包括的指標による地域の健康状態の評価とその利用に関する研究

文献情報

文献番号
199800111A
報告書区分
総括
研究課題名
包括的指標による地域の健康状態の評価とその利用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
矢野 栄二(帝京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小林廉毅(東京大学)
  • 野中浩一(帝京大学)
  • 橋本英樹(帝京大学、ハーバード大学)
  • 渋谷健司(帝京大学、ハーバード大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 統計情報高度利用総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
3,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は今日の高度化し多様化した住民のニードに対応し、総合的かつ感度の高い新しい厚生統計指標の選択・開発を行い、その利用を目指す。より具体的には、(1)新しい厚生統計指標の選択・開発とその意義の検討(矢野・渋谷)、(2)健康余命を用いた地域比較(野中)、(3)個人レベルのQOL指標をもとにした集団の健康状態推定の可能性の検討(橋本)、(4)集団の健康状態を規定する社会経済的因子の探索(小林)を行う。
研究方法
(1)文献調査による概念の整理のほか、わが国の専門家によるフォーラムを7月、国際シンポジウムを10月に行い、当該領域の最新の研究状況を把握するとともに、今後の研究の方向性を検討する。(2)既存資料から計算が可能な包括的健康指標として健康余命を実際に計算し、都道府県レベルの比較を行う前段階として、国民生活基礎調査と患者調査のデータを目的外使用として入手し、健康の定義についての基礎的検討を行う。(3)EuroQOLやSF36を用いて集団の健康指標を作成することを目標とし、その準備的研究として、当該指標が旧来の健康指標(死亡率や平均寿命)とどのような関係を持つか、地域の医療資源や社会資源の差などを反映するかどうか、など集団レベルでの健康指標としての妥当性を検討する。(4)都道府県を主要な分析単位として、健康状態と社会経済状態の関連を把握するため、種々の健康指標と主要な社会経済指標を最新の全国データから新たに算出し相関分析を行い、ギニ係数やロビンフッド係数などの所得分配の指標と健康指標との関連を経時的に検討する。
結果と考察
(1)本研究の方向性を定めるために、まず国内でのフォーラムと国際シンポジウムを行った。そこでの報告では、大多数の疾患の患者が少数のハイリスク集団よりも、むしろ低リスクの集団から発生することが示され、集団全体に対するアプローチの必要性が明らかになった。すなわち、ハイリスク集団をスクリーニングして対策を講じる従来の検診方式だけでなく、もっと地域集団全体を対象とした保健政策の重要性は今後ますます大きくなっていくと考えられた。集団全体の指標としては、これまで広く利用されてきた乳児死亡率や年齢調整死亡率だけでなく、平均余命についても、その基礎になっているのは死亡の情報だけである。高齢社会にあって、今後は疾病やその後遺症を含めた生存の質の情報を加味しなくてはならない。本年はREVESグループがまとめた資料をもとに、現在行われている「健康余命」の指標についての概念整理を行い、「健康余命(障害のない平均余命)」「健康調整平均余命」「健康生存年数」「障害調整損失生存年数」についてのそれぞれの特徴を整理し概要を報告書に示した。このうちの最後のものがいわゆるGBD(Global Burden of Disease)の基礎となるものであるが、実行可能性や概念上の批判もある。その問題点と今後の展望を、このプロジェクトにも参加している分担研究者が考察した。
(2)新しい健康指標の一例として、生存の質を加味した健康余命を算定し都道府県別に比較する試みに着手した。まず、厚生統計調査総覧から、生活の場ごとに利用できる可能性がある調査資料と質問項目を調べた。生活の場とそれぞれの調査とは、「在宅(国民生活基礎調査)」「病院・診療所(患者調査)」「老人保健施設(老人保健施設調査)」「特別養護老人ホーム(社会福祉施設等調査)」「養護老人ホーム(社会福祉施設等調査)」「軽費老人ホーム(社会福祉施設等調査)」「有料老人ホーム(社会福祉施設等調査)」によっておよそ網羅できるものと考えられたが、都道府県別に分けた分析まで行える代表性と客体数を備えているものは、国民生活基礎調査と患者調査であった。全国について考える場合には社会福祉施設調査のデータも利用できるであろうが、最終的に都道府県別の比較を念頭に置いているので、本年度は、指定統計の目的外使用(総承統第322号、平成10年10月27日;統発第425号、平成10年11月16日)で入手した患者調査調査票(病院票、一般診療所票)および国民生活基礎調査調査票()健康票)を用いて、「不健康」の定義を変えたときに全国の男女別の不健康割合や健康余命がどのように異なるかを検討することとした。今回「健康」の候補として考えたのは、比較的客観的な情報となりうる「ADL」と、主観的ではあるがADLだけではとらえきれない健康の側面を表現する可能性がある「自覚的健康度」に関する質問項目である。