ダイオキシンの代謝と毒性発現の作用機序の解析に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301307A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシンの代謝と毒性発現の作用機序の解析に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
川尻 要(埼玉県立がんセンター・研究室)
研究分担者(所属機関)
  • 諸橋憲一郎(岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所)
  • 井上 國世(京都大学大学院農学研究科)
  • 榊 利之(京都大学大学院農学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ダイオキシンは奇形の誘導、発癌プロモーション、免疫能の低下、薬物代謝酵素の誘導を引き起こし、生殖機能へ影響を及ぼす可能性があるとも考えられている。脂溶性が高く、しかも生物活性の高いダイオキシンは、環境中での濃度は低くても食物連鎖により濃縮され、人体に深刻な影響を与えることが憂慮されている。ダイオキシンの代謝とその毒性発現の作用機序を明らかにすることを研究目的とする。
研究方法
研究目的を達成するために以下のアプローチで研究をすすめる。
(I) ヒトにおけるダイオキシンの代謝と毒性評価 (井上・榊)
本研究の目的は多種類のヒト由来酵素を用いて種々のダイオキシン類の代謝を調べ、ヒト体内における代謝を予測し、それぞれの毒性を正確に評価することである。ヒト肝臓由来のチトクロームP450やUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)を発現している酵母のミクロソーム画分あるいは菌体を用いて代謝を調べる。代謝産物はHPLCおよびGC-MS等により分析、同定し、毒性は変異原性試験およびAhRとの親和性を調べることにより評価する。
(II) ダイオキシンの毒性発現の作用機序の解析 (川尻・諸橋)
細胞内に取り込まれたダイオキシンが代謝された後に、どのようなメカニズムで標的遺伝子に作用し、生殖機能に影響を与えるかという作用機序の解明の研究である。毒性はAhR/ARNTシステムにより仲介されるが、AhRは細胞質・核間を移行するシャトルタンパク質であることを我々はすでに見い出している。分子内修飾、分子間相互作用によるAhRの核移行、核外移行によるシグナル伝達メカニズムについて調べる。AhRの生理機能と内因性リガンドについても検討する。また、ヒト生殖腺由来の細胞やAhRノックアウトマウスを用いて、性分化に関与する転写因子群とAhRとのクロストークを解析する。
結果と考察
( I ) ヒトにおけるダイオキシンの代謝と毒性評価 (井上・榊)
(1) 新たなヒト由来P450分子種によるダイオキシンの代謝
昨年度までに12種のヒト由来P450のダイオキシン代謝能を調べた。今年度はCYP1B1、CYP2S1(2,3,7,8-TCDDにより遺伝子発現が誘導される)、CYP2F1(肺特異的に発現)、CYP2J2(長鎖脂肪酸の代謝に関わる)、CYP2R1(ビタミンD3 25位水酸化活性を示す)の酵母内発現に成功し、それぞれのP450分子種によるダイオキシン代謝能を調べた。CYP1B1については昆虫細胞-バキュロウイルス発現系での結果と同様、塩素置換数0-3のダイオキシン類に対して高い活性を示したが、最も毒性の高い2,3,7,8-TCDDに対しては代謝能を示さなかった。CYP2S1はすべてのダイオキシン類に対して活性は検出されなかった。CYP2F1、CYP2J2、CYP2R1についても同様に、ダイオキシン類に対する活性は検出されなかった。ヒトゲノムには56種のP450が存在する。本研究課題で調べたP450分子種は16種であり、56種のうちの一部に過ぎないが、ダイオキシンの代謝に関与すると推測される分子種はほとんど含まれている。従って、現時点においては、毒性の高いダイオキシン類の代謝に対して中心的役割を果たしているP450分子種はCYP1A1、CYP1A2およびCYP1B1であると推測される。
(2) ヒト肝ミクロソームを用いたダイオキシン類の代謝
