乗馬の活用によるリハビリテーションの効果に関する学際的研究

文献情報

文献番号
199800077A
報告書区分
総括
研究課題名
乗馬の活用によるリハビリテーションの効果に関する学際的研究
課題番号
-
研究年度
平成10(1998)年度
研究代表者(所属機関)
林 良博(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 村井正直(社会福祉法人わらしべ会)
  • 丸山仁司(国際医療福祉大学)
  • 伊佐地隆(茨城県立医療大学)
  • 滝坂信一(国立特殊教育総合研究所)
  • 増井光子(麻布大学獣医学部)
  • 松井寛二(信州大学農学部)
  • 太田恵美子(RDAJapan)
  • 近藤誠司(北海道大学大学院農学研究科)
  • 局博一(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生科学特別研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
乗馬の活用によるリハビリテーションの効果を科学的に解明することを目標に、患者の乗馬による変化の医学的、理学療法学的検討、実際に用いられている障害者用乗馬および一般乗馬の行動的、生理的特性、乗馬前後の騎乗者の生理的、精神的変化に関して、総合的な研究を行った。
研究方法
1)アスペルガー症候群男児の乗馬による集中力の向上について
わらしべ園で実施している乗馬に参加しているときの本児の様子の観察と母親との乗馬後の手紙等の意見交換からの洞察を行った。
2)障害者の乗馬前後の変化に関する研究ー乗馬療法の即時効果についてー
3例の障害者を対象に乗馬前後で、関節可動域測定、姿勢保持時間測定、重心動揺検査、統合されたものをみるパフォーマンステストとして移動スピード測定とペグボードテストの5種類3)乗馬による乗馬基本動作・手順の学習効果改善について
今まで経験したことがない乗馬という新しい活動を受け入れ、経験を重ねることにより、その手順を獲得していく過程を一年間観察記録した。乗馬の基本動作である馬に乗る、馬に乗っている、馬から下りる、という各ステージで必要な 活動内容を細分して各項目毎に評価した。
4)障害者乗馬に用いられる馬の行動学的特徴
器物および人の接近・接触による新奇刺激および非新奇刺激に対する馬の生理的、行動的反応を心拍数記録および行動観察にもとづいて行った。
5)乗馬がヒトの体各部筋運動に与える影響 
本研究では乗馬時の騎乗者の筋運動を、筋肉の荷重量ではなく稼働回数としてストレインゲージを用いたテープスイッチで測定し、一般的な歩行時と比較した。
6)乗馬による騎乗者の生体反応に関する研究
健常成人2名(女子23才、男子25才)および小児2名(いずれも女子6才、1名は左下肢の運動失調症をもつ)について、呼吸運動、心電図、関節運動、騎乗者の垂直方向の揺れをテレメーター法によって観察した。
7)木曽馬ならびに木曽種とトロッター種との半血種における自律神経機能、体型変化
実験1)木曽馬の妊娠経過時の母体並びに胎児心電図を記録し、母体心拍数(MHR)・胎児心拍  数(FHR)の変化の特徴を明らかにし、以前報告したサラブレッドの成績と比較した。また母体  の心拍変動解析による自律神経機能の評価も試みた。
実験2)木曽種と半血種の生理学的、体型的な特徴を把握するため、幼駒の成長に伴う体型の変化と心臓の心電図学的特徴の変化を比較研究した。
結果と考察
1)アスペルガー症候群男児の乗馬による集中力の向上について
注意力散漫で、乗馬時に変化や進歩が見られなかったアスペルガー症候群の男児(11歳)の乗馬プログラムで新にいくつかの試みを行った。その結果、本児がいくつかの乗馬技術を獲得でき、自信を得ることができた。乗馬そのものへの関心も強くなり、さらなる上達の可能性が広がった。
2)障害者の乗馬前後の変化に関する研究ー乗馬療法の即時効果についてー
被験者はいずれも乗馬後に、いくつかの成績が向上していた。筋緊張バランスの改善が姿勢バランスやパフォーマンス
の改善に結びつくことが示唆された。
3)乗馬による乗馬基本動作・手順の学習効果改善について
最重度の知的障害を持っている人にとっても、乗馬は、自発的な学習の場となり、そこで獲得されたことは生活面でも有効であることがわかった。
4)障害者乗馬に用いられる馬の行動学的特徴