全国の65歳の男女別の平均余命を、こうした情報をもとにさらに分解してその内容を検討してみた。「ADL」についてはすでに報告のある橋本班の「平均自立余命」とほぼ同等であり、女性より男性のほうが余命は短いものの、余命に占める自立割合は高くなっていた(男性余命16.74年、うち自立割合85.2%;女性余命21.23年、うち自立割合82.0%)。一方「自覚的健康度」については、国民生活基礎調査のデータについて「あまりよくない」「よくない」を「不健康」とし、病院や福祉施設についてはすべて「不健康」と仮定してみると、「健康」の割合は男性では72.5%、女性では66.8%と、やはり男性のほうが健康者の割合が多かったが、ADL自立よりも絶対割合が低くなっていることが注目された。健康余命は、個人に対して、それぞれの年齢における余命の内容を分かりやすく伝える情報になるという意義もある。その意味では、生活の場をまとめるだけでなく、余命の内容を個々の生活の場ごとに示すことにも意義があろう。そこで、「自覚的健康度」の指標について、生活の場と内容ごとの年数も算出してみた。その結果、男性では不健康余命4.61年のうち自宅が3.55年(77%)、女性では不健康余命7.06年のうち自宅が4.98年(71%)となっており、全体として自宅における不健康の問題が大きいとともに、女性のほうが自宅外における年数の割合が高くなっていた。今後、介護保険の導入により、自宅と施設の割合は変化していく可能性があり、これまで以上に自宅における健康の問題の比重は高まっていくかもしれない。全国については、「ADL」にせよ「自覚的健康度」にせよ、男女差は相対的には類似の傾向を示したものの、都道府県レベルでは差異が出る可能性もあり、今後、この両方の指標を用いて検討していくべきであろう。現在の公的統計では国民全体についての状況を把握するには複数の調査の統合が必要になり、その際、現在の調査の質問項目にはばらつきがある。年次推移の情報を得るためには、質問項目の改変には慎重でなくてはならないが、実現可能な範囲で質問項目を追加し、複数調査の統合をしやすくしていく必要がある。
(3)QOLについては先行研究のレビューを行い、それらと従来の集団レベルでの健康指標との統合の可能性を検討中である。本邦でもEuroQOLとMOS Short-Form36(SF36)の日本語版が入手可能になっているので、これら指標を既存統計調査に盛り込めるべきかどうかを検討していく予定である。
(4)都道府県レベルで健康指標、社会経済要因、医療体制の経時的分析が行えるようなデータベースを、既存の統計調査から作成する作業を進めている。欧米の先行研究のレビューからは、地域住民の経済状態があるレベル以上であれば、平均余命そのものへの影響は少ないが、有病率には一定の影響を与えることが示唆された。90年以降の経済不況により、収入格差がひろがり、高年齢世帯の所得が不安定になるなか、こうした社会的因子が健康状態に与える影響を検討することは、今後年金制度の改革などの政策決定上、重要な意義を帯びると予想される。
結論
(1)フォーラムおよびシンポジウムで、地域集団全体を対象とした保健政策の重要性が今後ますます大きくなっていくことが指摘された。現在行われている「健康余命」の指標についての概念整理を行い、「健康余命(障害のない平均余命)」「健康調整平均余命」「健康生存年数」「障害調整損失生存年数」について特徴を整理した。GBDについては、実行可能性や概念上の批判もある。(2)生活の場ごとの利用可能な調査として、都道府県別に分けた分析まで行える代表性と客体数を備えているものは、国民生活基礎調査と患者調査であった。目的外使用で入手した患者調査調査票および国民生活基礎調査調査票を用いて、「ADL」と「自覚的健康度」に関する質問項目を用い、全国の65歳の男女別の健康余命を試算した。「ADL」で定義した健康余命は、女性より男性のほうが余命は短いものの、余命に占める健康割合は高くなっていた。一方「自覚的健康度」については、一定の仮定の下では「健康」の割合は男性では72.5%、女性では66.8%と、やはり男性のほうが健康者の割合が多かったが、ADL自立よりも絶対割合が低くなっていた。「自覚的健康度」の指標について生活の場と内容ごとの年数を算出したところ、男性では不健康余命4.61年のうち自宅が3.55年(77%)、女性では不健康余命7.06年のうち自宅が4.98年(71%)となっており、全体として自宅における不健康の問題が大きいとともに、女性のほうが自宅外における年数の割合が高くなっていた。健康に関する現在の調査には、実現可能な範囲で質問項目を追加して、できるだけ複数調査の統合をしやすくしていくことが望まれる。(3)慢性疾患によるQOLへの影響を健康指標に反映させるために、EuroQOLとMOS Short-Form36(SF36)の日本語版を統計調査に盛り込むことが期待された。(4)都道府県レベルで健康指標、社会経済要因、医療体制の経時的分析が行えるようなデータベースを、既存の統計調査から作成する作業を進めている。

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