地域における長期的な循環器疾患予防対策が高齢者のADL、QOLおよび医療費に及ぼす影響

文献情報

文献番号
200301336A
報告書区分
総括
研究課題名
地域における長期的な循環器疾患予防対策が高齢者のADL、QOLおよび医療費に及ぼす影響
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
磯 博康(筑波大学)
研究分担者(所属機関)
  • 嶋本喬(大阪府立健康科学センター)
  • 大久保一郎(筑波大学)
  • 今井潤(東北大学大学院)
  • 佐藤眞一(大阪府立健康科学センター)
  • 岡村昌幸(秋田県由利地域振興局福祉環境部)
  • 藤枝隆(茨城県水戸保健所)
  • 石川善信(高知県中央東保健所)
  • 宮川幸昭(長野県伊那保健所)
  • 岡田克俊(愛媛大学)
  • 高橋秀人(筑波大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 がん予防等健康科学総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,350,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の地域での長期的な循環器疾患予防対策が、循環器疾患の死亡のみならず、65歳以上の高齢要介護者の有病率、在宅要介護者を介護する人のQOL、および高齢者一人当たりの国民健康保険費の推移に及ぼす影響に関して対照地域を設けて比較し、地域の予防対策の効果を定量的に分析することを目的とする。
脳卒中は、患者本人のADLの障害のみならず、介護者の身体的・精神的負担やQOL低下を及ぼす疾患であることから、要介護者が多い高齢者のADL、QOLおよび医療費への影響に焦点をあてて予防対策の効果を分析する必要性がある。とりわけ、平成12年度より介護保険が開始されるにあたり、予防対策が介護保険の負担軽減に及ぼす影響を検討することは急務である。
本研究はわが国において保健所、市町村、医師会、健診機関、研究機関の組織的な協力のもとに長期間継続してきた予防対策事業を客観的に評価し、効果的な予防対策の方策を体系化するものである。特に、これまで諸外国でもほとんど行われていなかった高齢者のADL、QOL、医療費への影響を9つの対策地域において対照地域と比較分析することは、高齢者の保険・医療・福祉に係わる効果的な地域保健サービスに関する新しいメタアナリシスとして位置づけることができる。また、効果的な予防対策の内容を体系的に整理することにより、わが国での客観的なデータに基づいた提言を行うことが可能になる。その結果、循環器疾患予防対策を今後更に進めていく上での施策に反映でき、地域保健の向上に貢献できる。
研究方法
本研究は地域における循環器疾患予防を中心とした保健サービスの評価のため、対策地域における三次予防を含む保健サービス体制を把握、整理し、下記のテーマを3年計画で総合的に進める。対象とする予防対策地域は12年以上(12~37年)対策を継続している地域で、秋田県I町(人口7千人)、秋田県H市I地区(3千人)、岩手県O町(8千人)、茨城県K町(1.8万人)、茨城県I町(2.3万人)、長野県T町(7千人)、高知県N町(1.2万人)、大阪府Y市M地区(人口2.3万人)、愛媛県O市(3.9万人)の9地域である。対照地域は対策地域の同一医療圏の地域とする。磯は研究の立案、調整、総括を、大久保は経済評価を、高橋は統計解析を、その他の研究者は担当する地域での対策の実施、評価にあたる。
1) 循環器疾患、全死亡率の推移 
対策地域と対照地域における1970年代以降の循環器疾患(脳卒中、虚血性心疾患、高血圧性疾患)並びに全死因の死亡率の動向を比較するため、予防対策地域と対照地域の人口動態統計(死亡)データの目的外使用申請承認を得たのち、分析を行った。また、死亡率推移の背景把握のため、循環器疾患予防を中心とした、保健サービス体制の内容、実施状況を把握・整理を行った。その際、定性的な記述のみにとどまらず、一次・二次予防対策や三次予防である要介護者に対する地域ケア対策の強度を比較するため、厚生科学研究(H10-健康-009)の方法等で定めた基準で情報を収集した。
