保健サービスの費用対効果・医療費減少効果に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301338A
報告書区分
総括
研究課題名
保健サービスの費用対効果・医療費減少効果に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
辻 一郎(東北大学大学院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 がん予防等健康科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,640,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、以下の3点を定量的かつ実証的に明らかにすることである。第1に、 平成7年より継続している5万人規模の国保加入者の追跡調査(大崎国保加入者コホート研究)をもとに、既往歴・健康診査結果や生活習慣が医療費に及ぼす影響。第2に、70歳以上の住民に運動訓練を始めとする保健サービスを実施して、これらの医療費に対する影響。第3に、診療報酬請求明細書(レセプト)の解析をもとに、生活習慣病の合併症が医療費に及ぼす影響。これにより「健康日本21」を始めとする生活習慣病対策の理論的根拠を提出するとともに、保健医療資源の効果的かつ効率的な運用策を立案する際の基礎資料を提供することを目指すものである。
研究方法
(1)大崎国保加入者コホート研究:宮城県の大崎保健所管内に住む40歳から79歳の国民健康保険加入者全員を対象に、平成6年9月から12月に生活習慣などのベースライン調査を行い、平成7年1月以降の医療利用状況を追跡している。52,029人 (対象者の約95%) から回答を得た。追跡調査では、平成7年1月から宮城県国民健康保険団体連合会からデータ提供を受けて、上記対象者の入院・入院外受診日数と医療費、死亡・転出状況を追跡している。これをもとに、以下の解析を行った。・基本健康診査結果とその後の医療費との関連:ベースライン調査回答者のうち、平成7年度基本健康診査を受けた13,286名について、血圧値、血糖値、血清トリグリセリド値、血清総コレステロール値の各レベル別に、平成7年1月から8年間の1ヶ月あたり平均医療費を計算した。・地域高齢者の抑うつと医療費との関連:2002年「鶴ヶ谷寝たきり予防健診」を受診した70歳以上住民のうち医療費調査に同意した国保加入者768名を対象に、抑うつ尺度(GDS)得点別に、その後の医療費との関係を検討した。(2)虚弱高齢者に対する運動訓練の効果(医療費を含む)に関する研究:仙台市宮城野区鶴ヶ谷地区の70歳以上住民に平成14年7月から8月に「寝たきり予防健診」を実施した。受診者1,198名(受診率43.8%)のうち、運動機が低下している414名に運動訓練への参加を募集し、86名が参加した。運動訓練は同年10月から翌年4月まで週1回2時間ずつ実施した。これをもとに以下の解析を行った。・医療費に対する効果:医療費情報の閲覧に同意した71名を対象に、平成14年8月から12ヶ月間の入院・外来の受療日数と費用を調査した。これにより、運動訓練参加の前後で医療費を比較した。・運動機能と生活の質に対する効果:6ヶ月間の運動訓練の前後で、日本語版EuroQolと日本語版SF-36Version2.0に回答してもらい、運動訓練がQOLに及ぼす効果を検討した。(3)生活習慣病の医療費構造に関する研究:宮城県内の7市町村で、10月診療分の全国保レセプトに記載された傷病名すべてを電子ファイルに登録した。平成14年5月に診療を受けた17,994人を対象に、データを連結不可能匿名化した。糖尿病及び関連疾患の疾病名が記載されていた2,999人を対象に、糖尿病の3大合併症である腎症、神経障害、網膜症が医療費に及ぼす影響程度を重回帰分析により解析した。(4)倫理上の配慮:本研究は医療費というセンシティブな個人情報を取り扱うため、対象者個人の利益と権利を侵害することのないように最大限の配慮を払うべきである。各研究での倫理上の配慮と措置について述べる。なお、これら全てが東北大学医学部倫理委員会で承認されている。・大崎国保加入者コホート研究:医療費データの追跡に関する書面での同意は得ていないが、ベースライン調査時に、医療費の追跡について口頭で説明している。調査対象者は、自由意思によりアンケート調査に回答しており、それをもって間接的な同意と解釈できる。宮城県国保
