化学物質の内分泌かく乱性を確認する試験法の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301302A
報告書区分
総括
研究課題名
化学物質の内分泌かく乱性を確認する試験法の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
今井 清((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 西原 力(大阪大学)
  • 松島裕子(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 高木篤也(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 永井賢司((財)三菱化学安全科学研究所)
  • 吉村慎介((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 武吉正博((財)化学物質評価研究機構)
  • 山崎寛治((財)化学物質評価研究機構)
  • 小野 宏((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 広瀬雅雄(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 長尾哲二(近畿大学)
  • 白井智之(名古屋市立大学)
  • 長村義之(東海大学)
  • 吉田 緑((財)佐々木研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
139,675,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、ホルモン様作用を示す化学物質及びその作用の延長線上で生体障害性を発揮する可能性のある化学物質(内分泌かく乱化学物質:EDCs)のそれぞれをプレスクリーニング試験並びにスクリーニング試験を経て、最終的にはEDCsの検出感度の高い方法を開発することであり、これまでの研究を通してプレスクリーニング法の開発はほぼ終了したことから、現時点で提案されているスクリーニング系試験の改良のために若干の補足研究を行うとともに、信頼できる内分泌かく乱性検出系を確立することによってこの問題の解決を目指す。この目的に従って、1)個体レベルスクリーニング系の確立課題として、子宮肥大試験、Hershberger試験、包皮分離試験の実用化へ向けての問題点の解決、2)確定試験としての胎生期、新生児期の高感受性期に焦点を当てた新たな試験法の開発、3)経世代試験の改良、4)複合効果の検討、5)各種臓器、特に内分泌関連臓器に対する発がん修飾作用の検討、を主な研究課題として構成されている。
研究方法
総括補佐及びOECDバリデーション関連総括・確定試験開発関連調査研究
EDCsによる生体影響の検討は、従来、生殖毒性にその焦点が置かれてきた。しかし、低用量問題や遅発影響の検討が進み、EDCsの有害作用は、受容体原性毒性としての性格を持ち、個体の発生、成長、成熟、老化に関わる広範なものであることが示唆されている。この様な背景から、従来の多世代試験に代表される生殖毒性試験の改良を進める立場を発展的に解消し、生物個体の一生涯を対象とした毒性試験、という立場からEDCsの毒性評価を進めることを提案するに至った。この様な立場に立って、受精前後から死に至るまでの期間をカバーすることを念頭におき、さらに不必要な部分を切り取る作業を行うことで漏れのないプロトコールを作成する。生殖毒性に捕らわれず、神経系、内分泌生殖系の他、免疫系、それら個々及び相互連携の発達と老化など、あらゆるものを考慮した上で、必要十分な実質実験プロトコールの開発を進めた。
(1)〈プレスクリーニング系追加試験〉
酵母Two-Hybrid試験の改良とバリデーション -特に複合効果の検討-
環境省がリストアップしているED作用が疑われる物質及び関連物質のうち、アンタゴニスト活性を示さなかった物質50種類について、酵母Two-Hybrid試験(ER-TIF2系)と培養細胞(MGF-7)レポーター遺伝子試験でE2共存下にエストロゲン様活性を測定することにより、E2作用促進物質を検索した。更に、ヒト核内レセプターのうちリガンドが明らかにされているレセプター17種類(ER_、ER_、PR、AR、GR、MR、RAR_、RAR_、RAR_、TR_、TR_、VDR、RXR_、RXR_、RXR_、FXR、CAR)について、ER-TIF2系に準じて試験系を作成し、試験系の確立を確認したのち、ED容疑物質23種についてアゴニスト活性を測定した。
