値合計が占める割合を算出した。
結果と考察
Erexim法を使用して、肺癌患者血清中にてコアフコースの付加頻度が有意に亢進している糖タンパク質として過去に同定したHaptoglobin、Orosomucoid-1、CD163について、87症例から成る検証試験セットを用いて糖鎖構造変化を定量化した。その結果、Haptoglobinについては付加された2本の糖鎖ともにIII期以上の進行肺腺癌群で有意なタンパク質上フコシル化の亢進が検出された。Orosomucoid-1に関しては5 箇所の糖鎖付加部位について糖鎖構造の定量データが得られたものの、肺腺癌の早期診断に有効と考えられるフコシル化変動は確認できなかった。CD163上糖鎖については、II期以上の肺腺癌患者でコアフコース付加頻度の有意な亢進が観察され、かつ病期依存的な付加頻度上昇が認められた。
  3年計画の最終年度である本年度までに、本研究開始時に予定していた(1)新規糖鎖構造変動高速定量技術の開発、および(2)それを使用した既同定の肺癌糖鎖標的腫瘍マーカー候補分子の多検体検証試験、の双方を完了することができた。さらに、本研究計画終了後に予定していた体外診断機器開発に向けたソフトウェア開発、質量分析計開発も民間企業と連携してすでに開始しており、Erexim法自体は抗体医薬品をはじめとするあらゆるバイオ医薬品の品質評価試験、開発支援受託事業として実用化と普及が進んでいる。以上の進捗状況から鑑みて、当初想定された成果以上の診断薬化研究としての進展と幅広い医薬分野への波及効果が得られたと言える。
結論
新規肺腺癌早期診断マーカーとして決定したCD163タンパク質については、本研究開発での成果を活かしてErexim法を応用した質量分析診断技術による体外診断薬化を目指す。また、Erexim法は世界初のマルチサイト(複数の糖鎖付加部位)糖鎖構造一斉定量技術であるので、CD163以外にも検証試験を進める肺癌早期診断バイオマーカー候補から診断能の高いターゲットをできるだけ多く選出し、より高精度で多角的な肺癌の診断が可能な診断機器製造を目指す。最終的に非侵襲的で安価に行える血清診断にて初期肺癌の検出やリスク診断までもが可能になれば、肺癌による死亡率は劇的に改善されると期待できる。

公開日・更新日

公開日
2015-09-02
更新日
-

文献情報

文献番号
201313058B
報告書区分
総合
研究課題名
肺癌糖鎖標的マーカーの実用化に向けた定量的糖鎖構造変動解析システムの構築
課題番号
H23-3次がん-若手-002
研究年度
平成25(2013)年度
研究代表者(所属機関)
植田 幸嗣(独立行政法人理化学研究所 統合生命医科学研究センター)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 第3次対がん総合戦略研究
研究開始年度
平成23(2011)年度
研究終了予定年度
平成25(2013)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦において肺癌は部位別がん死亡率で第一位を占めており、肺癌の罹患数、死亡者数を減少させることが急務となっている。そのためには根治可能なより早い段階で肺癌、またはその前癌病変を発見できる診断技術の開発は重要な位置を占める。研究代表者はこれまで、血清による肺癌の早期診断を目指して様々なグライコプロテオーム解析技術を用い、早期肺癌において糖鎖構造に変化が認められる多数の糖鎖標的マーカー候補の同定を行ってきた。そこで本研究ではそれら全てのマーカー候補糖タンパク質上に付加されている糖鎖の癌性変化を高感度に定量化、統合することによって肺癌を「治療可能な段階で早期に発見すること」、さらには「症状が出る前でのリスクの把握を可能にすること」を目標とする。
研究方法
(1) Energy resolved oxonium ion monitoring technology (Erexim)法の開発
a. 糖ペプチド標準品の蛍光HPLC分析
市販品のヒトIgGタンパク質をトリプシで消化後、二次元HPLC分画による分画精製を行った。糖ペプチドを2-アミノピリジンでラベル化後、グルコースオリゴマーと逆相HPLC分析による構造決定解析を行った。
b. 抗体医薬品3種のErexim分析
トラスツズマブ、ベバシズマブ、セツキシマブをLys-C、Trypsin GOLDで消化し、Oasis HLBカートリッジによる糖ペプチド画分濃縮を行った。精製糖ペプチドに対して4000QTRAP質量分析計を使用したErexim分析を行い、得られたデータはMultiQuantソフトウェアを用いてプロセッシング、定量解析を行った。
(2)肺癌糖鎖標的マーカー候補分子のErexim法による多検体検証試験
87症例の血清サンプルをトリプシンで消化し、消化後ペプチドサンプルをErexim分析に供した。本研究で対象としたコアフコースの付加頻度解析については、検出された全糖ペプチドのMSクロマトグラム面積値合計のうち、コアフコシル化糖鎖が付加されたペプチドの面積値合計が占める割合を算出した。
結果と考察
(1) Erexim法の開発
Erexim法とトリプル四重極型質量分析計LCMS-8080(島津製作所製)を組み合わせた高速分析プラットフォームを構築し、糖タンパク質上に付加された50種類以上のN型糖鎖構造のバリエーションを30アトモルの超微量成分から10分間で定量化できる世界初の質量分析技術を完成させた。実用化の面においても特許申請、基礎研究用途の商品化段階にまで到達することができた。
(2)肺癌糖鎖標的マーカー候補分子のErexim法による多検体検証試験
肺癌患者血清中にてコアフコースの付加頻度が有意に亢進している糖タンパク質として過去に同定したHaptoglobin、Orosomucoid-1、CD163について、87症例から成る検証試験セットを用いてErexim法による糖鎖構造変化を定量化した。その結果、CD163上糖鎖についてII期以上の肺腺癌患者でコアフコース付加頻度の有意な亢進が観察され、かつ病期依存的な付加頻度上昇が認められた。
結論
今後は本年度の検証試験で新規肺腺癌早期診断マーカーとして決定したCD163タンパク質について、Erexim法を応用した質量分析診断技術による体外診断薬化を目指す。質量分析技術の診断応用は、2013年8月に病原微生物の一斉診断法としてFDAの認可を受けたVITEK MSをはじめ、今後急速に進展していくことが予想される。これは200種類以上の菌種を1分析で検出できるVITEK MS法に代表されるように、最新の質量分析装置では数十~数百の生体物質を短時間で同時定量することが可能になったことによる。
Erexim法は世界初のマルチサイト(複数の糖鎖付加部位)糖鎖構造一斉定量技術であるので、CD163以外にも検証試験を進める肺癌早期診断バイオマーカー候補から診断能の高いターゲットをできるだけ多く選出し、より高精度で多角的な肺癌の診断が可能な診断機器製造を目指す。検査項目が増えても質量分析に要する時間は20分程度であり、かつ抗体など高価な検査試薬は必要としないので大変安価でもある。最終的に非侵襲的で安価に行える血清診断にて初期肺癌の検出やリスク診断までもが可能になれば、肺癌による死亡率は劇的に改善されると期待できる。