乗馬に使用される馬は適正な調教や日常活動がなされていれば、それぞれの目的に合った性質を備えるように馴化していることが示唆されたとともに、とくに障害者乗馬の場合には広範囲の対人、対物的な刺激に対して動揺の少ない馬づくりが求められることがわかった。
5)乗馬がヒトの体各部筋運動に与える影響 
その結果、歩行時の運動量は騎乗時よりはるかに高く、騎乗時には歩行時にはあまり見られない部位の運動(背最長筋下部、内転筋)が稼働数として観察され、歩行時より左右の揺れや内転筋の怒張がより頻繁であることが示唆された。
6)乗馬による騎乗者の生体反応に関する研究
成人の場合、騎乗するだけで心拍数と呼吸数が明瞭に増加することがわかった。この増加には、騎乗動作による運動効果が反映していることも考えられるが、要因はそれだけでなく、騎乗によって目線が高くなったことや、これから始めようとすることに対する期待感や不安感などの心理的要因も含まれているものと推測される。常歩および速歩を行うと、心拍数、呼吸数はいずれも明瞭に増加したが、その程度は速歩でより大きく現れた。これらの反応は騎乗者の運動量の増大を反映しているものと思われる。常歩や速歩の発進直後から心拍数が速やかに増加した。速歩の終了後、呼吸数は比較的速やかにもとのレベルに戻ったが、心拍数はやや緩慢に減少していくこと  から、常歩から速歩にかけて高まった交感神経系機能が急激に低下することなく、徐々に安静レベルに復帰することが推測される。呼吸運動を成人2名の間で比較した場合、乗馬経験者は未経験者にくらべてそのリズムが規則正しいことがわかった。呼吸リズムは馬の歩様に対する身体反応を調節する上で重要な要素と思われる。
小児(6才)に対して行った実験結果では、2名とも乗馬中の心拍数、呼吸数に明瞭な増加反応が生じなかった。小児では成人に比べて騎乗中もリラックスしていることや、運動負荷の程度が  成人で行った実験に比べて小さかった可能性が考えられる。また、自律神経機能、とくに交感神経と副交感神経の緊張のバランスが成人のようには発達していない面も考えられる。
7)木曽馬ならびに木曽種とトロッター種との半血種における自律神経機能、体型変化
1)妊娠経過に伴ってMHRは漸増、またFHRは漸減した。これは各種家畜にみられる特徴であるが、サラブレッド種に比較し木曽馬のMHR・MHRはともに3~4拍(拍/分)高い値を推移した。
2)母体心電図のT波は多くの例で二相性を示した。T波の陰性成分は妊娠の進行に伴い減少し、一方T波の陽性成分は増加傾向を示した。
3)FFT各パラメーターは、131日と64日では有意な差は見られなかったものの、37日にはMHRの増加、CVR-Rの減少、LF成分およびHF成分の減少、LF/HF面積比の増加が観察された。また、この個体は夜間日常的に2度の房室ブロックが観察され、その出現回数は妊娠経過に伴い減少した。
4)横臥姿勢は妊娠の進行に伴い変化した。64日では横臥姿勢が腹臥位のみであるのに対し、37日では横臥位が頻繁に観察された。
5)2才馬の半血種の体高・尻高・体長は同年齢の木曽種に比べて有意に大きい値を示した。また,当才馬でも生後6カ月以降から体高・尻高・体長に2種間の違いが現れた。
6)2才馬の半血種間でも体重・胸囲・尻高・体高に差異が認められた。
7)心拍数は生後12日から33日で120拍/分前後であり,成長に伴い徐々に減少して12カ月齢をすぎた頃には30~40拍/分に落ち着いた。また成長に伴いPQ,QT間隔とP波,QRS  波の持続時間は明確に延長したが,木曽種と半血種の間では明らかな差違は見られなかった。P  波は2峰性を示すものが多く見られた。QRS波はrS型、T波は2相性を示すものが多く見られた。
8)木曽種及び半血種の成長(体重増加)に伴う心拍数の減少はサラブレッド種と比べてその減少の傾きは急峻であった。また,2才馬の体格の良い1頭で生後19カ月目から顕著な洞性徐脈が見られた。
結論
本年度の研究によって、以下の成果が得られた。
1)乗馬によって作業手順の学習効果が高まり、日常生活の上でもコミュニケーションをとりや  すくなる 2)脳性麻痺患者においても乗馬によって筋緊張バランスの改善がもたらされること  が示唆された。 3)情緒が安定する 4)乗馬は騎乗者に対してほど良い運動負荷を与え、呼  吸循環機能を活発にすること 5)障害者乗馬として使用可能な木曽馬や木曽馬とトロッターと  の半血種についての体型や自律神経機能が明らかになった。

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