マイクロアレイ法の基盤技術調査
異なったマイクロアレイプラットフォーム間の遺伝子解析上の特性を比較するため、Affymetrix社のGeneChip(オリゴDNAを基盤上に合成する方式)とアマシャムバイオサイエンス社のCodelink(オリゴDNAをスライドグラス上にスポットする方式)の比較を行った。また昨年度開発した絶対量評価が可能な遺伝子解析法を安定して実施するため、spike RNAとしてマウス遺伝子と相同性のないλ phage DNA、Bacillus DNAの計6種類の遺伝子を作製し、適正なSpike RNA cocktail添加量の検討を実施した。加えて2回増幅法による極微量サンプルからのマイクロアレイ解析が可能か否かを検討した。
(2)〈スクリーニング試験系確立研究〉
ES細胞培養系における内分泌かく乱化学物質の影響
ES細胞をゼラチンコートDish上で培養後、 LIFを除いたES培地で、4日間浮遊培養した。その間にDES、E2、Genistein(GEN)、4-nonylphenol(4-NP)、DEHPを添加し、さらに、エストロジェン受容体α(ERα)のアンタゴニストのICI-182,780をそれぞれ添加した。4日後に胚様体(EB)を採取し、実体顕微鏡下で形態を観察した。
子宮肥大試験及びHershberger試験における遺伝子発現変化に関する研究
実験動物は、19日齢の雌性Crj:CD (SD) IGSラットを用い、化学物質はいずれも単回強制経口投与を行った。
1)EE投与による子宮重量と遺伝子発現:EEを3 μg/kg投与し1、3、6、12、24、48時間後に子宮重量を測定した。子宮のprogesterone receptor(PR)、 estrogen receptorα(ERα)、 androgen receptor(AR)、 complement C3(C3)、 insulin-like growth factor-1、 cyclin D1、 Wnt family(Wnt4、 Wnt5a、 Wnt7a)の発現を定量RT-PCRで測定した。2)EE投与及びER antagonistの検証:EEを0.3、1、3μg/kg及びEE 3μg/kg +ICI-182,780を投与し、いずれも24時間後に子宮重量を測定した。3)GEN及びMXC投与による子宮重量:種々の用量のGEN及びMXCを投与し、24時間後に子宮重量を測定した。4)EE、GEM、MXC及びICI-182,780の複合影響の検討:EE、GEN、MXC、ICI-182,780を単回あるいは組み合わせて投与し、24時間後に子宮重量を測定した。子宮のC3及びWnt7a遺伝子の発現を定量RP-PCRで測定した。
国内外の子宮肥大試験に関するデータ整理とその問題点の把握及び解決策の検討
本年度は OECD Validation phase 2の結果のうち、昨年度の報告以降に報告された解析結果を中心にガイドライン化する上での問題になると考えられる、1)飼料中の植物性エストロジェンの影響、2)動物種及び系統、3)false positive及びfalse negative、4)ガイドライン化する上でのその他の留意点に着目して結果をまとめ、解決策を検討した。
卵巣摘出マウスを用いた子宮肥大試験における遺伝子発現変化に関する研究
卵巣摘出C57BL/6NマウスにE2(0.3μg/kg)、BPA(70mg/kg)、GEN(25mg/kg)、BPA+GEN(35+12.5mg/kg)を単回皮下投与した。動物の飼育には、Phytoestrogen low diet (PLD)飼料を用いた。投与後、2時間及び24時間目に子宮重量を測定した。ホモジナイズした溶液にDNA量に応じてSpike RNA cocktailを添加後、全RNAを精製し、Affymetrix社GeneChipを用いて発現データを得た。遺伝子発現はGeneSpringにより解析した。
内分泌かく乱化学物質の胎生期暴露による包皮分離試験に関する研究
雌雄ラット(系統:Crj:CD(SD)IGS)を交配し、交尾確認日を妊娠0日として、Vinclozolin(VZ)、EE、Tamoxifen(TAM)を種々の用量で妊娠14~17日(GD 14~17)、あるいは妊娠18~21日(GD 18~21)に投与した。生後6日齢で肛門生殖突起間距離を、更に35~56日齢まで包皮分離を測定した。56日齢で精巣、精巣上体、前立腺、精嚢の重量を測定し、病理組織学的に検査した。
内分泌かく乱化学物質の新生児期暴露による包皮分離試験に関する研究