i. P450によるダイオキシンの代謝
BDサイエンス社から購入したヒト肝ミクロソーム10種(それぞれ一人の肝臓から調製)を用いて塩素置換数3の2,3,7-TriCDDの代謝を調べた。その結果、いずれのサンプルにおいても代謝物として8位水酸化体、8-OH-2,3,7-TriCDDが検出された。しかし、その活性にはかなりの差が認められ、最も活性が高いサンプルと最も活性の低いサンプルには15倍程度の差が認められた。ダイオキシン代謝に重要な役割を果たすCYP1A1, CYP1A2およびCYP1B1のうち、ヒト肝臓におけるCYP1A2の含量はCYP1A1およびCYP1B1の含量に比べはるかに高いことが知られている。したがって、2,3,7-TriCDDの代謝において見られた差(個人差)はCYP1A2の含量の違いに起因すると推測される。
ii. UDP-グルクロン酸転移酵素 (UGT) によるダイオキシンの代謝
昨年度、昆虫細胞あるいは酵母で発現させた各UGT分子種の酵素学的性質を調べたところ、UGT1A1, 1A9, 2B7において高い活性が見られ、1A3, 1A6, 1A8, 1A10, 2B15においても活性が認められ、8-OH-2,3,7-TriCDDはこれらUGTの良い基質になることがわかった。昨年度のラットCYP1A1変異体の解析結果から、P450による2,3,7,8-TCDD代謝物は8-OH-2,3,7-TriCDDであることが示唆された。したがって、2,3,7,8-TCDDがヒト体内で代謝され、8-OH-2,3,7-TriCDDが生じた場合、複数のUGTによって効率良くグルクロン酸抱合が起こると考えられる。(i)で用いたヒト肝ミクロソーム10種に8-OH-2,3,7-TriCDDを添加し、グルクロン酸抱合活性を比較したところ、 (i)の場合と異なり、グルクロン酸抱合活性における個人差は小さく、2倍程度であった。また、グルクロン酸抱合反応の速度論的解析および肝臓における発現量から、ヒトの肝臓におけるダイオキシン代謝において中心的な役割を果たしているUGT分子種はUGT2B7、UGT1A1およびUGT1A9であると推測される。
(II) ダイオキシンの毒性発現の作用機序の解析(川尻・諸橋)
(1) AhRのシグナル伝達の調節についてのモデルの完成
i. AhRのリガンド依存的核移行のリン酸化による調節
AhRのリガンド依存的核移行は双節型NLS (核移行シグナル) に隣接する2箇所 (Ser12, Ser36) のPKCによるリン酸化で抑制されることを発現実験やmicroinjection, in vitro nuclear transport, 及びレポーターassayを用いて明らかにした。核移行活性の消失はリン酸化によるNLS受容体との結合低下による核膜孔への 輸送が失われることに依拠するものである。また、PKCによるリン酸化がAhRのXRE への結合やその後の転写活性にとり必要であるとの報告があり、NLS領域はXRE結合領域とも重なるので核内でのリン酸化の可能性を見るためにPhosphoserine36を含むAhR(12-42)のペプチド抗体を作成し検討した。その結果、AhRは核内でリン酸化されることが明らかになった。以上の結果より、AhRのリガンド依存的な核移行はリガンド結合による分子シャペロン複合体HSP90の構造変化に基づくAhR-NLSの分子表面への露出 と、その後のNLSの脱リン酸化によるNLS受容体との結合促進による核内への輸送という2段階調節によることが示された。
ii. AhRの細胞密度による局在変化の分子機構の解析
昨年度までに以下の研究結果を得ている。(a)ケラチノサイト由来のHaCaTではAhRはその細胞密度により細胞内局在が変化し、低密度では主に核に、高密度では細胞質に局在する。核外輸送阻害剤であるLeptomycin Bの添加実験より、密度依存的な分布の変化は高密度におけるAhRの核外輸送の促進による。(b) 高密度におけるAhRの核外輸送の促進は細胞間接着シグナルが必要である。(c) 細胞密度によりAhRの転写活性は変化し、その局在性に依拠することをXRE-luciferaseを組み込んだHaCaT細胞のレポーター活性で示した。