溶存有機物(DOM)分画手法による水道水源としての湖沼水質の評価およびモニタリング

文献情報

文献番号
200301370A
報告書区分
総括
研究課題名
溶存有機物(DOM)分画手法による水道水源としての湖沼水質の評価およびモニタリング
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
今井 章雄(独立行政法人国立環境研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松重一夫(独立行政法人国立環境研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 がん予防等健康科学総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
9,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
今日、社会・産業活動の高度化に伴う水使用量の増加により、水道水源として河川自流水の占める割合が低下し、ダム・湖沼を水源とする割合が増えている。ダム・湖沼の水は必然的に植物プランクトン等に由来する有機物の影響を受けたものとなる。結果、有機物濃度の高い水道水源水をますます使用しなければならない。浄水過程の塩素殺菌処理プロセスにおいて、溶存有機物を前駆物質として、発ガン物質であるトリハロメタン等の消毒副生成物の生成に伴う健康リスクの増大が懸念されている。
わが国において、トリハロメタン生成能に関する研究は1970年代から80年代初めに盛んに実施された。結果、湖沼・河川水中の主要なトリハロメタン前駆物質はフミン物質であると結論された。しかしながら、天然水中から溶存態のフミン物質を分離・抽出する手法が確立されたのは1980年代中頃である。従って、既存報告は全て“フミン物質が優占している"という仮定の下になされたものと言える。このことは溶存有機物の組成は全く考慮されていなかったことを意味する。このような状況では、水道水源としての湖沼水質の保全や浄水プロセスの最適化は極めて困難と判断される。早急に、湖水溶存有機物の組成を考慮した湖沼水質評価およびモニタリングを実施する必要がある。
本研究の目標は、湖水および流入河川水等を採取し、溶存有機物(DOM、dissolved organic matter)分画手法よる特性把握、DOMおよび各画分のトリハロメタン生成能測定および活性炭吸着能測定等により、湖の栄養状態の違いやDOM組成が水道水源としての湖沼水質に及ぼす影響を評価することである。
具体的な目的は以下の3つである:[1] 対象湖沼として富栄養湖の霞ヶ浦、中栄養湖の琵琶湖、貧栄養湖の十和田湖等を選択し、湖水および主要な流入河川水等を採取し、ろ過後に易分解性-難分解性、疎水性-親水性、酸性-塩基性の違いに基づいたDOM分画手法によりDOM組成等(DOMおよび難分解性DOMの分画分布、紫外部吸光度特性、分子量分布等)を明らかにして、湖沼の栄養状態による違い、DOM特性に関する湖沼と河川水の違い、季節的・場所的な変動等を把握する;[2] [1]で得られた各サンプルおよび各画分のトリハロメタン生成能を測定・評価する;[3]湖水および河川水DOM、フミン物質等の各画分の活性炭吸着能および凝集沈殿特性を評価する。
研究方法
[湖水・河川水サンプル採取]霞ヶ浦の湖内6地点および4つの主要流入河川で毎月水サンプルを採取した。湖水は2-meterのアクリル樹脂製カラムサンプラーで採取し、熱処理した(450℃、4時間)1-literのガラス瓶に入れ、クラーボックス中で氷冷状態のまま実験室に持ち帰った。水サンプルは熱処理した(450℃、4時間)Whatman GF/Fフィルターでろ過した後、同様に熱処理したガラス瓶に3℃で保存した。直ちに実験できない場合には、塩酸で洗浄したポリカーボネト瓶に入れ-30℃で凍結保存した。河川水サンプルは塩酸洗浄したポリカーボネイト瓶に採取し、湖水の場合と同様に処理・保存を行った。ろ過サンプルをDOM分画手法に供した。
[植物プランクトン由来DOM採取]霞ヶ浦で優占する藍藻類3種(Microcystis aeruginosa、Anabaena flos-aquae、Oscillatoria agardhii)を、極力DOM濃度を低く抑えた培地で無菌単藻培養し、培養後の培地を熱処理したWhatman GF/Fフィルターでろ過した後にDOM分画手法に供した。さらに、DOM、フミン物質および親水性画分(=親水性酸+塩基物質+親水性中性物質)のトリハロメタン生成能を測定した。供試藻類としては(独)国立環境研究所系統微生物保存施設から分与された無菌単藻株を用いた。水サンプルは直ちに実験できない場合には塩酸で洗浄したポリカーボネイト瓶に入れ-30℃で凍結保存した。