雌雄ラット(系統:Crj:CD(SD)IGS)を交配し、分娩させて得た雄ラット(出生日:0PND 0)にPND1~5の期間、種々の用量のFlutamide(FLU)、VZ、DES、EE、TAM投与し、35~56日齢まで包皮分離を測定した。56日齢で精巣、精巣上体、前立腺、精嚢の重量を測定し、病理組織学的に検査した。さらに、新生児曝露との比較のために離乳直前のPND 17~21、性成熟直前のPND 35~39に投与する試験を実施した。
28日間試験の改良 -α2Uグロブリン評価の利用について-
種々の用量のE2 あるいはClofibrateを添加した3次元培養ラット肝細胞(TESTLIVERTM -Rat-、Toyobo)を24時間培養し、α2Uグロブリン(AUG)、rat senescence marker protein 2(SMP-2)の遺伝子発現をDNAマイクロアレイで検討すると共にELISA法で培養上清中のAUG変動を同時に検討した。
国内外のHershberger試験に関するデータ整理とその問題点の把握及び解決策の検討
OECD Validation phase 2試験の一環として国内の7試験機関においてHershberger 試験を実施した。また、本試験に関する文献の検索、OECDの動向を調査した。
(3)〈OECD対応等試験開発部門〉
臓器特異的ハイスループット検出系の開発のための網羅的な遺伝子発現解析
卵巣摘出マウスにE2を0.3μg/kg、Bisphenol A(BPA)を70mg/kg、Genistein(GEN)を25mg/kg単回皮下投与した。動物の飼育には、植物性エストロゲンを除去したPLD 飼料を用いた。投与2、24時間後に子宮、肝臓、腎臓、視床下部、海馬から組織を採取し、ホモジナイズ溶液にDNA量に応じてSpike RNA cocktailを添加し、全RNA精製した。Affymetrix社GeneChipのプロトコールに従って、発現データを得た。
子宮肥大及びHershberger試験 
化学物質の投与経路の違いによる子宮重量の反応性を検討するため、経口と皮下の2経路を実施した。卵巣摘出したC57BL/6J系マウスに、種々の用量のBPA、EE、2-[bis(4-hydroxyphenyl) methyl]benzyl alcohol(BHPMBA)を投与した。さらに、BPA及びBHPMBAの抗エストロゲン作用を検証すること目的とし、EE+BPA及びEE+BHPMBA複合投与群を設け、7日間反復投与し、最終投与の24時間後に子宮重量を測定した。
OECDガイドライン407:28日間反復投与毒性試験法の適用に関する研究
肝臓を標的とした高感度な内分泌かく乱指標遺伝子の同定を目的として、今年度は、まず、前年度解析を行ったEE投与例で得られた発現データについてGeneSpring を用いて、用量依存性に発現が増減する遺伝子の分類を行った。次いで、OECDガイドライン407に準拠して、雌雄SD:IGSラットに種々の用量のGEN、Methoxychlor(MXC)、Nonylphenol(NP)を28日間反復強制経口投与し、雄は28日目に、雌は22日目から性周期を観察し28日目から発情休止期を示す日に屠殺した。肝組織からtotal RNAを抽出し、CLONTECH Atlas Glass Rat 3.8 I Microarrayに供した。得られた発現データについてGeneSpring を用いて用量依存性に発現が増減する遺伝子を分類し、EEのデータとの比較を行った。
内分泌かく乱化学物質検出試験の技術移転普及に関する研究
ラットを実際に飼育し、ラット新生児への経口投与法、脳の還流固定法、凍結切片作製法、染色法、神経核の解析法についてビデオ撮りを実施した。
OECD/WHO関連総括
OECD、WHO/IPCSを始め、関連する国内外の会議及び学会へ出席し、それらの専門家との意見交換及び情報収集を行い、得られた成果の研究発表を通して最新の情報を紹介した。
(4)〈試験等開発研究〉
内分泌かく乱化学物質の性腺構築過程に及ぼす影響に関する研究 -経世代試験の改良-
ICRマウス妊娠10~13日(膣栓発見日=妊娠0日と規定)に、DES、E2、EE、Tamoxifen(TAM)、Clomiphene(CLOM)あるいはAtrazine(ATZ)を連日背部皮下投与し、最終投与24時間後(妊娠14日)あるいは妊娠17日に屠殺し、雄胎児を得た。胎児の生殖巣あるいは精巣をエポキシ樹脂に包埋し光顕観察及び電顕観察を行った。更に、上記化学物質曝露による精巣のapoptosisを検査するため、妊娠19日目に帝王切開により雄胎児を摘出し、養母保育を行い、生後9、14、28日目に精巣を採取し、Tunel染色を施し、陽性細胞の有無の観察を実施した。
内分泌かく乱化学物質のラット神経核構築過程に及ぼす影響に関する研究
