生活環境中微量化学物質に対する感受性決定に関する遺伝子群の解明(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200301297A
報告書区分
総括
研究課題名
生活環境中微量化学物質に対する感受性決定に関する遺伝子群の解明(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成15(2003)年度
研究代表者(所属機関)
永沼 章(東北大学大学院薬学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 久下周佐(東北大学大学院薬学研究科)
  • 大橋一晶(東北大学大学院薬学研究科)
  • 黄 基旭(東北大学大学院薬学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 健康安全総合研究経費 食品医薬品等リスク分析研究(化学物質リスク研究事業)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
43,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
健康影響が懸念されている代表的な化学物質や重金属類に対する感受性決定遺伝子を網羅的かつ徹底的に検索・同定すると共に、それら遺伝子から作られる蛋白質の機能解析などによって化学物質感受性決定因子を明らかにすることを目的とする。
研究方法
遺伝子ライブラリープラスミドを酵母に導入した後に,この酵母を個々の化学物質の存在下(通常の細胞が生育できない濃度)で培養し、生育してきた酵母に導入されている遺伝子を単離し、塩基配列を決定した。また、ほぼ全ての遺伝子を各々欠損させた酵母ライブラリーを用いて、欠損によって酵母を化学物質に対して耐性または感受性にする遺伝子を単離・同定した。
結果と考察
(1)染色体DNAライブラリー中からの感受性決定遺伝子の検索
酵母染色体DNAライブラリーを導入し、酵母に化学物質に対する耐性を与える遺伝子を検索した。その結果、メチル水銀耐性を与える遺伝子を5種新たに発見し、さらにカドミウム耐性を与える遺伝子3種も同定された。
(2)-1 トリブチルスズの毒性発現に影響を与える遺伝子群の検索とその作用機構
欠損によって酵母にトリブチルスズ(TBT)耐性を与える遺伝子として24種を同定することに成功した。また、別に高発現により耐性を与える遺伝子の検索も行い2種を同定した。これら遺伝子をその産物の機能によって分類すると、トランスポーターなど輸送排出に関与する因子(8種)、転写調節因子(8種)、ユビキチン化に関与する因子(3種)、その他の機能に関与するもの(3種)および機能未知なもの(3種)に分けることができる。以上の中でPdr5のみが、その遺伝子を欠損した酵母が著しいTBT感受性を示すことが既に報告されている。しかし、我々が同定した因子の中には機能未知ではあるがPdr5と結合する可能性があると報告されているScp160の遺伝子が含まれていた。Scp160は高発現によってTBT耐性を与える。そこで両者の関係をTBT感受性を指標に調べたところ、PDR5遺伝子が欠損するとScp160を過剰発現させても酵母はTBT耐性示さないことが判明した。この結果から、Scp160高発現によるTBT耐性獲得にはPdr5が必須の役割を果たしており、Scp160はPdr5の作用を促進するという機能を持つものと考えられる。現在は、今回同定された輸送排出に関わる因子群の欠損がそれぞれTBTの細胞内蓄積に与える影響を検討している。
(2)-2 パラコートの毒性発現に影響を与える遺伝子群の検索とその作用機構
欠損によって酵母のパラコートに対する感受性に影響を与える遺伝子を39種同定した。その中にはエンドサイトーシスに関与するものが多数含まれていた。生体は細胞膜上の蛋白質をエンドサイトーシスにより細胞内に取り込み、不要となった一部の蛋白質を、リソソームや液胞(酵母の場合)に輸送し分解する。この廃棄すべき蛋白質の選別はエンドソーム上の一連の因子群により行われ、その経路はmultivesicular body (MVB) sorting pathwayとよばれる。我々が同定したパラコート感受性に影響を及ぼす因子の中にはMVB sorting pathwayを構成する14の因子が全て含まれており、これら一連の因子群のどの因子が欠損しても酵母のパラコートに対する感受性が増強されるという、非常に興味深い知見を得ることが出来た。MVB sorting pathwayを構成する因子の機能が失われると、リソソームや液胞に廃棄されるべき蛋白質がエンドソーム膜に蓄積してしまうことが知られており、我々の結果は、パラコート毒性の軽減にエンドソーム上での廃棄すべき蛋白質の選別が重要な役割を持つことを示唆している。現在は、MVB sorting pathwayによる選別後の液胞やリソソームへの輸送経路、および細胞膜からエンドソームへの取り込みに関与する経路について、それぞれに関与する因子群がパラコート感受性に与える影響を解析中である。