2) 高齢要介護者の有病率
対策地域とそれぞれの対照地域において、高齢要介護者の有病率を算出するため、平成12~14年度の第1号介護保険認定者のデータを収集し、分析した。
3)在宅高齢要介護者の介護者の負担、QOLの調査
対策地域において、在宅の介護保険認定者の主介護者に対して、介護による身体的、精神的な負担、QOLに関する調査を行うため、妥当性が充分に検討されているZBI(Zarit Caregiver Burden Interview)の質問表(日本語改訂版)を用いた調査を実施した。
4)国保医療費の長期的な推移  
対策地域とそれぞれの対照地域において、対策開始年から現在までの国民健康保険による医療費(入院・入院外別)データを収集し、分析した。
5)予防対策の費用-効果分析 対策地域の中で特に集中的に対策を行った地域とそうでない地域での高血圧対策(健診による高血圧者の把握と高血圧者への治療、生活指導)に要した費用の差と、脳卒中の発症数もしくは脳卒中による寝たきり数(人口、性、年齢を調整)の差を分析し、脳卒中の発症あるいは脳卒中による要介護を一人抑えるためにかかる費用を算出した。
倫理面への配慮
人口動態統計の活用に際しては地域の各種疾病の死亡率の算出が目的であり、個人同定情報(個人ID)は用いない。高齢者のADL、介護者の身体的、精神的負担、QOLに関する調査成績は各市町村において、外部からは特定できないID番号に基づいて入力を行い、解析事務局では名前、住所等を削除したデータファイルを用いて集計・解析を行った。高齢者の医療費のデータは各県が公表しているデータを用い、地域単位での集計を行った。予防対策の費用・効果分析においても地域単位のデータを用いた。本研究は、筑波大学医の倫理特別委員会の承認を得た。
結果と考察
高齢者におけるADLの調査はこれまで一部の地域にのみ実施されたにとどまり、痴呆の実態や医療費についての調査はこれまで系統的には行われていない。そこで、本研究は上記の地域を含めた9つの対策地域と同一医療圏の対照地域において、高齢者のADL、痴呆、QOL、医療費に関する調査を実施し、長期的な予防対策がこれらの保健・医療・経済指標に及ぼす影響を分析することとし、循環器疾患の死亡データ、介護保険認定者のデータ、国民健康保険による医療費のデータの収集、在宅高齢要介護者の介護者の負担調査、並びに予防対策の医療経済学的分析を実施した。循環器疾患の長期的な予防対策地域は、対照地域に比べ、概ね脳卒中の年齢調整死亡率や要介護者の認定率が低かった。介護負担は、要介護度の高いことに加え、痴呆の存在が重要な決定要因であった。国保医療費の長期的な推移に関しては、各地で対策地域は対照地域に比べ、医療費の伸びが概ね抑制されていることが示された。この推移は、典型的にはまず入院医療費の抑制が先行し、遅れて入院外医療費の抑制効果が認めるパターンであった。費用-効果分析により、循環器疾患のうち、日本人に多発しADLの影響が最も大きい脳卒中を年間1人予防するための、高血圧の治療費を含めた保健活動費用の算出を試みたが、保健活動を集中的に行った方が長期的な費用は少ないことが明らかとなり、費用効果分析を行うまでもなく集中的な保健活動の財政負担の軽減効果が明らかになった。しかし、これらの効果が生じるまでに要した期間は、対策開始から10~20年程度であり、短期間で評価した場合は、むしろ保健指標が一過的に悪化することのあることが示された。対策の浸透にしたがって、これらの指標は多くの場合好転した。
結論
循環器疾患の長期的な予防対策地域は、対照地域に比べ、概ね脳卒中の年齢調整死亡率や高齢要介護者の有病率が低く、国保医療費も概ね低く抑制されていた。介護負担は、要介護度の高いことに加え、痴呆の存在が重要な決定要因であった。保健対策の医療経済学的分析により、保健活動を集中的に行った方が長期的な費用は少ないことが明らかとなった。しかし、これらの効果が生じるまでに要した期間は、対策開始から10~20年程度であり、保健対策事業を展開していく上では、一過的な入院外医療費の増加、高血圧患者の把握増加に伴う短期間の財政支出の増大などに惑わされぬよう、長期的な視野に立った施策が求められる。

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