生後1~5日(出生日=生後0日と規定)の雄Sprague-Dawley系ラットに種々の用量のDESを反復皮下投与し、最終投与の24時間後に視床を含む部位及び青斑核におけるアポトーシス細胞の観察をTunel法により行った。更に、生後1~5日にDESを100 μg/kg/day反復皮下投与し、生後10週目に大脳皮質前頭部、線条体、海馬、中脳及び視床下部を分離し、各部位のドパミン(dopamine:DA)、セロトニン(5-hydroxytriptamine:5-HT)及びそれらの代謝物(dihydrophenylacetic acid:DOPAC、homovanilic acid:HVA、5-hydroxy-3-indolacetic acid:5-HIAA)等の脳内モノアミンの含量をHPLC-ECDを用いて測定した。
トランスジェニックラットを用いた内分泌かく乱化学物質の検討
6週齢の雄性probasin-SV40 Tag Tg ラットに、種々の用量のAtrazineを13週間混餌投与した。投与終了時に剖検し、血清中テストステロン濃度及び前立腺重量を測定し、病理組織学的検査を行った。
内分泌かく乱化学物質の甲状腺発がん修飾作用を検出する鋭敏なモデルの開発に関する研究
F344妊娠雌ラットに出産直後より、低ヨード飼料で飼育し、離乳(生後3週間)と同時に、児動物にも3週間低ヨード飼料を与えた。生後6週より4週間DHPNを飲水投与し、更に生後7週時に7,12-dimethylbenz[a] anthracene(DMBA)を強制経口投与した。発癌物質処置終了後は、毎週1回、胸・腹部の触診を行い、触知可能な腫瘍の発生の有無を観察した。
内分泌かく乱化学物質の乳腺発がんに及ぼす影響の検討
EDCsの乳腺発がんに及ぼす影響を明らかにするため、エストロゲンを陽性対照物質としてDMBA誘発ラット乳腺腫瘍モデルで検証した。
7週齢の雌性SD系ラットにDMBAを単回経口投与し、2週間後に卵巣摘出術を行った。さらにその2週間後に種々の用量のE2 を30週間反復筋肉内投与した。投与後、乳腺腫瘍の発生率、発現期間、腫瘍個数および重量、病理組織学的検査を行った。正常組織及び腫瘍のERα、ERβ及び細胞増殖調節蛋白Ki-67の発現を免疫組織化学法、RT-PCR法及びWestern blotting法を用いて解析した。
内分泌かく乱化学物質の胎生期・新生仔期暴露が雌性生殖器に与える影響に関する研究
1)低用量NPの胎生期・授乳期曝露による雌性生殖器への影響:Crj:Donryu系ラットを用い、種々の用量のNPを妊娠2日目から離乳前日まで母ラットに反復強制経口投与した。児ラットの性成熟までの発育・分化、性腺刺激ホルモンの測定(FSH及び卵巣からのインヒビンについて)及び性周期を検索した。ENNG誘発子宮発癌への修飾作用についても15ヶ月齢まで観察し、子宮の増殖性病変について形態学的に検索した。
2)高用量OPの新生児曝露による雌性生殖器への影響:Crj:Donryu系雌ラットに生後1日齢より5日齢または15日齢までOP 100mg/kgを隔日皮下投与した。生後14週齢の卵巣からlaser micro dissection法により発育卵胞及び閉鎖卵胞を構成する顆粒膜細胞を集め、細胞増殖に関連するBcl-2、insulin growth factor receptor(IGFR)及びcyclin D2の遺伝子発現を RT-PCR法で測定した。
結果と考察
総括補佐及びOECDバリデーション関連総括・確定試験開発関連調査研究
2003年4月15日、パリのOECD本部で開催された、OECD哺乳綱動物バリデーション運営員会(VMG-mammalian)において、げっ歯類一生涯試験プロトコールを提案し、各国のコメントを基に、OECD事務局作成の議事概要(ENV/JM/TG/EDTA/RD(2003)11: 25-apr-2003)がまとめられた。これを受け、厚生労働省は、従来の多世代繁殖毒性試験の限界を認識し、その改良、また従前の肉眼・組織形態所見の他、遺伝子発現情報を駆使する手法も取り入れる試みを含むところの試験法開発を、2005年を目標に進めることとした。
また、これまでの研究により、生物個体の一生涯を対象とした毒性試験という立場からEDCsの毒性評価を進めることを提案するに至った。受精前後から死に至るまでの期間をカバーすることを念頭に置いた上で、生殖毒性に捕らわれず、神経系、内分泌生殖系の他、免疫系、それら個々及び相互連携の発達と老化など、あらゆるものを考慮した上で、必要十分な実質実験プロトコールを開発することを目的に調査活動を行った。更に、第一線の神経行動学研究者、免疫学者を迎えて、Ad hoc研究会を開催し(平成15年11月11日、於東京国際フォーラム)確定試験としての齧歯類一生涯試験の構想の現実性、問題点を整理し、申請へ向けての班員構成や必要とされる研究テーマの整理等を行った。
