公的年金制度の所得保障機能・所得再分配機能に関する検討に資する研究

文献情報

文献番号
202201013A
報告書区分
総括
研究課題名
公的年金制度の所得保障機能・所得再分配機能に関する検討に資する研究
課題番号
21AA2008
研究年度
令和4(2022)年度
研究代表者(所属機関)
山田 篤裕(慶應義塾大学 経済学部)
研究分担者(所属機関)
  • 百瀬 優(流通経済大学 経済学部)
  • 永野 仁美(上智大学 法学部)
  • 四方 理人(関西学院大学 総合政策学部)
  • 田中 聡一郎(駒澤大学 経済学部)
  • 大津 唯(埼玉大学 大学院人文社会科学研究科)
  • 渡辺 久里子(神奈川大学 経済学部)
  • 藤井 麻由(北海道教育大学 教育学部国際地域学科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学総合研究(政策科学推進研究)
研究開始年度
令和3(2021)年度
研究終了予定年度
令和4(2022)年度
研究費
13,308,000円
研究者交替、所属機関変更
所属機関変更:渡辺久里子/国立社会保障・人口問題研究所 企画部 第1室長(令和3年4月1日~令和4年3月31日)/神奈川大学・経済学部・助教(令和4年4月1日~令和5年3月31日)

研究報告書(概要版)

研究目的
 公的年金制度がその制度目的を適切に果たすためには、社会保険として適当な設計を保ちつつ、国民の生活、就労、疾病、家族の在り方その他社会情勢の変化を適時に反映し、適切な保障内容と所得再分配機能の維持を図ることが望ましい。本研究は、そのような観点から老齢年金制度に関しては拠出側の経時的変化、障害年金制度に関しては海外制度・実務、障害者の生活・就労状況、遺族年金制度に関しては配偶者や親と離死別した者の生活・就労状況等を明らかにすることを目的とする。
研究方法
 令和4年度(2年目)は、文献・海外インタビュー調査を実施した他、引き続き、厚生労働省等所管の調査票情報や年金局保有の「匿名年金情報」に基づき、計量経済学的手法で分析した。
結果と考察
 老齢年金(主に拠出側)に関しては以下が明らかになった。就職氷河期世代男性の労働所得は低下し、世代内格差が拡大した。女性では逆に労働所得は上昇し、世代内格差は縮小した。一方、等価可処分所得の平均水準は男女とも他世代と遜色なかったが、世代内格差は拡大した。2000年代後半以降、厚生年金被保険者男性の労働所得階層間移動が減少し、実質的な労働所得格差は拡大した。過去2年間に免除・猶予・未納がある者の割合は第1号被保険者の半数を占めていた。国民年金保険料未納の動向に景気動向・制度変更という外生要因による免除・猶予適用状況が大きく作用している可能性が示唆された。老齢年金の受給資格期間が短縮された2017年8月以降、将来達成可能な受給資格期間が25年未満の人の未納率の低下速度が25年以上と比較し0.3~0.4%ポイント落ちた可能性がある。さらに高齢者の所得格差要因として、勤労所得(65歳以上、65歳未満)と財産所得の寄与が大きかったことも明らかになった。
 障害年金に関しては以下が明らかになった。精神障害3級の賃金率は低く、地域別最低賃金の影響を大きく受けていた。また身体障害者と同じ生活保護併給率にするには65歳未満の精神障害者の障害年金額を引き上げる必要がある。ただし、その場合には、就労率低下の可能性が懸念される。障害基礎年金のみの受給権者(第30条の4を除く)のうち、厚生年金保険料納付済期間が5年以上ある割合は4割前後、10年以上ある割合は2割前後であった。同じく20年以上ある割合は1割弱であった。一定以上の厚生年金保険料納付実績がある場合、肢体障害者、脳血管疾患、中枢神経の疾患、脊柱の疾患、障害等級1級で、障害基礎年金のみの受給権者となる確率が相対的に高かった。さらに独・仏・瑞3か国とも社会保険で運営される障害年金では、被保険者資格喪失後の保険事故発生でも、喪失後一定期間以内なら、保険給付対象としていることを確認した。
 遺族年金に関しては、現行制度の問題点の整理と共に、中高齢寡婦加算による遺族年金の増額は,受給者の就労行動に大きな影響は与えておらず、また受給者の経済状況への影響も見いだせないこと、等が明らかになった。
結論
 結論となる政策含意は以下の通りである。
 老齢年金(主に拠出側)に関しては、第1号被保険者の保険料負担能力の乏しさが示唆されたことから、免除・猶予制度の基準緩和や当該制度の申請主義、20~22歳への保険料賦課の在り方を再検討する余地がある。また国民年金保険料の未納割合の評価に当たっては、外的要因や制度変更がその動向に大きな影響を与えていることに留意する必要がある。同一生年度コーホート内での厚生年金被保険者間の再分配の余地が大きくなっている可能性も示唆される。
 障害年金に関しては、一般就労と負の相関があるとはいえ、所得保障機能として弱い。特に精神障害3級の賃金率は低く、不十分である。これらを踏まえ、障害年金を「稼得活動の制限」に対する給付の仕組みとする必要がある。さらに知的・精神障害者の増加に合わせ、障害年金と就労収入の調整方法と障害年金の防貧機能強化を再検討する余地がある。また一定以上の厚生年金保険料の納付記録を有しながら障害基礎年金のみの受給権者(第30条の4を除く)を減らすため、厚生年金保険のさらなる適用拡大が有効である。また海外の制度を踏まえると、被保険者要件(初診日要件)を柔軟化する方向での見直しを検討する余地もある。
 遺族年金に関しても、取り巻く環境変化や海外の制度を踏まえると、男女差の解消、一時的支援としての性格の重視、中長期的所得保障として遺児家庭への重点化、高齢遺族に対する給付見直しなどが求められる。寡婦年金廃止も一つの選択肢である。一方、遺族基礎年金の子の加算については第3子以降の加算額の引上げを検討する必要がある。なお遺族年金制度見直しを行う前提として、受給者の就労状況の継続的把握が必要となる。

