ダイオキシン胎生期暴露のアカゲザルの発育、生殖への影響に関する研究

文献情報

文献番号
200301308A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン胎生期暴露のアカゲザルの発育、生殖への影響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
安田 峯生(広島国際大学保健医療学部)
研究分担者(所属機関)
  • 隅田寛(広島国際大学保健医療学部)
  • 山下敬介(広島大学大学院医歯薬学総合研究科)
  • 津賀一弘(広島大学大学院医歯薬学総合研究科)
  • 浅岡一雄(京都大学霊長類研究所)
  • 杉原数美(広島大学医学部総合薬学科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
57,360,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシン類の環境ホルモン様作用が疑われ、精子数の減少や子宮内膜症との関連が懸念されている。平成11年にわが国でダイオキシン類の耐容一日摂取量(TDI)を定めた際には、胎生期に2,3,7,8-四塩化ジベンゾパラジオキシン(TCDD)暴露を受けたラットの生殖器系の異常を述べたデータがよりどころとなった。現在の4 pg/kgのTDIは再検討中であるが、ラットなど小動物のデータをヒトに外挿することには疑問がある。本研究の目的は、よりヒトに近いと考えられるアカゲザルを用い、妊娠サルに30または300 ng/kgという微量のTCDDを投与し、その後も体内負荷量を一定に保つように維持量の投与を続け、児の生後発育と生殖への影響を調べることにより、妥当なTDI決定のための基礎的なデータを得ることである。
研究方法
本研究のためのサル飼育は株式会社新日本科学(鹿児島)に委託して行った。実験は平成11年度に開始した。妊娠サルを1群20匹ずつ3群に分け、妊娠20日の各群母体にTCDDの0(溶媒)、30または300 ng/kgを皮下投与した。初回投与後30日毎に初回投与量の5%を追加投与し、体内負荷量を維持した。投与は分娩後90日まで継続した。第一児(F1a)の離乳後、期間をおいて母体を再度交配、妊娠させ、同様にTCDDを投与して第二児(F1b)を得た。平成15年度末に生存している児はF1aとF1bを合わせて対照群オス6匹、メス13匹、30 ng/kg群オス6匹、メス8匹、300 ng/kg群オス10匹、メス6匹である。F1a児は生後約1400日、F1b児は生後約600日に達している。これらの生存児と死産児を含む途中死亡児について以下の観察を行った。
(1) 児の歯の観察:死産児については高分解能コンピュータ断層装置(CT)で上・下顎を三次元的に観察した。生存児については単純X線像で乳歯、永久歯の形成状態を観察した。また、妊娠80日に採血した母体血漿中のTCDD濃度を高分解能ガスクロマトグラフイー・高分解能質量分析法で分析し、歯異常との関連を検索した。
(2) 剖検母体の肝臓の一部を液体窒素で凍結保存し、解凍後薬物代謝酵素ethoxyresorufin-O-dealkylase (EROD)およびmethoxyresorufin-O- dealkylase (EROD)を蛍光光度計で測定した。またキサンチン酸化酵素(XO)活性を高速液体クロマトグラフイー(HPLC)で測定した。
(3) TCDDの最終投与後約600日に母体から末梢血を採取し、白血球数、白血球分画数を計測した。リンパ球については表面抗原(CD3、4、8、20)陽性細胞の割合をフローサイトメーターで解析した。一部の剖検母体の胸腺については組織学的に検索した。
(4) 300 ng/kg群で生後406日と422日に死亡した児の腎臓の組織切片を作製し、コラーゲン線維の特異的染色であるピクシリウス赤染色を施し、線維化の程度を検討した。
結果と考察