(1)〈プレスクリーニング系追加試験〉
酵母Two-Hybrid試験の改良とバリデーション -特に複合効果の検討-
E2作用促進物質をYeast Two-hybrid試験(ER-TIF2)によりスクリーニングでは検索できなかったが、MCF-7細胞を用いたレポーター遺伝子試験では検索できた。なお、これらの物質は単独ではエストロゲン作用を示さず、ERとの結合性もなかったことから、ERとE2の相互反応には直接関係のない経路によりその作用を顕わしたと推定された。更に、17種類の核内レセプターの系についてエストロゲンアゴニスト活性を測定した結果、ERsだけではなく、RARsやRXR、CARにも結合する物質の存在が明らかになった。これらの事実は内分泌かく乱作用を評価しようとする場合、EDCsがRXRのような性ホルモンレセプター以外のレセプターを介したり、複数のレセプターを介したりして作用を発現しているとなると、in vitroのスクリーニング系で総合評価することはますます困難になる。しかし、in vitroの試験系は候補物質作用メカニズムの検討には重要なツールであると思われる。
マイクロアレイ法の基盤技術調査
今回の研究において、GeneChip及び CodeLinkとも良い定量性を示すことが確認された。しかし、CodeLinkは1つの遺伝子に対しプローブが1カ所であり、個々のチップ毎に測定値が得られないスポットが生じる欠測の問題がGeneChipより大きいことが明らかとなった。さらに、プローブセット数はGeneChipが約4万種類/Chip、CodeLinkは約2万種類であり、染色工程がGeneChipは自動化されているのに対し、CodeLinkは手作業であることを考慮すると、基本プラットフォームはGeneChipが現段階では最適であるが、CodeLinkはそれに次ぐプラットフォームとして評価できると結論した。
本年度は、Spike RNA cocktailの大量調製に成功したことで、今後安定してSpike RNAを用いた絶対量化手法による遺伝子発現解析を行っていくことが可能となった。同時にマイクロアレイデータの品質チェックを行うことができる画期的な方法であり、内分泌かく乱化学物質研究の基本技術として重要であると考えられる。また、内分泌かく乱化学物質研究で対象となる臓器が少量のものが多いことに対応し、極微量(10ng)の全RNAからマイクロアレイ解析可能であることを確認したが、現在の2回増幅法では発現プロファイルに一定の偏りが生ずるので、微量サンプル解析法の開発は今後の課題の一つである。
(2)〈スクリーニング試験系確立研究〉
ES細胞培養系における内分泌かく乱化学物質の影響
ES細胞浮遊培養系に種々のエストロジェン様物質を添加し、4日後にEBの形態を観察した結果、DES、E2 、BPA、GEN、4-NP、DEHPの添加でEBサイズの有意な減少が認められ、これらの影響はDEHPを除いて低濃度で強く認められる傾向にあった。以上の結果から、ES細胞培養系はEDCsの影響を検索するモデルとして有用であり、特に低用量域での作用を検索するモデルとして利用できる可能性が示唆された。
子宮肥大試験及びHershberger試験における遺伝子発現変化に関する研究
1)EE単回投与による子宮重量及び遺伝子発現の経時的変化:子宮重量は、投与後6~48時間で有意に増加した。子宮におけるエストロゲン刺激に応答する遺伝子は、投与後の時間帯により、発現の変動パターンが大きく異なることが明らかとなった。2)EE単回投与による子宮重量の用量反応性:子宮重量は、1μg/kg以上の群で有意な増加がみられた。ICI-182,780はEEによる増加を阻害した。3)GEN及びMXC単回経口投与後の子宮重量の用量反応性:GEN及びMXCとも用量に相関性に子宮重量の増加がみられた。4)EE、GEN、 MXC、 ICI-182,780の複合影響:子宮重量及び遺伝子発現は、単独では明瞭な影響のみられない用量でも、2種あるいは3種類を複合することで子宮重量は相加的に増加し、遺伝子発現の変動もみられたが、これら作用はICI-182,780併用投与により消失した。
国内外の子宮肥大試験に関するデータ整理とその問題点の把握及び解決策の検討
1)飼料中の植物性エストロジェンの影響:国内の参加機関では飼料としてCRF-1、MF、CE-2を用いているが、total genistein equivalent(TGE)が飼料間及びロット間で大きな差がみられた。体重当たりの飼料摂取量は、マウス>幼若ラット>成熟OVXラットであり、TGEの影響が大きいことが明らかとなった。これらのことより、TGE含有量の高い飼料で子宮肥大試験を実施した場合、ベースとなる対照群の子宮重量が増加し、被験物質の影響がみられないという結果となる可能性が示唆された。