[DOM分画手法]DOM分画手法は、長期間(100日間)分解試験(易分解性-難分解性の切り口)と樹脂吸着分画手法(疎水性-親水性、酸性-塩基性の切り口)からなる。樹脂吸着分画手法は3種類の樹脂(非イオン性、陽イオン交換、陰イオン交換)を用いて、DOMを5つに分画する:フミン物質、疎水性中性物質、親水性酸、塩基物質(≒親水性塩基物質)、親水性中性物質。分画後に各画分の溶存有機炭素(DOC)濃度、紫外部吸光度、分子量分布、トリハロメタン生成能等を測定した。
結果と考察
霞ヶ浦湖水中のDOM成分(生分解試験前)としてはフミン物質と親水性酸が卓越していた(フミン物質29% vs. 親水性酸44%)。この二つの画分でDOMの70%以上を占めており、特に親水性酸の存在比が大きかった。河川水でもフミン物質と親水性酸が優占していたが、湖水と比較してフミン物質の割合が高く親水性酸のそれは低かった(フミン物質34% vs. 親水性酸40%)。霞ヶ浦湖水と流入河川水のDOM分解性を比較したところ、湖水は非常に難分解性であることが明らかとなった。湖水DOMの平均分解率は10%で、河川水DOMの平均分解率31%よりも顕著に低い値を示した。湖水と河川水ともに、難分解性DOMとしてはフミン物質と親水性酸が優占していた。湖水では親水性酸が依然として優占し、一方、河川水ではフミン物質と親水性酸の存在比がほぼ同じ値となった。従って、湖水においては親水性酸、河川水ではフミン物質と親水性酸が代表的な難分解性DOMと言える。
霞ヶ浦6地点全てにおいて親水性画分のTHMFP(micro-mol/mgC)のほうがフミン物質のTHMFPよりも大きな値を示した。親水性画分のDOC濃度はフミン物質の約2倍である。従って、明らかに、霞ヶ浦湖水においては、親水性画分のほうがフミン物質よりも重要なトリハロメタン前駆物質であると結論される。霞ヶ浦においてDOM、フミン物質および親水性画分のTHMFPは流下方向に沿って低下する傾向を示した。DOMコンポーネントの特性が湖水流下に伴って変化していると言える。
藍藻類由来DOMとしてはフミン物質ではなく親水性DOMが優占していた。DOM分画分布は種によって顕著に異なった。M.aeruginosa由来DOMでは親水性酸と親水性中性物質、A.flos-aquae由来DOMでは親水性酸が優占していた。一方、O.agardhii培養培地では塩基物質の存在比が顕著に高かった。フミン物質の存在比は10%以下と非常に低かった。
藍藻類由来DOMの分解率は種によって異なった。M.aeruigonsa由来DOMの分解率は平均47%、A.flos-aquaeでは平均53%であった。一方O.agardhii由来DOMはほとんど分解された(平均92%)。M.aeruginosa由来DOMでは分解後に親水性酸の存在比が顕著に増大した。A.flos-aquae由来DOMでは生分解を経ても親水性酸が優占していた。藍藻類由来の難分解性DOMとしては親水性酸が卓越して存在すると示唆される。
藍藻類由来DOMのトリハロメタン生成能(THMFP, micro-mole/mgC)は、主に親水性DOMに由来することが明らかとなった。藍藻類由来DOMのTHMFPは種によっても違いがあった。DOMと親水性画分の THMFPはO.agradhiiがM.aeruginisaとA.flos-aquaeよりも顕著に大きかった。反対に、フミン物質のTHMFPではM.aeruginosaとA.flos-aquaeの方がO.agardhiiよりも大きな値を示した。O.agardhii由来DOMの場合、生分解前後でTHMFPに顕著な変化は認められなかった。M.aeruginosaやA.flos-aquae由来DOMでは、生分解によって、DOM、フミン物質、親水性画分のTHMFPが著しく減少した。
結論
霞ヶ浦湖水および流入河川水ではDOMとしてフミン物質と親水性酸が優占していた。河川水よりも湖水で親水性酸の存在比は高かった。湖水DOMは河川水DOMよりも難分解性であることが明らかとなった。難分解性DOMとしては、湖水で親水性酸が優占し、河川水ではフミン物質と親水性酸の割合はほぼ同じであった。
霞ヶ浦湖水では親水性画分のTHMFPはフミン物質のそれよりも顕著に大きかった。DOM、フミン物質、親水性画分のTHMFPは湖水流下過程において減少した。
藍藻類由来DOMのほとんどは親水性DOMであった。M.aeruginosaやA.flos-aquae由来DOMは40%~50%分解率であったがO.agardhii由来DOMは90%以上分解した。難分解性DOMとしては親水性酸が卓越していた。
藍藻類由来DOMのTHMFPは親水性画分、すなわち親水性DOMによって規定されると示唆された。藻類由来DOM、フミン物質、親水性画分のTHMFPは生分解によって低下した。

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