生活環境汚染物質による小児での毒性評価のための免疫指標の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301313A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境汚染物質による小児での毒性評価のための免疫指標の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
吉田 貴彦(旭川医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大沢基保(帝京大学薬学部)
  • 小島幸一(食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 手島玲子(国立医薬品食品衛生研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
12,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
個体の生体組織・機能の発育段階である胎児期から小児期にかけては環境有害因子などに対して感受性が高い時期(critical window)と考えられている。さて、免疫機構は外界からの影響に対抗する生体防御の中でも極めて重要な位置を占める。免疫機構とその機能は複雑系故に環境化学物質や薬物の有害影響に影響されやすい。そのため、環境因子の影響を評価するための指標としての有用性が指摘されてきた。本研究では、免疫影響指標が小児を取り巻く生活環境中有害因子による生体影響評価のマーカーとして実用化可能であることを確認する。そのため、同一地域での経時的な指標の動向および環境要因と免疫影響指標との相関を検討する。さらに、ヒトが環境から受ける影響が母体中にあって既に経胎盤的に始まっていることから、出生時の臍帯血を用いての免疫影響指標の確立も目指す。
研究方法
免疫指標の再現性を確認するために、昨年に引き続き、東京都H市及び北海道A市の2ヶ所の保健センター・保健所において3歳児健診時に併せて調査を実施した。免疫影響指標として総IgE抗体、アレルゲン別特異的IgE抗体(吸入アレルゲン:コナヒョウヒダニ、ハウスダスト、ネコ表皮、食餌アレルゲン:牛乳、卵白、大豆、小麦)、抗麻疹IgG抗体、抗風疹IgG抗体、IL-4およびIFN-γ mRNA発現量、IL-4/IFN-γmRNA発現比率を測定した。放射光分析により血液中金属量の測定を行い環境汚染物質への曝露の客観的環境因子とした。また、アンケート調査から、個人一般情報、家屋外・内の生活環境に関する情報を得た。アンケート調査からアレルギー関連症状の有無、アレルギーの診断の有無を得て主観的な免疫影響指標として用いた。生活環境について、屋内環境項目として新築家屋居住歴、家屋形態(木造、コンクリート造)、家屋床材質(ダニが発生しやすい、じゅうたん・畳の有無)、寝具形態(布団またはベッド)、室内飼育ペットの有無、間接喫煙因子としての同居喫煙者数、室内空気汚染の原因となる排気が室外に出ない暖房器具の使用、屋外環境項目として、交通量の多い幹線道路への近接居住(およそ100m以内)、大規模プラントへの近接居住(およそ100m以内)の情報を得て、また、地区毎の大きな環境要因として行政により測定・公表される大気汚染測定データを得た。以上の免疫影響指標と環境因子との相互の関連について検討する事によって、免疫影響指標が環境リスクを反映することの可能性について検討した。
また、旭川医科大学産婦人科にて出産をした妊婦に対して妊娠後期に調査への同意を得て、アンケート調査を行い、出産時に臍帯血を採取し、胎児(出生時)での免疫影響検索法の確立について検討した。血清IgG、IgM、IgE、IgA、コレクチンの一種であるPS-AおよびMBL、IL-4およびIFN-γmRNAの発現量を測定した。生活環境要因としては、妊娠中の母体の嗜好、小児でのアンケートと同様の生活環境についてアンケート調査によって情報を得るとともに、客観的環境指標として臍帯血中金属について放射光分析を行った。環境因子について免疫影響指標との相互の関連について検討する事によって、新生児における免疫指標の環境リスク検出のための有効性について検討した。A市において全区域を12に分割し、それぞれの地域在住者について免疫指標を検討し、より狭い地域での家屋外環境要因との相関について検討した。
結果と考察
2003年10、11月に東京都H市保健センターおよび北海道A市保健所において実施された3歳児健診受診者を対象として、前者60名の協力者のうち採血不可能者13名を除く47名、後者106名の協力者のうち採血不可能者7名を除く99名について調査を行った。アンケートから得られる家屋内および家屋外環境および大気汚染測定データ、血中金属量を環境要因とし、免疫影響指標との間で相関等について検討した。また、旭川医科大学産婦人科の協力の下、同意の得られた母親の出生児、通算53例から出産時に臍帯血を得て検体とし免疫影響指標の確立について検討した。