2)動物種及び系統:ラットでは系統の差はみられなかった。一方、マウスの系統差については、CD-1、C57B16、Alpk及びB6CBF1系を比較したAshbyらの報告(前3者はほぼ同等、B6CBF1系では感度が低い)がある以外に報告はみられなかった。ラットとマウス間に差はみられなかった。
卵巣摘出マウスを用いた子宮肥大試験における遺伝子発現変化に関する研究
子宮重量は、投与24時間後ではE2、BPA、GEN、BPA+GEN群はいずれも増加し、BPAとGENとの相加作用が認められた。BPAとGENで共通に1.5倍以上になる遺伝子は、2時間、24時間で各々28、40遺伝子であったが、エストロゲン刺激により変動する遺伝子群とは異なることが示された。
内分泌かく乱化学物質の胎生期暴露による包皮分離試験に関する研究
抗アンドロゲン物質VZのGD14~17では尿道下裂が発生し、包皮分離完了時期が判定できなかった。GD18~21曝露では尿道下裂の発生はなく、包皮分離の遅延もみられなかった。尿道下裂の発生がみられなかったその他の化学物質では、明らかな遅延はみられなかったことから、胎生期曝露による包皮分離試験の有用性は明らかではないと考えられた。
内分泌かく乱化学物質の新生児期暴露による包皮分離試験に関する研究
抗アンドロゲン剤FLU、VZによる包皮分離遅延は性成熟直前(PND35~39)の曝露で明らかであり、エストロゲン剤EE、TAMは新生児曝露(PND1~5)により体重増加抑制及び生殖器発達抑制とともに包皮分離を遅延させた。DESでは新生児及び性成熟直前(PND1~-21)のいずれの曝露でも包皮分離を遅延させた。これらのことから、包皮分離試験を用いたEDCsの検出のためには、新生児期、特に出生から離乳までの時期の前半に投与する試験と、性成熟直前から連続して投与する試験の2種の試験が必要であると考えられる。
28日間試験の改良 -α2Uグロブリン評価の利用について-
TestLiverにE2及びClofibrateを作用させた場合、ELISA法によりいずれも培養上清中のAUG分泌量には明らかな変動は示さなかったが、細胞中のAUG mRNAの発現は減少し、SMP-2 mRNAの発現量は増加した。AUG減少に関わる例外的な機序の存在も否定できないが、エストロゲン作用を正常動物で検出する手法としてAUG測定は有効と思われる。
国内外のHershberger試験に関するデータ整理とその問題点の把握及び解決策の検討
OECD Validation phase 2試験の一環として国内の7試験機関においてHershberger 試験を実施し、2003年のOECD、学会(EUROTOX)に日本のデータとして報告、発表した。
日本で実施したandrogen agonistであるmethyltestosterone、antagonistであるvinclozolin、p,p'-DDEの結果について、各機関間における本質的な差は認められなかった。また、antagonist検出系でTestosterone propionate(TP)について0.2mg/kg/dayを使用したが(日本を除く機関では0.4mg/kg/dayを使用)、影響の検出に問題ないものと考えられた。しかし、このTPの用量については今後の世界的に実施されているphase 2試験のデータを含め議論されるべきと考えられた。また、器官別の反応性ではどの器官の反応性が良好であるかは、一律には決定できないと考えられた。
平成15年度に公表された論文、学会発表について調査した結果、androgen receptor binding assayとHershberger試験との相関性は本質的に良好であったが、一部の物質においては必ずしも両試験の結果は一致せず、receptor binding assayでaffinityがみられたがHershberger試験で陰性の物質もあった。さらにestrogen物質がHershberger試験で陽性の反応を示している例、Hershberger試験を実施したところ、EDCsの中には甲状腺機能を傷害する物質がみられたとの報告がある。
(3)〈OECD対応等試験開発部門〉
臓器特異的ハイスループット検出系の開発ための網羅的な遺伝子発現解析