公開日・更新日

公開日
2023-11-16
更新日
-

研究報告書(PDF)

研究成果の刊行に関する一覧表
倫理審査等報告書の写し

公開日・更新日

公開日
2023-11-16
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

文献情報

文献番号
202201013B
報告書区分
総合
研究課題名
公的年金制度の所得保障機能・所得再分配機能に関する検討に資する研究
課題番号
21AA2008
研究年度
令和4(2022)年度
研究代表者(所属機関)
山田 篤裕(慶應義塾大学 経済学部)
研究分担者(所属機関)
  • 百瀬 優(流通経済大学 経済学部)
  • 永野 仁美(上智大学 法学部)
  • 四方 理人(関西学院大学 総合政策学部)
  • 田中 聡一郎(駒澤大学 経済学部)
  • 大津 唯(埼玉大学 大学院人文社会科学研究科)
  • 渡辺 久里子(神奈川大学 経済学部)
  • 藤井 麻由(北海道教育大学 教育学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 政策科学総合研究(政策科学推進研究)
研究開始年度
令和3(2021)年度
研究終了予定年度
令和4(2022)年度
研究者交替、所属機関変更
所属機関変更:渡辺久里子/国立社会保障・人口問題研究所 企画部 第1室長(令和3年4月1日~令和4年3月31日)/神奈川大学・経済学部・助教(令和4年4月1日~令和5年3月31日)

研究報告書(概要版)