公開日・更新日

公開日
2015-09-02
更新日
-

行政効果報告

文献番号
201313058C

成果

専門的・学術的観点からの成果
本研究では、血中タンパク質糖鎖構造の微細な癌性変化を高速かつ多項目一斉定量可能な技術、Energy resolved oxonium ion monitoring (Erexim)法を開発した。本開発技術は米国特許が成立しており、いち早く臨床検査受託企業によって実用化され、産学医の各分野で高い評価を得ている。
臨床的観点からの成果
本開発技術の実現によって多くの新規早期診断糖鎖標的腫瘍マーカー候補分子の大規模検証試験が可能となった。これらは現在使用されている腫瘍マーカーの約半数を占める糖鎖標的腫瘍マーカー(CA19-9、CA125など)を凌駕する可能性が示唆されており、本研究では特に肺腺癌早期診断を目的としたバイオマーカー開発においてCD163を同定するに至った。
ガイドライン等の開発
Erexim法は抗体医薬品をはじめとしたバイオ医薬品全般の品質管理、研究開発にも幅広くしようが可能であったことから、バイオ医薬品の糖鎖ロット間差と薬効、副作用の関連を明確に規定するための国際水準開発が進行している。
その他行政的観点からの成果
がんは昭和56年以降日本人の死亡原因の第1位を占め、現在では、死因の3割、医療費の1割を占めるに至っている。第3次対がん10か年総合戦略に基づき、本研究開発により得られた革新的な早期肺癌診断技術を適切な臨床試験を経て迅速に診断薬化させ、早期発見・予防を推進することにより、部位別がん死亡数一位を占める肺癌の罹患率と死亡率の激減が期待できる。
その他のインパクト
本研究で開発、実用化したErexim法(US Patent No: 8653448)は先進的な産学連携の実施例としてBioJapan2013などの展示会で取り上げられたほか、日経産業新聞2013年9月20日号、薬事日報2013年9月26日号などで報道された。

発表件数

原著論文(和文)
0件
原著論文(英文等)
16件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
16件
学会発表(国際学会等)
10件
その他成果(特許の出願)
2件
その他成果(特許の取得)
1件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
1件

特許

特許の名称
糖鎖構造の解析方法
詳細情報
分類:
特許番号: 特願2012-197908
発明者名: 植田幸嗣、遠山敦彦
権利者名: 理化学研究所、島津製作所
出願年月日: 20120907
国内外の別: 国内
特許の名称
Method for analyzing glycan structure
詳細情報
分類:
特許番号: US8653448
発明者名: 植田幸嗣、遠山敦彦
権利者名: 理化学研究所、島津製作所
出願年月日: 20130716
取得年月日: 20140218
国内外の別: US

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
A. Toyama, H. Nakagawa, K. Matsuda, et al.
Quantitative structural characterization of local N-glycan microheterogeneity in therapeutic antibodies by energy-resolved oxonium ion monitoring.
Analytical chemistry , 84 (22) , 9655-9662  (2012)
原著論文2
K. Ueda
Glycoproteomic strategies: from discovery to clinical application of cancer carbohydrate biomarkers.
Proteomics Clin Appl , 7 (9-10) , 607-617  (2013)

公開日・更新日

公開日
2015-09-02
更新日
2018-06-04

収支報告書

文献番号
201313058Z
報告年月日

収入

(1)補助金交付額
4,800,000円
(2)補助金確定額
4,800,000円
差引額 [(1)-(2)]
0円

支出

研究費 (内訳) 直接研究費 物品費 3,693,000円
人件費・謝金 0円
旅費 0円
その他 0円
間接経費 1,107,000円
合計 4,800,000円

備考

備考
-

公開日・更新日

公開日
2015-10-14
更新日
-