OVXマウスにBPA、GENを単回皮下投与した結果、子宮では投与後2時間でE2によって変動する遺伝子群(VEGF、c-Fos様の反応)の発現が確認されたが、発現変動がBPA、GENの間で異なる遺伝子も見出された。一方、GENは今回の実験条件においては肝臓、腎臓に対してほとんど発現変化を引き起こさないことが明らかとなったが、海馬、視床下部に対しては少数の遺伝子の発現変化がみられ、特に海馬ではBPA、GENともにTransthyretinの発現上昇が24時間で見出された。
網羅的遺伝子発現解析手法は子宮におけるエストロゲン作用予測に有効である可能が本研究により示された。一方、他の臓器では子宮とは異なり、発現変動する遺伝子の多くはESTであり、遺伝子名から機能に関する情報を得ることができなかった。
子宮肥大及びHershberger試験
化学物質の投与経路については、投与経路の違いにより顕著に子宮重量増加に差がみられた物質が約半数あったことから、投与経路は予備試験等で検討する必要があると考えられた。
EE投与により増加した子宮重量は、BPAあるいはBHPMBA併用投与群により顕著に抑制し、内因性エストロゲンの存在下ではbisphenol AあるいはBHPMBAは抗エストロゲン作用も示すものと考えられた。
化学物質投与によるラット-マウス間の種差の検討をBPAを用いて検討した結果、最小有効用量は両種の間でほぼ一致したことから、エストロゲン作用の程度にラット―マウス間の差はほとんどないと考えられた。
OECDガイドライン407:28日間反復投与毒性試験法の適用に関する研究
EE(positive cont)、GEN、MXC、NPを28日間投与における網羅的遺伝子発現解析を行った。EEは、雌で0.01 ppmから用量依存的に発現上昇する遺伝子が多数みられた。病理組織や性周期回帰の検索では1.0 ppmのみで変化を認めたことを考慮すると、これらの遺伝子発現変化はエストロジェン作用の高感度検出指標になりうる可能性が示唆された。一方、EE投与により雌で発現上昇した遺伝子につき、GEN、MXC、NPの発現プロファイルと比較したところ、NP以外に近似する発現プロファイルが得られなかった。このことは、肝臓におけるERサブタイプに対する親和性、他のステロイド受容体との親和性、あるいは化学物質固有の細胞毒性など、各化合物に特異的な反応性があると考えられる。
内分泌かく乱化学物質検出試験の技術移転普及に関する研究
シナリオを作製し、一連のビデオ撮影を終了した。
OECD/WHO関連総括
これまでの会議及び学会からの知見から、今後、EDCs問題で解決すべき課題として残されているもの、また、解決されるべきものとして新たに明らかになったものは、大きくは二つあり、第1に引き続き低用量問題を巡る高感受性問題、第2にマイクロアレイゲノム解析による今後の内分泌かく乱のメカニズムの解明を挙げることが出来る。前者については、まず、ヒトの受精を人為的に抑制するようなadverse effect を引き起こす用量での影響が、通常の実験動物の試験法で検知できないという、EDCsでの試験法の根本問題である。これは受容体原性障害にリンクしたすべての対象に共通した問題であり、結果として多くの毒性試験に根本的な改良が求められるに至っている。後者については、マイクロアレイを用いたゲノミクス手法によるEDCsの研究があるが、これにも用量相関などの課題を含む低用量問題が関連している。またこれは、今後のリスクアセスメントの問題にもつながってゆくものである。
(4)〈確定試験等開発研究〉
内分泌かく乱化学物質の性腺構築過程に及ぼす影響に関する研究 -経世代試験の改良-
胎齢14日の生殖巣の形態学的変化として、DES暴露群の間質細胞の細胞質に多数の脂肪滴の増加、細胞質のグリコーゲンの蓄積が確認された。E2及びEE暴露の結果、生殖索では生殖細胞の萎縮及び間質細胞の軽度過形成がみられた。TAM、ATZ暴露でも間質細胞の過形成がみられたがCLOM暴露では形態的変化はみられなかった。なお、妊娠17日に摘出した胎児精巣の光顕観察では異常は認められなかった。一方、アポトーシス細胞に観察ではDES、E2、TAM、CLOM投与群ともに胎児生殖巣にTunel陽性細胞の増加は観察されなかったが、生後9、14及び28日の新生児の精巣に顕著なTunel陽性細胞の増加が観察された。ATZ群では、いずれの時期の精巣にもTunel陽性細胞の増加は観察されなかった。
内分泌かく乱化学物質のラット神経核構築過程に及ぼす影響に関する研究
DES暴露群の新生児SDN-POA部位ではアポトーシス像の増加、成熟後に脳内モノアミンの変動がみられ、脳内神経伝達系、特に視床下部と大脳皮質の機能異常を招来することが推察された。これらのことから視床下部における過剰アポトーシス誘導、脳内モノアミンの変動などが、視床下部神経核の形態変化の観察(体積変化)に替わり、視床下部神経核構築に及ぼすEDCsの影響を検出するエンドポイントになり得ると考えられる。
