側頭葉てんかん外科手術後の記憶障害機構の解明

文献情報

文献番号
201224105A
報告書区分
総括
研究課題名
側頭葉てんかん外科手術後の記憶障害機構の解明
課題番号
H22-神経・筋-一般-017
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
臼井 桂子(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 寺田 清人(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部)
  • 馬場 好一(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部)
  • 井上 有史(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 障害者対策総合研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究費
3,825,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 脳の慢性疾患であるてんかんのわが国における患者数は約100万人と推定され、そのうち20%が、抗てんかん薬による薬物治療では発作が抑制されない難治てんかんである。難治側頭葉てんかんの治療については、外科治療レベルの向上により発作予後に関しては極めて良好な結果が得られるようになってきている。しかしながら、欧米諸国と比較して、外科治療の選択は必ずしも積極的になされておらず、また、術前術後の脳機能障害に関しての詳細な検証や、対策に関しても十分であるとは言い難い。このような状況に鑑み、本研究は、(1)術後記憶機能障害の実態把握と発生要因の解明、(2)術後障害の予測と回避を可能にする臨床検査手法と手術様式確立のための明確な指針の提供を目的とした。
研究方法
 本研究は、(a)脳解剖学的画像診断、神経心理学的手法などを複合的に活用する巨視的・非侵襲撃的手法、および(b)頭蓋内電極を留置した症例での電気生理学的評価を活用する微視的・侵襲的手法を用い、さらに(c)静岡てんかん・神経医療センターにおいて長年に亘って蓄積されてきた症例データの詳細な解析を活用する統計学的調査研究手法、という大きな3本柱を有機的、複合的に活用して実施した。最終年度である平成24年度(2012年度)においては、①「極長期慢性疾患としての側頭葉てんかんが記憶機能に及ぼす影響の把握と評価」、②「MRI所見を認めない側頭葉てんかんの外科治療に関する研究」、③「脳内信号伝達ネットワークの検出の可能性ならびに言語機能領域間の連関に関する研究」、および④「てんかん医療の質における課題の把握と対応策の検討」に関して取り組んだ。
結果と考察
 ①では病理学的に海馬硬化が確認された内側側頭葉てんかん128症例の病歴と術前術後の神経心理学的検査の検討により(ア)発病から外科治療に至るまで平均20年が経過しており、(イ)外科治療により全症例で発作消失または稀発発作のみの良好な予後が得られ、(ウ)術前において、特に言語優位側にてんかん焦点を認める症例群で言語性IQと言語性記憶指数の平均が健常者平均の-1SDを下回り、(エ)術後2年後の評価では、言語性IQに改善が認められること等を明らかにした。また、術前高次脳機能評価方法としてのfMRIの能力を評価し、その可能性、課題を把握した。また、②においては、(ア)MRIで異常を認めない内側側頭葉てんかん群13症例の術前検査での特徴は、既往として熱性けいれんが少なく、発症年齢の平均が高く、術前の全IQの平均が高い、(イ)頭蓋内脳波による発作時脳波を複数回捕捉、解析しても、発作起始部を一側に同定できない症例が54%を占め、(ウ)これらの症例では機能画像、発作時高周波成分分析などの結果も含めて総合的に判断して切除側を決定し、(エ)術後2年以上の経過観察で、発作消失54%、発作頻度が著明に減少した症例と合わせると85%で良好な発作抑制効果が得られた、という結果を得た。③においては、言語優位側に硬膜下電極を留置した4症例において、側頭葉底部言語野とシルビウス裂後方言語野の相互連関を明らかにした。④では、多数症例の病歴調査とてんかん医療にかかわる施設における課題のアンケート調査から、1つの医療機関では解決不可能な多様な課題が存在することが明らかとなった。この問題への対応には、異なるレベルのてんかん医療機関によって構成される第1次医療、第2次医療、第3次医療から構成される連携が極めて重要であることを明らかにした。
結論
 てんかん外科治療の対象となる側頭葉てんかんにおいて、すでに外科治療前から高次脳機能障害が認められ、外科治療によって、それらの障害が一部改善することを大規模統計学的研究により明らかにした。外科治療戦略を立てる上で必要な手術前検査において、非侵襲的検査としてはfMRI、侵襲的検査としては頭蓋内留置電極記録による皮質脳波検査、皮質間誘発電位検査の精度向上を実現した。てんかん医療の質に関する医療システムの検討においては、診断、治療開始、治療継続から完了に至る諸段階において、多様な問題があるこをを明らかにし、初期医療から高度専門医療までを階層的に構築することの必要性を確認した。