(d) XRE-GFPを組み込ませたHaCaT細胞を用いてin vitro wound healing modelによる実験を行った結果、転写活性化が細胞間接着の希薄なwound edgesにそって見られることを明らかにした。(e) AhRの核外輸送活性はNESのSer68をnegative chargeをもつAspに置換すると阻害される。この観察はSer68がリン酸化されるとAhRは核内に蓄積することを示唆する。今年度はその分子機構を明らかにすることができた。則ち、(f) Phosphoserine68 を含むペプチド抗体[Anti-AhR(61-74)-pS68]を作製し、活性化AhRが核内でリン酸化されることを明らかにした。(g) p38 MAPKの阻害剤SB203580でAhRの局在はより細胞質に移るが、ERK-MAPK系であるMEKの阻害剤U0126では変化が見られなかった。また、phosphatase 阻害剤であるオカダ酸では逆に核への蓄積が促進された。(h) ケラチノサイトではE-cadherinの転写抑制因子Slug遺伝子がAhRの標的遺伝子である可能性が示された。p38 MAPKによるNES中のSer68のリン酸化と、細胞間接着シグナルで調節されるその脱リン酸化が細胞密度によるAhRの局在変化の分子機構として考えられる。HaCaTにおけるAhRの細胞密度による局在変化の分子機構を示したが、今後、個体レベルでの創傷治癒、がんの浸潤などで検討する。
(2) AhRと性分化関連因子群の相互作用についての研究の推進
精巣由来の生殖腺細胞TM3においてAhRと性分化関連因子などとの相互作用を検討するために、His-AhRを恒常的に発現している細胞を単離し、その性質をあきらかにすることを試みた。その結果、His-AhRを発現している細胞の増殖速度は遅く、リガンドであるMC添加によりさらにその増殖速度が低下した。TM3細胞の増殖もEGFに依存的であ、His-AhRを発現している細胞でのEGFRの発現を検討したところ、mRNAの発現量の変化は見られなかったが、EGFRタンパクのリガンド依存的な分解が観察された。この分解においてはProteasome阻害剤であるMG-132の添加効果は見られなかった。
結論
本研究において、最も毒性の高い2,3,7,8-TetraCDDをヒトP450が代謝できるという明確な証拠は得られず、ダイオキシン類の毒性を評価するには至らなかった。しかし、種々の発現系やヒト肝ミクロソームを用いた実験、さらにはCYP1A1変異体の解析等から、ダイオキシン代謝に重要な役割を果たすP450分子種およびUGT分子種を特定化し、ダイオキシン類の代謝機構を詳細に解析することができた。これらの成果は、これまでに報告例のない新規な知見であり、今後、ヒトに対するダイオキシンの毒性を正当に評価する上で重要な役割を果たすと考えられる。また、ダイオキシン代謝能に顕著な個人差があることが示唆された。薬物代謝には顕著な人種差、個人差があることが知られ、それがP450の遺伝的多型、発現様式に基づくことは周知の事実である。したがって、ダイオキシンを代謝する主要酵素がP450であることが分かった時点で、その代謝に個人差があることは容易に推測できる。しかし、そのことを実証した本研究はダイオキシンの摂取許容量を論ずる上で重要な知見を与えたと考えられる。
ダイオキシンの毒性発現に関与するAhRの細胞質・核間輸送の調節機構を詳細に検討し、リガンド依存的核移行はNLSのリン酸化により抑制され、またNESのリン酸化はAhRの核外輸送を抑制する事を明らかにした。AhRの細胞内局在はケラチノサイトにおいて細胞密度によりその分布様式が変化し、転写活性もそれに連動することを示したが、その分子機構としてp38 MAPKによるNESのリン酸と細胞間接着シグナルで調節されるその脱リン酸化が関与していると考えられた。AhRの標的遺伝子の一つとしてE-cadherin の発現を抑制する因子であるSlugが考えられ、AhRはEpithelial-Mesenchymal Transitionsの過程で機能している可能性が示唆された。このような知見をもとにAhRの生理的機能の解明やダイオキシンによる毒性発現の分子機構が解明されることが期待される。

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