トランスジェニックラットを用いた内分泌かく乱化学物質の検討
Atrazine 投与により用量依存性に体重増加抑制がみられたが、血清中テストステロン濃度及び前立腺重量には有意な差はみられなかった。前立腺腹葉のProstatic intraepithelial neoplesia (PIN)と腺癌の発生率には差はなかったが、PINと腺癌の数は濃度依存的に減少する傾向が認められた。今回の試験においてAtrazineの抗アンドロゲン作用は検出できなかった。
内分泌かく乱化学物質の甲状腺発がん修飾作用を検出する鋭敏なモデルの開発に関する研究
体重は、雄の低ヨード食群において、発がん物質(DMBA)処置終了後より徐々に増加抑制傾向がみられ、発がん物質処置終了後20週の時点においては有意な増加抑制がみられたが、雌は対照群と有意な差はみられなかった。触診による腫瘍観察は、雄では全群とも触知可能な腫瘍の発生はみられていないが、雌では対照群を含む各群で触知可能な腫瘍の発生がみられ発生数及び腫瘍体積において対照群と変わらなかった。
内分泌かく乱化学物質の乳腺発がんに及ぼす影響の検討
エストロゲン作用を有する内分泌かく乱化学物質の乳腺発がんに及ぼす影響の評価をラットDMBA発がんモデルを用いて検討した。DMBA誘発乳腺腫瘍は、ERαの発現が減弱し、ヒトの悪性乳腺腫瘍と類似した所見であり、有用な試験系であると考えられた。このモデル系を用いてエストロゲンの用量が腫瘍発生に及ぼす影響を検討するため、卵巣摘出し、種々の用量のE2を投与したところ、Sham群に比し、高用量群で抑制傾向が観られた。なお、組織型は、低用量群では乳管由来が多いのに比し、高用量群では腺管内乳頭種由来のものが多く組織型に違いがみられ、更に、ERα発現の減少および細胞増殖活性の指標となるki-67の顕著な増加が観られた。
内分泌かく乱化学物質の胎生期・新生仔期暴露が雌性生殖器に与える影響に関する研究
1)低用量NPの胎生期・授乳期曝露による雌性生殖器への影響:NPのいずれの群においても、性成熟前の観察として実施した子宮の発育・分化及び性腺刺激ホルモン、腟開口時期などのいずれの項目にも異常は認められず、15ヶ月齢まで実施した性周期観察及び子宮癌修飾作用についても、投与による影響は観察されなかった。また投与した母動物の繁殖成績にも投与による影響は認められなかった。なお、NPの血清・組織中濃度測定の結果、10及び100mg/kg群の母動物の乳汁中に検出されたが、その他の体液・組織標本中からは検出されなかった。
2)高用量OPの新生児曝露による雌性生殖器への影響:発育及び閉鎖卵胞を採取した結果、Bcl-2、CyclinD2、IGFRいずれの遺伝子の発現についても対照群と同様であり、卵胞の細胞増殖関連遺伝子発現にも投与による影響は観察されなかった。
結論
ホルモン様作用を示す化学物質及びその作用の延長線上で生体障害性を発揮する可能性のある化学物質(内分泌かく乱化学物質:EDCs)のそれぞれをプレスクリーニング試験並びにスクリーニング試験を経て、最終的にはEDCsの検出感度の高い方法を開発することを目的として、1)個体レベルスクリーニング系の確立課題として、子宮肥大試験、Hershberger試験、包皮分離試験の実用化の向けての問題点の解決、2)確定試験としての胎生期、新生児期の高感受性期に焦点を当てた新たな試験法の開発、3)経世代試験の改良、4)複合効果の検討、5)各種臓器、特に内分泌関連臓器に対する発がん修飾作用の検討を主な研究課題として研究を遂行した。その結果個体レベルでのスクリーニング系の確立に関してはほぼ問題点が解決され、子宮肥大試験に関してはOECD試験法ガイドライン(案)としてわが国より提案されるに至った。複合効果に関しては、in vitro 、in vivo による研究成績から、少なくとも相加的な作用が認められることが明らかにされたが、その作用機序については今後検討されるべき問題であろう。内分泌関連臓器に対する発がん修飾作用に関しては複数の臓器において特に高用量において明らかな影響が認められることが確認され、これらの問題点を考慮しながら胎生期、新生児期の高感受性期に焦点を当てた試験法案を提案できる段階に達しており、今後の研究が期待される。なお、in vitro、in vivoの系で内分泌かく乱が疑われている物質を用いて標的臓器の初期の遺伝子発現変化を検討した結果、共通して変化する遺伝子が幾つか確認されており、今後遺伝子解析が内分泌かく乱作用を判断するための新たなツ-ルになる可能性が示唆された。

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