公開日・更新日

公開日
2015-06-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

文献情報

文献番号
201224105B
報告書区分
総合
研究課題名
側頭葉てんかん外科手術後の記憶障害機構の解明
課題番号
H22-神経・筋-一般-017
研究年度
平成24(2012)年度
研究代表者(所属機関)
臼井 桂子(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部)
研究分担者(所属機関)
  • 寺田 清人(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部 )
  • 馬場 好一(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部 )
  • 井上 有史(国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター 臨床研究部 )
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 障害者対策総合研究
研究開始年度
平成22(2010)年度
研究終了予定年度
平成24(2012)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
 脳の慢性疾患であるてんかんのわが国における患者数は約100万人と推定され、そのうち約20%が難治である。難治側頭葉てんかんは外科治療が有効な症例が多いが、欧米諸国に比べ、外科治療が必ずしも積極的には選択されず、また、術前術後の脳機能障害に関しての詳細な検証や、対策も十分であるとは言い難い。このような状況に鑑み、本研究は、(1)術後記憶機能障害の実態把握と発生要因の解明、(2)術後障害の予測と回避を可能にする臨床検査手法と手術様式確立のための明確な指針の提供を目的とした。
研究方法
 本研究は、以下に述べる3本の柱による複合的手法を用いた。
(a).統計的大規模研究
 1983年から2010年の期間、国立病院機構静岡てんかん・神経医療センターで外科治療を受けた1149症例から側頭葉てんかん症例を抽出し、 (1) てんかん発作に対する外科治療効果、(2) 術前の脳高次機能の実態の評価、(3) 手術2年後の脳高次機能の変化、について解析を実施した。さらに、(4) 外科治療から15年以上経過した長期予後170症例については、発作予後と雇用状況の追跡調査を実施し、社会的適応状況について検討した。
(b) 脳解剖学的画像と神経心理学的手法の複合
 術後の高次脳機能障害の発生予測、回避を可能にするには、術前に、発作焦点と脳機能領域を正確に把握しておくことが重要である。最終年度に新たに使用が可能となった機能MRI(fMRI)を駆使し、認知課題への取り組み中の脳機能部位の検討を進めた。
(c) 頭蓋内電極留置による電気生理学的研究
 非侵襲検査のみでは切除すべき発作焦点の同定が困難な症例は多数存在する。このような143症例を対象とし、慢性頭蓋内電極を用いて発作時頭蓋内脳波を記録し、発作時脳波活動の周波数、電圧振幅、分布等について詳細かつ包括的な解析を実施した。また、適応のある症例については、皮質電気刺激検査による機能野の同定と皮質間誘発電位による機能野間の連関機構の解析も行った。
結果と考察
(a) 統計的大規模研究
 術後2年時の追跡調査を実施し、追跡可能であった734例について、発作消失78.7%、稀発発作のみが13.2%という結果から、90%を超える症例で、良好な発作予後が得られたことを確認した。術前、術2年後の神経心理検査データの比較が可能であった506症例について詳細な検討を実施し、側頭葉てんかんでは、特に言語優位側にてんかん焦点がある場合に、すでに術前から脳高次機能、記憶機能に低下があることを明らかにし、治療においては発作のみならず、脳高次機能にも注目すべきであることを具体的に証明した。術2年後の神経心理検査の結果に関して、手術側と言語優位側の関係(同側/対側)・手術手技(前部側頭葉切除術/選択的扁桃体海馬切除術)による検討を実施し、 非言語優位側手術群では、手術手技にかかわらず言語性記憶指数の有意な上昇、言語優位側手術群では、前部側頭葉切除術群で言語性記憶指数の低下が見られること等を明らかにした。これらの結果により、外科手術後に、脳高次機能の改善が認められる場合があることを実証できたことは、従来の報告とは異なる極めて重要な知見である。さらに、術後の機能障害については、言語優位側手術における言語性記憶機能が主体であることを明らかにし、この障害を予測するための術前検査の重要性を明確に提示することができた。
 外科治療術後の中長期に亘る追跡調査により、良好な発作予後を確認するとともに、発作治癒が必ずしも十分な社会復帰に結びついていない現状など、これまで知られていなかった実態の多様な側面を明らかにできた。
(b) 脳解剖学的画像と神経心理学的手法の複合
 Wadaテストと、fMRIを併用して結果を比較し、てんかん外科手術前49症例における両者の同時判定において、85%の症例で結果が合致した。これにより、fMRIによる言語優位側検査を外科手術前臨床検査として使用するための基準を確立した。
(c) 頭蓋内電極留置による電気生理学的研究
 術前の非侵襲的検査でてんかん焦点局在不明の143症例において、慢性硬膜下電極による頭蓋内脳波を記録し、発作間欠期および発作時脳波の詳細な解析を行った。これにより、診断精度の向上に資する新たな知見、特にてんかん焦点の判定精度を向上させる可能性を有する特徴的な成分、発作時高周波成分(HFO)、超高周波成分(VHFO)、超低周波成分(VLFO)の検出と解析に成功した。
結論
 本研究により、難治側頭葉てんかん外科治療に関して、術前診断、外科治療戦略を含めて、医療にとっての実用的価値、および医学にとっての学術的価値を有する新たな知見、解明できた事項、発見などの成果を得ることができた。

