認知症者における抑うつ・無気力に対する治療法に関するエビデンス構築を目指した研究

文献情報

文献番号
202217002A
報告書区分
総括
研究課題名
認知症者における抑うつ・無気力に対する治療法に関するエビデンス構築を目指した研究
課題番号
20GB1002
研究年度
令和4(2022)年度
研究代表者(所属機関)
井原 一成(国立大学法人 弘前大学 大学院医学研究科 大学院医学研究科社会医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 川勝 忍(公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター)
  • 大庭 輝(弘前大学 大学院保健学研究科)
  • 小林 良太(山形大学 医学部)
  • 鈴木 匡子(東北大学 大学院医学系研究科高次機能障害学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 認知症政策研究
研究開始年度
令和2(2020)年度
研究終了予定年度
令和4(2022)年度
研究費
9,608,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
認知症における抑うつと無気力の治療法に関するエビデンス構築には、両症状を適切に区別し治療研究を行う必要がある。本研究では、既存研究のエビデンスを吟味するとともに、両症状を適切に区別するための診断基準を設定し、病理学的な背景を考慮した神経基盤に基づき抑うつと無気力を区別する方法の開発にむけた調査を行う。
研究方法
文献調査により、認知症に伴う抑うつと無気力の概念を整理し、薬物療法と非薬物療法のシステマティックレビューを行った。また、認知症の抑うつと無気力を区別するための作業上のテストバッテリーを選定し、それを用いて、3つの診療機関で認知症患者の評価を行いながら、脳画像・バイオマーカーを収集し、また、抑うつや無気力を伴う認知症例の神経病理学的な検討から責任病巣の探索を行った。
結果と考察
認知症に伴う抑うつについてはアルツハイマー病(AD)用に、無気力についてはAD及びその他の認知症用に診断基準が発表されていた。両診断基準は、それまでの概念研究と臨床研究の到達点ではあったが、同質性が不十分な抑うつと無気力が同定されるものであった。本研究で用いる評価スケールは、それぞれの不十分な点、特に抑うつと無気力の鑑別を補うように、また、脳画像やバイオマーカーとテストバッテリーを構成することも念頭に選定された。
先行研究のレビューは、治療のエビデンスが未確立であることを明らかにした。組み入れ基準に適切な診断基準を採用し重症度を明示した研究が少ないが、そのシステマティックレビューは無気力の薬物療法としてmethylphenidateの有効性を示した。我々が新たに行った非薬物療法のシステマティックレビューでは、感情や刺激に焦点を当てたアプローチが抑うつと無気力に有効であった。最近行われたPlacebo研究と実薬間の比較研究とを統合するネットワーク・メタ・アナリシスは、認知症における大うつ病性障害(MD)には相当しない軽度のうつについては、Cholinesterase inhibitorが有効で、非薬物療法のcognitive stimulationと組み合わせることで症状改善効果が増すことを報告していた。しかしMD相当のうつの有効な治療法は示せなかった。我々が行った無気力の治療の新たなネットワーク・メタ・アナリシスは、methylphenidateの治療有効性を示した。
3施設で登録された認知症患者188人において、MD相当ではない軽度のうつの頻度が高く、主たる治療標的になることがわかった。MD相当のうつは、レビー小体型認知症(DLB)では2割近くに達したが、アルツハイマー型認知症(AD)では数%、特発性正常圧認知症(iNPH)では0%であった。無気力の頻度は、医師による判定で、DLBで37%、他の病型でも約15%で認められた。Dimensional Apathy Scale(DAS)総得点とその3つの下位尺度executive、emotional、initiationで評価した無気力の頻度は、それぞれ、22.3%、27.7%、1.1%、19.1%であった。
MD相当のうつも軽度のうつも認知機能と関係しなかった。医師の診断した無気力は、Frontal Assessment BatteryとMOCA-Jと関係した。うつと関係する脳画像・脳機能検査はなかったが、無気力はMRI での海馬の萎縮との関係していた。SPECT では、無気力と右の中心後回との関係が示された。無気力があると病型によらず、光トポグラフィー検査による前頭葉の反応性が低下しており、治療経過で改善する例では、光トポグラフィー検査の前頭葉の反応性も改善していた。病理学的な検討から、認知症の無気力は蓄積蛋白の種類にかかわらず前頭葉の病変と関係する傾向が示された。
健常高齢者を対象としたアンケート調査では、DASで評価した無気力のemotionalとinitiationが生活機能の情報収集や生活マネジメントに関する能力と、15項目版Geriatric Depression Scaleで評価した抑うつは社会参加と関連していた。また、抑うつと無気力は独立して生活機能に影響を与えることが示唆された。DASの短縮版はDASと同様に生活機能と関係していた。短縮版DASは、無気力の生活機能への影響をの実用性が示唆された。
結論
認知症では、頻度の高いMD相当ではない抑うつと無気力とが治療の主たる標的になる。既存研究のレビューから、Cholinesterase inhibitorと感情や刺激に焦点を当てた非薬物療法が抑うつを改善する可能性があり、同様の非薬物療法は無気力も改善する可能性がある。無気力には保険適用外のmethylphenidateの有用性が示された。前頭葉の機能及び病変は無気力関係し、抑うつとの鑑別に役立つ可能性がある。

公開日・更新日

公開日
2023-10-06
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2023-10-06
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