研究目的
 公的年金制度がその制度目的を適切に果たすためには、社会保険として適当な設計を保ちつつ、国民の生活、就労、疾病、家族の在り方その他社会情勢の変化を適時に反映し、適切な保障内容と所得再分配機能の維持を図ることが望ましい。本研究は、そのような観点から老齢年金については受給者のみならず加入者(拠出側)に関する経時的変化、障害年金については海外の制度・実務、障害者の生活・就労状況、遺族年金については配偶者・親との離死別者の生活・就労状況等を明らかにすることを目的とする。
研究方法
 1年目は必要な統計情報の目的外利用申請を行い、調査票情報を入手の上、各変数の整形等、委託先の協力も得てデータを整理、分析を開始した。また年金局保有の「匿名年金情報」解析のため、委託先を通じ、高度なセキュリティー環境を整備し、外部監査機関によりその妥当性を確認した。
 また遺族・障害年金等の海外調査に関しては既存の内外資料を整理した上、2年目実施の海外インタビュー調査案の策定、各国言語への翻訳と調査対象機関を選定した。
 2年目は海外文献調査や海外インタビュー調査実施のほか、調査票情報や匿名年金情報を活用した分析を行った。
結果と考察
 老齢年金(拠出側含む)に関し、現役世代の等価可処分所得の中央値は低下、資産貧困率は低・中所得層で上昇、生活水準は悪化した可能性があること、氷河期世代のその前後世代と比較した可処分所得格差の拡大、2000年代後半以降の厚生年金被保険者の労働所得(標準報酬)の階層間移動性の低下、老齢年金の受給資格期間短縮による未納率低下の緩和傾向、過去2年間に免除・猶予・未納期間がある者の割合は第1号被保険者の半数であること、高齢者の所得構成における65歳未満の勤労所得割合の低下と公的年金・恩給の役割増大、家族扶養による貧困削減効果が減退、公的年金による貧困削減効果も頭打ちになった結果、高齢死別女性の貧困率が上昇し、男女間の貧困率のギャップが拡大、部分繰下げ受給可能な高齢者は5割近く存在するが、継続就業・繰下げによる貧困削減効果は限定的であること、等が明らかになった。
 障害年金に関し、精神障害・知的障害の年金受給者増大により期待される所得保障の役割の変化、在宅障害者に対する公的年金や公的手当の所得保障機能が十分とは言い難いこと、精神障害者の賃金上昇に最低賃金引上げが影響を与えている可能性、厚生年金2級・3級の障害年金額を引き上げることは精神障害による年金受給者の就労率低下を伴う可能性があること、障害基礎年金のみの受給権者(第30条の4を除く)のうち、厚生年金保険料の納付記録を一定年数以上有している者の存在、独・仏・瑞における障害年金の位置付け、障害厚生年金の被保険者要件見直しの方向性、等が明らかになった。
 遺族年金制度に関し、受給者の就業率は女性全体に比べても高く、子のない場合や同居の親がいる場合は正規雇用率が高い一方、子の人数が多いほど非正規雇用率が高いこと、中高齢寡婦加算が受給者の就労に大きな負の影響を与えている可能性は低いこと、遺族年金制度にかかる個別論点、フランスの法制度から得られる示唆、等が明らかになった。
結論
 結論となる政策含意は以下の通りである。
 老齢年金に関し、部分繰下げ受給による防貧効果は就労収入のある貧困高齢者の2~3割にしか及ばず、就労延長は防貧の万能薬にはならない。家族による扶養機能低下は、死別高齢女性の貧困率の上昇要因で、離別女性の貧困率も高い。基礎年金水準引き上げや失業対策が高齢離死別女性の貧困対策として重要である。また第1号被保険者の保険料負担能力の乏しさは、免除・猶予制度の基準緩和や当該制度の申請主義、20~22歳への保険料賦課の在り方を再検討する余地を示唆する。
 障害年金に関し、一般就労と負の相関はあれ、所得保障機能として弱い。特に精神障害3級の賃金率は低く、不十分である。これを踏まえると障害年金を「稼得活動の制限」に対する給付の仕組みとする必要がある。さらに知的・精神障害者の増加に合わせ、障害年金と就労収入の調整方法の再検討と障害年金の防貧機能強化を検討する余地がある。
 遺族年金に関し、制度を取り巻く環境変化や海外動向を踏まえると、男女差の解消、一時的支援としての性格の重視、中長期的所得保障として遺児家庭への重点化、高齢遺族に対する給付見直しなどが求められる。寡婦年金は廃止も選択肢の一つである。一方、「子の加算」の増額、特に遺族基礎年金については第3子以降の加算額引上げを検討する必要がある。なお制度見直しの前提として、受給者の就労状況の継続的把握が必要である。

公開日・更新日

公開日
2023-11-16
更新日
-

研究報告書(PDF)

