血管老化の代謝機能とその分子生物学的解明

文献情報

文献番号
199800205A
報告書区分
総括
研究課題名
血管老化の代謝機能とその分子生物学的解明
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
静田 裕(高知医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 永井良三(群馬大学)
  • 竹下彰(九州大学)
  • 服部隆一(京都大学)
  • 木村彰方(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
7,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血管の老化には動脈硬化や高血圧症、高脂血症など色々な要因が密接に関係している。当初本研究は、NOや成長因子プロスタノイド、サイトカインなどの生理活性因子の関与に重点を置き研究を進めたが、本年度は、早発性老化マウスによる老化機構の解明と共に、心筋梗塞や血管炎の遺伝的危険因子の見直しや、血管平滑筋増殖機構そのものの解明を目指した。また引き続いて、NO阻害剤による血管肥厚機構を解析して、血管老化の実態と本体に迫ることを目標とした。
研究方法
本年度の本班における研究は、次の5項目のサブテーマよりなる。1. 血管老化における血管平滑筋増殖因子の役割 (静田・服部)2. 老化におけるアポトーシスとテロメアーゼの役割 (静田)3. 早発性老化マウスの血管老化機構 (永井)4. 心筋梗塞と血管炎の遺伝的危険因子の検索 (木村)5. NO阻害剤による血管肥厚機構の解析 (竹下)方法としては、主として生化学的・分子生物学的方法を用い、材料としては老化モデルマウスや自然高血圧発症ラット、正常マウス及びラット、培養ヒト株組織細胞などを用いた。
結果と考察
1) ヒト臍帯静脈内皮細胞培養の無血清培養上清を濃縮し、これより、血管平滑筋増殖因子の精製を行った。精製された蛋白子のアミノ酸分析により因子を同定し、更にrecombinant蛋白を作成して、その情報伝達経路の解析を行った。培養上清より、ヘパリンアフィニティ、逆相クロマトグラフィーにて血管平滑筋増殖刺激活性のある、32kDの蛋白を精製できた。アミノ酸分析より、この蛋白はTissue Factor Pathway Inhibitor-II (TFPI-II) に一致することが判明した。BHK細胞にTFPI-IIを発現させ、得られたrecombinant TFPI-II は用量依存的に、平滑筋細胞の数、DNA合成を増加させた。これは、mitogenn-activated protein kinase (MAPK)の活性化と、それに続くearly protooncogene のc-fosの発現を介していた。2) 血圧上昇ホルモンであるアルドステロンの合成不全症2例を解析し、その変異部分を解明した。また、血管弛緩因子であるNOの合成酵素の遺伝子プロモーター領域を調べ、エンハンサー或いはサプレッサーとして機能するシス配列を同定し、それに対応するトランス因子を検索した。3)ヒトの老化によく似た表現型を示す新しい老化モデルマウスを開発し、その原因遺伝子として老化抑制遺伝子klothoを単離、同定した。klotho遺伝子産物(Klotho蛋白) は、βグルコシダーゼと40%ののホモロジーを持つ2個のドメインと膜貫通領域をコードし、一種の膜蛋白と考えられた。klothoの全長cDNAを過剰表現するトランスジェニックマウスを作製し、klotho欠損マウス(老化モデルマウス)と交配すると、老化の表現系が消失することより、klothoはヒトの老化に伴う病態 (動脈硬化、肺気腫、骨粗鬆症など)の形成に関与する重要な遺伝子であると考えられた。次に、Klotho蛋白自身またはKlotho蛋白を介する何らかのhumoral factor が血管内皮保護作用を持つことを示した。また、klothoの発現は出生後に強く誘導されることが明らかになり、klothoは出生後の生体維持機構に関与していると考えられた。高血圧、糖尿病、慢性腎不全モデルで腎臓におけるklotho mRNAの発現が低下することから、慢性疾患による持続的な腎臓へのストレスはklotho mRNAの発現を低下させると考えられた。これらの結果より、血管内皮保護作用を持つKlotho蛋白の発現低下が高血圧や糖尿病などの生活習慣病に合併する動脈硬化の形成に関与している可能性がある。4) 日本人における心筋梗塞の遺伝的危険因子を同定するために、心筋梗塞患者集団と健常者集団において、欧米人で報告され
た種々の遺伝的危険因子 (ACEやeNOSを始めとする遺伝子の多型) を検討したところ、何れの遺伝子多型とも日本人では主な遺伝要因ではないと考えられた。そこで、新たな遺伝的危険因子を検索し、PECAM-1遺伝子に見い出した3種の多型(Val125Leu,Asn563Ser,Gly670Arg) が、何れも心筋梗塞と有意な相関を示すことを見い出した。最も強い相関を示す多型は Asn563Serであり、心筋梗塞患者集団 (特に罹患動脈数が多い群及び若年発症群)には563Serのホモ接合体が有意に多く存在していた。また、この相関は高脂血症、肥満、高血圧、糖尿病、喫煙などの既知の危険因子の存在とは独立に観察されることから、PECAM-1多型はいわゆるlow risk groupを含めての新たな心筋梗塞の遺伝的危険因子と結論した。一方、難治性血管炎である高安病とBuerger病とHLA領域遺伝子群多型との相関を調べた。その結果、高安病感受性遺伝子はHLA-B遺伝子近傍に存在し、高安病の病型がB52型とB39型の2つに分類できることを明らかにした。これに対して、Buerger 病感受性遺伝子はHLA-B遺伝子およびDRB1遺伝子近傍に2つ存在するが、各々は独立した危険因子であった。5) NO合成阻害薬(Nωnitro-arginine methyl ester, L-NAME) を実験動物 (ラット、ブタ)に4週間投与すると、7日以内に血管壁の炎症性増殖性変化が生じ、28日以降には血管壁再構築 (血管壁肥厚、線維化) が生じることを報告した。平成10年度には、このモデルにおける血管壁再構築の分子機序について以下の成果を得た。「decoy strategy」を用いて NF-kB の機能をブロックすると、上記炎症性増殖性変化とMCP-1発現増加が抑制された。また、MCP-1中和抗体によって炎症性増殖性変化が抑制できた。したがって、局所angll→酸化ストレス→NF-kB→MCP-1発現増加が内皮NO産生抑制による血管再構築の分子機構の中心経路であることが明らかとなった。
結論
1.) 新しい血管平滑筋増殖因子を単離同定し、その機能を解析した。2.) アルドステロン産生不全の遺伝子異常の病症を解析した。3.) 老化マウスの原因遺伝子klothoを解析し、この遺伝子が生体維持に関与している実験結果を得た。また、高血圧や糖尿病がklothoの発現を低下させるという事実を確認した。4.) 日本人の心筋梗塞の遺伝的危険因子は、欧米で言われるACEやNOでなく、PECAM-1遺伝子の多型が重要であることを示した。5.) 慢性的NO産生抑制ラットを用い、動脈硬化の発症機構を解析した。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-