文献情報

文献番号
202217002B
報告書区分
総合
研究課題名
認知症者における抑うつ・無気力に対する治療法に関するエビデンス構築を目指した研究
課題番号
20GB1002
研究年度
令和4(2022)年度
研究代表者(所属機関)
井原 一成(国立大学法人 弘前大学 大学院医学研究科 大学院医学研究科社会医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 川勝 忍(公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター)
  • 大庭 輝(弘前大学 大学院保健学研究科)
  • 小林 良太(山形大学 医学部)
  • 鈴木 匡子(東北大学 大学院医学系研究科高次機能障害学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 認知症政策研究
研究開始年度
令和2(2020)年度
研究終了予定年度
令和4(2022)年度
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
認知症における抑うつと無気力の治療法に関するエビデンス構築には、両症状を適切に区別し治療研究を行う必要がある。我々は、両症状を区別して既存研究を吟味するとともに、病理学的な背景を考慮した神経基盤に基づく区別による治療戦略の構築を目指した。
研究方法
認知症に伴う抑うつと無気力の概念を整理し、薬物療法と非薬物療法の文献調査を行った。また、認知症の抑うつと無気力を区別するための作業上のテストバッテリーを選定し、3つの診療機関で認知症患者を抑うつと無気力の評価を行いながら、脳画像・バイオマーカーを収集するとともに、神経病理学的な検討から責任病巣の探索を行い、治療戦略を検討した。
結果と考察
認知症に伴う抑うつについてはアルツハイマー病(AD)用に、無気力についてはAD及びその他の認知症用に診断基準が発表されていた。両診断基準は、それまでの臨床研究の到達点ではあるが、同質性が不十分な抑うつと無気力が同定されるものであった。
先行研究のレビューは、治療のエビデンスが未確立であることを示した。少ないながらも組み入れ基準に診断基準または重症度を明示した臨床試験のsystematic review (SR)はADにおける無気力へのmethylphenidateの有効性を示していた。我々が新たに行った非薬物療法のSRは、感情や刺激に焦点を当てたアプローチが抑うつと無気力に有効であることを示した。最近行われたnetwork meta-analysis (NMA)は、認知症における軽度の抑うつについては、cholinesterase inhibitorが有効で、非薬物療法のcognitive stimulationと組み合わせることで有効性が増すことを報告したが、大うつ病性障害(MD)相当のうつの有効な治療法は示せていなかった。我々が新たに行った薬物療法のNMAは、認知症の無気力に対してmethylphenidateの有効性を示した。
3施設で登録された認知症患者188人の分析で、MD相当の頻度は4.3%で一般高齢者での有病率と同程度で、ADでの数%、特発性正常圧認知症の0%に対してレビー小体型認知症(DLB)では2割に近かった。構造化面接(Starkstein)を用いて医師が把握した無気力の頻度は、DLBが37%、他の病型では約15%であった。抑うつと無気力は、どちらも興味・関心の低下を含むので鑑別は重要な論点だが、MD相当と無気力(医師把握)の併存は、無気力全体の6%、MD相当全体の25%で、全てDLBであった。無気力は、MD相当に比べて、Frontal Assessment BatteryとMOCA-Jの値が低かった。
15項目版GDSとDimensional Apathy Scale(DAS)で評価した軽症の抑うつと無気力の頻度は、それぞれ14.4%と22.3%であった。アンケート調査で得た健常高齢者データとの比較で、認知症患者は、無気力の頻度が高く、executiveとinitiationとの無気力のサブタイプが強かったが、軽症うつの頻度に差はなかった。
抑うつと関係する脳画像・機能検査はなかったが、無気力はMRI での海馬の萎縮及びSPECTの右の中心後回の血流低下と関係し、前者の関係は特にinitiationでの無気力で強かった。無気力があると病型によらず、光トポグラフィー検査による前頭葉の反応性が低下しており、治療で改善する例では前頭葉の反応性も改善していた。病理学的な検討から、認知症の無気力は蓄積蛋白の種類にかかわらず前頭葉の病変と関係する傾向が示された。
結論
認知症では、重症の抑うつ(MD相当)の頻度は一般高齢者と同程度で、それに比べて無気力(医師把握)の頻度はかなり高かった。両症状は、大きな頻度差と少ない併存例から、医師が評価すれば症候学的区別は比較的容易であると考えられた。但しDLBでは、併存例を念頭に診療を行う必要がある。無気力は、前頭葉機能の低下傾向があり、神経心理検査や脳機能検査が診断に役立つ可能性がある。
両症状の治療のエビデンスはAD以外には少なかったが、本研究班が行ったSRとNMA及び認知症例の脳画像・機能および心理検査の検討から、認知症の重症度と病型別の治療試案を作成し、両症状の評価方法も提案した。GDSやDASで把握される高い頻度の両症状の中から臨床的意義のある症状を把握することがまず重要で、そうでない症状には薬物療法を避けるべきである。非薬物療法はどの病型・重症度でも有用である。無気力については、サブタイプ別に異なる神経基盤がある可能性があるので、それぞれに対応する非薬物療法の開発が求められる。世界的動向をみればmethylphenidateの治療研究開始も視野に入れるべきかもしれないが、その場合、無気力のサブタイプを考慮した標的設定が求められる。

公開日・更新日

公開日
2024-03-06
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2023-10-06
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

行政効果報告

文献番号
202217002C

収支報告書

文献番号
202217002Z