公開日・更新日

公開日
2023-11-16
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

行政効果報告

文献番号
202201013C

成果

専門的・学術的観点からの成果
 本研究は、公的年金制度における所得保障・再分配機能の検討に資する基礎資料を提供するため、大規模統計再集計に基づき、老齢年金制度に関し所得格差の要因・動向分析等、障害年金制度に関し必要な給付水準、就労率への影響、基礎年金のみの受給者の特徴等、遺族年金制度に関し受給者の就労行動・経済状況に及ぼす影響等、また海外調査に基づき独仏瑞3か国の遺族・障害年金制度の動向や各制度の論点等を明らかにした。いくつかの成果は『社会政策』『年金と経済』『障害法』『医療経済研究』『週刊社会保障』等に既に掲載されている。
臨床的観点からの成果
なし
ガイドライン等の開発
なし
その他行政的観点からの成果
 今後の年金制度改正の際の基礎資料として活用可能である。なお、年金制度においては、5年に一度財政検証を行い、それに基づき制度改正を行うことが通例となっている。次回の改正は、令和6年に予定されている。
その他のインパクト
 精神障害者雇用に関する研究が東洋経済オンラインのコラム(2023年7月5日、https://toyokeizai.net/articles/-/683190)および『週刊東洋経済』(2023年7月8日号)に取り上げられた。非正規雇用の厚生年金適用拡大のために最低賃金引き上げが重要であるとのコメントが『朝日新聞』(2023年7月20日朝刊6面)に掲載された。

発表件数

原著論文(和文)
18件
原著論文(英文等)
0件
その他論文(和文)
0件
その他論文(英文等)
0件
学会発表(国内学会)
5件
学会発表(国際学会等)
2件
その他成果(特許の出願)
0件
その他成果(特許の取得)
0件
その他成果(施策への反映)
0件
その他成果(普及・啓発活動)
0件

特許

主な原著論文20編(論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限る)

論文に厚生労働科学研究費の補助を受けたことが明記された論文に限ります。

原著論文1
大津唯
遺族年金受給者の就業状況に関する分析
社会政策 , 15 (2) , 21-32  (2023)
原著論文2
四方理人
年金受給開始年齢の引き上げと高年齢女性の就労
生活協同組合研究 ,  (556) , 40-45  (2022)
10.57538/consumercoopstudies.556.0_40
原著論文3
四方理人
賃金の軌道からみたライフコースでの賃金格差 : 年金保険料の記録データによる分析
週刊社会保障 ,  (3171) , 48-53  (2022)
原著論文4
四方理人
就職氷河期世代の所得格差
週刊社会保障 ,  (3234) , 42-47  (2023)
原著論文5
四方理人
公的年金支給開始年齢の引き上げと低所得問題
個人金融 , 18 (3) , 12-21  (2023)
原著論文6
四方理人・渡辺久里子
配偶関係別にみた高齢女性の貧困と公的年金制度
社会政策 , 15 (2) , 8-20  (2023)
原著論文7
田中聡一郎
日本の資産分配 : OECDの国際比較から
共済新報 , 63 (11) , 10-17  (2022)
原著論文8
田中聡一郎
高齢者の所得格差の要因分解
週刊社会保障 ,  (3232) , 48-53  (2023)
原著論文9
永野仁美
目的から考える障害年金の要保障事由
障害法 ,  (6) , 29-41  (2022)
原著論文10
藤井麻由・渡辺久里子
年金等が障害者の就労・家計に及ぼす影響
社会政策 , 15 (2) , 33-44  (2023)
原著論文11
百瀬優
寡婦年金・遺族基礎年金に関する論点と今後の見直しの方向性
週刊社会保障 ,  (3163) , 44-49  (2022)
原著論文12
百瀬優
遺族年金の性格と現行制度の課題
年金と経済 , 41 (3) , 3-9  (2022)
原著論文13
山田篤裕
老齢年金受給者の貧困リスクと公的年金の「部分繰下げ」受給の可能性
社会保障研究 , 7 (1) , 39-53  (2022)
10.50870/00000374
原著論文14
山田篤裕
公的年金の部分繰下げ受給による貧困回避の可能性
週刊社会保障 ,  (3199) , 42-47  (2022)
原著論文15
山田篤裕・荒木宏子
精神障害者雇用の急速な進展と賃金構造の変化:Blinder-Oaxaca 分解に基づく検証
医療経済研究 , 34 (2) , 68-86  (2023)
10.24742/jhep.2022.06

公開日・更新日

公開日
2023-11-16
更新日
-

収支報告書

文献番号
202201013Z
報告年月日

収入

(1)補助金交付額
17,300,000円
(2)補助金確定額
17,300,000円
差引額 [(1)-(2)]
0円

支出

研究費 (内訳) 直接研究費 物品費 422,067円
人件費・謝金 402,108円
旅費 62,660円
その他 12,423,805円
間接経費 3,992,000円
合計 17,302,640円

備考

備考
2640円は自己資金である。

公開日・更新日

公開日
2023-12-19
更新日
-