1)歯形成への影響:死産、生後死亡児の上・下顎を高分解能CT装置で観察したところ、平成15年度に単純X線観察で確認された300 ng/kg群での3例の歯欠損が確認されたほか、歯切端の偏位など、軽微な変化も観察された。また、三次元画像から石灰化と受精後日齢の関係を解析したところ、歯の石灰化体積が日齢増加に伴い直線的に増加することが認められた。しかし、歯異常をもつ3例では日齢の割に歯の石灰化が遅れていることが判明した。生存F1の単純線観察では、300 ng/kg F1aの50%の児に乳歯・永久歯の異常が見出された。異常は上顎永久側切歯の欠損が大半を占めた。F1bには異常は認められなかった。妊娠80日に採血された血漿中TCDD濃度を測定したところ、300 ng/kg群では1.1~8.7pg/g湿重量と、かなりのばらつきが認められたが、児の歯の異常頻度は母体の血漿中TCDD濃度の上昇に伴って増加し、4.1 pg/g以上の母体4例の児では全例に異常があった。げっ歯類ではTCDDへの胎生期、授乳期暴露による歯形成異常が報告されている。ヒトの疫学調査でもダイオキシン類への暴露と歯の異常の関連を示唆する報告がなされている。本研究での投与期間は乳歯原基形成前から少なくとも永久歯胚形成期に及んでおり、歯の異常が300 ng/kgのみに発現し、対照群と30 ng/kgでは見られなかったこと、300ng/kg群でも妊娠80日の母体血漿中TCDD濃度の高かった例に多かったことなどから、TCDD暴露と児の歯の異常との間に関係があることには疑う余地はない。2)母体肝酵素類への影響:対照群3匹、30 ng/kg投与群4匹、300 ng/kg 投与群3匹での肝ミクロソームのEROD、 MROD活性および肝サイトソールのXO活性を測定したところ。各活性とも、個体間でのばらつきが多少認められたが、各群での有意な差は認められなかった。肝薬物代謝酵素の誘導はTCDDによるAhRを介する作用としてよく知られている。現時点でのTCDD による誘導作用は検出限界以下であった。これは、TCDDが僅かずつだが代謝排泄され、体内濃度が低下していることを示していると考えられる。3)母体免疫系への影響:対照群10例、30 ng/kg群10例、300 ng/kg群12例について血液を解析した。対照群に比べてTCDD暴露群では白血球数とくにリンパ球数が少ない傾向が見られたが、差は有意ではなく、用量反応関係も認められなかった。各群のリンパ球サブセット数に関しては、TCDD暴露群ではCD3+CD4+細胞(CD4+T細胞)数やCD20+細胞(B細胞)数が、対照群と比較して減少している傾向が見られた。一部のF0については剖検し、胸腺を組織学的に観察したが皮質と髄質の境界が不明瞭になっているなどの異常所見を示すものがあった。母体の免疫系に関しては、予備的な少数例の観察ではあるが、TCDD暴露を受けた一部の母体の胸腺組織像に異常が認められたことは、TCDDが成体胸腺組織に不可逆的な影響を及ぼした可能性を示唆している。 TCDD暴露群でT細胞サブセットの一部について細胞数が対照群より少ない傾向にあったが、これも胸腺への影響の結果によるものかも知れない。今回の予備的な実験で、F1児についても血液を材料に免疫系の検索を行う目処がついたので、平成16年度にはさらに研究を展開する予定である。4)死亡児腎臓線維化:300 ng/kg群の2例に両側性の腎臓形成異常が認められた。正常腎臓はピクシリウス赤染色でほとんど染色されないが、これらの異形成腎臓はピクシリウス赤に強く染色された。異形成腎臓では腎小体と尿細管の低形成が認められた。また、血管周囲あるいは血管外膜の結合組織が増殖していた。血管内膜の肥厚、腎線維皮膜の肥厚も認められた。TCDDによる腎発生障害としては、マウスでの水腎症誘発がよく知られている。水腎症の腎臓ではⅣ型コラーゲンの減少が報告されているが、TCDD暴露サル児ではコラーゲンは増加していた。この差はTCDD暴露期間の差による可能性がある。TCDDの腎臓でのコラーゲン増殖促進にはTGF-β1が関与しているかもしれない。TGF-β1は種々の器官で線維化を促進することが知られている。TCDD暴露を受けたマーモセットでは心筋の線維化が起こると報告されている。TCDD暴露とTGF-β1などの成長因子の増加あるいは活性化との関連についての解明が次の課題と思われる。
結論
現在のわが国でのTDIの設定根拠となったラットでの最小毒性体内負荷量86 ng/kgは、対数目盛で30 ng/kgと300 ng/kgのほぼ中間に相当する。TCDD30または300 ng/kgの母体体内負荷に妊娠20日から生後90日まで暴露されたアカゲザル児を生後およそ1400日まで観察した結果、胎生期、授乳期を通じてのTCDDの暴露は、30 ng/kgの体内負荷量では次世代に明らかな障害を起こさないが、300 ng/kgの負荷では児の歯や腎臓の形成、発達に有害な作用を及ぼすものと判断される。今後の児の成長を待って精査すべき評価項目も多いが、現時点で得られている本研究の成果からは、現在の4 pg/kg/日のTDIは妥当なものといえる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-