アレルゲン特異的IgE抗体陽性率はH市(15.6%)がA市(26.3%)に比して低値であった。総IgE価が高値を示した者の56%(23/41)が、何れかのアレルゲン特異的IgE抗体を有し、総IgE抗体がアレルギー状況の指標となり得る事が再確認された。今回用いた総IgE価及びアレルゲン特異的IgE価測定の2つのアレルギー指標は、地域住民の環境リスク評価のための指標として有効性が示された。抗麻疹IgG抗体価と抗風疹IgG抗体価の2つの免疫影響指標間に有意な正相関(p<0.01)がみられたことは、異なる抗体産生応答が免疫機構の状況を反映して同様に制御された結果と判断でき、これらも良い指標となることが期待される。
A市の検体における両サイトカインmRNAの発現量はH市に比していずれも低値を示しINF-γでは有意差が認められた(p<0.01)。IL-4は昨年度のH市の検体に比し両者とも有意に高値であった(p<0.01)。これらの結果は、サイトカインレベルの年次変化や地域差を反映している可能性がある。
単変量解析を行い10%未満の有意確率が得られた環境要因を変数として強制投入し、環境要因と免疫影響指標との関連につき多重ロジスティック分析を行った。その結果、総IgE価は性別と有意な関連が認められ、総IgE価が高値を示した者では男児の女児に対するオッズ比が3.8倍であった。母親にアレルギー関連疾患の診断がある群では総IgE価が高値を示す者が多い一方で、アレルゲン特異的IgE抗体陽性者、特に吸入性アレルゲン特異的IgE抗体陽性者が有意に少なかった(p<0.05)。
純粋なる環境要因との関連に関して、A市居住者群のIFN-γおよびIL-4のmRNA発現量が低値を示すとともにIFN-γ/IL-4比も低くなる傾向がみられたが、抗風疹IgG抗体価では高値を示す傾向がみられた。室内環境因子について、喫煙同居人がある者では総IgE抗体陽性者の割合が有意に低下する一方(p<0.01)、吸入性アレルゲン特異的IgE抗体陽性者の割合およびIFN-γmRNA発現量が高い者の割合が多くなる傾向が認められた。
金属類との関連については解析中である。A市において全区域を12に分割し、それぞれの地域在住者について免疫指標を検討し、より狭い地域での家屋外環境要因との関連を検討した。免疫指標のうち抗麻疹IgG抗体価、抗風疹IgG抗体価、総IgE抗体価と、IFN-γ、IL-4のmRNA発現量およびIFN-γ/IL-4比は、クラスカルウォリス検定で、吸入性および食餌性アレルゲン特異的IgE抗体陽性の割合と幹線道路および大規模工場近接居住に関する家屋外環境要因に対してはχ二乗検定を用いた。免疫指標は抗風疹IgG抗体価、IFN-γのmRNA発現量およびIFN-γ/IL-4比において地域間による差異を認めた。家屋外環境要因では地域間の差異は観察されなかった。
旭川医科大学産婦人科の協力により、昨年度および今年度に同意の得られた母親の出生児44例から出産時に臍帯血を得て検体とし免疫影響指標の確立について検討した。臍帯血サンプルは全てにおいてIFN-γmRNAは検出されず、一方、IL-4 mRNAは3歳児とほぼ同程度の発現量を示した。IFN-γmRNAが生後に成長とともに発現する事が再確認され、新生児におけるサイトカインではIL-4 mRNAのみを指標とすべきことがわかった。臍帯血血清では、母体からの移行抗体であるIgGが広い分布幅を示すことが確認された一方、母体から移行せず胎児において産生されたIgM、IgEが既に検出される個体が数例あった。IgDは検出されなかった。自然免疫液性因子であるSPA、MBLは個体差が大きかった。
結論
関東地方の東京都H市および北海道A市の2ヶ所の保健センター(A市は保健所)において3歳児健診時に併せて調査を実施し、環境因子と免疫影響指標との相関を評価して、免疫影響指標が環境リスク評価のための指標となり得るかについて検討した。
環境要因により、いくつかの免疫指標に抑制的な又はあるものには促進的な有意差のある変動が認められた。免疫機構の複雑さ故に、ある環境因子の影響により一つの指標が免疫抑制的に変動しても、他の指標が亢進的に変動する場合があると考えられる。さらに、動物実験と異なりフィールドにおいては複数の環境要因に曝されるので、個々の免疫指標が、同時に免疫抑制にも免疫亢進にも変容する影響を受け複雑な結果となったと考えられる。しかし、免疫指標が居住地の違いといった大きな環境要因や、生活習慣や家屋様式など小さな環境要因の双方において影響を検出できている事が判明し、小児期に実施する環境リスク検出のための生体影響指標として用いることの意義と可能性が確認された。また、臍帯血を用いた胎児の免疫指標もほぼ候補となるものが選定された。実地調査研究に応用できるマニュアルの確立もできた。しかし、まだ例数が少ないために環境要因との相関を検討するには至らなかった。今後、例数を増しての検討が望まれる。これらの免疫指標がスクリーニング的に一般住民に対して展開されるならば、当該地域の環境因子(リスク)の存在が検出できよう。異常が検出される地域に対して詳細な環境測定を重点的に行う意義があるとする根拠となり、環境行政の推進に有用な資料となると思われる。同時に、地域住民の健康状態の把握が可能となり、我が国の国民の健康維持増進のための施策立案への貢献も期待される。

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