なお、遺伝子欠損酵母株を用いた検討はカドミウムおよびメチル水銀についても行っているが、現在までにカドミウムの毒性発現に影響をおよぼす遺伝子3種、メチル水銀1種を同定している。
(3)メチル水銀毒性の発現調節機構
(3)-1 ユビキチン・プロテアソームシステムによる発現調節機構
我々は既に、高発現によってメチル水銀毒性に対して防御的に作用する細胞内因子としてCdc34を同定している。Cdc34は、細胞内蛋白質の選択的分解を担うユビキチン・プロテアソ-ムシステムを構成するユビキチン転移酵素(E2)ファミリーの一員である。昨年度の検討により、Cdc34の高発現が特定の蛋白質のユビキチン化を促進してプロテアソームでの分解を促すことによってメチル水銀の毒性発現が抑制されることが既に判明している。すなわち、ユビキチン・プロテアソ-ムシステムはメチル水銀毒性に対する防御機構として重要な役割を果たしていると考えられる。また、これらの結果は、ユビキチン・プロテアソームシステムによって分解を受ける蛋白質の中に、メチル水銀毒性の発現に非常に重要な役割を果たす蛋白質が含まれていることを示唆している。そこで、ユビキチン化反応において基質蛋白質の認識を担うF-Box蛋白質(17種存在)の各分子種について検討したところ、Grr1, Ufo1, Ylr097およびTlr224がメチル水銀毒性の軽減に関与することが明らかとなった。現在、これら4つのF-Box蛋白質がそれぞれ認識する蛋白質の同定を行っている。
(3)-2 Cdc34トランスジェニックマウスの作成
Cdc34はヒトにも存在することから、ヒトCdc34をヒト由来細胞に高発現させたところ、酵母の場合と同様な顕著なメチル水銀耐性が認められた。そこで、Cdc34の意義を個体レベルで検討するために、Cdc34を高発現するトランスジェニックマウスの作成を試みている(Cdc34は生存に必須の蛋白質であり、ノックアウトマウスは作成できない)。既にマウスは誕生しており、現在、実験に使用可能な安定発現家系の確立を行っている。来年度には本マウスを用いた研究が可能になると期待される。
(3)-3 Bop3が関与するメチル水銀耐性機構
平成14年度に実施した検索によって得られたメチル水銀耐性因子のひとつにBop3がある。このBop3はPam1のmulticopy suppressorとして同定された蛋白質であり、結合蛋白質としてBmh2, Fkh1およびRts1が報告されている。そこでこれら蛋白質とBop3との関係をメチル水銀耐性を指標として検討した。その結果、Pam1の欠損はBop3高発現によるメチル水銀耐性に影響を与えなかったが、Fkh1またはRts1の欠損によって部分的にBop3高発現によるメチル水銀耐性が減弱されることが判明し、Fkh1およびRts1が部分的にBop3高発現によるメチル水銀耐性に関与することが示唆された。また、Bmh2およびその相同蛋白質Bmh1の欠損はBop3高発現によるメチル水銀耐性に影響を与えなかったが、両蛋白質は93%の相同性を有しており、Bmh2欠損時にはBmh1がその機能を補っている可能性も考えられる。両者が同時欠損すると細胞は成育できないので、両者同時欠損の影響を調べられない。しかし、Bmh1およびBmh2と結合する蛋白質としてMsn2, Msn4, Rtg3が知られている。このうちMsn2欠損によってのみBop3高発現によるメチル水銀耐性の低下が観察された。したがって、Bop3高発現によるメチル水銀耐性は、少なくともMsn2, Fkh1およびRts1の3者が関与する複雑な機構によるものと考えられる。今後の本研究の進展によってBop3の新しい機能が明らかになるものと期待される。
(4)カドミウム耐性因子の遺伝子多型とその意義
前年度に一般的な日本人の遺伝子多型を検索し、カドミウム耐性因子であるメタロチオネインの遺伝子プロモーター部分に一塩基変異のあることを見出した。そこで本変異の意義を調べるために、変異のあるプロモーターの下流にレポーター遺伝子を連結してメタロチオネイン合成能に与える影響を検討した。その結果、正常なプロモーターと比較してカドミウムによる誘導活性が有意に低いことが判明した。現在、この変異がメタロチオネインのカドミウム毒性軽減作用に与える影響を検討するために、メタロチオネインの発現をノックダウンしたヒト培養細胞を確立中である。
結論
トリブチルスズ、ヒ素およびパラコートに対する感受性決定に関わる遺伝子を多数同定することに成功した。今後はこれら遺伝子の作用機構について検討する予定である。

公開日・更新日

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