連合会から提供されている情報は、入院・入院外別受診日数と医療費のみであり、傷病名の情報はない。生活習慣データ・医療費データの全ファイルから個人名を削除している。両データファイルのリンケージは、国保番号をキー・コードとして行っている。主任研究者は国保番号と個人名との対照表を保有しているが、厳重な施錠の下で管理しており、通常は閲覧できない。以上より、データ処理は匿名化に極めて近い状況で行われている。・虚弱高齢者に対する運動訓練の効果(医療費を含む)に関する研究:運動訓練への参加、医療費データ・診療記録の閲覧とも、十分な説明に基づいて書面による同意を得ている。・生活習慣病の医療費構造に関する研究:宮城県国保連合会から主任研究者へのデータ提供にあたり、以下の措置を取った。第1にレセプト情報の提供に関する同意を保険者たる地方公共団体長から書面で得た。第2に、宮城県国民健康保険団体連合会は、対象者の氏名、生年月日、国保番号を削除(連結不可能匿名化)したうえで、データを提供した。第3に、提供情報の取扱・保管にあたって、情報処理に関わる実務担当者の制限、情報の施錠保管など厳格な管理下に扱い、提供された情報を目的外利用することの禁止を取り決めた。以上より、倫理面の問題は存在しない。
結果と考察
(1)大崎国保加入者コホート研究による解析:以下の結果を得た。・基本健康診査結果とその後の医療費との関連: 140/90mg/Hg未満群に比べて180/110mmHg以上群では、総医療費は1.4倍、死亡リスクも約2倍に上昇した。血糖値は、死亡リスク、総医療費の双方との間で直線的な関係を示した。1ヶ月の平均総医療費は、100mg/dl未満群の23,212円に対し、100-200g/dl群で1.1倍、200g/dl以上群では1.5倍であった。血清トリグリセリド値は、死亡リスク・医療費と有意な関連がなかった。血清総コレステロール値140mg/dl以下群では、死亡リスク・医療費が有意に増加した。300mg/dl以上の群で医療費が増加する傾向があったが、有意ではなかった。・地域高齢者の抑うつと医療費との関連: 1人あたり平均総医療費は、中等度~重度抑うつ群で正常群より1.5倍程度増加した。抑うつ群での医療費の上昇は、入院率の上昇・入院日数の延長によることが示唆された。(2)虚弱高齢者に対する運動訓練の効果(医療費を含む)に関する研究:以下の結果を得た。・医療費に対する効果:運動訓練開始直後の平成14年10月から12月まで医療費が増加し、15年3月が最も高かった。その後、運動訓練が終了した4月から6月まで、医療費は減少を続けた。・運動機能と生活の質に対する効果:訓練参加者全体では、EuroqolもSF-36も運動訓練の前後で有意な変化はなかった。しかし、QOLの改善率は訓練前の値と有意な負の相関を示し、訓練参加前にQOLが低下していた者ほど、その改善が大きかった。このことより、今回の運動訓練がQOLの低い高齢者に対して有効である可能性が示唆された。(3)生活習慣病の医療費構造に関する研究:以下の結果を得た。糖尿病の3大合併症(腎症、神経障害、網膜症)が医療費に与える影響を重回帰分析により解析した結果、医療費増加の程度は、腎症(53,311円)で最も高く、次いで網膜症(41,502円)でも有意な医療費増加があった。神経障害の有無は医療費と関連しなかった。本研究対象者の男女構成および平均年齢をモデルに代入したところ、合併症を有していない糖尿病患者の1人当たり1ヶ月の平均医療費67,847円に対して、腎症を有する者で121,158円(1.8倍の医療費増加)、網膜症を有する者で109,349円(1.6倍)となった。糖尿病患者の医療費全体のうち、腎症医療費は7.0%、網膜症医療費は4.6%を占めていた。
結論
保健サービスの費用対効果・医療費減少効果を定量的かつ実証的に示すことを目的として、生活習慣・基本健診結果などが医療費に及ぼす影響に関する研究(大崎国保加入者コホート研究)、高齢者に対する運動訓練の効果に関する総合的な評価研究、レセプト全傷病登録による生活習慣病の医療費構造に関する研究を実施した。基本健康診査結果とその後8年間の医療費との関連について解析した結果、医療費は、血圧140/90mg/Hg未満群
に比べて180/110mmHg以上群では1.4倍、血糖値100mg/dl未満群に比べて200g/dl以上群では1.5倍も増加していることが判明した。70歳以上の虚弱高齢者に約6ヶ月間運動訓練を実施したところ、運動機能だけでなく、生活の質の改善や外来医療費の減少など多面的な効果が観察された。糖尿病患者において、腎症を合併する者では(合併しない者より)1.8倍、網膜症を合併する者では(同)1.6倍も医療費が増加しており、合併症の存在が糖尿病医療費に及ぼす影響が実に大きいことが示された。以上より、疾病予防と健康増進に向けた保健サービスは、人々の健康レベルを改善してQOLを高めるだけでなく、同時に社会保障資源に対しても有益な影響を及ぼすことが示唆された。今後さらに研究を深めることにより、保健医療資源の効果的かつ効率的な運用に関する基礎資料の提供、さらには予防医学のさらなる拡充に向けた政策提言を目指すものである。

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