公開日・更新日

公開日
2015-06-03
更新日
-

研究報告書(PDF)

行政効果報告

文献番号
201224105C

成果

専門的・学術的観点からの成果
てんかん外科治療の術前検査である慢性硬膜下電極を用いた皮質脳波記録において、局所脳部位活動、皮質電気活動を補足することが可能な複数の技術を併用し、てんかん発作の原因である脳神経細胞群の突発性同期性異常活動と関連した超高周波成分VHFOを世界に先がけて検出し、発作間欠期、発作周辺期、発作起始部における出現様式、分布、振幅、持続時間などの性状に関する詳細な特性を明らかにした。さらに、発作時高周波成分HFO、超低周波成分VLFOについても、発作と関連した特性を明らかにした。
臨床的観点からの成果
静岡てんかん・神経医療センターの800例を超える側頭葉てんかん外科治療症例の術後調査を実施し、術後2年709症例中91%、術後15年以上の170症例中85%で発作消失または稀発発作のみという良好な予後が得られていることを明らかにした。術後2年の症例では術前術後の高次脳機能検査結果の比較を行い、優れた発作抑制効果に加えて、高次脳機能の改善効果が得られる場合が多く存在し、大きな副次効果がもたらされていることを明らかにして、てんかん外科治療で、高次脳機能の改善が可能な場合があることを実証した。
ガイドライン等の開発
長期慢性疾患であるてんかんでは、治療を受ける患者とその関係者が、疾患を十分に理解し、治療および疾患の克服に対して積極的に取り組める環境を整えることが非常に重要である。今回、静岡てんかん・神経医療センターのスタッフが分担執筆して「新てんかんテキスト」というタイトルの書籍を刊行した。本書は患者教育を主眼としつつ、てんかん医療関係者、介護者、家族をはじめとする一般社会人を対象として、平易な表現で、病態、治療の現状、社会的課題等を取り上げ、てんかんという疾患に対する理解を深め、周知することを目指した。
その他行政的観点からの成果
てんかん外科治療においては、術前検査によるてんかん焦点の正確な同定、てんかん焦点の周辺領域での脳機能分布の精密な特定、術式選定における的確な評価・判断、脳機能領域を温存しつつてんかん焦点を切除する精巧な外科技術が前提となる。それに加えて、手術前後の機能評価および長期にわたる治療の継続のためには、脳外科医師のみならず、神経内科医師・精神科医師、看護・機能訓練スタッフをはじめとする専門家チームによる診療治療体制の確立が必要であることが、今回実証された。
その他のインパクト
てんかんの長期予後およびてんかん外科治療患者の術後社会復帰については、これまで調査研究が実施されたことがなかった。今回の成果は行政的に次の2点において重要性を有する。①てんかん外科治療効果、雇用状況、いずれの調査においても、一方の側からでは実態を把握することが不可能な現実の姿を、数的データの裏付けをもって掘り起し、可視化できた。②高度な医学水準をもって、医療的には解決可能な問題であっても、社会としての明確なコミットメントを伴わない限り、本当の意味での解決にはならない問題の存在を顕在化させた。

発表件数

原著論文(和文)
21件
原著論文(英文等)
15件
その他論文(和文)
20件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
39件
学会発表(国際学会等)
22件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
Araki K, Terada K, Usui K, et al.
Bidirectional neural connectivity between basal temporal and posterior language areas in humans
Clinical Neurophysiology , 126 (4) , 682-688  (2015)
10.1016/j.clinph.2014.07.020

公開日・更新日

公開日
2015-05-21
更新日
2017-05-23

収支報告書

文献番号
201224105Z